16 新宿メトロドーム 対東京メトロサブウェイズ

 バイキングス戦第二戦は、先発天明で惜しくも落とし、第三戦は日向五右衛門の力投で辛くも勝った。移籍後初勝利である。だが打線の調子はちっとも上昇せず、大池コーチはまた辞表を提出した。今度も風花は受け取らない。

「あのねえ、大池さん。きみはコーチ一年目なの。ピカピカの一年生だよ。わからないこと、できないことがあって当然なの。それを覚えていくことも仕事のうち。安心してください。クビにするときは僕から言うから。それよりもサブウェイズのエース、丸の内のデータは集めたかい?」

「まだです」

「辞表書いている間にそっちをやりなさいよ」

 風花は大池を部屋から追い出した。

 バイキングス戦、第一戦の後、風花は壺と日本丸の出場選手登録を抹消した。代わりに足柄と古井戸を登録した。壺に関しては厳しいとも思ったが、一回休んでリフレッシュの意味合いもある。日本丸はとにかく減量と足腰の強化だ。こちらは時間がかかるなというのが風花の思いである。

 打撃陣についてはテコ入れしようにも代わりの人材がいない。頭にデットボールを受けた門脇を二試合休ませたが、月曜の練習を見る限り大丈夫そうなので、今日からの東京メトロサブウェイズ三連戦には使おうと思っている。それより打撃陣全体の底上げだ。風花は宗谷ヘッドコーチを打撃コーチ兼任にした。やはり、大池コーチ一人では無理がある。現役時代、強打者で鳴らした宗谷の言うことならば選手も言うことを聞くだろう。

 風花は新宿メトロドームのグランドに立った。大きい。ベイサイドスタジアムの二割増しはあるだろう。当然、ホームランは出にくい。その分、走塁を生かして得点することが肝要である。サブウェイズの日比谷由ひびや・よし監督は足の使える選手を集め、チームを変革した。一年目は五位だったが、昨年、優勝を果たした。ただしジャパン・シリーズは“最強チーム”福岡ドンタックに苦杯をなめている。

 マリンズの打撃練習に目を写そう。宗谷がどっしりと構えて各バッターの様子を見ている。そして、指導する。大池はメモを取りながらそれを聞いている。まあ、こんなもんでしょと風花は思った。


 午後五時半。スターティングメンバーが発表される。


 先攻 横浜マリンズ


 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 横須賀大介、背番号18。ピッチャー。


 後攻 東京メトロサブウェイズ


 一番 渋谷忠しぶや・ただし、背番号1。サード。

 二番 原宿歩はらじゅく・あゆむ、背番号3。ショート。

 三番 銀座恋ぎんざ・れん、背番号7。センター。

 四番 溜池山男ためいけ・やまお、背番号44。ライト。

 五番 六本木純ろっぽんぎ・じゅん、背番号6。ファースト。

 六番 四谷菊夫よつや・きくお、背番号4。レフト。

 七番 有楽斎ゆうらく・きよし、背番号2。セカンド。

 八番 永田論ながた・ろん、背番号10。キャッチャー。

 九番 丸の内都まるのうち・みやこ、背番号11。ピッチャー。


 マリンズは登録抹消されていた横須賀が開幕戦以来の登板。一方サブウェイズはエース、丸の内だ。なんだか、敵のエースにばっかり当たるなと風花は思ったが、ローテーションの関係だ。仕方あるまい。仕方あるまいよ、風花さん。


