23 魔のキングダムドーム 

 序盤戦を通算二十一勝二十三敗一引き分けの負け越しで終わったマリンズは交流戦、奇跡の十八連勝、ナ・リーグ戦完全制覇を達成し、通算、三十九勝二十三敗一引き分けの貯金十六という好成績でリーグ戦中盤を迎えた。緒戦の相手は東京キング。序盤戦、二十四勝二十敗一引き分けでトップ通過したキングだったが、並み居る強豪、ナ・リーグの面々に足を引っ張られ、交流戦は十一勝七敗の成績に終わった。福岡ドンタックに三連敗したのが痛かった。ドンタックを本気にさせたのはマリンズである。チームの若返りを望む日本橋監督だが、うまく歯車が合わないようだ。通算三十六勝二十七敗一引き分けでマリンズに3.5ゲーム離されて二位。そして今日からキャッチャーの土肥が復帰する。日本橋監督はベテランと若手の融合に方針を切り替えたようだ。

 三位は去年のア・リーグ覇者、東京メトロサブウェイズ。四位は名古屋カーボーイズ。五位は瀬戸内バイキングで。交流戦十一位の大阪タワーズが最下位である。


 東京キングダムドームはマリンズにとって鬼門である。風花が意識不明の軽傷で居なかった昨年は十二戦全敗であった。今年も三戦三敗だ。今年は福島での地方ゲームが二試合あるので残り八試合、キングダムドームで戦わなくてはならない。何としても早いうちにキングダムドームで勝利し、チームに取り憑いた連敗の呪縛を解き放たねばならない。風花はそう考えて、あえてローテーションを壊した。そして今日からのキング戦に表のローテーション、日向、ベルーガ、そして住友を持ってきた。万全を期すためである。しかし、日向はキングに弱いのではという不安が頭をよぎる。今季の三敗のうち二敗がキング戦だ。(もう一敗は十五連敗中の対タワーズ戦)勝ち星は一つだけである。

「なあ日向」

 風花が話しかけた。

「キングに苦手意識持ってないか?」

 それに対し日向は、

「ア・リーグ最強チームというプレッシャーはありますが、特に苦手意識は持っていません。ただ……」

「ただ、なあに?」

「キングダムドームのマウンドは傾斜がきつい」

日向はいつぞや、口にした文句を繰り返した。

「なら、ザクザク掘ってやれよ」

 風花が言うと、

「そのつもりです」

日向は答えた。


 マリンズの打撃練習が終わると、風花はミーティングを開いた。司会は宗谷ヘッドコーチである。

「今日の先発は案山子だ。リリーフでの好投が認められての登板だと思うだ。キングの投手陣も、両外国人投手が故障して、台所は苦しいだな」

 案山子の先発にナインは動揺を隠せなかった。

「大池、対策を発表するだ」

「はい。案山子はご存知の通り、右の変則投手です。カーブ、スライダー、フォーク、球種も多彩です。ストレートも微妙に変化する。打ちにくい投手であることは間違いありません。しかし、ずっと中継ぎをしていたので先発で長いイニングを投げる体力があるかどうか疑問です。ここは風花監督の大好きな、待球作戦がいいかと思います」

「うん、待球作戦はいいな。でもどうやってヒットを打つ?」

 風花が質問した。

「はい。案山子は右バッターには外角攻め、左バッターには内角攻めとはっきり分かれています。なので、右バッターは外角の球をライトセンター方面に、左バッターはレフト側に流し打つのが得策と思います」

