39 ジャパン・シリーズ開幕

 十月十七日土曜日。今年のプロ野球日本一を決める、ジャパン・シリーズがナ・リーグ覇者福岡ドンタックの本拠地、博多ドームで開幕する。当日は晴れ。日本唯一の開閉式ドームである博多ドームの屋根が開いた。シリーズを盛り上げるためのニクい演出だ。


 午後三時、開門。

 グラウンドでは、横浜マリンズが打撃練習をしている。監督の風花といえば、お気に入りの湾岸テレビの“あんぱん”こと安藤圭子アナに独占インタビューをされている。というか、させている。まだ再婚して一年だろ。大丈夫かとスポーツジャパンの敏腕記者東国春ひがし・くにはるは思った。

 さて、そのインタビューの内容といえば、

「僕はさあ、某有名私立大学の文学部を首席で卒業したんだよ」

とか、

「香蘭社という大手出版社でベストセラーの編集をしていたんだ。それが一人の女の盗作事件で営業部に左遷。そこで上司と喧嘩して、首の骨、折っちゃったんだよねえ。幸い示談が成立したから、警察沙汰にはならなかった。でも、あんなやつ、死んでもよかったんだ。まあ、それで解雇だよ」

などと、自分の半生を語る風花。それに対してあんぱんちゃんは、

「浮き沈みの激しい人生を送っていらっしゃいますね」

と同情してくれた。風花は調子に乗って、

「まだまだ話したいことがいっぱいある。試合後に夕食でもいかがですか?」

とディナーに誘ったが、

「すいません。十一時から番組の本番がありますので」

とやんわり断られた。

「じゃあ、ウチが日本一になったら食事会をしよう。そうしよう」

 風花は勝手に決めると、返事も聞かず、グラウンドに出て行ってしまった。


 グラウンドに出ると、各打者の打撃の状況をつぶさに見つめる。元町、富士、アンカー、トラファルガーまでは絶好調をキープしているが、台場、門脇、潜水

の新鋭の調子が上がらない。風花は三者三様のアドバイスをした。台場には「余計なこと考えずに来た球を打ち返せ」と言い、門脇には「君はどんな球でも打てる。臨機応変に対処してほしい。君ならばできる」とアドバイスした。最後、潜水には「腰を低くしろ。春季キャンプからずっと言って来たことだろう」と激しい口調で叱責した。


 打撃練習が終わると、ミーティングが開かれた。司会は宗谷ヘッドコーチだ。

「なあ、みんな。監督から大事な話があるだ」

 宗谷はそう言って風花にバトンを渡した。風花は開口一番。

「この八ヶ月。素人監督についてきてくれてありがとう」

 風花は殊勝なことを言った。

「ア・リーグ制覇。これはみんなの素晴らしい功績だと思うよ」

 選手たちは風花にこんなに褒められたのは初めてだ。

「でね、僕は目標を日本一だと言ったけど、本当はねジャパン・シリーズは敗退してもいいと思う」

 ガクッとする選手たち。風花は続ける。

「近年、ア・リーグとナ・リーグでは実力に差がついている。ナ・リーグの方が強い。これは交流戦の成績から分かる」

「でも、俺たちナ・リーグに全勝しましたぜ」

 元町が口を挟む。

「それはね、敵が我々を万年最下位だからってナメてかかってきたからだ」

「本気出していなかったんですか?」

 富士が尋ねる。

「その通りだよ。でもジャパン・シリーズではドンタックは本気を出してくる。きっとぼろ負けするだろう。でも、落ち込むことはない。堂々と胸を張って横浜に帰ろう」

 風花のネガティヴな演説は終わった。

「監督!」

 日頃無口な門脇が口を開いた。

「監督は僕たちを過小評価しすぎてます」

「そうかなあ」

「僕たち、あの東京キングを倒したんですよ。ドンタックだって倒せます」

 門脇の発言に皆が同意する。

「我々の力に、監督の知力が加われば、絶対勝てます」

「そうですよ」

「そうか。それだけみんな、自信を持っているんだな。でもドンタックは最強チームだ。心してかかれよ」

「おう!」

「この団結力。僕は確かに君たちを過小評価していたようだ。結果はともかく、全力でぶつかろう」

「おう!」

 風花のネガティヴな演説から、選手たちの前向きな言葉が生まれた。マリンズナインは結束力を固めた。


 午後五時半。両チームのスターティングメンバーが発表された。


 先攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。ライト。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 大和武蔵、背番号8。DH。

