38 チャンピオン・シリーズ
コミッショナー事務局に大量のハガキ、多数の電話、そしてサーバーがパンクするほどのメールが来たのは、風花と末永の処分が発表された夜からだった。その内容の多くは『風花監督の処分が重すぎる』『風花監督をチャンピオン・シリーズに出させろ』『風花は悪くない。悪いのはマリンズに不当なジャッジをした末永だ』『末永の罰が軽すぎる。風花の罰は重すぎる』などなど風花を擁護する嘆願書や末永審判を批判するものばかりであった。
「ファンの多くが風花監督を擁護している。しかし、暴力は許されない」
コミッショナーの
「ファンあってのプロ野球だ」
と言って、決断をした。
裁木コミッショナーが緊急会見を開いたのは、チャンピオン・シリーズ、ファーストステージの前日だった。コミッショナーは、
「プロ野球はファンに支えられて運営されます。風花監督への嘆願の声が多くのファンから聞こえて来ます。暴力はいけませんが、末永審判のジャッジメントに不手際があったことも事実です。なので今回の風花監督への処分を罰金二百万のみと変更します」
と発表した。
「おー」
という声が報道陣から上がった。
「では、風花さんはチャンピオン・シリーズ、ファイナルステージに出場できるんですね?」
スポーツジャパンの東記者が尋ねる。
「先ほど言った通り、風花君への処分は、罰金二百万だけです」
「ファンの風花監督を擁護する意見がコミッショナー裁定をひっくり返したんですね?」
「その通りです」
こうして、風花涼は出場停止を解かれたのだが……
「ええっ、出場停止が解かれたんですか? 困ったなあ。ツレと温泉にでも行ってゆっくりしようと思ったんですけど」
上島オーナーの電話を受けた風花は開口一番こう言った。
「ちぇっ、キャンセル料払ってくださいよ」
と風花は続けて、上島オーナーを呆れさせた。
チャンピオン・シリーズ、ファーストステージは東京キングと東京メトロサブウェイズの顔合わせで始まった。場所は東京キングダムドームだ。緒戦、キングは菅生を出せなかった。突然の発熱で体調を崩したのだ。代わりに投げたのが外国人ピッチャーのサイコパス。サブウェイズは猫アレルギーの赤坂だ。両投手好投して、回は七回裏。キングは風間のタイムリーヒットで先制した。しかし、八回の表、ヒットの渋谷を置いて、四番、溜池が逆転2ランホームラン。最後は高田馬場が抑えてサブウェイズが先行した。
第二戦も案山子と丸ノ内の投げ合い。両チーム得点を入れられずに延長戦へ突入。最後は怪力、河津のサヨナラホームラン。一勝一敗。イーブンに戻した。
第三戦はキング柳生、サブウェイズ秋葉原で始まった。キングは勝つか引き分ければファイナルステージに進める。サブウェイズは勝つしかない。「ファイナルステージに行ってシーズンの借りを返したい」その思いがキングナインには強かった。それが力みにつながり、キング打線は秋葉原の前に凡打の山を築いた。サブウェイズ打線は五回に柳生を捕らえ、六本木、四谷の連続タイムリーで二点を先制。ファイナルステージに一歩前進した。そして、運命の九回裏。マウンドには高田馬場。先頭バッターは代打の比企。高田馬場投げた。比企、バットを振り抜く。センター前ヒット。キングは代打攻勢。ピッチャーの徳川に代わり、川越がバッターボックスに立つ。高田馬場ここは抑えたいところだが、川越、セーフティバントを仕掛ける。いいところに決まった。高田馬場お手玉。川越、一塁セーフ。打順を一番に回した。バッターは風間。高田馬場投げる。風間打つ。ボールは無情にも、サブウェイズファンの集まるレフトスタンドに入った。逆転サヨナラホームラン。この瞬間、東京キングのチャンピオン・シリーズ、ファイナルステージ進出が決まった。決戦の地はベイサイドスタジアムである。
その頃、マリンズに風花が戻ってきた。なんか面倒くさそうな顔をしている。温泉に行きそびれたからだろう。それに久々にナインに会うという照れもある。
「やあ、皆さん。元気に野球してましたか?」
「はい!」
全員がハキハキとしている。
「ビールかけは楽しかったですか?」
「はい!」
さらにハキハキした答え。
「ふーん、僕はその間、謹慎してたのにねえ。だ〜れも見舞いにきてくれなかった。寂しい話だ」
宗谷が釈明する。
「おらたちは優勝の翌日からチャンピオン・シリーズ、ファイナルステージのために練習したり、社会人チームと試合したりしていたんだがや。見舞いに行けなかったのは申し訳ないけんど仕方ないべ」
「ふーん。ずいぶんと練習していたんだね」
そうすると元町が喋り出した。
「こうなったら、ジャパン・シリーズに行きたいじゃないですか。目標は日本一だって言ったの監督ですよ。なのにひねくれた登場。相変わらず子供ですね」
