30 サブウェイズ撃破
横浜マリンズと東京キングのデットヒートは九月になっても続いていた。まさに抜きつ抜かれつである。こうなると下位チームに不覚を取ったほうが負けるのが常道だが、二チームとも負けなかった。さすがに三連勝続きとはいかないが、負け越しが全くなかった。そして未だ0.5ゲーム差でマリンズが首位に立っていたがマジックは点灯しなかった。直接対決がまだ五つもあるのだ。ベイサイドスタジアムと福島で二試合雨で流していることもある。そして今日、コミッショナー事務局から新しい試合日が発表された。
「はあ? ベイサイドスタジアムで四連戦をやって翌日キングダムドームで最終戦だと。殺す気か? コミッショナー事務局は。前からおかしいと思っていたんだ。奴らは僕たちを殺そうとしている」
風花は監督室で叫んだ。
「でも、条件はキングも一緒だあ。しかもホームで四試合できるんだ。こっちが有利だがや」
宗谷ヘッドコーチが風花をなだめる。
「そういやあ、そうだな」
あっさり、前言を翻す風花。
「それよりも、サブウェイズ戦があと三つ残っているだ。」
そうなのだ。大阪タワーズには十九勝四敗で残り二試合、名古屋カーボーイズには十六勝四敗であと五試合、瀬戸内バイキングスには十七勝六敗であと三試合と圧倒的勝利をあげているマリンズだが東京メトロサブウェイズには十勝十二敗とほぼ互角の勝負をされてしまっている。残り三試合。知将、日比谷監督率いるサブウェイズに必ず勝ち越さねばならない。東京キングはサブウェイズに勝ち越している。この三戦が勝敗を分けると言ってもいい。
今日は久々に本拠地ベイサイドスタジアムでの試合だ。大阪タワーズの“死のロード”は有名だが、難波ドームの完成で負担が軽減した。今季、一番割を食ったのはマリンズでないかと風花は考えている。絶対、シーズン終了後、コミッショナー事務局に意見書を出してやろうと風花は思っている。
今夜からの相手は問題の東京メトロサブウェイズである。二つの負け越しを取り返すためには三連勝しかない。日向、ベルーガ、壺を用意し、万が一の時のために住友を後ろで待機させることにした。
天気は晴れ。今年は残暑が厳しく、夕方になっても気温が三十二度もある。暑がりで汗っかきの風花は、エアコンが効いて涼しい監督室にこもって今後のことを考えていた。
「サブウェイズには三連勝しなければならない。そうすれば二位以上でのチャンピオン・シリーズ出場が決定だ。逆に三連敗すると、三位転落の危険がある。新宿メトロドームもキングダムドーム同様鬼門だ。ファーストステージ敗退の可能性がある。最低でも二位は確保したい。そうすると問題は名古屋カーボーイズ戦だが、あそこは日野監督と沖合GM、豊田オーナーの意思疎通がうまくいっていない。選手のモチベーションも下がっているから大丈夫だろう。瀬戸内と大阪はもう負けないだろう。うーん、できれば優勝して、セカンドステージをベイサイドスタジアムでやりたいなあ。とにかく、キングダムドームはいかん。今年もあと一試合残して全敗かあ。お祓いでもしてもらうかな」
独り言しているところに、宗谷コーチが入ってきた。
「試合が始まるだぞ」
「ああ、すまんすまん」
風花は監督室を出た。机に広げられた帳面には「お祓い」とだけ書かれていた。
午後五時半。スターティングメンバーの発表だ。
先攻 東京メトロサブウェイズ
一番 渋谷忠、背番号1。サード。
二番 原宿歩、背番号3。ショート。
三番 銀座恋、背番号7。センター。
四番 溜池山男、背番号44。ライト。
五番 六本木純、背番号6。ファースト。
六番 四谷菊夫、背番号4。レフト。
七番 有楽斎、背番号2。セカンド。
八番 永田論、背番号10。キャッチャー。
九番 赤坂泰弘、背番号29。ピッチャー。
後攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
サブウェイズの先発は前回、のらねこの来襲に会い、ねこアレルギーを起こして、救急車で搬送された赤坂だ。あれから抗アレルギー剤を常用しているという。日比谷監督は横浜マリンズ及び、ベイサイドスタジアムに対し、のらねこの徹底除去を依頼したという。その赤坂。体調はすぐに回復し、十六勝でハーラーダービーのトップを日向、キングの菅生と争っている。
「なあ、日向くん」
風花はマウンドに向かう日向を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「この試合、完投とか考えないでいいから」
