36 最終決戦 その5

——全国の野球好きなみなさん、こんにちは。ジャパンテレビアナウンサーの下重聡です。ついに最終戦までもつれた優勝争い。勝つのは東京キングか、それとも横浜マリンズなのか。緊迫したこのゲーム。東京キングダムドームより、ジャパンテレビが完全生中継でお届けします。お楽しみに。


「えっ、地上波でやるの? この試合」

 ドーム内の食堂でカツ丼を食べていた風花は、びっくりした顔をする。それを見て、ヘッドコーチの宗谷が、

「当たり前だべさ。今日の試合は全国で注目の的だがや」

と言って笑った。

「野球を観る人が少なくなっていると思ってたけど、意外といるんだなあ」

 風花はそういうと煙草を一本取り出した。

「喫煙者は減っているだぞ」

 宗谷がからかうと、

「そうだね、やめなきゃね」

そう言いつつ煙草に火をつける、風花であった。


 風花がグラウンドに現れると、報道陣が一斉に近づいてきた。その勢いに恐れをなして、ベンチに逃げ帰ろうとする、風花。それを広報のギャーギャー斎藤が押し留める。

「取材陣にきちんと受け答えするのが、監督のお仕事です」

 ギャーギャーは風花に説教をした。

「分かったよう。逃げないよう。でもさ、面倒くさいからさ、いっぺんにやっておくれよ」

 風花はギャーギャーの手を振りほどいて言った。

「では」

 と言ってマイクを差し向けたのは、湾岸テレビの美人アナウンサー“あんぱん”こと安藤圭子アナウンサーだった。

「わあ、こんな美人さんもいるんだあ。いつもスポーツジャパンの東さんとか出入〜スポーツの南さんみたいな、むさい男ばっかりだから嬉しいなあ」

 風花が鼻の下を伸ばすと、

「私たちもお忘れなく」

国営放送の笹団子アナ、ジャパンテレビの中島アナ、首都テレビの吉田アナ、テレビサンライズの宇佐木アナ、テレビトキオの狩野アナと各局の美人アナが勢揃いしていた。これには風花、大喜びで、

「なんでも聞いてよ。時間も無制限だ。試合開始時間を遅らせればいい」

と訳の分からないことを言っている。

「冗談はそれくらいにして。監督、今日の意気込みを聞かせてください」

 安藤アナが質問する。

「意気込みねえ。ここキングダムドームでしょ。勝ってないんだよね、先季も今季も。だから、半分あきらめていますよ。それよりあんぱんちゃん。メルアド交換しようよ」

「冗談はここまでにして、この試合、誰に注目していますか?」

「……あんぱんちゃん♡」

「冗談はいい加減にして、今日先発の日向投手には何を期待しますか?」

「日向はほっといてもやるよ。それより、あんぱんちゃんには何を期待していいの」

「もう結構です」

 ちょうどその時、反対側のベンチから日本橋監督が出てきたのをしおに、女性アナウンサーたちは日本橋監督のもとに行ってしまった。残るはいつものおっさん記者ばかり。

「風花監督、冗談がきつすぎますよ。これで女子アナに嫌われるな」

 スポーツジャパンの東記者が風花を諌める。

「そうだね、興奮して我を忘れてしまった」

「じゃあ、真面目に聞きますから真面目に答えてください。今日、優勝できる可能性は何パーセントですか?」

「限りなく、0に近い100パーセント」

「なんじゃそりゃ? 意味が分かりません」

「そう、勝つか負けるかなんて、やって見なきゃ分かりません。それにやるのは選手だからね。僕は見ているだけ。もういいでしょ。喉乾いちゃった。あとは試合が終わってからね」

 そういうと風花はベンチの奥に引き上げてしまった。後には、

「これって記事になるか?」

「あとは試合が終わってからっていうことは優勝宣言じゃねえか? 負けた監督のインタビューなんかやらないもんな」

「そうだよな。広報を通じてコメントを出すだけだな」

「じゃあ、ひねくれた優勝宣言かあ」

東たちは頭をひねった。


 風花がグラウンドに戻ってきたのは、マリンズの打撃練習が終わって、キングの守備練習が始まった頃だった。

「監督、打撃練習を見なくてよかったんですか?」

 大池打撃コーチが尋ねると、

「どうせ、みんなガチガチに緊張して、球が前に飛ばなかったんだろ」

と風花は答えた。

「ええ、その通りです。でも元町はガンガン、スタンドに運んでましたけどね」

「さすがは強心臓のモトさんだな」

「そうですね」

「じゃあ、みんなをベンチに呼んでください」

「はい」

 三塁側ベンチに選手、コーチ陣、スタッフたちが集まった。ただし、先発の日向はブルペン捕手の沢蟹と投球練習をしているのでいない。

「なあ、みんな緊張しているんだろ」

 風花が話し出した。

「正直、ガチンガチンです」

 富士が言った。

「俺は緊張してないですよ。ワクワクしています」

 元町が喋った。

「君は例外。緊張して当然だ。でもね、この試合負けてもいいよ」

 風花、爆弾発言。

「ええっ?」

 驚きを隠せない一同。

「負けたって二位だよ。あの去年九十九敗したマリンズが二位なんだよ。素晴らしいことじゃないか」

「でも……」

 潜水が口ごもる。

「でも、何だい?」

「優勝、優勝したいです」

「俺も」

「僕も」

「そうか。優勝したいんだな。それなら緊張なんかしてないで深呼吸しようよ。鼻で息を三秒吸って、口で八秒かけて息を吐く。これが自律神経を正常にする方法だ」

 皆が息をスーハーした。

「よし、これでもう大丈夫。勝っても負けても問題なし。なぜならチャンピオン・シリーズで勝てばいいんだから」

「はあ?」

「僕の目標はあくまで日本一。いい制度だよな。二位でもジャパン・シリーズに出場できるんだから。ねえ、緊張なんてチャンピオン・シリーズにとっておきなよ。今日はエンジョイゲームだよ」

