28 福島の死闘 (前編)
横浜マリンズは東京キングと二連戦を行うために、会津赤べこスタジアムに到着した。初めて来る球場なので、風花はじっくりと見聞した。両翼は105メートルと地方球場としては異常に広い。右中間、左中間も深い。これはホームランが出にくい代わりに、二塁打などの長打は出やすい。またファールゾーンが広くて、守備力が試される。ワイルドピッチで二塁から本塁生還もありうる。マウンドの傾斜は急で、キングダムドームに似ている。今日の先発日向がイラつくのは目に見えている。風花は空を見上げた。
赤べこスタジアム上空は曇天であった。天気予報では今日遅くから雨が降り、明日いっぱい続くという。
「雨天中止だけは避けたいなあ」
風花が誰ともなく呟いた。
「なんでですか?」
耳聡く聞きつけた元町が尋ねる。
「そりゃあ、福島のお客様にいい試合をお見せしたいからさ。それに……」
「それになんですか?」
また尋ねる元町。
「ここでの試合が中止になったら、代替試合はキングダムドームだろ。君ら、あそこじゃ勝てないじゃないか」
風花がイラついた表情で答えた。
「こりゃまた失礼いたしました!」
元町は逃げ出した。
午後四時。ビジターのマリンズの打撃練習が始まる。風花は、今ひとつ本調子のでない。台場、門脇、潜水の若手トリオにケージの後ろでハッパをかけていた。
「台場、もっと堂々と構えろ!」
「門脇、荒々しいスイングをしろ!」
「潜水、シャープなバッティングをしろ!」
まるで一流の打撃コーチのようだが、具体的なことは何も言っていない。精神論だけの一時代遅れたコーチングである。それでも、監督直々に声をかけられると気合が入るらしい。三人のバットから鋭い快音が聞かれだした。その音を聞いて満足したのか、風花はケージを離れた。そしてレフト側に歩き出す。レフトでは一軍に上がってきたばかりの枯木山水が守備練習をしていた。枯木は打撃力においてはチーム五本の指に入るのに、守備が下手くそなために一軍に上がれない選手だった。だがキングに勝つには打撃力のアップが必要である。風花は、あえて守備要員の屋形を登録抹消し、枯木を代打要員としてピックアップした。しかし、マリンズの出場登録選手は投手力重視のため、野手が少ない。万が一のために枯木に守備の特訓を命じているのである。枯木は下手くそなくせに、内外野ともにこなせるという、ギャグみたいな特徴がある。
甲板コーチが外野フライをノックする。枯木は見事に目測を誤り落球。顔を赤くした。ついで、氷川コーチがゴロを打つ。ひゃー、見ていられない。トンネルだあ。風花は渋い顔でベンチに戻った。
「枯木の守備は使えないな」
風花は宗谷ヘッドコーチに言った。
「守らす気でおったんか? 馬鹿げてるだ」
宗谷が呆れた顔で答えた。
午後五時。東京キングの守備練習が始まる。ファーストの河津や、サードの浦田はキャッチしたボールをスタンドに投げ込んでいる。外野手もそうだ。ファンサービスが悪いと言われてきていたキングも最近は色々と努力している。球界の盟主と言われた時代は遠い昔だ。今は比較的人気のある球団に過ぎない。お山の大将ではいられないのだ。
一方、マリンズの守備練習はパフォーマンスだ。ノッカーの宗谷はノックのボールをレストスタンドへホームランするし、元町はバック転しながらフライを捕って一塁側スタンドに放り投げる。すると、セカンドの富士も悔しがって真似する。アンカーは三塁側のスタンドに遠投する。ボール一つでファンは喜び、良き思い出になる。両軍とも、ファンサービスの大切さを身にしみて感じているのだ。
午後五時半。スターティングメンバーの発表。
先攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
後攻 東京キング
一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。
二番 上杉輝秋、背番号7。センター。
三番 武田隼人、背番号6。ショート。
四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。
五番 小机龍之介、背番号8。レフト。
六番 浦田蔵六、背番号25。サード。
七番 河津太郎、背番号50。ファースト。
八番 畠山忠重、背番号33。ライト。
九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。
マリンズはピッチャー以外、いつもと同じ。キングも最近はこのメンバーで固定してきた。マリンズキラーの風間、小机のルーキーが気合の入った素振りをしている。しかし、押しも押されもせぬエースである菅生がマリンズ戦に何故か勝っていない。今季の球界七不思議である。両チームの残り試合は今日を入れて、六試合。成績はキング十二勝一引き分け、マリンズ五勝一引き分けである。マリンズは去年からキングダムドームで一試合も勝っていない。つまり、株式会社クルリントがオーナー企業になってから一試合も勝ってないのである。あの、おちゃらけ(を演じている)上島竜一オーナーも「キングダムドーム0勝ですか。ははは」と冷笑を浴びせている。
