12 対東京キング 1回戦 (前編)
難波ドームでの対大阪タワーズ戦を三連勝で飾った横浜マリンズは二十九日の夜、新幹線で新横浜駅に帰ってきた。
「明日は試合ないけんど、シーズンは始まったばっかりだ。体力有り余ってるだろ。練習すっど」
宗谷ヘッドコーチの容赦ない言葉に、選手たちからため息が漏れる。それでも、文句が一つも出ないのはやはり三連勝して意気が上がっているからだろう。
「そいじゃあ、午後二時から練習すっど」
「はい」
選手たちは返事をして、家路に着いた。
翌、三十日、タワーズ戦で投げた、横須賀、天明、壺の三投手は軽い調整で済ました。日向、ベルーガと東京戦で投げる投手は気合のこもった投球練習をしている。
「監督、第三戦の先発どうしますか?」
投手コーチの西東が効いてくる。
「早くも歪みができちゃいましたね」
風花も渋い顔だ。本来、ローテーションは日向を中心に考えていた。開幕戦を日向が投げていれば、東京キング戦の三戦目に中五日で日向を持ってこれるはずだった。しかし、風花が東京キングとの一回戦を重視したためにローテーションが狂ってしまった。順番通りなら第三戦は横須賀だが年老いた体に中五日はきつい。中十日くらいあけたいので開幕戦終了後に登録抹消した。
「さて、横須賀の代わりに活きのいいやつを上にあげますか?」
「誰を上げるの?」
「大漁丸か足柄ですね」
「大漁丸は立ち直ったのかい?」
「ええ、二軍ではすでに二勝しています。防御率は1.08です」
「ほう。足柄の方は?」
「三勝しています。防御率は3.02です」
「じゃあ、ここは大漁丸だな。でも先発は大漁丸じゃないよ」
「誰ですか?」
「横須賀の第二先発、純一郎だ」
風花は第三戦の先発を住友に決めた。
「横須賀くん。この十日間の抹消期間でコーチ業を学んでください。ウチは投手コーチ一人しかいないからブルペンのことを鵠沼バッテリーコーチに任している。それだと心もとない。ブルペンには西東コーチがいたほうがいい。投手の代えどきなど、しっかり見てください。サブウェイズ戦には選手に復帰だ」
「わかりました」
もともと、投手のリーダー格の横須賀だ。きっとうまくやってくれるだろう。
この日は軽い練習主体で夕暮れとともに終了した。
明日の予告先発を見て、スポーツ紙の記者たちは色めき立った。
「日向を東京キング戦に取っておいたんだな」
「じゃあ、確執はデマか」
「また、風花マジックにやられたのか」
「あいつの頭かち割って、脳みそ調べてみたいわ」
出入〜の南記者はタワーズが三連敗したので機嫌が悪い。
「まあまあ、それにしても明日の日向対キング打線、楽しみだな」
スポーツジャパンの東記者が言う。
「交流戦でも当たってないので本当の初対決ですね」
算計スポーツの西村記者が言う。
「日向の球は初対決では難しいですよ」
夕日スポーツの北方記者が言う。
「楽しみですな」
というのが結局のところ、みんなの総意なのである。
決戦は三月三十一日、火曜日。天候は晴れ、微風。いい条件だ。ナイターなので少し肌寒い。だが野球をするにはちょうど良いだろう。
風花は電車でベイサイドスタジアムまで出勤している。今日は贅沢して、東横線の横浜駅でみなとみらい線に乗り換えてみなとみらい駅に降り立った。いつもは東横線で横浜に出てJR京浜東北線で関内駅に降りるのだ。ただ、ベイサイドスタジアムまで距離があるのが難点だ。だから今日はお金を余計に使って、歩く距離を短くしたのだ。何にもしなかった風花も開幕戦は疲れたようだ。
「おはよう」
風花が挨拶したのは日向だった。
「監督、今日は必ず勝ちます」
日向から力強い声が聞かれた。ちょっと、いれこみすぎだなと風花は心配した。
次に宗谷ヘッドコーチが潜水と現れた。
「おはよう」
風花が言うと、宗谷コーチが、
「潜水の腰高が出てきたから、調整しただ」
と報告した。
「大池コーチは?」
風花が聞くと、
「あいつには関係ないだ。おらが勝手にやったことだ。大池を叱らないでくんろ」
と宗谷コーチは頼んだ。
「じゃあ、潜水の腰高調整の件は、大池コーチに伝えて、彼に引き継ぐこと。宗谷さん、自分でなんでも抱えないで、下のものを使ってください。ノイローゼになっちゃうよ」
