3 二月一日キャンプイン
新入団選手の発表会にもトレードで獲得した選手の入団記者会見にも風花涼は姿を現さなかった。代わりに上島オーナーが毎回、忙しい職務の合間を縫ってやってきてはお得意の「嘘だか本当だかわからない話」をして記者たちを失笑させた。しかし『ズッシリ』のアベレポーターだけはしつこく、
「風花さんは怪我の後遺症が悪化したんじゃないですか?」「もうこの世にいらしゃらないんじゃないですか? 何か言えない理由があるんじゃないですか?」
と立て続けに質問し、さすがの大物上島オーナーも腹を立てて、
「もう、ジャパンテレビは金輪際見ないぞ!」
と大声で怒鳴った。その怒号は記者たちの五臓六腑に響き渡ったが、アベレポーターは筋肉質なので何も感じなかったようだ。意味ねえ。
こうして十二月も過ぎ、年があらたまって正月。
四日にはクルリントの仕事始めと、マリンズ球団事務所の仕事始めが行われたが、やっぱり風花はこない。世間では「死亡説」「重病説」「失踪説」が流れ、スポーツ紙も一面で取り扱うようになった。
本当はただの新婚旅行だと知っている舵取球団社長もこうなると、本当のことを言いにくくなり、口を噤んでしまった。それがまた憶測を呼ぶ。
新人の合同自主トレーニングにも顔を見せたのは宗谷ヘッドコーチ始め一軍コーチだけで、もちろん風花はこなかった。
そんな中、また風花からエアメールが来た。今度は宗谷ヘッドコーチあてである。
「なんじゃろな」
宗谷が開くと、
『第一クールは一、二軍合同でやること。第二クールで一、二軍を分けて二軍は小田原に移動すること。第三クールはチームプレーの徹底反復。第四クールからは紅白戦を第六クールまで行うこと』
と書かれていた。
「これじゃあ、まるで、キャンプにも来ないみたいだなあ」
宗谷はのん気に言った。
一月三十一日。マリンズ一同と関係者が那覇空港に到着した。今年も風花が不在なので上島オーナー、横須賀投手、元町選手が、はいさい娘からハイビスカスのレイをもらったのだが、なぜか今年はドライフラワーじゃないし、はいさい娘も本当の娘だった。去年はなんだったんだ? 余談だが、飛行機嫌いの広報担当ギャーギャー斎藤は、風花が飛行機を克服したと聞き、病院に「眠られないんです」と嘘をつき、睡眠薬を処方してもらったが、効果が出ず、恐怖に必死に耐えながら飛行機に乗っていたそうだ。かわいそうに。
「ところで風花君は来たかね?」
上島オーナーが舵取球団社長に聞くと、
「全く姿が見えません」
という返事。
「こりゃあ、明日来なかったら、カミナリを落とさなあかんな」
上島オーナーは不機嫌にそういった。
その晩はG市主催の歓迎会があり、今年も去年と同じように無礼講だったが、からかいの対象、風花がいないので今ひとつ盛り上がらなかった。
そして、二月一日。
ホテルに風花の姿はない。
「このやろう!」
頭を丸める約束をアベレポーターにしてしまった上島オーナーは大激怒だ。
そこに、荷物が大量に運ばれてきた。
「風花さんのお部屋にお届けでーす」
バカ真面目の日本郵便が届けにくる。
「判子かサインをフルネームでお願いしまーす」
バカ真面目が言う。
「わしのでいいのか?」
上島が言うと、
「フルネームでお願いしまーす」
とバカ真面目が言った。
上島がサインを書くと、
「お部屋まで運びまーす」
とバカ真面目が言う。
「十階のスイートルームだ」
上島が言うと、
「ありがとございましたー」
と言ってバカ真面目は去って言った。
上島は一言、
「バーカ」
と言った。失礼だなあ。
「荷物は来た。本人はどうした?」
上島が思っていると、
「監督ならとっくの昔に球場にいるだよ」
と地元のおじいさんが言った。
「なんだと!」
上島が喜び半分、口をあんぐりが半分に分かれていると、
「空港からヘリコプターできたみたいだよ」
とおじいさんが言った。
「あの、ブルジョアジーめ!」
罵しりつつも、頭を丸めずに済んでほっとした上島であった。