でもビジターとはいえ、今日は福島だ。キングダムドームの悪魔はいない。それにマリンズに勝てない菅生。いけるんじゃないかと風花は楽観視している。しかし、現実はそう甘くなかった。
一回の表。マウンドに上がった菅生の顔は鬼のようだった。防御率、ア・リーグ唯一の1点台である彼が、度重なるアクシデントで、ここまでマリンズに勝ち星なし。チームがマリンズの後塵に甘んじているのは自分のせいだと強く感じている。「今日は必ず勝つ」そう心に秘めての登板だった。
マリンズのトップバッターはおなじみ、元町商司。こちらも表面上はおちゃらけているが、武田との首位打者争いがデットヒートしている。気合充分だ。
「チワッス、土肥さん。今日は菅生、なんだか怖いですね」
元町の「おしゃべり戦法」が始まると、土肥は、
「今日はお前ら打てないぞ」
と返した。
「それじゃあ、困るんです。首位打者を獲るにはヒット、ヒットと行かなくちゃね。ここはひとつど真ん中のストレートをお願いします」
元町は頼んだ。
「バカ言うな」
土肥がキャッチャーミットを構えると、菅生の第一球はなんとど真ん中のストレート。
「いただき!」
元町がフルスイングする。しかし、なんとバットが真っ二つに割れてサードフライ。浦田がキャッチして1アウト。
「おいおい、芯でとらえてバットが折れるかよ。漫画じゃないか」
元町はぼやいた。
続く、富士はストレートにタイミングが合わず三振。アンカーもスライダーに手を出し、ファーストゴロ。坂東がさばいて3アウト。やばい予感がする。
一回の裏。マリンズの先発は満を持しての日向である。こちらも気合充分である。対するキングの一番バッターは風間だ。ルーキーのくせして大のマリンズキラーである。日向からホームランも打っている。ベンチから見守る風花にも、日向の苛立ちが見て取れる。風花はマウンドに向かって叫んだ。
「日向、マウンドが高いぞ。念入りに掘れ!」
それを聞いた日向はハッと気がついたようにマウンドを掘り出した。精神が集中し、苛立ちが消える。
「よし、氷柱いくぞ」
日向は大声を出すと第一球を投げた。低めにストレート。これは風間も打てない。ストライク。第二球も低めにストレートを続ける。風間、これをバットに当てるもファール。第三球。出た、釜茹でカーブ。風間、タイミングが合わない。空振り三振。1アウト。続く、上杉、武田も低めのストレートを打てず三振。三者連続三振のスタートだ。
「よっしゃ」
風花が頷き、ナインが日向を出迎える。投手戦の予感。
だがその予感は外れだった。二回の表、1アウトランナーなしで、バッターは五番、台場。
「あれ?」
風花が突拍子もない声をあげた。
「どうしただ?」
宗谷が尋ねる。
「なんか、八郎太のやつ堂々としてないか?」
「そういえば、背筋がピンと立って、腰がどっしりしてるだな」
「こりゃあ、ホームラン打つかもしれないぞ」
風花は過度の期待をしたが、結果は菅生の二球目のチェンジアップをレフト前に弾きかえすヒットだった。
「なあんだ」
がっくりする風花に宗谷は、
「ヒット打つのだって難しい投手だがや。褒めてやらんと」
と戒めた。
「そうだね。僕が間違っていた。八郎太、ナイスヒット」
切り替えの速い男である。
続くは門脇。いつもよりバットを高く持ち上げている。初球、菅生のストレートを門脇強振。空振り1ストライク。
「宗谷さん。あれって荒々しいスイングだよね。うんうん、今度こそホームランの予感」
菅生第二球、スライダーが外角に来る。門脇猛スイング。バットはボールをしっかり捉え、一二塁間を抜くライト前ヒット。
「ありゃあ、またヒット……褒めなきゃね。門脇いいぞ!」
1アウト一二塁のピンチに尾根沢投手総合コーチがマウンドに来る。選手が集まり何事か協議している。
「クセを見つけられたと思っているんだな」
ふふふと笑う風花。
「もしかしたら、潜水を歩かして氷柱で勝負する気かもしれんぞや」
宗谷が言う。
「塁が詰まっているのに?」
「二人の打率を見るだや。潜水は.280。氷柱は.210だがや」
「氷柱に代打出す?」
「まだ早いだ」
キングの選手が守備位置に散った。バッターは7番、潜水。菅生初球を投げる。内角のストレート。ストライク。勝負のようだ。第二球も内角にボール。
「なにで勝負するつもりだ?」
風花は悩む。潜水も悩んでいた。三球目は外角に外したストレート。さあ、勝負の四球目。内角だ。あっフォークボールだ。しかし、潜水、腰を低くしてシャープなスイングをした。ライト線への2ベースヒット。台場に続いて一塁ランナーの門脇も生還。0−2、マリンズ先制。マウンド上うなだれる菅生。こんなシーンは滅多に見られない。不調の若手三人組で2点をもぎ取り、沸き上がるマリンズベンチ。一方、キングの日本橋監督は唇を噛んでいた。
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