10 開幕前夜

 横浜に帰ってきたマリンズは、本拠地ベイサイドスタジアムを中心にオープン戦を戦った。もちろん、秘密の合言葉は「ア・リーグに勝っちゃダメ」である。


 三月七日 対神戸バイソンズ(ベイサイド)3−1○ 勝利投手:日向

   八日 対大阪タワーズ(ベイサイド)2−3● 敗戦投手:横須賀 

   十日 対福岡ドンタック(ベイサイド)6−4○ 勝利投手:船頭

   十一日 対舞浜ランボーズ(舞浜)3−3△ 先発投手:ベルーガ

   十二日 対仙台インパルス(ベイサイド)5−1○ 勝利投手:住友

   十四日 対札幌ベアーズ(北海ドーム)0−1○ 勝利投手:日向

   十五日 対札幌ベアーズ(北海ドーム)0−0△ 先発投手:日本丸

   十七日 対瀬戸内バイキングス(ベイサイド)2−8● 敗戦投手:砲

   十八日 対埼玉ザウルス(ベイサイド)4−0○ 勝利投手:壺 

   十九日 対埼玉ザウルス(ザウルスドーム)1−2○ 勝利投手:天明

   二十一日 対東京キング(キングダムドーム)8−0● 敗戦投手:砂場

   二十二日 対東京キング(ベイサイド)0−10●敗戦投手:日向


 沖縄の二戦も合わせて十四試合で七勝五敗二分けというまあまあの成績に、「今年のマリンズはやるんじゃないか」という声が上がってしまい「せっかく、ア・リーグに負けたのにこの成績じゃ、警戒されちゃうな。失敗、失敗。これだったらナ・リーグにも負けときゃよかった」と策に溺れる風花であった。


 風花はオープン戦終了後、一人監督室で開幕戦の出場選手登録を考えていた。それを一緒に見ていこう。 

 まずは先発投手五人。日向五右衛門は文句なく決定だ。彼には中五日を守るというインセンティブがあるので、彼中心にローテーションは回す。二番手はベルーガ。外国人選手の割に地味だが、変化球が多彩で大崩れしない。三番手は壺。亀岡を出してまで獲った投手だ、働いてもらわなくては困る。四番手は横須賀。ベテランらしい味のあるピッチングをしてくれる。だが完投は難しい。第二先発グループに頑張ってもらおう。最後は天明。こちらもベテランだ。起用法についてはよく検討しなければならない。

 風花マリンズの今年の売りは降ってわいたように増えた、先発候補のうち、ローテーションから外れた投手の起用法だ。普通なら彼らを二軍に落としてその分中継ぎ投手陣を厚くするのだが、ここは冒険して第二先発として中五日のローテーションで先発の次に登板してもらう。実力のある投手を使わないのはもったいない。その詳しい使い方だが、日向五右衛門の後ろには誰も入れない。彼には完投能力が多分にあるし。「五回まででいいよ」なんて言ったらプライドを傷つけてしまい、また酔って暴れるかもしれない。だから彼の後ろには第二先発は置かない。ベルーガの後ろには船頭を入れる。速球もあるし、殿下の宝刀フォークボールを持っている。気が弱いのが弱点だが、先発じゃないからプレッシャーも軽減されるだろう。壺の第二先発は日本丸だ。壺の抜群なコントロールの効いたボールの後に、日本丸の重くて荒れるボールは打ちづらいはずだ。横須賀の後の第二先発は住友だ。住友は先発をやりたいだろうが新人だから我慢。横須賀の超スローカーブの後に、住友の直球が来れば、打者はスピードの差に戸惑うだろう。天明の後は左の砂場。育成選手から上げたばかりで未知数な部分が多いが、速球とカーブ、スライダーと多彩に投げ分けられ、コントロールもまずまずなのでやってくれるだろう。これで十人。枠はあと三つ。一つはクローザーの大陸だから、純粋な中継ぎは二人。右の灯台と左の港にしよう。ちょっと中継ぎが少なすぎるので、新人の住友は毎試合ベンチに入れてしまおう。


