14 海賊軍団の襲撃 対瀬戸内バイキングス (前編)
四月一日エイプリルフール。横浜マリンズと東京キングは嘘のような試合をした。両チームノーヒットノーラン、延長十二回引き分け。史上初の珍事だ。いくら春先は投手有利とはいえ、これはひどい。ショックを受けた、大池打撃コーチは辞意を風花に告げたが、風花は許さなかった。
「辞任を考える暇があったら、たるんでいる打撃陣の再建を考えろ」
激しく叱責した。自分はおちゃらけているのに他人には厳しい男、それが風花涼だ。
翌日、風花は打撃陣を集めて、喝を入れた。
「昨日までで二十一イニング無得点だ。この原因はなんだと思う。元町くん」
「ええと、わかりません」
「ガクッ。少しは考えろよ。じゃあ答えを言うね。それは相手が東京キングだからだ」
「そんなことないですよ」
元町が反論する。
「いや、そんなことある。君らは、東京キングのユニフォームに、無意識に萎縮しているんだ。だからな、今日は相手が大阪タワーズだと思って戦え!」
風花は叫んだ。
その効果があったのかどうかは分からないが、マリンズ対キングの三回戦はマリンズ打線が爆発。十七安打、十得点の猛攻でキング投手陣を大炎上させた。投げては住友純一郎がプロ初先発、初完投、初完封で二勝目をあげた。
「こりゃあ、純一郎を第一先発に回さなきゃならないな」
風花は嬉しい誤算に舞い上がった。
続く、金曜日からはベイサイドスタジアムで瀬戸内バイキングスと三連戦だ。バイキングスはチームの移動を船で行う。四国の四菱重工が特別に作った高速船だ。台風などの強風にも負けずにグイグイ進む。ア・リーグのチームもナ・リーグのチームもなぜか本拠地は沿岸にある。特にベイサイドスタジアムにはあまり知られていないがドックがある。普段は遊覧船が入る程度だが、バイキングスの高速船ビクトリー号はそこに直接乗り込んでくる。まるで海上ホテルだ。経費が大いに浮く。今回も名古屋でのカーボーイズ戦を終えて休みなくやってきた。監督の
「のう、諸君らはコリジョンルールに囚われて手足がすくんでいるのと違うか?」
遍路監督の声がする。バイキングスの控え室である。
「ラフプレーちゅうのは、一生懸命ギリギリのプレーをすることだ。何も乱暴せいってことじゃない」
キャプテンの長曾我部が質問した。
「じゃあ、去年までのプレーとどこを変えればいいですか?」
「何も変えることない。一生懸命プレーすることがファンに対する礼儀だ。小細工はいらん。整々堂々やったらいい」
「はい」
「今日からはマリンズ戦だ。去年のダントツ最下位チームだ。今年はちょっと出足がいいみたいだが、所詮マリンズだ。一生懸命やれば、足元をすくってやれる。いいな!」
「おう!」
一方マリンズ控え室でもコーチ陣の作戦会議が行われていた。
「コリジョンルールの波を一身に浴びたのがバイキングスだがな」
宗谷コーチが言う。
「斧を失った海賊どもがどういう野球をしてくるかが問題です」
氷川コーチが続いた。
「開幕からのバイキングスの攻撃内容を見ると、牙を抜かれたのは明らかです。組し易しと言えるでしょう」
甲板コーチがまとめた。
「そうかな?」
風花が呟いた。
「ラフプレーイコールガッツプレーだよ。ルールのギリギリのところをつけばガッツプレーと賞賛され、逸脱すればラフプレーと非難される。まさに紙一重だよ」
「監督、バイキングスが紙一重のプレーをやってくるんか?」
宗谷が聞く。
「遍路監督だって馬鹿じゃない。十年もバイキングスを率いているんだ。節も変わって、新しい策を考えてくるだろう」
「そりゃあ、気を引き締めていかんとなあ」
「その通り。ウチはレギュラーと控えの差が大きい。レギュラー選手に怪我をされたら困る」
「選手に伝えるべ」
「宗谷さん、頼みます」
そこで風花は大池コーチの方を向く。
「大池さん、バイキングスのエース、因島の攻略法はできたか?」
「はい。スライダー、フォークは捨てて、直球を狙えと……」
「そう、それを選手に伝えて」
風花はそっけなく言った。
「はい」
大池は打撃練習をしている選手の元に走った。
「さあ、我々もグランドに行きましょう。事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ」
時代錯誤のジョークが出ました。パチパチパチ。
マリンズの打撃不振は深刻だった。開幕戦こそ7得点したが、二戦目以降は3、2、0、0、17。キングス戦の最後で大爆発したが打線は水物。やってみなくちゃ分からない。一方、投手陣は絶好調。防御率、奇跡の1点台。去年の投手陣崩壊が嘘みたいだ。これは新任の西東コーチの尽力が大きい。福岡ドンタックのエースとして活躍しながら、肩の故障で三年間投げられなかった苦悩。結局は最後まで投げられなかった屈辱。それを経験した彼は、投手に故障させないことをアメリカに渡って学び、日本に帰ってきた。当然、ドンタックにコーチとして登用されるかと思ったがされなかった。私生活でのトラブルが原因だという。風花マリンズはトラブルウェルカムだ。監督が素人というのが最大のスキャンダルなんだから他の問題なんて小さい小さい。両手を上げて招聘した。今年のマリンズの投手コーチは西東と選手兼任の横須賀だけだ。横須賀は精神的なアドバイスはできるが、投球術を教えるのは時期尚早。つまりは西東一人がマリンズ投手陣を指導しているのだ。かなり、プレッシャーのかかるハードな仕事だが、さすがは修羅場をくぐり抜けた男、度量が違うのだ。
西東コーチの話をしているうちにバイキングスの守備練習が終わり、スターティングメンバーの発表の時間がきた。
先攻 瀬戸内バイキングス
一番
二番
三番
四番
五番
六番
七番
八番
九番
後攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番
バイキングスは開幕投手の因島が中六日で登板。開幕戦はサブウェイズにやられて敗戦投手だ。一方マリンズは壺。タワーズからFAでマリンズに入団した。(その際、人的補償で亀岡捕手を取られ、風花が激怒したことを覚えているだろうか?)壺は開幕第二戦で六回を投げ、1失点の好投をし、移籍後初勝利となった。かなりシニカルな性格で、飄々としたピッチングを見せる。また、日本球界一、クイックモーションが得意で敵の盗塁をほとんど許さない。そんな二人が今シーズン二度目の登板をする。
一回の表、バイキングスの攻撃。バッターは“四国の韋駄天”小豆島だ。小豆島はバッターボックスのベース寄りギリギリに構えた。
(これじゃあ、内角は打てないなあ。ここはインコース攻めでどうですか?)