風花は、
「僕は子供じゃないよ。大人だよ。僕のいない間、いい加減な練習していたでしょ。鍛え直してやる。全員、グラウンド十周!」
といきなり、猛練習を指示した。
「子供だからしょうがない。付き合ってやろうぜ。俺たち大人だからさ」
元町は悟りの境地でも開いたのかということを他の選手に言った。
そしてついに、チャンピオン・シリーズ、ファイナルステージの幕が切って落とされた。
緒戦の先発はマリンズが日向、キングが菅生。エース同士の対決だ。菅生は体調が良くなっての登板と思われる。
「ねえ、宗谷さん」
一塁側ベンチで風花は口を開いた。
「なんだがや」
宗谷が聞くと、
「なんだか僕たち、東京キングとばっかり試合してるような気がするんだけど」
風花は聞いてはいけないことを言った。
「そんなことないだよ。たまたまだよ」
宗谷は冷や汗をかきながら答えた。
優勝したマリンズには一勝のアドバンテージがある。つまり三つ勝てばマリンズがジャパン・シリーズ進出となる。だが風花は、
「アドバンテージのことは忘れろ。全部勝つつもりでやれ」
といつにもなく、厳しい表情で言った。
「相手はファーストステージを乗り越えて意気が上がっている。緒戦に負けたらズルズル行く可能性だってある」
風花の演説は続く。
「神経を研ぎ澄ませろ。心を整えろ。平常心なんていらない。闘争本能をむき出しにしろ。ガッツポーズを作れ。雄叫びをあげろ。気力で勝つんだ」
風花のあまりの熱中ぶりに、選手たちは、はじめ戸惑った。しかし、聞いているうちに脳内にアドレナリンが大放出して、やる気がみなぎって来た。選手たちは野獣のような目つきでグラウンドに散った。
先攻 東京キング
一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。
二番 上杉輝秋、背番号7。センター。
三番 武田隼人、背番号6。ショート。
四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。
五番 小机龍之介、背番号8。レフト。
六番 浦田蔵六、背番号25。サード。
七番 河津太郎、背番号50。ファースト。
八番 畠山忠重、背番号33。ライト。
九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。
後攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
両チームベストメンバーである。上杉の鼻骨もくっつき、防具が外されている。心配なのは、公式戦からしばらく離れていたマリンズ選手の試合勘の状態だ。
だがそんな心配はご無用だった。
日向は初回から吠えまくった。三者連続三振。その裏、元町はキャッチャーの土肥に喋りかけることなく打席に入り、二十球粘ってフォアボールで出塁。二番富士も二十球粘ってセンター前に運び、三番アンカーまでもが十球粘って、ライト前ヒット。元町激走してマリンズ先制。ここまでで菅生はもう五十球投げている。さらに四番、トラファルガーが3−2からホームラン。4−0と早くも菅生ノックアウト。二番手には明日の先発かと見られていた元エース、左腕の北条が上がった。しかし、獣のようなマリンズ打線を止めることはできない。台場がレフト前ヒット。門脇が右中間に2ベースヒットを放ち、ランナー二、三塁。ここで潜水がしぶとく一、二塁間を破ると、台場に続いて門脇もホームイン。さらに氷柱も珍しくヒットをセンター前に運び、ランナー一、二塁。日向がきっちり送りバントを決めて、やっと1アウト。だが、寡黙な人になった元町がまたもフォアボールで満塁。富士も粘って押し出しのフォアボール。続くアンカーは北条のストレートを狙い撃ちしてなんと満塁ホームラン。9−0。日本橋監督は無表情でピッチャー徳川をコールする。北条は真っ青な顔で降板。その目には涙がうっすら浮かんでいた。徳川がなんとか後続をたったが、キングナインは戦意喪失。結果26−0というラグビーかよという試合結果に終わった。
続く二回戦、三回戦もマリンズはキングに圧勝。これでアドバンテージの一勝を加えて四勝となり、マリンズのジャパン・シリーズ行きが決定した。
一方、ナ・リーグは優勝した福岡ドンタックが二位の札幌ベアーズに勝ち、ジャパンシリーズ行きが決まった。
ジャパン・シリーズは横浜マリンズと福岡ドンタックとの対戦となった。“最強チーム”福岡ドンタックにマリンズは勝てるだろうか?
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