32 最終決戦 その1

 明日から、ついに東京キングとの最終決戦が始まろうかという月曜日、風花はベイサイドスタジアムでの練習に参加せず、球場内の球団事務所の会議室で舵取球団社長、吊橋専務、竜田川スカウト部長に竜田川の通訳、ボルバン、亜細亜壮六両名とともに来季のスカウト会議に望んでいた。まず、竜田川が、「★□●✖️……!!」

 と概要を説明するが、風花らには何を言っているのか分からない。それをボルバン、亜細亜と通訳のリレーを行い、通常の日本語に訳す。

「まずは、戦力外通告です。巻貝、飯蛸、鮫洲、海牛、うつぼ若布わかめ、煮干、未来とは来季の契約を結びません」

 亜細亜が明朗な日本語で話す。

「○〜△●☆!」

 竜田川がまた発言する。また通訳のリレーが行われ、亜細亜が、

「風花監督は即戦力のピッチャーがお望みか? 将来性のある高校生が欲しいのかと聞いています」

と風花に尋ねた。それに対し、

「投手、野手ともにレギュラーは固定できた。だが控えとの差が激しい。レギュラーを脅かす逸材が欲しいな。投手、野手どっちでもいい。二位以下は将来性のある高校生を獲りましょう」

と風花は真面目に答えた。

「★●△〰︎!」

「任せなさい」

 ボルバン、亜細亜経由で竜田川は胸を叩いた。ちょうどその時である。

「トントン」

 突然入口がノックされた。

「どうぞ」

 と舵取がいうと、横須賀が入室してきた。

「横須賀くん、練習はどうしたの?」

 風花が聞くと、

「監督、社長、それにみなさん。俺は今季限りで引退します」

横須賀は突然、宣言した。

「えー、エースが引退してどうすんの!」

 風花が声を上げると、

「それは『名ばかりエースでしょ』もう、体力の限界です。引退させてください」

 横須賀は頭を下げた。

「そこまで言うなら仕方がない。今季、ホーム最終戦を引退試合にしよう。君、

先発だよ」

 と風花が言ったものだから誰もがずっこけた。ホーム最終戦といえば、キングとの戦いの重要ポイント。優勝できるかどうかの瀬戸際だ。

「監督、それは無茶ですよ」

 横須賀自身が言う。しかし、風花は、

「球団の功労者に花道を作ってやらないわけにはいかない。勝てばいいんだよ。ここはカッコよく決めてくれ!」

と話をどんどん進めて言った。

「社長、広報部に言って横須賀のラスト登板を煽ってください。ノベルティグッッズもたくさん作ろう。スタンド中をアフロヘアにするんだ!」

 風花は叫んだ。

「じゃあ俺、最終登板のために、体作ってきます」

 横須賀はグラウンドに戻った。

「僕も行くよ。社長、来年のことはもういいでしょう。今年が大事。今年が大事」

 風花は同じことを二度繰り返すと会議室を後にした。


 翌日。報道陣の前で、横須賀投手の引退発表と本拠地最終戦での先発が発表された。報道陣は一斉にざわめき出す。

「風花さん。優勝がかかった試合ですよ」

「そうだよ。だから、エースの出番だ」

「エースったって名ばかりエースじゃないですか」

「失礼な。横須賀くんは我が投手陣の心の支えだ。今季は投手コーチの方に力を入れてもらったけれど、投手一本なら七勝はできるな」

「なら何で使わんの?」

 出入〜の南記者だ。

「これ以上、タワーズに勝ったら全勝しちゃうからね。へへへ」

「腹たつわー」

 南記者は本気で悔しがった。今季のタワーズの成績じゃあね。


 この変則五連戦、三勝した方が優勝である。二勝二敗一引分けの時は優勝決定戦が昨年上位の東京キングの本拠地、キングダムドームで行われる。結局、今年もここまでキングダムドームで勝てていないマリンズは、ベイサイドスタジアムの四試合でどうしても優勝を決めたい。第五戦にまで持ち込まれたら、こりゃ負けだな、というのが風花始めマリンズナインの共通の考えである。

「だがな、もしものことがある」

 風花はそういうと日向を監督室に招いた。二十分後、部屋から出て来た日向顔は真っ青だった。


 風花が監督室から出て来て、バッティング練習を見ていると、ケージの中の元町が風花に喋りかけて来た。

「監督、今日から三連勝しないと、優勝できませんよ」

「何でだよ」

「だって、第四戦は横須賀さんでしょ。当然、負けますわ。第五戦はキングダムドームだから負けますわ。我々のチャンスは初戦からの三連勝っすね」

「馬鹿野郎、横須賀くんは勝つ。キングダムドームでも勝つ。それくらいの気持ちがないなら、元町くんベンチスタートね」

「やですよ。出してくださいよ。もう、本当のこと言っただけなのにな」

「しょうがないから出してあげるよ。でも弱気な発言したら、即ベンチね」

「は〜い」

 元町は気の抜けた返事をした。他の選手のバッティングを見る。みんな緊張でガチガチだ。これはいかん。

「みんな、脱臼体操開始!」

 脱臼体操は風花が考えた体操で、全身の関節の力を抜くことで、リラックス効果があると風花は考えている。(医学的根拠は全くありません)大の男たちがガクガクッと脱臼体操をしている姿は滑稽なのだが、スタンドに観客はまだ入っていなかった。勿体無いことしたのう。


 やがて、東京キングの選手たちがやって来て、打撃練習に入る。気合い入っている。緊張ガチガチの選手なんかいない。さすが、場慣れしているなあと風花は思った。

 風花は、この前の福島帰りの新幹線で仲良くなった、日本橋監督のもとに遊びにいく。

「ごきげんよう」

 風花が言うと、

「茶化しに来ると思っていましたよ」

日本橋が返す。

「でも先発、砂場は遊びすぎでしょう。日向はどうしたんですか?」

「へへへ、秘密。でも、砂場だっていいピッチャーですよ」

「でも、まだ若い」

「若さで勝負ですよ」

「さあ、監督室に帰って、コーチと作戦練りなさい」

「はーい」

 日本橋監督はあんまり遊んでくれなかった。仕方ないのでコーチ陣と作戦会議をする。

「監督、何で先発日向じゃないんですか?」

 鵠沼が聞く。

「日向は第五戦だ」

「キングダムドーム!」

「キングダムドームの魔力に勝てるのは日向しかいない」

「じゃあ、ベイサイドでは二勝二敗だと」

「三連勝できればそれに越したことはないけど、無理だろ。キング相手に」

「そうですね」

「明日以降の先発は?」

 西東コーチが聞く。

「ベルーガ、住友、横須賀」

「本当に横須賀ですか?」

「ああ、あいつにくれてやる。完投させる」

 はあ、コーチ陣がため息をつく。

「でも、グッズは売れてるんだぜ。特にアフロヘアーのカツラ。ベイサイドのスタンドがアフロ一色になる」

「黒字経営ですね」

 甲板が言う。

「観客動員も伸びてるだ」

 宗谷が胸を張る。

「弱いところが勝てば、観客は増えるさ。強くなった来年が勝負。大池くん、鵠沼くん。来年は企画部で頑張ってね」

「ええっ?」

 ついでにコーチの戦力外通告もできた。

「さあ、気持ち切り替えていこう」

 風花は監督室を飛び出した。


 午後五時半。スターティングメンバーが発表される。


 先攻 東京キング


 一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。

 二番 上杉輝秋、背番号7。センター。

 三番 武田隼人、背番号6。ショート。

 四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。

 五番 小机龍之介、背番号8。レフト。

 六番 浦田蔵六、背番号25。サード。

 七番 河津太郎、背番号50。ファースト。

 八番 畠山忠重、背番号33。ライト。

 九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。


 後攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 砂場由樹、背番号47。ピッチャー。


 マリンズは若い砂場が先発。キングはエース菅生だ。だが、マリンズ戦にはトラブルが重なって今季勝っていない。


 一回の表、バッターはマリンズキラーの風間。しかし、砂場はチェンジアップとスライダーを巧みに使って三振に斬って撮った。二番、上杉もショートゴロ。三番、武田にはレフト前ヒットを打たれたが、四番、土肥はスライダーで三振。上々の立ち上がりだ。


 一回の裏、マリンズ打線は菅生を滅多打ちにした。一番、元町が得意の初球打ちで出塁すると、すかさず二盗。二番、富士は菅生のストレートを引っ張って、ライト前ヒット。わずか三球で先制した。アンカー、トラファルガーも続き、バッターは五番、台場。その初球、甘いスライダー。台場フルスイング。満塁ホームラン。日本橋監督は、速攻で菅生を下ろし、藤堂をマウンドに送った。菅生はよっぽどマリンズに弱いようだ。


 結局、マリンズ打線は止まらず、二十安打、十六得点で、最終決戦の初戦を飾った。


「あと二勝だ。だけど、簡単ではない勝負だ」

 風花は勝ってベルトを締め直した。すると、プツリとベルトは切れた。やな予感がした。

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