 大池が明確に答えた。

「よし、それでいこう」

 風花は即決した。

「西東さん、キングの打者陣はどうです?」

「一番、武田と、二番の、風間が絶好調です。クリーンナップはイマイチですが、今日から土肥が帰ってきます。要注意です」

「ルーキーの小机は?」

「ああ、言い忘れてました。やつは交流戦で五本のホームランを打っています。通算十号。住友と新人王を争っています」

「門脇くん、負けていられないよ」

「はい」

 門脇はここまでホームラン七本。戦前の期待からすると今一つの成績だった。

「とにかく、今日は勝ちに徹しよう。待球作戦よし、土肥、小机は敬遠でもよしだ」

「はい」

 風花が締めてミーティングは終わった。


 午後五時半。恒例のスターティングメンバーの発表である。


 先攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。


 後攻 東京キング


 一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。

 二番 上杉輝秋、背番号7。センター。

 三番 武田隼人、背番号6。ショート。

 四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。

 五番 小机龍之介、背番号8。レフト。

 六番 浦田蔵六、背番号25。サード。

 七番 河津太郎、背番号50。ファースト。

 八番 畠山忠重、背番号33。ライト。

 九番 案山子立男かかし・たつお、背番号36。ピッチャー。


 マリンズは毎度おなじみのメンバーを立ててきたが、キングは大幅に打順をいじってきた。まず、一番に好調のルーキー風間を置き、空いた二番に上杉を持ってきた。そして不振の坂東を七番に下げて、目下首位打者の武田を三番に据えた。そして、四番キャッチャーにはチームの顔、怪我から復帰した土肥を起用。浦田を六番に下げた。特筆すべきは小机を五番に据え置いたことだろう。このことから日本橋監督が若手を積極的に起用しようとしていることが分かる。早く、前監督の武衛頼朝氏のカラーを一新し、日本橋色を出したいのだ。焦るな日本橋監督。


 一回の表、マリンズの攻撃。先頭打者はもちろん、元町商司である。

「土肥さん、久しぶりっす」

 元町のおしゃべりが始まる。

「おお」

 軽く受け流す土肥。

「首は大丈夫ですか」

「ぼちぼちだな」

「首は大事っすからね」

「そうだな」

「ところで案山子って弱点あるんすか」

「鶏肉が嫌いって言ってたな」

 とぼける土肥。

「鶏肉ねえ……」

 考え込む元町。そこへ、飄々と案山子、第一球。

「焼き鳥! いただき!」

 そう叫んで初球を打ち込む元町。しかし、キャッチャーフライ。

「焼き鳥は食えるって言ってたぞ」

 と言いながらボールを取る土肥。

「なんだよ」

 元町はぼやいて、次打者の富士に、

「奴の弱点は鶏肉だ。でも焼き鳥は駄目だぞ」

と訳のわからないアドバイスをした。首をひねりながら打席に入る富士。その頃ベンチでは、

「元町くん、待球作戦忘れたね。罰金、千円。このお金はマリンズ選手会を通じて、被災地に寄付されます」

と風花が元町に嫌味を言っていた。

 さて富士は、待球作戦を忘れていなかった。カウント3−2まで粘り、さらにファールで四球粘ったが、最後は案山子のチェンジアップに空振りの三振。続くアンカーも粘ったがサードゴロに倒れた。3アウトチェンジ。


 一回の裏、マウンドにはマリンズの実質的エース、日向が立つ。バッターボックスには風間。前回の対決では日向は風間に手痛いホームランを打たれている。

「こいつだけには打たれねえ」

 初球からギアを上げる日向。155キロのストレート。風間これを平然と見逃す。

「くそっ」

 風間の態度を見て頭に血がのぼる日向。第二球、156キロのストレート。風間、待っていたとばかりに、コンパクトスイング。打球は一二塁間を抜けるライト前ヒット。マウンド上で、グラブを叩きつける日向。まずい、野獣が目を覚ました。猛獣使いの風花が慌ててマウンドにやってくる。

