31 タワーズの意地

 マリンズは名古屋でカーボーイズに二勝一敗と勝ち越し、ベイサイドスタジアムでバイキングに二勝、カーボーイズに二勝。計六勝三敗とした。残すはタワーズ三連戦と東京キングとのいわゆる変則五連戦を迎えるのみである。


「諸君、この三連戦、意地でも勝たなあかん」

 と選手に喝を入れたのは風花ではない。大阪タワーズの監督、吉本興行である。

「今季はマリンズに、いや風花はんにいいように遊ばれた。成績も悲惨なもんや。ワシもシーズン後に辞表を提出しようと思っちょる」

 吉本の発言に、選手たちは動揺した。

「だから、最後に意地を見せよう。マリンズの鼻をあかしてやろうやないか!」

「おう!」

 選手たちの冷え切ったモチベーションが上がった。これは思わぬ障壁の出現である。


 一方、マリンズ勢は目の前のタワーズ戦より、その後に行われるキングとの五連戦に視点が行っていた。タワーズ戦なんて前座ぐらいに思っていた。そこに隙が生じた。


 先攻 大阪タワーズ


 一番 手毬蹴、背番号1。ショート。

 二番 花屋敷錦吾、背番号2。サード。

 三番 阿倍野公二、背番号3。ファースト。

 四番 バンパック、背番号44。レフト。

 五番 御厨千香、背番号9。センター。

 六番 鏑木真信、背番号7。セカンド。

 七番 島木錠、背番号5。ライト。

 八番 亀岡一成、背番号40。キャッチャー。

 九番 新地篤志、背番号14。ピッチャー。


 後攻 横浜マリンズ

 

 一番 元町商司、背番号1。ショート。

 二番 富士公平、背番号3。セカンド。

 三番 アンカー、背番号4。サード。

 四番 トラファルガー、背番号44。センター。

 五番 台場八郎太、背番号25。レフト。

 六番 門脇将、背番号5。ファースト。

 七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。

 八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。

 九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。


 メンバー表の交換に行った時、風花は吉本の微妙な変化に気がついた。いつもはおとなしい吉本が盛んに審判たちと話している。

(なんだ? テンションがやたら上がっているな、吉本監督)

 と風花は感じた。

「やあ、風花監督。今日もベストプレー見せましょうや」

 千葉県出身のくせにインチキ関西弁を繰り出す、吉本に、

「そうですね」

としか風花は返せなかった。


 一回の表、タワーズの攻撃。バッターは一番、手毬。長らくチームを引っ張ってきた彼もよる年波には勝てず、ベンチを暖める日が続いていたが、今日は定位置の一番、ショートだ。

 対する日向は中四日という厳しい状態での登板だ。今日も変化球主体の投球でいくのであろう。

 日向、手毬へ第一球。内角をえぐるスライダー。手毬、これをレフト線に流し打つ。台場が回り込んで捕球するも、手毬は立ったまま二塁へ進塁。2ベースヒット。

 続く、花屋敷は送ると見せかけて、短気の日向をイラつかせて、四球を勝ち取る。

 三番は売り出し中、二年目の阿倍野。イラつきの治らない日向はビーンボールまがいの球を投げた。これはやばい。風花はマウンドに駆けつけて、日向を落ち着かせようとした。

「日向くん、呼吸、呼吸。フーフーハーってね」

「監督、俺は赤ん坊生むわけじゃねえぜ」

「あれ、間違えた? 鼻で三秒息を吸って口で八秒かけて息を吐く」

「なんすか、それ?」

「自律神経調整法。自律神経が乱れると様々な障害を生むからね」

「効くんですか?」

「効くよう。一緒にやってみよう」

 と言ったところで、主審に時間切れを宣告され、ボールボーイたちにベンチへ引きずり戻される風花。

 風花と無駄話をしたことで、イラ立ちが消えた日向は阿倍野へ155キロの速球を投げ込む。

『カキーン』

 と木製バットのいい音がして、打球はレフトスタンドに飛び込んだ。3ランホームラン。タワーズ先制。しかし、日向立ち直り、バンパック、御厨、鏑木を抑える。


 一回の裏、マリンズの先頭バッターは相も変わらず、元町だ。タワーズのキャッチャー亀岡は去年までのチームメイトだから、ついつい無駄話に花が咲く、と思ったら両者無口だ。どうしたんだろう。それは二人とも、首位チームと最下位チームと立場は違うが、監督の本気度に煽られてふざけた試合などできぬと、心を燃やしているからなのだ。だから剣客が対峙するように緊迫した空気が漂っている。さらに燃えているのはピッチャーの新地だ。今年はマリンズにいいようにやられた。最後くらいは一矢報いたい。その思いで初球を投げた。カミソリのような高速スライダー。翻筋斗打って避ける、元町。しかし、カウントはストライク。ベース板の端っこをかすめたのだ。