「オラは鈍感だからノイローゼにはならないだ」
宗谷は明るく言った。
選手たちがワイワイガヤガヤ、ロッカールームに入ってくる。その顔は笑顔だ。三連勝がよっぽど嬉しかったんだろう。風花が宗谷コーチに聞くと、去年は三連勝どころか二連勝もなかったそうだ。それじゃあ九十九敗もするよなと風花が監督室で思っていると、宗谷コーチがやってきて、
「監督、ミーティングの時間だぞう」
と伝えに来た。
「あいよ」
風花は言って席を立ったが内心、
(ミーティングに僕を呼び出すのも宗谷コーチか。他の若手コーチは何を考えてんだ。宗谷コーチを舐めているのか? ちょっと根性叩き直さないといけないな)
と考えていた。
「やあ、みんなこんにちは」
風花が挨拶してミーティングが始まった。まず宗谷が仕切る。
「みんな、今日からの三連戦に命かけてもらわなきゃならねえ。東京キングも名古屋カーボーイズ戦を三連勝できておる。日本橋新監督は若い。波に乗らせるととんでもない強敵になる。それでなくてもウチはキングに弱い。“横浜銀行”って呼ばれているだ。これ以上の恥はかけない。だから命かけてもらうだ」
「はい」
みんなが一斉に返事をした。感触は悪くない。
「今日の先発は日向だ。新聞に『首脳陣と確執?』とか書かれていたけどあれはデマだえ。今日のキング戦を重要視しての作戦だがや。みんな理解してるだな」
「はい」
「おう、いい返事だがな。そうだ日向、一言意気込みを行ってみなよ」
宗谷が日向に話を振った。日向は、
「俺は、俺のピッチングをする。みんなも自分の力を出してくれ」
と相変わらずアウトローなことを言った。
「監督、何か?」
宗谷が聞く。
「君たち、命かけるって言ったな。その言葉、甘いものじゃないぞ。凡プレーや怠慢プレーをしたやつは容赦なく、小田原に行ってもらう。今シーズン飼い殺しだ。それくらいの覚悟を持って初めて、命がけのプレーっていうんだ。分かってるのか」
突然の風花の言葉にナインは驚愕した。純粋に怖かったからだ。風花は続ける。
「コーチ陣だってそうだぞ。サインの伝達ミスとか、判断ミスとかしてみろ。すぐに球団付けの閑職に飛ばしてやる。君たちからはコーチとしての力量を感じないんだよ。一年目だからって甘えていないか。宗谷さんだって西東さんだってコーチ一年目だぞ。分かってんのか、鵠沼、大池」
二コーチの顔色が青くなった。万座の席でつるし上げだ。それだけ、風花の怒りが強いことが分かった。
恐ろしく、緊張感漂うミーティングが終わった。二コーチはすぐに風花の元へ行き謝罪した。
「分かればいい。それも勉強」
風花は謝罪を受け入れた。
ミーティングではすっかり言い忘れたが、東京キングの先発は昨年エースに躍り出た
マリンズの打撃練習をじっと見ている影が三塁ベンチにある。菅生だ。研究熱心な彼は投球練習をすっ飛ばしても、敵の状況を見つめてメモを取っているのだ。そんなピッチャー、マリンズにはいない。三塁ベンチをちらっと眺めた風花は、
(さすが、キングのエースになるやつは心構えが違う)
と感心した。
続いて、東京キングの打撃練習だ。と同時に開門し、ファンがスタンドの入ってくる。
「なんだよ」
風花はずっこけた。お客の七割近くがオレンジのタオルを首に巻いている。もちろん東京キングのファンだ。去年の開幕戦はもうちょっとマリンブルーのお客様いたよな。やっぱり九十九敗が効いているな。みんな呆れちゃってファンやめちゃったんだ。なんとかファンを取り戻さなくては。いや倍増させなくてはと風花は心に誓った。
そういえばSK-II48が今年は来ていない。菅井さだの姿もない。
「SK-II48は今年こないの?」
と風花が聞くと、
「ええ、老人いじめだと不謹慎狩りにあって活動停止中です」
丘田真純マネージャーが教えてくれた。
「じゃあ、今年は派手な開幕セレモニーはやらないんだ?」
「いいえ、YHM48が来ますよ」
「なにそれ? 聞いたことない」
「今度新しくできる48グループですよ。横浜のかわい子ちゃんが結集です」
「ほう、ちょっとドキドキ」
「みんな未成年ですよ、監督ロリコンですか?」
「いや、女子大生がいいなあ」
「この、変態監督!」
