34 最終決戦 その3
その日、ベイサイドスタジアムは異様な雰囲気に包まれていた。レフトスタンド、ライトスタンド、内野席超満員なのだが、ほぼ全員の観客がアフロヘアーのウィッグを被っているのだ。そう、今日はマリンズ一筋二十年、横須賀大介引退登板なのだ。敵方のキングファンも、その功績を讃えて、横須賀のトレードマーク、アフロヘアーを模したウィッグを頭に乗せて、横須賀の勇姿を目に焼き付けようというのだ。
だが、忘れてはならない。今日、キングが勝てばア・リーグの優勝が決まるのだ。だからキングファンは、
「横須賀は一回一打者で交代するだろう。風間もわざと三振して、横須賀の最後を飾るんだろうな」
と気楽に考えていた。二番手は壺だろう。それからが勝負だ。キングの日本橋監督もそう考えていた。
しかし、風花の考えは違った。
「横須賀に完投させて、男をあげる。そして勝つ」
強力、キング打線に横須賀が勝てると思えない。コーチ陣は止めたが、風花は考えを変えなかった。
午後五時半。スターティングメンバーが発表される。
先攻 東京キング
一番 風間俊輔、背番号2。セカンド。
二番 上杉輝秋、背番号7。センター。
三番 武田隼人、背番号6。ショート。
四番 土肥新之丞、背番号10。キャッチャー。
五番 小机龍之介、背番号8。レフト。
六番 浦田蔵六、背番号25。サード。
七番 河津太郎、背番号50。ファースト。
八番 畠山忠重、背番号33。ライト。
九番
後攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 横須賀大介、背番号18。ピッチャー。
横須賀のコールがあると、球場全体が地鳴りのように湧き上がった。スタンドはウィッグで真っ黒に染められている。今日は青もオレンジもない。
午後六時。試合開始。
横須賀がマウンドに、走って行くと、スタンド中がアフロヘアのウィッグを振り回した。黒が揺れる。
一回の表、キングの攻撃は風間からだ。風間は打席に入る前、先輩選手達に、
「横須賀さんと対決する、最後のバッターだ。わかっているな」
と言われていた。だが、風間は真剣勝負こそ、引退のピッチングにふさわしいと考え、打席に臨んだ。
その初球、130キロのヘロヘロボールが来る。
「フォークボールか?」
迷った風間はバットをひく。だがボールはまっすぐキャッチャーミットに収まった。ストライク。二球目は外角に逃げるスライダー。ボール。第三球は横須賀得意の超スローカーブ。風間は自重した。ストライク。そして、第四球。横須賀、渾身のストレート! 149キロ。意表を突かれた風間はバットを出せない。三振だ。真剣勝負で負けたならしかたないやと風間が握手をしようとマウンドに近づくと、
「邪魔だ、風間。握手は試合の後だ」
横須賀にすごい剣幕で怒られた。
「えっ、続投ですか?」
風間が聞くと、
「当たり前だ。何点取られてもいく。この試合は俺の引退試合だからな」
横須賀はのたまった。
ベンチに戻りながら、風間は、
(横須賀さんも風花監督もなに考えてるんだ? この試合、負けたら優勝できないんだぞ)
と考えていた。考え込むのは彼の唯一の欠点である。
さて、風間を討ち取った横須賀だが、続く二番、手負いの獅子、上杉に右中間に2ベースヒットを撃たれた。三番は武田。初球のストレートをセンター前にはじきかえす。二塁から上杉が生還。早速1点を失った。四番、土肥はショートゴロ。6−4−3のダブルプレー。ここは横須賀、最小失点に留めた。
一回の裏。バッターはもちろん今日も元町だ。その元町にキャッチャーの土肥が話しかける。珍しいことだ。
「モトよ、横須賀さんが完投するって本当か?」
元町は真剣な表情で答えた。
「本当です。監督はなにを考えているのか。俺には分かりません」
「そうだよな。優勝がかかっているんだもな」
「本当ですよ」
そう言いながら曲垣のストレートフルスイング。打球はライトスタンドへ。同点ホームランだ。さらに富士はセンター前にヒット。アンカーも流し打ちでライト前ヒット。押せ押せだ。バッターは四番、トラファルガー。曲垣の初球を捉えてセンターバックスクリーンにホームラン。4−1と大逆転だ。日本橋監督は慌てて曲垣を降板。リリーフに徳川を持ってきた。徳川がこんな早い回に登板するのは珍しい。五番、台場と六番、門脇は徳川の繰り出す変化球に全くタイミングが合わず、連続三振。潜水も打ち取られ、いいムードを持続できなかった。
二回の表。マウンドには横須賀が今だに立っている。バッターは五番、小机龍之介だ。初球。130キロのヘロヘロボール。小机、バットの芯で捉える。ホームランか? いや、ライトポールの右に外れるファールボール。打球の行方にはくれぐれもご注意ください。