 これぞ、風花マジック。選手たちの緊張が取れていく。

「じゃあ、元町くん。いっちょ、気合を入れてくれ」

「また僕ですかあ。まあいいや。横浜マリンズ、優勝してもしなくても、ガッツでエンジョイしよう!」

「おう!」

 ここで、マリンズの守備練習の時間となった。


 午後五時半。スターティングメンバーが発表される。 


 先攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。


 後攻 東京キング


 一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。

 二番 上杉輝秋、背番号7。センター。

 三番 武田隼人、背番号6。ショート。

 四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。

 五番 小机龍之介、背番号8。レフト。

 六番 浦田蔵六、背番号25。サード。

 七番 河津太郎、背番号50。ファースト。

 八番 畠山忠重、背番号33。ライト。

 九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。


 両軍ともベストメンバーだ。上杉の鼻の骨はまだくっついていないが試合には支障はない。


 五時五十五分。監督同志による、メンバー表の交換が行われる。一種のセレモニーだ。風花、日本橋両監督ガッチリと握手。そして審判団とも握手をしようとして風花は気づいた。

(主審、末永じゃん)

 元マリンズのドラフト一位指名を受け、芽が出ずに戦力外通告。それから単身アメリカの審判学校で学び、審判となった末永為吉。自分をクビにした、マリンズへの恨みは深く。マリンズに辛い判定をすることはファンの間では有名だ。何を好き好んで、この大事な一戦にあいつを持ってきたんだろう。風花はコミッショナー事務局を呪った。


 午後六時。プレーボール。

 トップバッターはもちろん元町だ。

「土肥さん、大変なことになりましたね」

 また元町のおしゃべりが始まる。

「そうだな、大変なことだ。万年最下位のマリンズが俺たちに食いかかってきているんだからな」

「そうでしょ。俺なんか入団以来、最下位しか味わったことないんですからね」

「じゃあ、二位でも満足なんだな?」

「俺的には二位で十分なんですけどね。チーム内が、優勝するぞって雰囲気なんですよ」

「風花さんは?」

「あの人は本心を明かさない人だから。二位で終わってもチャンピオン・シリーズで勝てばいいって言ってますよ」

「ふーん。モトよ、そろそろ野球しようぜ」

「そうでしたね」

 バッターボックスの足場を固め直す、元町。ようやく試合開始だ。菅生、第一球投げた。150キロのストレート。

「いただき!」

 早打ちのモトさんの本領発揮。ボールはライト線を転々。元町スタンディングダブル。早くもマリンズチャンス到来。一方の土肥は、一球でマウンドに駆け寄る。

「おいおい、トモよ。まさか緊張しているんじゃないだろうな」

 土肥が菅生に聞くと、

「緊張はしていません。ただ、相手がマリンズなんで……」

菅生は答えた。そうなのだ。菅生は様々なトラブルに見舞われて、今季、マリンズから勝ち星をあげていないのだ。

「普通にやればいいんだよ。普通にな」

「はい」

 菅生は答えた。

 次のバッターは富士。ここは送りバントか? やはりバントだ。だが、失敗してファール。富士がバントをミスするとは珍しい。第二球。またしてもバントの構え。だしかし、これもファール。富士、やはり緊張しているのか? 第三球。打った。一二塁間を抜きそうなあたり。ああ、風間、回り込んで取った。一塁に送球。1アウト。元町は三塁に進む。

 三番はアンカーだ。菅生第一球を投げる。アンカー打った。レフトフライ。タッチアップで元町GO! 小机、必死の返球。際どいぞ。判定は?

「アウト!」

 さあ、風花怒りの抗議。末永に迫る。

「ビデオ判定を要求する」

 風花は低い声で言った。しかし、

「明らかなアウトだ。ビデオ判定の必要なし」

と末永は風花を相手にしない。さらに、

「これ以上抗議すると、遅延行為で退場にするぞ」

と脅しをかけた。大事な試合で、監督退場は避けたい。宗谷ヘッドコーチが風花をベンチまで持ち抱えた。そのため大事には至らずに済んだ。

「あいつ、性格悪すぎ。コミッショナー事務局に抗議の手紙書いてやる」

 ベンチに戻って、末永に聞こえないように悪態をつく、風花。初回のマリンズは無得点に終わった。


 その裏。マウンドには日向が登場。必死にマウンドを掘っている。日向にはキングダムドームのマウンドは高すぎるのだ。それを見ていた末永が、

「ハリーアップ」

と怒鳴る。本当にマリンズが嫌いなんだな。マリンズはキングと末永の二つの敵と戦わねばならないのである。

 しかし、日向は休養十分で絶好調。あっさりこの回を三者凡退に抑えた。

 菅生も二回以降は立ち直り、両者拮抗、無得点のまま五回を終えた。

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