「さあ、久しぶりにやろうか。元町くん」

 風花が元町に微笑みかける。

「気色悪いなあ。やるのはいいですけど、賞金でないんでしょ。燃えないなあ」

「賞金はないけれど、罰金はあるよ」

「えっ、なんで?」

「罰金は選手間の金銭授受じゃないもんね」

「なんかずるいな。賞金に代わるもの作ってくださいよ」

「うーん。鎌倉名物『鴨サブレ』一枚!」

「そんなの自分で買いますよ!」

 元町は半ギレで打席に向かった。

 丸の内はストレート、フォークを主体にしたピッチングをするピッチャーだ。コントロールが少し甘いが、球威でねじ伏せる。左打席に元町が入って「プレーボール」。

 丸の内第一球ストレート148キロ。ストライク。

「元さん例の待球作戦だね」

 キャッチャーの永田が突然言った。

「えっ?」

「元さんが、初球のストライクを打たない時は、風花さんお得意の待球作戦だって、キャッチャーの間ではもう有名だよ」

「そうなの? ちょっとタイム」

 元町はベンチに戻ると、

「監督、例のもう敵にバレていますよ」

と風花に告げた。

「バレたらできないってもんじゃないだろ。作戦続行!」

 風花は厳命した。

「全く、馬鹿のひとつ覚えで」

 元町は風花に聞こえないように文句を言った。

 さあ、試合再開。丸の内、第二球。ど真ん中のストレート。元町見送り。ストライク。

「作戦続行ですか。フフフ」

 永田が笑う。

「素人監督のもとで働くのは辛いんだぞ。永やん。トレードでウチに来いや。捕手不足だから喜ばれるぜ」

「いいねえ。ウチの監督は厳しいから、のん気な風花さんのもとで働きたいよ」

「気安く言うなよ。あの人、あれで短気だから厳しいよ」

 そう言っている間に、丸の内、第三球。ストライクコースだ。

「やべえ、ファールしなきゃ」

 元町、当てに行ったが、フォークボールに空振り三振。

「はい、罰金千円。この金は震災に遭われた方に寄付します」

 風花が元町に言った。

「へいへい、世のため人のため。情けは人のためならず」

 ホイッと元町は千円を罰金箱に入れた。

 続く富士のときに待球作戦は解除された。

「相手に読まれてるんじゃ、意味はない」

 と風花は涼しい顔で言った。

「監督、俺のこと嫌いですか?」

 元町が迫った。

「一ファンの時から大好きです」

 風花は笑顔で答えた。

「もう知らん」

 元町はトイレに行った。

 二番、富士は待球作戦が解除されたのにも関わらず、粘ってフォアボールを選んだ。1アウトランナー一塁。三番アンカーへの初球。富士はすかさず走った。セーフ。永田は肩に問題がある。それを見越しての盗塁である。アンカーへの第二球。快音を残して打球は右中間へ。センター銀座、ライト溜池追いつけず。富士悠々と生還。アンカー右中間への2ベースヒット。マリンズ先制。しかし、トラファルガー、台場と打ち取られて追加点はならなかった。

 一回の裏。マウンドに立った横須賀は衝撃を受けた。「マウンド、高っ」これではボールがどうしても高めに浮いてしまう。丸の内みたいに高めのつり球で三振の取れるやつにはいい。けれど、横須賀のヘロヘロボールでは打ち込まれてしまう。「サブウェイズの野郎、やりやがったな」ホームチームがマウンドを細工することはよくある。これにいちいち文句は言えない。どこのチームもやっていることだ。「今日、俺は変化球投手だ」と言いながら、横須賀は、マウンドを掘った。

 サブウェイズの一番は渋谷だ。俊足巧打で人気の選手である。横須賀第一球。超スローカーブだ。渋谷見送り、1ストライク。第二球。速い球が来る。渋谷振った。しかしボールはシュートして左打者の渋谷のバットをスーッと避けた。空振り、2ストライク。第三球。またしても超スローカーブ。振らないわけにはいかない渋谷はフルスイング。しかしそれをあざ笑うようにゆっくりボールはキャッチャー氷柱のミットに収まった。空振り三振。1アウト。続く二番、原宿は超スローカーブを打ち損ね、ショートゴロ。元町さばいて2アウト。三番、銀座に打順が回る。「今日の俺は絶好調」往年の威力ある球は投げられないが、精密な変化球なら投げられる。横須賀はフォークボールの連投で、銀座を三振に切って取った。