 続いて打者だ。今年は去年と違ってスターティングラインナップは固定されている。

(一)元町商司 ショート。

(二)富士公平 セカンド。

(三)アンカー サード。

(四)トラファルガー センター。

(五)台場八郎太 レフト。

(六)門脇将 ファースト。

(七)潜水勘太郎 ライト。

(八)氷柱卓郎 キャッチャー。

(九)ピッチャー。

 この中で心配なのはルーキー門脇であるが、社会人であれほど活躍したのだから大丈夫だろう。それよりレギュラー一年目の潜水が心配だ。去年は錨という好打者が良き先輩としていたが、福岡ドンタックに移籍してしまったので、今年は頼るべきものがいない。せっかく矯正した腰を下ろした低い体勢のバッティングフォームがまた腰高に戻ってしまわないか心配だ。大池コーチはそこのところがわかっていないので、彼を一本足打法になんかしようとした。厳しくコーチを見なくてはならない。

 一軍枠はあと六人である。捕手一人、内野手三人、外野手二人でいこう。捕手のリザーブは経験からして黒舟とした。ついで内野手。まずは大和武蔵だ。三振は多いが一発の魅力がある。ついで鳴門真喜雄。彼は内野はファーストしかできないが、もともとキャッチャーだったので、第三のキャッチャーとして使えるし、打者としてもまだまだいける。最後は白瀬新。守備だけなら超一流だ。内野ならどこでも守れる。外野は屋形三郎。完全な守備固め&代走用。枯木山水は大きいのが欲しい時の代打だ。

「以上!」

 と風花は一軍の選手を決めた。


 三月二十六日、開幕前日。新幹線で午前中に大阪入りした、マリンズ一行は、午後四時から六時までの二時間、難波ドームで全体練習を行った。だが、その中に開幕投手と目された日向五右衛門がいない。前日の出場選手登録には名前があったのにこれは不思議である。早速、報道陣がそのことを風花に問いただす。

「ノーコメント」

 風花はそっけなく答えた。

「どこか故障でもしたんですか?」

 スポーツジャパンの東記者が尋ねる。

「コショウ少々、怪我一生」

 わけのわからないことを言う、風花。

「タワーズが怖くて逃げ出したとちゃうんか?」

 出入〜スポーツの南記者が突っ込む。

「その言葉、日向にそのまま伝えておくよ。南さん」

「そりゃ、勘弁や。ところでどうしていないんや?」

「チーム編成上の問題とだけ、言っておこう」

 そういうと風花は去っていった。

「こりゃあ、なんかあるな」

 算計スポーツの西村記者が言うと、皆頷いた。

「首脳陣との確執とか?」

「うんうん」

「日向ってシャレが効かなそうじゃない。風花とそりが合うわけないよ」

 夕日スポーツ北方記者が言う。

「うんうん」

「こりゃあ、明日の一面だな」

「そうだな」

 と報道陣は勝手に思い込んでしまった。翌日の新聞を見た、風花は、

「言わせておけ。次の火曜日には分かるんだから」

と気にもとめなかった。


 前日に戻る。

 去年は、テレビサンライズの『ニュースの停車場』で十二球団の開幕投手を発表したが、今年は司会の太刀魚一郎が降板するとかしないとかの問題で、企画がおじゃんになり、代わりに名乗りを上げたのが、ジャパンテレビの『NEWS100』だった。しかし、コミッショナー事務局の樫木さんは「午後十一時からだと青少年が見られない」と難色を示し、国営放送の『ニュースタイム9』にダメもとで依頼したら意外にもOKが出た。なので今年、風花はタワーズの吉本監督と国営放送、大阪放送局で中継に繋がれることになった。

「では、大阪の吉本監督と風花監督」

 スポーツキャスターの笹団子アナウンサーが二人を呼ぶ。

「こ、こんばんわ」

「こ、こ、こんばんにゃ」 

 二人して緊張している。ちなみにこんばんにゃと言ったのは吉本監督の方だ。

「では早速ですが伺います。風花監督、明日の先発投手は?」

「は、はい。ウチの先発ピッチャーは……」

「風花監督、おしてますのでタメないで結構です」

「は、はい。横須賀です」

 この瞬間、日本中がガクッとなった。なんで日向じゃないの?

「では吉本監督、大阪の開幕投手は?」

 淡々と進める笹団子アナウンサー。

「は、は、はい。新地です」

 汗だくで答える吉本監督。

「ありがとうございました」

 あっけなく放送は終わった。

「さすがに国営放送では、派手なギャグできませんよね」

 風花が、吉本監督に言うと、

「僕は民放でもようできません。風花はん、あんたやっぱりおかしいわ」

吉本は返した。

「おのれ、大阪人のくせにシャレがわからんとは」

 風花が怒ると、

「僕、千葉県人ですわ。大阪弁、おかしいでしょ」

吉本は言った。


 風花が吉本監督と不毛な会話をしているうちに夜は更け、戦いの朝を迎えた。

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