「ちくしょう」

 元町が顔についた泥を舐める。第二球、超低速カーブ。元町、自重。ボールはストライクゾーンを悠々と通る。2ストライク。第三球、内角低めにストレート。

「いただき!」

 元町、フルスイング。打球はレフト上空に舞い上がる。入るか? いやギリギリのところでバンパックのグラブに収まった。1アウト。

 二番、富士は得意の耐久作戦で十一球粘ったがピッチャーゴロ。三番、アンカーもセカンドゴロに打ち取られた。一回を終わって0−3でタワーズがリード。


「ふーむ」

 風花はベンチに腰掛けて、ため息をついた。今日のタワーズはいつもと違う。気迫を感じる。一方のマリンズは優勝の一文字に踊らされて、浮き足立っている。このままでは負ける。風花は一席ぶった。

「諸君、まさか優勝しようなんて思っていないだろうな。昨年、我々は九十九敗してダントツの最下位だったんだぞ。僕はいなかったけどね。それがあと八試合残して、一位か二位なんだぞ。凄いことじゃないか。そんな強いチームが最下位タワーズに負けるか? 負けるはずがない。もし仮に負けても順位が二位になるだけだ。全てはキングとの直接対決で決まる。この三連戦の結果はペナントレースに何の関係もない! ただ全力を出すのみ」

「そうだ、浮き足立ってる暇はないずら。ハッスルプレーをお客様は望んどる」

 宗谷コーチも続く。

「わかりました。俺以外の選手はハッスルすることだ」

 元町がしたり顔で言う。

「元さんはハッスルしないのかよ」

 ベテランの鳴門が聞く。

「俺は、朝起きて寝るまでハッスルしているから、いまさらしなくていいの」

 ベンチ中がずっこけた。

 このずっこけで、マリンズナインは地に足がついた。日向は速球と変化球を織り交ぜて、省エネ投球に徹してタワージ打線に付け入る暇を与えなかった。しかし、タワーズの新地は今季最高とも思える投球をし、マリンズ打線にヒットを許さなかった。七回までパーフェクトピッチングだ。


 八回の裏の攻撃は“目立たない四番”トラファルガーからだ。フランスから来日して二年。昨年はホームラン王のタイトルを取ったが、打点は87と及第点は与えられなかった。チャンスに弱いのである。その代わり、得点は100を超えているからチャンスメーカーとしての機能は果たしている。打率も三割を越えてきている。風花は、オールスター戦の後、本気で元町とトラファルガーを入れ替えようと思ったことがある。だがこれは宗谷コーチに止められた。「人にはそれぞれ与えられた場所がある。元町は調子にのると大振りする悪癖がある。トラファルガーはホームランの打ち時を知っている。むやみに変えないほうがいいど」と。


 トラファルガーは闘志を表に出すタイプではない。ゆっくりと、打席に入る。新地はパーフェクトを明らかに意識していた。初球、フォームが崩れてボール。

二球目は高速スライダーがトラファルガーの胸元を突いてストライク。そして三球目、149キロの速球が来た。トラファルガー、鋭くスイング。ボールはレフトスタンド場外に消えた。

「やったあ。パーフェクトが消えたぞ!」

 風花が小躍りして喜ぶ。ナインも大騒ぎだ。でも、まだ2点負けているよ。


 続くは台場。こいつも潜在能力を生かしきっていない。風花は気合を注入した。

「ここで凡打で帰ってくるようだったら、枯木と交代する」

 その一言に台場は燃えた。新地の初球をライトスタンド上段に運び込んだ。これで1点差。

 慌てたのは吉本監督だ。新地の続投は無理と判断し、伊丹をマウンドに送る。

 バッターは門脇。彼も地味だ。ドラフトで六球団競合でマリンズに入団、開幕からレギュラーを張っているが、思ったほどホームランが出ない。新人王争いで一歩遅れをとっている。先頭を行くのは住友とキングの風間、小机だ。

 門脇は悩むことが多い。考えすぎてダメになるタイプだ。風花は後ろから近づいて行って、メガフォンで門脇のヘルメットを連打した。

「心頭滅却すれば、火もまた涼し。僕の名前の由来だ。何も考えずにバットを降ってこい!」

 手荒く、押し出した。

 伊丹はサイドスローだ。右打者の門脇には打ちにくい。初球、外角にスライダー。門脇よく見てボール。二球目、同じボールが内側に入ってきた。

「これだ!」

 門脇は右中間にボールを飛ばす。大きい。入るのか? 島木、フェンスに張り付いた。捕球の姿勢。しかし、これはフェイクだった。ボールはライトスタンド最前列に入る、ホームラン。三者連続ホームランだ。マリンズベンチ、お祭り騒ぎ。まだ同点だっていうの。しかし、潮目は完全に変わった。吉本監督は左の寝屋川をマウンドに送った。

「潜水、四者連続!」

 風花が無理を言う。潜水はクラッチヒッターだ。ところが、ところがである。真芯で捉えた潜水の打球はバックスクリーンに飛び込んだ。これで勝負あり。


 翌日も翌々日も僅差でマリンズが勝利した。タワーズの意地もここまでだった。全日程終了後、吉本監督は辞表を提出し、受理された。


 さあ、残すは東京キングとの変則五連戦。これがあるからマジックも出ない。異常な接戦だ。泣いても笑ってもこの五戦で優勝が決まる。





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