29 福島の死闘 (後編)

 二回の表は結局、氷柱、日向が菅生に打ち取られ2点に終わった。日向を抑えた瞬間、菅生は般若のような恐ろしい顔をしており、ベンチに帰るや否や、グローブを床に投げつけた。ナインも迂闊には近寄れない雰囲気であった。


 二回の裏。キングは土肥からだ。土肥は、一軍復帰後絶好調で打率.375ホームラン十二本の好成績をあけている。日向もそこは心得ていて、初球を外角低めに投げた。だが、土肥は狙っていたのか、迷うことなく、ボールを打つ。打球は左中間を深々と破った。2ベースかとおもわれたが、鈍足の土肥、全力疾走。きわどかったが三塁セーフ。一塁側から大歓声があがる。ベテランの勇気あふれるプレーにナインの意気があがる。

 次のバッターは小机だ。日向は以前、小机に手痛い一発を浴びている。ここは低めのストレートと釜茹でカーブで三振に仕留めなくてはならない。その第一球目だった。三塁ランナーの土肥が走った。

「スクイズだ」

 日向はとっさに外角にボール球を投げた。しかし、小机は身長二メートルの巨漢だ。思いっきり体を斜めにしてボールをバットに当てる。スクイズ成功。2−1の一点差。

「小机にスクイズをやらせるとは……日本橋慶喜、只者ではない」

 風花はため息をついた。日向は続く、浦田、坂東、畠山を打ち取り、この回は1点に終わった。


 三回の表、マリンズの攻撃は一番、元町からだ。元町は、

「菅生、恐るるに足りず」

とライトスタンドにバットを掲げ、予告ホームランを宣言した。それを見た、菅生、土肥のバッテリーは激怒した。

(菅生、ビーンボールだ。当ててもいい)

 土肥はサインを出した。その第一球。頭部近くに豪速球が来る。危ない。しかし、元町は冷静に、その球をセーフティバントした。キング内野陣は誰も動けなかった。元町の挑発にやられたのだ。続く、富士の初球、元町は走った。盗塁成功。ノーアウト、ランナー二塁。富士は手堅く送りバントかとキングナインは変化球でバントをさせじとしたが、富士は見送り、元町が三盗に成功した。カウントは2−0。

「スクイズに気をつけろ」

 土肥が内野陣にサインを出す。富士への三球目。

『カキーン』

 といい音を残して、センターにボールが飛ぶ。上杉はバックホームを諦めた。犠牲フライで1点追加。1−3。元町のワンマンショーに菅生、土肥のバッテリーはやられた形だ。続く、アンカー、トラファルガーの両外国人を菅生は意地で打ち取った。

 ベンチに戻った菅生に誰も近寄れない。暑さと怒りで菅生の体からは湯気がたっている。

 そこに、日本橋監督がやってきて、

「トモ、この試合、お前に任せたぞ。これ以上点はやるな。味方を信じろ」

と喝を入れた。青白かった菅生の顔に赤みがさした。


 三回の裏は菅生からの攻撃だ。日向はピッチャー相手に真剣勝負で挑んだ。菅生の目の鋭さ、尋常でない。日向、初球は釜茹でシュート。内角に入った。それを菅生は逃さない。「ウォー」と雄たけびをあげて打つ。球は左中間の最も深いところに落ちた。トラファルガーが必死に追って、内野に送球するが、菅生は三塁を陥れていた。

 続くは日向の苦手な風間だ。

(ランナーはピッチャーだ。スクイズはない)

 そう考えた日向は初球から釜茹でカーブを投げる。風間空振り。

(よし)

 自分の考えに自信を持った日向は釜茹でシュートを連投する。とっさに風間はスクイズ! ピッチャー前に転がったボールを素早く取った日向はそのまま菅生に体当たりする。菅生が吹っ飛ぶ。

