FINAL ROUND

「音芽!」


 魅夏先輩が叫んだ。

 すぐさまセスナに飛び乗った。

 俺もあわてて飛び乗った。

 魅夏先輩は、セスナから身を乗り出して大仏を見下ろした。

 桔梗に向かってこう言った。


「このセスナを投げてくれ!」

「はあん?」


 桔梗は、おまえ頭は大丈夫か? ――みたいな顔をした。

 それからニヤリと笑うと、パネルを操作した。

 大仏がセスナをつかんだ。


「投げるわよっ」

「行っけえ――!!!!」


 セスナは、すさまじいいきおいで飛んだ。

 しばらくするとセスナは翼が削げ落ちた。

 ロケットのようなフォルムとなった。

 ものすごい加速度がかかる。

 進行方向を向いていると、とても目を開くことができない。

 俺たちは床に張り付いた状態で、顔を背けた。

 後ろを見た。

 すると大仏は役目を終えてボロボロと崩れ落ちていた。――




   ▽     ▽     ▽


 しばらくの後、セスナの速度が安定した頃だった。

 俺たちはミサイルを視界にとらえた。


「このままセスナをぶつけるぞ!」


 魅夏先輩が言った。

 すると音芽さんは泣き出しそうな顔をした。

 おそるおそる先輩に訊ねた。


「ボクたちはどうするんだい?」

「飛び降りる!」

「ええっ!? じゃあ、セスナに乗った意味は?」

「……ミサイルを見るためだ」

「このセスナは自動操縦。遠隔操作が可能だよお」

「そういえばそうだったな」

「それに軌道の修正とか無理だよお」

「無理とか言うな」

「だって翼がないじゃないか」

「………………」


 魅夏先輩は、へなへなとその場に座り込んだ。

 こんなしおらしい先輩ははじめて見た。

 明らかに心が折れていた。


「しかし……いや……」

「でも……」

「やっぱり無理だよお」

「「「………………」」」


 永遠にも感じられる気まずい沈黙が流れた。

 その間もセスナは飛び続け、ついにミサイルと並んだ。

 ミサイルの上空を飛んで、じわじわと追い抜いている。


 俺は側扉を開き、眼下のミサイルを確認した。

 今、ミサイルは日本海の上空を飛んでいる。――




「音芽さん、このセスナって不時着とかできるんすか?」


 俺はミサイルを見ながら聞いた。

 音芽さんは答えた。


「韓国に着陸・・しないように、自爆して空中分解するくらいなら」

「パラシュートは3人分ありますか?」

「えっ、うん」

「了解」


 俺は音芽さんを真正面に見て、大きくうなずいた。

 それから魅夏先輩の肩に両手を置いて、じっと見つめた。

 そして言った。


「音芽さんとパラシュートで脱出してほしい」

「ちょっ、ちょっと誠也は? 誠也は、どうするんだよ」

「蹴ってくる」

「ああン?」

「あのミサイルを蹴る。蹴って、進路を変えてやる」


 きっぱりと、俺は言った。

 先輩は、しばらく口をぽっかり開けたままでいた。

 俺はその背中をポンと叩くと、ミサイルとの距離を確認した。

 音芽さんに訊いた。


「念のため訊くけれど。あのミサイルは、あのまま放っておくと韓国と北朝鮮の国境付近に着弾するんすよね?」

「えっ、うん。ちょっと待ってね。……うん、間違いない。計算したけど、確実に着弾するよ」

「なら、やっぱり蹴っ飛ばすしかない」


 と言って俺は扉に手をかけた。

 すると。

 その横にすっと、魅夏先輩が並んだ。

 ミサイルをにらみつけている。


「先輩……」


 俺は陰鬱いんうつな面持ちでため息をついた。

 それから先輩の腕をつかむと、機内に向かって思いっきり投げつけた。


「誠也、てめえっ!」

「うるさいっ!」

「なんだとお!?」


 先輩は、いきおいよく飛び上がった。

 それをおさえつけるように、俺はえた。


「いつもひとりで突っ走りやがって。たまには俺に護らせろ」

「ああン?」

「いいから、おとなしく待っていろ」

「誠也……」


 先輩は呆然と立ちつくした。

 俺はそんな先輩を残して飛び立った。




「くうぅ」


 叩きつける潮風。

 眼下に広がる日本海。

 すぐそこに迫るミサイルは、韓国と北朝鮮の国境を目指して飛んでいる。

 それを阻止するべく、俺は飛翔する。

 風を切り、ミサイルに突入する。


『ひゅうぅ、おっとこまえ、だねえ……』


 と、イヤホンから桔梗の冷やかしが聴こえた。

 俺はニヤリと笑った。

 で。

 それから、


「うおぉぉおおお――――!!」


 ミサイルを蹴った。

 上体をひねるように放ったオーバーヘッド・キック。

 あるいは頭を下にしたダイビング・ボレーのようなかたち。

 俺はミサイルを蹴っとばす。

 全体重をのせた右足で、ミサイルの首のあたりを圧す。

 軌道をずらす。

 蹴っ飛ばして進路を変える。

 変えたいのだ。

 が。

 しかし、俺とミサイルはそのかたちのままで直進し続けた。


「うおぉぉおおお――――!!」


 それでも、俺は吼える。

 全身全霊を浴びせるような蹴りを、俺はミサイルに叩きつける。

 すべての生命力を注ぎ込む。

 いつまでも諦めない。

 この一発に生命を燃やす。

 燃やす。

 そしてそんな俺のそばには。


「死ねァ――――――――!!!」


 俺のそばには魅夏先輩が。


「護ってやるとか、古くさいンだよ」


 魅夏先輩がいた。

 俺が沈痛な面持ちをすると、先輩はドヤ顔で鼻をこすった。

 それから魅夏先輩は、


「となりは、いつも空けときな」


 と言って全体重をのせたドロップキックを、


「うらァ!」


 ミサイルにカマした。――







   ▽     ▽     ▽


 二〇XX年 七月某日。

 能登半島の西の空で未確認飛行物体の爆発を確認した――と、日本政府は発表した。

 以後、この件について語られることはなく、また、近隣諸国も沈黙した。


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