「ああ、行けるところまで全力で行けってことですね」
「違うよ」
「えっ、じゃあなんですか?」
「手抜きをしてくれ」
日向の目がギラリと光る。
「どういう意味ですか?」
キレる兆候だ。やばい。何を言っているんだ? 風花は。
「君には、これから中四日で行ってもらう。体力を温存してくれ」
風花はこともなげに言った。
「そういうことですか。じゃあ、打たせて取るピッチングをします」
「頼むよ」
風花の意図を理解し、日向はマウンドに向かった。
その日向、彼はピッチングがうまい。高校時代、孔子苑の高校野球大会では得意のストレートを封じ、変化球だけで一試合投げ通した実績もある。プロに入ってからは速球投手のイメージがあるが、今日はそれを捨てた。サブウェイズ打線はそれに戸惑った。いつ、ストレートが来るんだと、バッターボックスで考え込んでしまった。しかし、ストレートが来るのは稀で、ほぼ、変化球。これにバットを当てるのが精一杯。日向は七回を八十球で零封した。汗一つかかない投球だ。一方の赤坂は、体をいっぱいに使った全力投球。こちらも七回を0点に抑えた。
「今日の日向は変化球投手だ。変化球を狙え」
遅ればせながらサブウェイズの浅草打撃コーチが円陣を組んで、作戦を披露した時、風花が主審の佐渡に何か告げた。
——ピッチャー、日向に変わり、砲。
とコールがされ、観客と、サブウェイズベンチがざわついた。
「なんだと。日向は八十球しか投げていないぞ。故障か?」
冷静な日比谷監督が思わず叫んだ。バッターたちも浅草コーチも戸惑いを隠せない。
しかし、マウンドには砲。超高速ボールの持ち主だ。サブウェイズ打線は、日向の変化球に目が慣れてしまい、砲の“石飛礫投法”に手が出せない。あっさり、三人で斬って取られた。
サブウェイズはもちろん、赤坂の続投だ。何せ、散発の三安打しか打たれていないのだ。代えようがない。マリンズのバッターは七番、潜水からだ。赤坂第一球。潜水、セーフティバント。不意をつかれた赤坂、足がもつれて転倒。ボールを投げられない。1塁セーフ。続く氷柱は定石どおり送りバント。ランナー二塁。ここで風花は代打の切り札に成長した枯木を砲に代えて送る。敬遠はできない。次は首位打者争いをしている元町だ。
「一発さえ、気をつければいい。穴の多いバッターだ」
キャッチャーの永田が赤坂にアドバイスする。
「はい」
赤坂は気丈に答える。ナインがグラウンドに散る。
さあ、勝負!
赤坂は初級、フォークボールを投げた。枯木大振りして1ストライク。第二球、フォークを続ける。なんと、枯木コンパクトスイング。打球は一二塁間を抜けるライト前ヒット。潜水懸命に走る。ライト、溜池バックホーム。
「セーフ」
佐渡の両手が横に広がる。マリンズ先制!
マウンド上で、グラブを地面に叩きつける、赤坂。しかし、立ち直って、元町、富士を抑えた。
風花は投手交代を告げる。
「ピッチャー、住友」
いいピッチャーを惜しげもなく使う風花。住友はサブウェイズ打線を三人で抑えた。
九回はクローザー大陸だ。彼も、三者三振にサブウェイズを斬って取り、マリンズ先勝。二位確定まであと二勝と迫った。
第二戦はベルーガと丸の内。風花は通訳の沈没さんを通じて「力を抜いて投げろ」とベルーガに指示したが、ベルーガは力の抜きどころを知らなかった。たちまちサブウェイズに3点の先制を許す。短気の風花は、
「純一郎、行け」
と一回から住友を出してきた。住友は全力投球である。後続を打ち取り意気揚々と帰ってきた。
「よし、3点くらい一気に取り返せ!」
「おう!」
マリンズ打線は活発だった。丸の内から一気に5点を取って試合をひっくり返した。
「純一郎、最後まで行ったれ!」
風花は準完投を住友に命じた。リリーフに甘んじていた、住友は大いに喜び、命令通り最後まで投げきった。これで両チームは十二勝十二敗の五分。決着は最終戦に持ち込まれた。
第三戦、マリンズの先発は壺。サブウェイズは秋葉原。風花は、昨日のことがあるので壺には何も言わなかった。だが壺は要所を心得ていた。得意の高速クイックモーションを駆使し、サブウェイズ打線を六回1失点に抑えた。好調の打線は秋葉原を粉砕。サブウェイズ投手陣から10点をもぎ取り、二位以上を確定した。サブウェイズは三位が決定した。
これで残すはカーボーイズと六戦、タワーズ、バイキングスと三戦、そして最後に東京キングと変則五連戦である。
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