24 夏が来る

 オールスター戦は神戸バイソンズの本拠地、神戸オーシャンスタジアムで行われた。マリンズからはおとぼけキャラクターがファンに好評の元町がキングの武田を僅差で破ってショート部門のファン投票で選出された。あとはルーキー住友とクローザーの大陸が監督推薦で選ばれた。日向五右衛門は七勝もしているのに全アの指揮官、東京メトロサブウェイズの日比谷監督から選ばれなかった。生真面目で選手に厳しい規律を求める日比谷監督は問題児日向がお気に召さなかったのであろう。また日向がこのことで荒れると思った風花は、彼を食事に誘ってなだめた。もちろん、ボディーガード役の宗谷も一緒である。日向は予想に反してサバサバしており、風花と野球談義に花を咲かせた。


 オールスター戦は元町の一人舞台となった。全アの先頭バッターに指名された元町は始球式で投手を務める神戸市長に対して真剣勝負を申し入れ、それに応じた市長の投じた時速60キロのストレートを見事、ライトスタンドに運び込んだ。自身、二度目の始球式ホームランである。そして一回の表、神戸バイソンズのエース、六甲の初球ストレートをまたしても振り切り、ライトスタンド場外にボールを放り出した。元町の通算ホームラン数は二本だから、今までのキャリア分のホームランをたった二球で打ってしまった。悠々とベースを一周した元町は、テレビ局のインタビューに応じて、

「俺は一番バッターだからヒット狙いのバッティングをしているだけで、四番を任されたら四十本は打てる打者なんですよ。へへへ」

と豪語した。

 元町の活躍はそれにとどまらない。二回の守備では、全ナの四番、菊池のセンター前に飛びそうな打球をジャンピングキャッチしてファインプレー。三回の第二打席ではセーフティーバントを華麗に決め、すかさず二盗、三盗。そしてスタンドからの「ホームスチール」コールに応えて見事本盗を決めた。ここで、元町はお役御免。武田と守備を交代した。あとはベンチで各球団のスター選手と無駄話に明け暮れた。あまりのしゃべりっぷりにいつもは寡黙で厳しい日比谷監督までもがおしゃべりに付き合わされた。

 テレビでオールスター戦を観戦していた風花は、

「公式戦に力、取っておけよ!」

と独り言をつぶやいた。

 マリンズの二人の投手も一回をきれいに片付けた。試合は全アが全ナを圧倒。五年ぶりに勝利した。MVPはもちろん、元町。賞金と自動車をゲットした。ところがあまりに他球団の選手と仲良くなりすぎて、祝勝会に二十人もの選手が帯同。その飲食代を全て元町が払う羽目になり、

「おしゃべりもほどほどにせんとあかんなあ」

とぼやくことになった。


 オールスター休みが明け、後半戦のスタート。これから優勝、またはチャンピオン・シリーズ(プレーオフ)進出をかけての激しい攻防戦が始まる。横浜マリンズは本拠地ベイサイドスタジアムで、東京キングを迎え撃つ。

「ねえ、宗谷さん」

 風花は宗谷ヘッド兼打撃コーチに話しかけた。

「なんだあ」

「なんか、ウチのチーム、東京キングとばっかり試合しているような気がしない?」

「そりゃあ、日程の都合だわ。仕方ないずらよ」

「そうかなあ。何者かの悪意を感じる」

「考えすぎだあ」

「そうだね。じゃあ、ミーティングをしよう」

 風花は心の中の疑心暗鬼を取り除いた。しかし、東京キングは強い。いつの間にか頭の上、つまり首位に立っている。マリンズが優勝するためにはどうしても叩き潰さねばならない相手だ。しかし、現状では三勝八敗一引き分けと叩き潰されている。この三連戦は是が非でも勝ち越したい。だが、表のローテーション投手三人、日向、ベルーガ、住友はキングに分が悪い。風花は思い切って壺、天明、古井戸の裏ローテーションを先発させることにした。一方キングは菅生、柳生、案山子の表ローテーションでくることが予想されている。厳しい戦いだ。風花は、