「じゃあ、丘田君はどういったのが好み?」
「……年上です」
「よっ、後家殺し!」
とかなんとか、くだらない話をしているうちに東京キングの打撃練習が終わってしまった。風花は何にも見ていなかった。やっぱりこの辺は相変わらず、駄目男だ。
マリンズ、続いてキングの守備練習が終わり、ベイサイドスタジアムの開幕セレモニーが始まった。神奈川県立港西高等学校ブラスバンド部の演奏でYHM48のメンバーがダンスを披露。会場は大いに盛り上がった。続いてキングのメンバー紹介。ついでマリンズの選手、コーチが紹介された。ここでトラブル。なんと風花が名前を呼ばれない、ハプニング。慌てて最後に呼ばれた時には風花、ヘソを曲げてグランドに出なかった。ブーイングが起こる。それに反応して、グラウンドに飛び出ようとする風花。階段でずっこけて頭からグランドに突っ込んだ。また頭部打撲だ。立ち上がらない風花。場内がシーンとする。二年連続意識不明か? とみんなが心配したところで、
「ばあ」
と起き上がっておどける風花。これにはマリンズファンも激怒だ。
「ふざけんなあ」
「コント見に来たわけじゃないぞ」
それに手を振って応える風花。ダーティーヒーローを目指しているのかしら。茶番終わって、マリンズの選手たちがグランドに散る。間もなく試合開始だ。スターティングメンバーを紹介しよう。
先攻 東京キング
一番
二番
三番
四番
五番 サーベル、背番号42。レフト。
六番
七番
八番
九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。
後攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
東京キングは主力のキャッチャー、土肥が故障で一軍におらず、エースだった北条も不振で二軍調整という、苦しい状況である。それでも開幕三連勝を飾ったのは厳しい状況の中、監督に就任した、日本橋慶喜を男にしたいというナインの思いと、FAでマリンズから移籍した浦田が四番にどっしりと構えているからである。また、土肥の代役であるルーキーキャッチャー真田も好リードで投手陣を支えている。だが打撃では土肥にかなわない。
さあ始球式だ。といっても横浜市長だから面白くもなんともない。菅井さだの方が何百倍も面白かったと客はしらける。市長だけが喜んで手を振ったりしている。客の反応は鈍い。大丈夫か、横浜市政?
それはともかく、主審の笹原の手が上がって、「プレーボール!」
一番はすっかりチームリーダーに成長した武田。日向、第一球投げた。ズバッと決まった快速球。157キロ。ストライク! 武田、手が出ず。
「早い。気合いが入っとるだなあ、日向は」
宗谷コーチが感嘆する。
「ちょっと気負いすぎだよ。相手を舐めるくらいで丁度いい」
風花はちょっと心配顔だ。しかし、
「ストライク、アウト!」
武田、三球三振。続く比企も三振。三番、坂東のバットもくるりんと回って三者三振。恐るべき気合だ。怖くて誰も近づけない。だが、強心臓の元町だけが「ナイスピッチ」とグラブで日向の腰を叩いた。特に問題は起きなかった。
一回の裏、マリンズの攻撃。
「元町くん、例の作戦でね」
「へい、お任せあれ」
例の作戦とは待球作戦である。菅生の体力を消耗させる作戦だ。そんなことも知らぬ菅生、第一球。唸るような重い速球だ。ストライク1。第二球内角に鋭いシュート。ギリギリに入ってストライク2。
「ここからだぜ。覚悟しな」
元町は独り言した。だが、
「うわあ」
と空振りして倒れた。見たこともないような落差のフォークボール。あえなく三振。
「どうしたんだよう」
文句を言う風花に、
「あれはファールなんてできませんって」
と元町は言い訳した。
続く富士も全く同じような形で三球三振。
三番、アンカーもストレートに振り遅れて三振。菅生も三者三振に切って取った。
「すごいのが、僕の寝ている間に出てきましたね」
風花が言うと、
「去年はあんなにすごくなかっただ。それだけ成長したんだ。こりゃあ、強敵だわ」
と宗谷コーチが応えた。
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