27 熱い夏 (後編)
瀬戸大橋を渡ってマリンズ一行は松山入りした。
「なんでバイキングスタジアムは香川にないんだ!」
車中で突然、風花がおかしなことを言い出した。
「なんでそんなこと言うんですか?」
鵠沼コーチが聞くと、
「だって香川なら、美味い讃岐うどんが食べられるじゃないか!」
と風花は鼻息を荒くして答えた。それに対し鵠沼は、
「十二指腸潰瘍が治ってよかったですね」
と大人の対応をした。
松山バイキングスタジアムはベイサイドスタジアムと同じく海に面している。バイキングスの四番、興居のホームランはよく場外に消える。そのボールを目当てに多くのボートが待機している。時にはボール争いをして、海に転落する粗忽者がいるため、試合のある日は海上保安庁の巡視艇が一隻常駐している。
バイキングスの遍路監督は温厚そうな顔と裏腹に、相当な短気である。今季の不振はコリジョンルールだけではなく、根本的な戦力不足だと、フロントにねじ込んで、シーズン途中に新外国人を獲得させた。それがかつてのホームラン王、ベリー・ポンズだったので球界は激震した。なぜならポンズは禁止薬物疑惑の持ち主で、今季は所属球団のない選手だったからだ。
一方マリンズはこの後、名古屋での二連戦の後、福島でのキング二連戦を控えているため、日向、壺を温存、第一戦を住友、第二戦を天明、第三戦を古井戸で戦う。興居、ポンズの強力打線を抑えることができるか?
「それにしてもさあ」
風花がぼやく。
「四国、名古屋、福島。これって死のロードじゃない?」
宗谷ヘッドコーチがなだめる。
「どのチームも同じように苦労してるだ」
「そうかなあ」
と言いながら風花は食堂に向かった。ここの食堂の讃岐うどんは絶品なのである。
午後五時半。スターティングメンバーの発表だ。
先攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 住友純一郎、背番号23。ピッチャー。
後攻 瀬戸内バイキングス
一番 小豆島仁美、背番号8。センター。
二番 伊予完、背番号6。ショート。
三番 長曾我部武、背番号1。レフト。
四番 興居豪、背番号55。サード。
五番 ベリー・ポンズ、背番号25。ファースト。
六番
七番 来島兵衛、背番号5。セカンド。
八番 安芸大虎、背番号2。キャッチャー。
九番 因島真司、背番号18。ピッチャー。
マリンズはおなじみのメンバーだが、バイキングスはポンズが五番に座り、ルーキー足摺が丸亀を追い落として六番に定着して、好成績を収めている。住友ととルーキー対決が楽しみだ。
一回の表。バイキングスの先発はエース、因島。不調のチームを象徴するように、七勝七敗と貯金がない。エースの沽券にかけて今日は勝ちたいところである。マリンズのトップバッターは言うまでもなく元町だ。このところ大振りが目立ち、首位打者の座をキングの武田に奪われている。オールスター戦のホームランが悪い方に働いているのだ。風花は元町にホームラン打ったら罰金と、ホームラン禁止令を出されていた。
「安芸さん、元気?」
元町が陽気に挨拶する。
「元気なわけないだろ。このチーム状況じゃな」
「そうですね。悲惨ですね」
「うるさいわ」
「じゃあ、黙りまーす」
元町は口チャックをした。黙った時の元町は強い。因島のストレートをセンター前にはじき返した。
二番、富士は定石通り送りバント。奇策の多かった風花野球も少しは普通になったと思ったら三番、アンカーまでバント。焦った因島、ボールをジャッグル。どこにも投げられず、1アウト、ランナー一、三塁。バッター四番トラファルガー。
なんとここでバイキングベンチはトラファルガーと五番、台場を敬遠。一回から大チャンスがやってきた。バッターは六番、門脇。バイキングスは前進守備。ホームゲッツーを狙う。初球、なんと、門脇、フライバント。しかし前進守備の来島、後退すれど取れず。元町ホームイン。守備がもたつく間にトラファルガーもホームイン。0−2、マリンズ先制。
「ふふふ、これぞ夏の高校野球作戦よ」
風花のしたり顔に、遍路監督は激怒。ベンチを蹴りつけた。
続く七番、潜水はバントが下手でスリーバント失敗。八番、氷柱は三振で初回は2点で終わった。
一回の裏、久々先発の住友は、小豆島、伊予、長宗我部を連続三振に切って取った。
二回の表は住友からだ。住友は打者としても一流だ。今シーズン、ホームランも打っている。「純一郎、二刀流やる?」と風花が効いたこともあるが「投手一本で行かせてください」とストイックな答えをしていた。
その住友への第一球、因島はブラッシングボールを投げた。これが、短気の住友のハートに火をつけた。二球目のチェンジアップをピッチャー強襲! 慌てて因島がよけると、ボールはバックスクリーンにぶつかっていた。これで0−3マリンズ楽勝か?
二回の裏、先頭バッターは“四国のモンスター”興居。住友、150キロの速球を高めに投げる。
『ガキーン』
なぜか金属の当たるような音がして、ボールがライトスタンドに消える。第36号ホームラン。
続くは、メジャーの元ホームラン王、ベリー・ポンズ。住友渾身の155キロ。
『ドカーン』
大砲が打たれたような音がして、打球は海に飛んで行った。呆然とする、住友。風花が大慌てでマウンドに行き、
「あいつら人間じゃない。打たれて当然だ」
と住友を慰めた。
次は足摺だ。
「こいつは人間だろう」
住友は考えて、150キロのストレートを投げ込んだ。
『カキーン』
鋭い音がしてボールは少数民族、マリンズファンのいるレフトスタンドに飛び込んだ。三者連続ホームラン! さすがの住友も崩れ落ちた。
風花は、
「氷柱のアホ! ストレートばっかり投げさせやがって!」
と怒って、キャッチャーを多賀城に代えた。すると住友は立ち直り、来島、安芸、因島を打ち取った。
「なんで、住友にストレートばかり投げさせた?」
ベンチで風花と鵠沼コーチが氷柱を取り囲む。
「住友のストレートなら、三人を抑えられると思ったからです」
氷柱が答える。
「あのなあ、あいつらは人間じゃないんだ。人間相手の配球じゃ、打たれちゃうんだ。その辺をもっと勉強しなさい」
「はい」
「鵠沼くんもだぞ」
「えっ? は、はい」
「よし、まだ同点だ。宗谷さん、なんかいい作戦ない?」
自分もノープランかいな!