「ナイスピッチ」

 ベンチがスタンディングオベーションで横須賀を迎える。

「サブウェイズが汚い真似をするから、逆の手を使ってやりました」

「どういうこと?」

 風花が聞く。

「マウンドを高くして、直球を浮かせようとしているんですよ。だから全部変化球にしたんですよ」

「ほう。なるほど、さすがマリンズのエース」

 風花が横須賀を褒め称える。でもまだ一回だぞ。

 二回以降立ち直った丸の内は高めの直球で三振の山を積み上げていく。一方、横須賀はストレートを見せ球に使い、変化球を勝負どころで決めていき、のらりくらりとサブウェイズ打線を抑えていった。

 回は五回に入る。丸の内は五番、台場から七番、潜水までを三者三振。初回の失点が信じられないようなピッチングをする。

 さあ、五回の裏、横須賀の限界投球回である。ここを抑えれば勝ち投手の権利が舞い込む。しかし、サブウェイズ打線も甘くない。四番、溜池からの打順である。横須賀の初球、超スローカーブ。これを溜池流打ち。ライト前ヒット。ここを勝負どころと見た日比谷監督、まだ五回にも変わらず、溜池に代走、品川始しながわ・はじめを送った。バッターは五番、六本木。シュアなバッティングが特徴だ。こうなると遅い球は投げられない。品川は俊足だ。当然二塁を狙ってくるだろう。直球を投げれば、高めに浮いて長打の可能性がある。風花は非情な手段に出た。

「ピッチャー住友」

 先発、中継ぎと大車輪の活躍を見せる、住友純一郎を指名した。

「ご苦労さん。明日からまたコーチだ」

 風花が横須賀に言う。

「あと一回投げたかったなあ。でもチームのためです。諦めます」

 と横須賀、優等生発言。生意気だった若い頃の気概はどうした。

「純一郎」

 横須賀は住友を呼んだ。

「マウンドが高いぞ。高めの直球で勝負だ」

「はい」

 住友は素直に頷いた。

 さあ、仕切り直し。バッターは六本木。住友第一球投げた。151キロの速球。六本木手が出ず。品川も走れない。第二球、また直球、153キロ。品川走った。氷柱二塁へ矢のような直球。元町タッチ。「アウト!」ルーキーバッテリーが品川の快足を止めた。第三球。出た、本日最速155キロ。六本木三振。続く四谷も三振で、住友ナイスリリーフ。五回を終了した。勝ち投手の権利こそ逃したが横須賀もナイスピッチングだった。


 六回表も丸の内は投げる。失点はわずか1だから当然か。バッターは八番、氷柱。丸の内第一球、投げた。高めのストレート。手が出ない。結局、三振。バッターは九番、ピッチャーの住友。丸の内、緩めの変化球。ピッチャーだとて舐めたか、

『カキーン』

打球は快音を残してレフト上空へ。四谷追う、追う、追う。見上げたー。ホームラン。ピッチャー住友、追加点となる2号ホームラン。

「こりゃあ、住友を二刀流にさせるか」

 風花の発言が冗談に聞こえなかった。

 丸の内、ここで降板。リリーフは池袋大いけぶくろ・まさる。丸の内以上のスピードボールの持ち主だ。これまた高めの直球で、元町、富士、アンカーを仕留め、最少失点に抑えた。

 六回以降、調子に乗った住友は時折、横須賀直伝の超スローカーブに、これまた日向五右衛門直伝の釜茹でカーブを用いてサブウェイズ打線を翻弄。九回、マウンドを大陸に譲った。大陸はパーフェクトリリーフを見せ、マリンズ快勝。住友3勝目、大陸3セーブ目を挙げた。


 しかし第二戦、第三戦は、ベルーガとプロ初先発の足柄が打たれマリンズ連敗。サブウェイズの底力を見せつけられた。これで成績を七勝四敗一引き分けとした。上々の滑り出しである。次は名古屋でカーボーイズ戦である。

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