「キングの投手陣は決め球を持っている。カウントを追い込まれたら負けだ。初球からストライクゾーンに来た球はガンガン打て」

と珍しくまともな喝を入れた。ただこれは自分で考えたのではなくて、前夜プロ野球ニュースを見ていたら解説の織田さんが力説していたのをパクったのであった。著作権料払えよ。


 先攻 東京キング


 一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。

 二番 上杉輝秋、背番号7。センター。

 三番 武田隼人、背番号6。ショート。

 四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。

 五番 小机龍之介、背番号8。レフト。

 六番 浦田蔵六、背番号25。サード。

 七番 河津太郎、背番号50。ファースト。

 八番 畠山忠重、背番号33。ライト。

 九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。


 後攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 壺康友、背番号27。ピッチャー。


 両軍のスターティングメンバーが発表された。キングはルーキーの風間と小机ががっちりレギュラーをキープしている。二人とも、マリンズ戦には強い。警戒が必要だ。一方マリンズはピッチャー以外おなじみのメンバーだ。レギュラーが固定しているのはいいことだ。しかし、控えとの差が激しいということを表しており、選手層が薄いことを露呈している。先発の壺はここまで四勝三敗。いいときはいいのだが悪いときはもう全然駄目というはっきりと好不調の現れる投手だ。負けるときは決まって初回から失点する。いいときは名前通り、ツボにはまったピッチングをする。風花は壺と氷柱に、

「初回失点したら二軍に落とす」

と脅しをかけていた。

 壺はいつも飄々とした表情をしているので分かりにくいが、非常にプライドの高い男である。その高さは日向以上である。だから風花に恫喝されてカチンときていた。「素人監督何するものぞ」と心でつぶやき「絶対に初回は点を取られない。いや、この試合一点も与えない」と決心していた。


 さあ、プレーボール。主審の佐渡の手が上がった。

 キングのトップバッターは風間。大のマリンズキラーである。打率も規定打席には届いていないが高打率を残しており、このままいけば、元町と武田の首位打者争いに割って入るところまできていた。要注意打者である。

 壺、第一球。風間の懐に速球を投げ込む。ボール。しかし電光掲示板の表示は149キロ。「えっ?」という表情を風間が見せた。ポーカーフェースの彼にしては珍しいことだ。でも当然といえば当然だ。いつもの壺ならせいぜい140キロ台前半の速球しか投げないからだ。壺は球の速さよりも精密なコントロールで勝負するタイプなのである。さて、第二球。早い。風間打ち遅れてこれをファール。第三球。またも内を突くストレート。風間見送り。ストライク。カウント1−2。第四球目。半速球だ。風間打ちに行く。落ちた。フォークボールだ。三振。しかし、壺ニヤリともせずにボールを要求する。

 二番は上杉。これまたフォークボールの餌食になる。三振。三番は武田。初球からフォークボールで空振り。第二球、チェンジアップにタイミングをずらされた武田手が出ず、2ストライク。第三球、外に快速球150キロ。ストライクアウト。「ボールでしょ」と武田抗議するが佐渡は無視。三者三振。壺の気迫のこもったピッチングでキングの出鼻をくじいた。

「ナイスピッチング!」

 風花が手を出し、壺はグラブでそれに応えたが顔は笑っていない。気迫が伝わる。いい顔だ。


 一回の裏、マリンズの攻撃。打席に向かおうとする元町に風花が声をかけた。

「元町くん、今からでも遅くない。ホームラン四十本打ってくれたまえ」

 それに対し、元町は、

「そんだったら俺を四番においてくれなきゃ」

と口ごたえをした。

「一番には一番のバッティングがあるの」

 元町はつぶやいた。

 マウンド上には菅生。意外なことだが彼は今シーズン、マリンズ戦でまだ勝利をおさめていない。苦手なわけではない。トラブルや不運が続いているだけだ。それだけに気合も入っている。「今日こそはマリンズを倒して奈落の底に落としてやる」心でつぶやいた。

 打席に元町が入る。その初球、150キロのストレート。「いただき! コンパクトスイング」元町が素早いスイングをする。バットが鞭のようにしなる。『カキーン』快音を残して、打球はライトスタンドへ。先頭打者ホームランだ。「いけねえ、四番のスイングしちまった」元町は鼻の頭をかきながらつぶやいた。マリンズ先制。

 続くは富士。気を取り直して菅生第一球。『カキーン』えっ? 誰もが思った。打球はライトスタンドに一直線。小兵の富士がホームラン。それもここまで防御率一位の菅生から連続ホームラン。スタンドがどよめく。

「公平、真似すんなよ」

 元町が富士のヘルメットを叩くと、

「僕だって、高校時代はエースで四番だったんですよ」

富士は応えた。

 マウンドには尾根沢投手総合コーチが早くもマウンドに走ってくる。尾根沢コーチは風花の前任のマリンズ監督だ。去年はマリンズの投手総合コーチをしていたがオフに大リストラが上島オーナー主導で行われ解雇された。それを東京キングが引き取った形だ。彼の投手育成は評判が高い。今の位置は適材適所だろう。それはともかく。

「菅生どうした?」

 という尾根沢の問いに、

「わかりません、ボールも行ってますし、体に異常もありません」

と菅生は応えた。

「じゃあ、まぐれ当たりってことだな。ここからが勝負だ」

「はい」

 尾根沢はベンチに戻り、日本橋監督と何事か話し込んでいる。

 ゲーム再開。バッターはアンカー。またしても初球だった。アンカーの打った打球はライトフェンス直撃、あわや三者連続ホームランかという当たりの2ベースヒット。三連打だ。ここで四番、トラファルガー登場。一球目は外角にボール。第二球、ストレートがど真ん中に入った。トラファルガー渾身の一撃。レフトスタンド場外に消える大ホームラン。4−0。初回からマリンズ打線爆発。続く台場、門脇、潜水もヒットでノーアウト満塁。バッターは八番、氷柱。打率.200。ここで凡打したら打率一割台だ。ちょっと困る。二番手キャッチャーの多賀城が手ぐすね引いて待っている。菅生第一球。ストライクコースの速球だ。「えい!」氷柱は目をつむってバットを振った。ボールは吸い込まれるようにバットに当たり、レフトスタンド上段に突き刺さった。満塁ホームラン。氷柱、プロ入り初の満塁ホームランだ。呆然とスタンドを見つめる菅生。その顔色は真っ青だ。マリンズが初回から大爆発。ここで菅生は交代。多摩川がリリーフとして送られた。8−0。防御率一位男から大量得点。ベンチが盛り上がるのは間違いない。その後、マリンズ打線はキングのリリーフ陣を滅多打ちにし、前回のキングダムドームでのうっぷんを晴らした。投げては壺が散発三安打の完封勝利。男を上げた。


 第二戦はマリンズ天明、キング柳生の投げ合いになったが、絶好調の元町がサヨナラホームランを放ち、二連勝。風花は「元町くんを本当に四番に据えるか」と真剣に悩みはじめた。


 第三戦は突然の豪雨で中止。この試合の振り替えが九月になったことで重要な一戦になるのだが、その時はそんなこと誰も思わなかった。


 続く孔子苑球場の大阪タワーズ戦にマリンズは表のローテーションで圧勝、名古屋カーボーイズに苦戦した東京キングを抜かして再び首位に返り咲いた。

「これから暑い夏を迎える。体調に気をつけてこの熱い戦いを乗り切ろう!」

 風花は選手たちを鼓舞した。選手たちは初めて経験する優勝争いに興奮し、同時に緊張した。

「リラックス、リラックス。獲って食われるわけじゃない。平常心で戦えば、勝てるさ」

 風花は選手一人一人の肩揉みをした。でも本当は一番緊張しているのは風花本人だった。胃腸薬が手放せないほどにプレッシャーを感じていた。しかし、指揮官として、そんな姿を見せることはできない。せめて陽気で馬鹿なキャラクターを演じて、チームを明るくしようと努めた。


 そして、熱い夏がやってくる。

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