「ラフプレーだ」

 日本橋監督が珍しく激怒して日向に詰め寄る。

「プレーの流れの一環だ!」

 日向が日本橋監督に逆に詰めよる。一触即発になった。

「それ、日向を守れ!」

 風花始め、マリンズナインがグラウンドに飛び出す。

「負けるな!」

 キングの町田ヘッドコーチの一斉の元、キングナインも飛び出てくる。グラウンドは大混乱になった。これを球審、伊能らが必死に抑える。

「だって、行きすぎたラフプレーでしょ」

 日本橋監督が伊能に抗議する。両軍をベンチに戻すと審判団は協議した。協議は長引いた。

「あれがラフプレーなら、タッチプレーはみんなラフプレーだよ」

 ベンチから風花が審判団にアピールする。

 答えは出た。

「球審の伊能です。キングの日本橋監督から日向投手のプレーが故意に菅生投手に体当たりしたのではと抗議がきました。協議に結果。故意と認め、日向投手を退場とします」

 球場が騒然となった。日向退場。日向は審判団に食ってかかろうとしたが元町、富士、アンカーに抑えられ、場外に消える。風花は怒りで歯噛みして、

「純一郎! 日向の仇を取れ」

 と住友に登板の命令をした。得点は2−3となった。

 住友は上杉、武田、土肥を抑え、失点を食い止めた。


 重苦しい空気が球場内を包む。緊張感と言っていいかもしれない。勘のいい子供は泣き出した。それが響き、緊迫感が増す。


 菅生は大した怪我もなく、四回表もマウンドにいた。気合は先程よりもさらに強く入り、クリーンアップを打ち取った。


 一方、住友も体力が戻ってきて絶好調。ライバル小机、浦田、坂東を連続三振に切って取った。

 小康状態のまま、回は進む。


 七回の表、事件は起きた。

 バッターは台場。カウント3−2から菅生、渾身のストレートを投げた。

「ああ」

 球場中が凍りつく。菅生の投球が台場の頭に直撃したのだ。その場に倒れこむ台場。風花や宗谷コーチたちが一斉にホームベース上に駆けつける。スタジアムドクターが、

「早く、救急車を!」

と叫ぶ。台場のヘルメットは割れていた。

 菅生は顔面蒼白でマウンドに立ち尽くす。もちろん、危険球退場だ。日本橋監督が風花に帽子を取って謝り、菅生は尾根沢、町田両コーチに支えられながらマウンドを去った。

 やがて救急車が到着し、台場は病院に運ばれていった。中断二十分。


 キングは二番手に新田小太郎を出してきた。球の速さ、ア・リーグ一番の投手である。一方、風花は代走を決めなくてはならない。外野のリザーブは枯木しかいない。

「ランナー枯木」

 風花はコールした。

 新田第一球。いや、牽制球だ。枯木ぼんやりしていて戻れない。アウト。

 新田はこの回をぴしゃりと抑えた。


 ベンチに帰ってきた枯木の頭を風花はメガフォンで連打した。「すみません」と小さくつぶやく枯木。帰り支度を始めた。

「枯木くん、なにやってんの?」

「小田原に戻る支度を……」

「バカいってんじゃないよ。レフトは誰が守るんだよ?」

「アンカーが外野に廻るんじゃないですか」

「それだったら、代走を白瀬か大和にするよ。守備まで考えた用兵だよ。ほら、早くレフトに行け!」

 風花は枯木にグローブを投げた。

「監督、枯木にレフトは無理だがや。アンカーをレフトにして、白瀬か大和をサードにするべきだがや」

 宗谷ヘッドコーチが風花に進言する。しかし、風花は、

「枯木は守備が下手なわけじゃない。『守備が下手』のレッテルを貼られて力んでいるだけだ。打撃であんな非凡なものを見せられるんだ。守備だってこなせるよ。コンプレックスとプレッシャーをはねのけてな」

と力説した。

「そんなもんかのう」

 宗谷は渋々承諾した。


 住友はここまでキング打線を抑えてきた。しかし、七回の裏は四番、土肥からである。その初球、住友のストレートに土肥打ち遅れる。平凡なレフトフライ。いや、レフトは枯木だ。誰もが注目する。ボールは枯木のグラブに入った。そして落ちた。落球。土肥その間に二塁へ。

 住友、マウンド上で、グラブを叩きつける。キングファンの集まるライトスタンドから「枯木コール」が起きる。

「監督!」

 宗谷が心配そうに進言しようとするが、風花は不動の姿勢を崩さなかった。

 一方、住友はカッカしていた。バッターは宿敵、小机。住友は初球、全力投球をするが、力みからか、いつものキレがない。小机はそれを見逃さなかった。豪快な一振りでレフト場外にまで運ぶホームラン。4−3。東京キング逆転。風花は、住友から、砲にピッチャーを交代した。おさまらないのは住友だ。公然と枯木を罵った。「草野球やってるんじゃないぜ」それを聞いた風花は、メガフォンで思いっきり住友を殴った。