「ああ、因島の調子は今ひとつみたいだから正攻法でいいだわ」
「そう。じゃあそうしよう」
風花はベンチの定位置に戻った。
二回以降、住友、因島ともに立ち直った。八回まで0が並ぶ。興居もポンズも足摺も住友の変化球にクルクルと空回りして三振の山を築いた。多賀城の配球の妙である。なら、多賀城を正捕手にすればいいと思う方もいると思うがそうはいかない。彼はパスボールが多い。捕れる球をワイルドピッチにしてしまう。風花はそれが気に入らなくて第二捕手にしているのである。
九回の表。
マリンズの打順は巡りが良く、一番、元町からである。マウンド上は因島が続投。エースの意地を見せるか。その第一球。元町三塁線にセーフティバント。興居が猛烈な勢いで取りに来る。あっ、同じくボールを追いかけていた因島と興居が衝突。あれ? ボールが消えた。その間に元町二塁へ。安芸が因島の股ぐらからボールを発見。その時三塁はガラ空きだった。元町すかさず三塁へ。バイキングスに痛いミスが出た。興居の巨体にぶつかって転んだ因島はトレーナーを制して続投する。さすがエースだ。踏ん張れるか? バッターは富士だ。スクイズが充分考えられる。それを警戒した因島はボールを連発。富士を一塁に歩かせた。三番はアンカー。得点圏打率、リーグ一位だ。その初球! アンカー、スクイズ。因島、必死にボールをつかむがホームに投げられず。マリンズ勝ち越し。がっくりきた因島を続くトラファルガーが容赦なく襲う。第39号ホームラン。興居との差を広げた。
ここで因島は涙の降板。
九回の裏。
「おい、純一郎。大陸も連投で疲れている。完投しろよ」
風花が声をかける。
「はい。任せといてください」
住友はマウンドに向かった。
「ところで、バイキングスは何番からかな? 四番かあ。えっ、四番から! 二回に三者連続ホームランを打たれた奴らじゃないか。大陸出そう」
と風花はベンチから出かかって、やめた。
「純一郎のプライドを考えなくちゃな。それに大陸は連投で本当に疲れている。潰れちゃ困るから温存しよう」
考え直した、風花であった。
住友は燃えていた。「途中は変化球でも、最後はストレートで押さえてやる」
ボールに向かって独り言をしている。バッターは四番、興居。住友はスライダーとフォークで2ストライクを取った。三球目はなんだ? キャッチャー多賀城のサインに首を横に振る住友。焦れた多賀城がマウンドへ行く。そして、なんと口論になった。慌てて主審横田が止めに入り、風花がマウンドに走る。
「君ら、僕を殺す気か? 学生以来の全速力だよ。ああ、横田さん。すいませんでした。横浜帰ったら西日本審判部に『鴨サブレ』送っときますから」
「全く、マウンドで喧嘩するバッテリーなんて初めて見たよ」
横田は、呆れたという表情を見せた。
「多賀城、どうした?」
「住友がストレート投げたいって言うんです。無謀ですよね?」
「うーん」
考える、風花。そして、
「投げろ、ストレート。だけどコースを考えろ。それは多賀城の言うことを聞け。純一郎」
と諭した。
「はい」
「多賀城も打たれないコースを、よく考えろ!」
「分かりました」
「よし」
風花はもうヘトヘトなので、とぼとぼ歩いてベンチに帰った。
「うへー、ビール飲みたい」
風花がベンチに座るなり言うと、
「麦酒はないけんど、麦茶はあるべ」
と宗谷が冷蔵庫から麦茶を持ってきた。
「ありがと」
風花が麦茶を一気飲みすると、大歓声が起こった。
「わあ、やべえ。余計なこと言っちゃったかな?」
とグラウンドを見ると潜水がフェンスギリギリでボールを掴んでいた。1アウト。
続くも強打者。メジャーの大物ベリー・ポンズだ。住友は初球チェンジアップ。二球目、フォークで追い込み、三球目に渾身のストレート157キロを投げた。『カキーン』
金属音を残して、打球はライトスタンドに……入らないで潜水のグローブに収められた。
次は、ルーキー対決四打席目だ。足摺は第一打席でホームランの後、2三振している。住友振りかぶって投げる。早い、157キロ。第二球、足摺強振も空振り。そして第三球、投げた。足摺一発を狙うもバットに当たらず。時速158キロ。住友、自己最速更新。ゲームセット。マリンズの勝利だ。ヒーローは完投した住友。そしてトリックスター猛打賞の元町だ。
翌日、翌々日もマリンズが勝利。続く名古屋カーボーイズとの二連戦もマリンズの連勝に終わった。マリンズ負けない。
しかし、東京キングも負けなかった。サブウェイズに連勝した後、キングダムドームでカーボーイズ、タワーズとの三連戦に勝って、ついにマリンズとのゲーム差0.5とした。両球団は対決の地、福島へと向かう。優勝をかけた大事な二連戦となる。
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