「日向くん、子供相手にムキになるなよ」

「あ、すみません。マウンド掘るの忘れていました」

 平常心を取り戻し、マウンドを掘り出す日向。

「OK、それでよし」

 風花はベンチに帰った。

 二番、上杉は送りバント。日向軽快に捌き、二塁に投げようとするが、風間好走塁で間に合わず一塁に投げる。1アウト。

 三番武田は一発を狙いにいき、セカンドフライ。富士つかんで2アウト。四番、土肥を迎える。今季初打席。日向、慎重に釜茹でカーブから入る。1ストライク。二球目、内角に156キロのストレート。2ストライク。一球外角に外して、第四球、落とした。土肥のバットが空を切る。3アウトチェンジ、平静さを取り戻した日向。初回のピンチを抑える。


 二回以降、案山子は多彩な変化球を使ってマリンズ打線を抑えていた。まだノーヒットだ。だが待球作戦によって四回で九十二球を投げていた。日本橋監督は非情な決断をする。

「ピッチャー、徳川」

 勝利投手の権利を得るまであと一回の案山子に代え、ピッチャー、徳川家元。

「ノーヒットでピッチャー代えるか。剛腕だな日本橋監督は」

 風花は驚くとともに悔しがった。

「せっかくの待球作戦が無駄になっちゃったな」

 そこに元町が寄ってきて、

「待球作戦、失敗なら罰金返してくださいよ」

と言った。風花はメガフォンを元町の頭に振り下ろした。


 マウンドは徳川。マリンズ打線は徳川が大の苦手である。左バッターはスライダーに、右バッターはチェンジアップにことごとく手を出してしまうのである。風花の出した答えは、

「振るな」

であった。ただし、ストライクを取りに来たストレートは当然打って良しである。

 先頭バッターは四番のトラファルガーだ。一発を期待したがくるくると風車のように回って帰ってきた。がっくり。続く台場、門脇も扇風機だ。いくら言ってもスライダーとチェンジアップにやられてしまう。がっくりの二乗、いや三乗だ。難しい計算はさせないでくれ。

 五回を終わってマリンズはパーフェクトに抑えられた。だが日向頑張りもあって0−0の投手戦が続く。


 六回表、マリンズは円陣を組んだ。

「あのさあ、いくら苦手って言っても超人じゃないんだから、弱点の一つや二つあるんじゃないの?」

 風花は率直に聞いた。

「あります」

 大池コーチが口を開いた。

「なになに?」

 エサをねだる子犬のように大池に擦り寄る風花。

「徳川は落ちるボールを投げられません」

「フォークやスプリットだね」

「はい、縦の変化球がないんです」

「じゃあ、なんで打てないんだ?」

 これには宗谷が答える。

「球の出所が同じで、とっさに見分けがつかないだあ」

「うーん」

 考え込む風花。

「よし、ここは思い切って、やつの決め球を打ちに行こう。右打者はチェンジアップをピッチャー返し、左バッターはスライダーをレフト方面に狙い撃ちするんだ」

「おう」

「では元町くん、一言、喝を入れてくれ」

「へい。我らマリンズ、徳川幕府を大政奉還に持って行くぞ!」

「おう!」


 六回の表は七番、潜水からだ。潜水は左バッターだからスライダーをレフト方向に打つことになる。その初球。珍しく、徳川はチェンジアップを左打者に投げた。潜水、見送りストライク。二球目。またチェンジアップだ。2ストライク。思わずベンチを見る潜水。風花は作戦続行のサインを出す。まあ、実際にサインを出すのは宗谷コーチだが。第三球は明らかなボール球が外角に来る。そして第四球目。スライダーが来た。潜水、丁寧に流し打とうとする。しかし、ボールはバットの軌道の外側を通った。ストライクからボールになる高速スライダー。潜水三振。続くは八番、氷柱。右バッターだからチェンジアップをピッチャー返しするのだ。しかし、徳川は見透かしたように、ストレートを投げ込んでくる。目下打率が.200の氷柱は微妙に変化する徳川のストレートに手が出ず三振。