 九番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 ピッチャー、日向五右衛門、背番号14。


 後攻 福岡ドンタック


 一番 大友統、背番号3。ショート。

 二番 立花勝茂、背番号7。センター。

 三番 団扇川聖一、背番号1。ファースト。

 四番 菊池武、背番号29。サード。

 五番 丸目太、背番号6。レフト

 六番 グラバー、背番号10。DH。

 七番 赤星任、背番号2。キャッチャー。

 八番 阿蘇健太、背番号8。セカンド。

 九番 錨高志いかり・たかし、背番号5。ライト。

 ピッチャー、島津和弘、背番号18。


 ドンタックは交流戦の時とオーダーを変えてきた。左打者のグラバーと錨をスターティングメンバーに入れた。錨はマリンズのことをよく知っている。要注意だ。そして、エースの島津を投入。マリンズ粉砕の準備はできた。

 一方マリンズはDHにベテラン鳴門ではなく、「ホームランか三振」の大和を持ってきた。打棒ではドンタックに負けないと言う自負が風花にはあった。


 午後六時十分。福岡市長の始球式で試合は始まった。始球式ホームラン常習犯の元町は、主審の虎熊に「打ってもいいですか?」と何回も聞き、虎熊に「バカ言ってんじゃない。素直に空振りしなさい」と怒られている。結局、福岡市長はとんでもないボール球を投げて、元町は打ちたくても打てなかった。


 さあやっと本当の試合開始。

 元町は「初球ホームラン狙ってやる」と独り言をしていた。それを聞いた赤星は、

(初球はボールになるスライダーじゃ)

と島津にサインを送った。島津第一球。サイン通りのボールになるスライダー。しかし、元町見送る。

「えっ、初球ホームラン狙ってんじゃなかとか?」

 と赤星が思わず、元町に聞いてしまう。

「えっ、なんで知ってるんですか?」

 元町、逆質問。

「だって、独り言していたばい」

 赤星が答える。

「そうですか。嘘の独り言は効果あるなあ。1ボール儲け」

 元町が言い、赤星はずっこけた。

 結局、元町の嘘が効いてカウント3−2から島津はボールを投げてしまい、フォアボールで元町出塁。

 二番、富士は定石通り、バントで送って、バッターは三番、アンカー。その初球、得点圏打率ア・リーグ一位のアンカー、ライト前に流し打ち。元町三塁回ってホームイン。マリンズ一点先制。しかし、ここから島津踏ん張って、トラファルガー、台場を打ち取る。マリンズ、初回は一点止まり。


 その裏、日向は大友、立花、団扇川を三者三振に斬って取った。上々の滑り出しである。


 二回以降、ドンタックのエース、島津も調子を取り戻し七回までマリンズ打線を無失点に斬ってとった。


 七回裏、ドンタックのラッキーセブンである。バッターは三番、団扇川。三年前まではマリンズの選手だった。国内FAを取得した団扇川は故郷九州に愛着を感じ、ドンタックに移籍した。

「マリンズに育ててもらったのに、なんて恩知らずだ」

 と風花は叫ぶが、自らが勝ち取った権利だ。行使したってなんの問題もない。ファン気質の風花だけが遺恨に思っている。団扇川はなんとも思っていない。

「日向、団扇川だけには打たすな!」

 ベンチから風花が怒鳴っている。

 日向は「へいへい」とつぶやいて、初球を投げた。150キロのストレートが外角に入る。団扇川、それをライト前にヒット。さすがはナ・リーグ首位打者。

「日向、何やってんだ!」

 風花ベンチで荒れる。

「短期は損気だで」

 宗谷が風花をなだめる。

 ここで、バッターは主砲、菊池である。菊池は本塁打王と打点王の二冠の選手だ。ナ・リーグ最強のバッターとも言える。日向は初球、内角高めを攻めた。ここならばバットに当たってもファールになる。その球を菊池は腕を折りたたんでコンパクトに打ち返した。フェアかファールか? 塁審横田が見守る。放物線を描いた打球はレフトポールに当たった。逆転ツーランホームラン。さすがの日向もナ・リーグ最強の打者に打たれてしまった。このまま、第一戦は福岡ドンタックが逃げ切った。


 ベルーガで臨んだ第二戦も、ドンタック打線が炸裂し、8−1でマリンズは落として二連敗。戦前の予想の通りに、“最強チーム”福岡ドンタックが四連勝してしまうのではないか? と野次馬たちは噂した。

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