選手たちを乗せたバスが、球場に到着すると、すでに記者やレポーターが来ていて大騒ぎだ。上島らが慌ててバスから降りてグランドに向かうと、マウンドにバックスクリーンの方向を向く、背番号77の男がいた。
「風花はん!」
上島が怒り半分、懐かしさ半分で近寄ろうとすると、
「ダメダメ! 写真撮影中だよ」
とカメラマンに怒られた。
「バックスクリーンに想いを寄せる風花。上手く撮れた?」
御用聞きのように手をスリスリさせてカメラマンたちに近づく風花。
「今はいいよね。撮った写真がその場で見られる。おっ、これはいい」
写真の品評会が始まった。
「いい加減にしなさい!」
と言いつつ、風花の首根っこをつかむ上島。
「こんな時、佐藤智子女史がいたらなあ」
とぼやいた。
「ああ、そうだ忘れてた。純一郎!」
風花が一人の青年を呼ぶ。
「はい」
反対側のベンチから長身の若者が現れた。
「ああ、あれは!」
「住友純一郎!」
若者は全力で走ってくると上島に、
「どうして僕がドラフト一位じゃないんですか!」
と怒鳴りつけた。
「そ、それは風花君が決めたことだ」
たじろぐ上島。
「風花監督、どういうことですか!」
「僕は君を一位にするつもりだったよ。だけど宝くじを買うような気持ちで人気一番の門脇君を指名してみたのさ。どうせ外れると思ったよ。僕、くじ運悪いから。でも引いたのは僕じゃなかった。宗谷コーチはくじ運が良かったんだ。だから君は二位なの。分かった?」
「はい。なんとなく」
「マネージャー、すぐに契約書とユニホーム。用意してあるでしょ?」
住友純一郎は契約書にサインし、ユニフォームを着てマリンズの一員となった。背番号23。
「さて、新入団の皆さんとご挨拶するか。まずはやっぱり、君だ」
風花は日向五右衛門のところに行く。
「行き場のない野良犬を拾ってくれてありがとうございます」
五右衛門は殊勝に言った。
「君は野良犬なんかじゃない。狼だよ。決して飼い慣らされるなよ。でも暴力は駄目」
「はい」
「次はお待たせ、門脇君」
「門脇将です。宜しくお願いします」
「固い、固いよ。リラックスして」
「はい」
風花は背番号5の背中をさすった。
「次は……天明さん」
福岡から来た元エースを歓待する風花。
「新天地でのびのびやってください」
「ありがとうございます」
「背番号は21か。ドンタックの時と同じだね」
「そうです」
「がんばりましょう」
「はい」
ここで宗谷が、
「時間がいくらあっても足りません。あとは全体に訓示を」
と風花に促した。
「ああそう。では諸君。去年は僕が倒れている間に、苦労したようだね。心からお詫びする。だが、九十九敗とはなんだ。同じ人間がやっているんだぞ。集中力と勝ちに対する執着心が足りない! 今度来た人たちはそれを持っている。お手本にするように。じゃあ、毎度おなじみの元町君の声だし!」
「またかよ。いえ、喜んで。我らマリンズ、今年こそ素人監督のもと優勝目指して頑張るぞ!」
「おう!」
長いキャンプが始まった。
初日の今日は軽めの調整だ。
「まずは柔軟体操。二人一組になれ」
皆、思い思いに仲の良いものどうしがくっつき合う。門脇将は社会人時代から知り合いの氷柱卓郎捕手とペアを組んだ。大漁丸五郎投手は塩見師直投手と親しげに組みを作った。移籍組は元福岡どうし、天明淳一投手と中浜和男捕手がペアを組んだ。バイソンズから来た滝野は人見知りしない天性のお気楽者、元町がエスコートする。
やはり、日向五右衛門と住友純一郎。喧嘩屋の二人が残った。まるで龍虎の対決のごとくにらみ合い、日向が、
「やるか?」
と聞き、住友が、
「やります」
と答えた。喧嘩屋ペアの誕生である。
「あの二人、組ませて大丈夫ですかね」
宗谷ヘッドが首をひねる。
「やばいと思ってたらうまい具合に元町とか横須賀なんかの明るいやつと組ませなきゃ駄目だよ」
風花は宗谷を叱った。コーチ経験のないコーチを選手もコーチも何にもやっていない、風花が指導するのだ。普通ではありえないことだ。だがありえないことが普通に行われているのが今のマリンズだった。
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