「痛え!」

「純一郎、枯木をレフトにつけたのは俺だ。お前は首脳陣批判をしているんだぞ!」

「そんな」

「僕は君をそんな不良選手に育てた覚えはありません!」

 風花の剣幕に住友はシュンとなった。

 

 試合は砲が後続を抑えた。枯木にボールは飛んでこなかった。


 八回は両チーム無得点。ついに最終回になった。マリンズの攻撃は三番アンカーから。しかし、新田の豪速球に目がくらみ、三振。続くトラファルガーも三振。五番の枯木にバッターボックスが回ってきた。ここで、日本橋監督は、新田に変えて、左腕の高杉秀作たかすぎ・しゅうさくをマウンドに送った。盤石の投手リレーである。

「ここは、大和を代打に送るべきではないべか」

 宗谷が進言する。しかし、風花は聞こえぬふりをする。

 高杉の得意は高速スライダーだ。直球と同じ軌道を描き曲がり落ちる。

 マウンド上で枯木を見た高杉はちょっとビビる。気合がハンパないからだ。慌てて土肥を呼ぶ。

「枯木の目つき異常ですよ。歩かせて、門脇で勝負しましょう」

「バカ言うな。万座で恥をかいて汚名返上に燃えているだけだ。お前の高速スライダーは打てないよ。あいつは不器用だ」

 土肥は高杉の臆病風を吹き飛ばした。

 ゲーム再開。初球、高速スライダー。枯木、手が出ず。二球目、内角に仰け反らせるボール。三球目、またも高速スライダー。枯木、右足をバッターボックスいっぱいに運んで豪打。やった。打球はレフトスタンドに入る、同点ホームラン。枯木汚名返上。土壇場でマリンズ追いつく。ホームインした、枯木に荒っぽい歓迎がなされる。その中でも住友は思いっきりヘルメットを叩いていた。

 まるで、マリンズが勝ったかのようなお祭り騒ぎだが、まだ同点である。高杉は門脇、潜水を打ち取り、下を向いてマウンドを降りた。


 横須賀兼任コーチが風花にお伺いを立てる。

「ここは大陸を使いますか?」

 それに対して風花は、

「壺をだそう。投球練習くらいしているだろう」

「監督、壺は明日の先発ですよ」

「明日は、雨だ」

 マリンズ四番手は明日の先発とみられていた壺が出てきた。敵の意表をつくのが風花マジックだ。マジックと言ってもマギー司郎程度だが。


 壺は強打のキング打線を面白いように弄んで、十一回まで投げた。キングはクローザーの和田が十回まで投げ無失点の好投。あとを徳川に任せた。徳川は多彩な変化球でマリンズ打線を翻弄。十一、十二回を抑えた。マリンズの勝ちはこれでなくなった。


「あとは頼んだぞ」

 マウンド上で風花がクローザー大陸に気合を入れる。

「はい」

 無口な大陸は返事だけするとピッチング練習を始めた。打順はクリーンアップ。武田からだ。だが、大陸は“失敗しない”クローザーだ。失敗したのは一昨年の最終試合。大森退助に代打逆転満塁優勝ホームランを打たれた時だけだ。その大森はベンチの奥に座って仲間と談笑している。素振りでもしろっての!

 大陸は武田、土肥を簡単に打ち取り2アウト。バッターは五番、小机への初球、

「カキーン」

 ボールは高々と、一番行ってはいけないレフトに飛んだ。

「うわー」

 目を瞑るマリンズファン。

「バシッ」

 枯木、このボールをなんとファインプレーでグラブに収めた。試合終了。両者痛み分けに終わった。

 

 翌日はやはり雨で中止。帰りの新幹線で、何の手違いか知らぬが、マリンズとキングが同じ車両に乗車。風花は日本橋監督と監督論について大いに語り合った。敵とはいえ、同じ監督。お互いの考えは両者に大いに刺激になったはずだ。


 

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