第二球。今度は148キロのストレート。これも、小机叩く。だがこれまたファールボール。そして第三球。得意のカーブに小机、タイミングが合わず。三振、バッターアウト。盛り上がるベイサイドスタジアム。
続くバッターは、憎っくき、浦田だ。横須賀はヘロヘロボールを投げ込む。浦田、フルスイング。ボールはレフトスタンドに入るホームラン。
「嫌な奴に打たれやがって」
風花がブツブツ言った。
続くは河津。力だけなら球界一と言われている。バッテリーは変化球攻めを選んだ。その初球、得意の緩いカーブがきた。河津、強振。ライトスタンドにボールは吸い込まれた。あっという間に4−3。マリンズリードは1点に。
「監督、もう限界じゃないですか」
鵠沼が言う。
「ああ、来季は企画部営業の鵠沼くんか。今日に限って横須賀に限界はない」
「なぜですか?」
「控え投手をみんな家に帰しちまったからだよ」
「なんてことを……」
鵠沼は言葉を失ったが、風花は平然としている。
バッターは八番、畠山。一発を秘めた打者だ。横須賀第一球を投げた。ヘロヘロボールだ。待ってましたとばかりに食らいつく畠山のバット。しかし、ボールはバットの下を通過した。フォークボールだ。第二球目は超スローカーブ。畠山、馬力でスタンドに運ぼうとするも、センターフライに終わった。2アウト。九番はピッチャーの徳川だ。あっさり三振。3アウトチェンジ。横須賀、なんとかリードを保った。
二回の裏は氷柱、横須賀、元町が徳川にいいように弄ばれて三者三振。三回の表に入る。
先頭バッターは一番、風間。初回は横須賀の速球に三振している。二度目の対決。第一球、ヘロヘロボールが来る。
(もう騙されないぞ)
風間はそう思いながらバットを振った。しかし、ボールは風間をあざ笑うが如く、バットの下を通過した。1ストライク。第二球。またもヘロヘロボールだ。
(同じ球は二度投げないはずだ。打つ)
バットをフルスイングした風間だったが、またしてもフォークボール。風間、今日は勘が冴えない。
第三球。超スローカーブ。
(えい、打ってしまえ)
と風間はヤケになった。センターフライで1アウト。次の上杉はセンター前ヒット。三番、武田もレフト前ヒットで続く。バッター、四番の土肥の登場だ。横須賀、ピンチ。
第1球。ヘロヘロボールが内角を突く。土肥あっさりとそのボールをライトスタンドに運んだ。4−6、キング逆転。
さすがに限界と見たか、風花がマウンドに向かう。誰もが交代と思った。しかし、風花はメガフォンで横須賀の尻を叩くとベンチに戻った。続投だ。
バッターボックスには小机。横須賀は初球から140キロ後半のストレートを小机の頭部近くに投げた。倒れこむ小机。両ベンチから選手、コーチが飛び出してきて一即触発のムードが漂う。だが、風花が、
「堪忍してやってーな」
と上島オーナーばりのインチキ関西弁で謝罪したので、その場は収まった。
しかし、頭に血が上っている小机は、
「打つ!」
とバックスクリーンに向かってバットを指した。これは侮辱的行為だ。横須賀も頭に血が上っているだろう。
さあ、注目の第二球。ヘロヘロボールだ。フォークボールか単なる直球か?
「直球だ」
小机は直感でバットを振り抜いた。結果はショートゴロ。
「ヘロヘロボールにツーシームをかけたのさ。小僧、まだ甘いぜ」
「…………」
小机は飛んだ赤っ恥をかいた。次は浦田だ。前の打席でホームランを打たれている。初球、ヘロヘロしない普通のフォークボール。浦田空振り。二球目は超スローカーブ。浦田は右方向に打ったがセカンドライナー。やっと3アウト。
「横須賀を休ませろ。徳川の球数を増やせ。あいつはロングリリーフには慣れていない。必ずバテる」
風花が真剣な表情で話す。
バッターボックスには二番、富士が立った。徳川は左バッターにはスライダー一本やりだ。富士はボールをよく見定めて、3−2から四球を選んだ。
次打者、アンカーも粘って四球。徳川の顔に汗が噴き出す。
「でもさあ、ここでトラファルガーがダブルプレーじゃあ意味ないんだよね」
風花は言うと、宗谷コーチにサインを出した。
徳川、トラファルガーに第一球。なんと四番バッターが送りバント。見事に決めて、1アウト、ランナー二、三塁。次打者は台場。左バッターだが、左投手を苦にしない。
「いいかい、高めにきたスライダーだけ振るんだ。低めはボールだ」
風花が真面目に策を練っている。じゃあ、なんで、横須賀完投なんて愚策をしているんだろう? とにかく台場は高めのスライダー狙いだと心に誓った。徳川第一球。なんと内角にストレート。思わず本能でフルスイングする台場。打球はライトスタンド後部に突き刺さる、3ランホームラン。7−7同点だ。それでも徳川は門脇、潜水を斬って取った。
前半、三回を終わって7−7の同点。果たしてこれからどうなるのか?
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