 九番はピッチャー日向。打率は氷柱よりもだいぶいい.270。第一球。

「ああー」

 日向は崩れ落ちた。なんと効き手の右腕にデットボール。風花は徳川に突進する。

「てめえ、ピッチャーにデットボール投げやがって、プロの常識を知らないのか!」

 徳川は、風花の激怒に動揺して、

「す、すみません」

と謝ったが、風花は、

「こういう時は申し訳ございませんって言うんだ」

と社会マナーを教えて、徳川に謝罪をさせた。そこに日本橋監督が来て、

「決して、わざとではないんです。許してやってください」

と頭を下げたので、風花はベンチに戻った。しかし、日向は続投不可能。代走に屋形が送られた。徳川の続投は無理と判断した日本橋監督はピッチャーを新田小太郎にった・こたろうに代えた。背番号26。


「新田? 知らないなあ」

 風花が呟く。

「データによると、三年前にドラフト五位で下野第一高校から入っています。気性が荒くて、ボールコントロールも粗いみたいです」

 大池が答える。

「そんなの送ってきて大丈夫なのか。またデットボール食らったら僕は君たちに乱闘をさせるよ」

 風花が嬉しそうに話す。

「監督、乱闘好きですねえ」

 たまたま横にいた門脇が言う。

「火事と喧嘩は江戸の華だ」

「確かにここは東京ですね。でもベイサイドでも暴れてましたよ」

 門脇が生真面目に聞く。

「乱闘はプロ野球の一大イベントだ。最近は選手がおとなしくなっちゃってつまんない。だから僕が一身をかけて盛り上げているのさ」

 風花は白々しく答えた。


 六回の表、2アウト。ランナー一塁に日向の代走、屋形。バッターは一番、元町。

「土肥さん、新田ってどういうピッチャーですか?」

 元町は堂々と尋ねる。

「見ればわかるよ」

 土肥は素っ気なく答えた。

「よし、じゃあ来い。新田」

 大きく構える元町。そこへ、

『ズドン』

と大砲みたいな球が投げ込まれた。時速160キロ。

「土肥さ〜ん」

 腰の抜けたような声で元町が土肥を呼ぶ。

「なんだ?」

「今の球、光って見えませんでしたよ」

「そういうボールを投げるピッチャーだからな、新田は」

 土肥は冷静に言った。もちろん、元町は三振。3アウトチェンジ。

「なんであんなすごいピッチャーがいるんだ、キングには」

 風花はぼやいた。

「確立されたスカウティングとコーチングの賜物だわな」

 宗谷が答えた。

「さすが、日本最初のプロ野球チームだ。ウチには新田みたいな投手を獲得する勇気も育てる土壌もない」

 風花はぼやいた。

 結局、新田は九回まで完璧にマリンズ打線を抑えた。マリンズはノーヒットである。


 九回裏。

「これは延長に持ち込んで、なんとかヒットを打たねば」

 風花はつぶやいて、砲をマウンドに送った。

 キングのバッターは五番、小机。砲は150キロの速球を投げ込んだ。

『ドカン』

 と音がして、打球はレフトスタンドの三階席に飛び込んだ。がっくり膝を落とす砲。サヨナラホームランだ。マリンズ、案山子、徳川、新田の三投手の前にノーヒットノーランを食らった。

「また小机か!」

 風花は帽子を床に叩きつけた。


 残る二戦もマリンズは連敗。キングダムドームの魔の手から逃れることはできなかった。

 この東京キング三連戦三連敗の痛手は大きく、オールスター戦までの十二試合、マリンズは一勝二敗ペースで四勝八敗。完全に調子を崩した。それでも通算、四十三勝三十四敗一引き分けで、交流戦後十二勝三敗の好成績で一気に四十八勝三十敗一引き分けで首位に躍り出た東京キングに次いで二位の好成績で前半戦を終えた。去年までのことを考えれば上々の出来だが、風花は不満タラタラであった。

「キングを倒す!」

 執念に燃える風花であった。


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