氷柱が壺にサインを出す。
(OK)
壺が頷いた。第一球。内角ギリギリいっぱいのストレート。なんと小豆島、絶妙にボールに当たりに来る。膝にボールが当たった。
「デッドボール」
ランナー一塁に進みかけたところで、
「ふざけんなよ、審判。コースがストライクじゃないか! それにバッター故意に当たりに来てるじゃんか」
球界のクレーム男、風花が球審、末永に詰め寄った。だが、
「コースはボール。バッターは故意にぶつかっていない。だからデッドボール。文句あるなら、退場させるぞ」
と取りつく島もない。
「なんだ、あの審判。僕に恨みでもあるのかな」
ベンチに帰った風花がぼやくと、
「大いにあるだ。やつは投手として、ドラフト一位でマリンズに入ったけんど、芽が出なくて審判に転身しただ。マリンズに恨みがあるのは確かで、微妙な判定は全てウチらの不利になることをするだ」
「なんで、そんなやつが審判やっていられるの。コミッショナーに提訴すればいいのに」
「何回もやってるだ。でも審判は人手不足。簡単に辞めさせられないづら」
「なんか、変なの。敵が二倍になっちゃった。それにしても、“あずきじま”のやつ自ら直球にぶつかるなんてガッツあるなあ」
「監督、“しょうどしま”だがや。人の名前を読み間違えたら失礼だがや。『二十四の瞳』知らんのか?」
「ジョークだよジョーク」
風花はとぼけた。
二番は伊予。小細工の効くバッターだ。当然送りバントだろう。壺、慎重にランナーを見てクイックモーションで投げた。あっ、小豆島スタート。ボールはストレート、氷柱は強肩だ。なめるな。元町ベースカバー。小豆島殺人スライディング、じゃなくて普通にスライディング。判定はアウトっぽい。しかし、
「セーフ! セーフ! 元町の足がベースをブロックしていた。コリジョンルールでセーフ!」
と塁審伊能がコールした。二盗成功。
「えっ、コリジョンルールって二塁にも適用されるの?」
元町がキョトンとしている。
「それはお前の勉強不足だ。顔を洗って出直してこい」
伊能が言った。
「はい。出直してきます」
元町は、顔を洗いにベンチに下がった。ついでに、歯も磨いて帰ってきた。
「遍路監督め、コリジョンルールを味方につける作戦に変更したな」
風花は歯噛みした。
「さすが、伊達に年は取ってないがや」
宗谷が応えた。
ノーアウト、ランナー二塁、バッター伊予。カウント0−1。壺の第三球、伊予は三塁線に絶妙なバントを決めた。1アウト、ランナー三塁。ここでバッターは三番、キャプテン長曾我部。長曾我部は壺の投げ急ぎのストレートをセンター前にヒット。バイキングス1点先制。意気上がるバイキングスベンチ。続くバッターは“四国のモンスター”興居。日本人では一二を争う長距離砲だ。完全に、自分を失った壺はクイックモーションを忘れてしまう。長曾我部スタート。しかし氷柱は強肩だ。またしても微妙なタイミング。元町今度はベースの奥に引っ込み、走路を開ける。長曾我部スライディング。元町タッチ。
「アウト!」
今度はアウトだ。遍路監督、策に溺れる。コリジョンルールに元町を慣れさせてしまっただけである。なんて言っていたら壺の第二球。鋭い音がして、ボールがライトスタンド場外へ消えた。興居のホームラン。バイキングス2点目。壺は初回から崩れた。
「ちくしょう。完全にバイキングスのペースだな」
風花は唇をかんだ。
続く、室戸はいい当たりのライトライナーで3アウト。初回のバイキングスの攻撃は2点に終わった。
果たして、マリンズは追いつき追い越すことができるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます