マリンズの熱い夏
よろしくま・ぺこり
0 監督不在のドラフト会議
十一月七日木曜日。一般の人には何でもない平日だが、ある一部の人にとっては後の人生が変わってしまうほどの大事な一日だった。
ドラフト会議。
ジャパンプロ野球に外国人選手を除いて入団できる唯一の手段だ。今年も高校、大学、社会人、独立リーグそして野球浪人がコミッショナー事務局にプロ志望届を提出してこの日を待っていた。
待っていたのはプロ野球各球団も一緒だ。この日の成否で来年度の成績が上下しかねない。近年、ルーキーが開幕から活躍し、チームの勝利に貢献する割合が高くなった。以前は二、三年はファームつまり二軍で体力、気力を鍛え、ようやく一人前の選手になったものだが、プロアマ交流が認められるようになってからアマチュア選手にプロとはなんぞやという自覚が芽生え、大学、社会人のうちにプロでやっていくためのトレーニングをする選手が増えたのである。
今季で言えば、投手では東京キングの徳川投手が中継ぎとして七十五試合、つまり全試合の半分以上に登板し、先発、中継ぎ陣が崩壊した今季のキング投手陣の救世主となり、八勝二敗、防御率1.82の好成績を残した。もっとすごかったのは優勝した東京メトロサブウェイズの赤坂投手で先発で二十勝五敗、防御率2.02で最多勝、最優秀防御率、奪三振王、新人王、最優秀選手の五冠に輝いた。
野手でも名古屋カーボーイズの丹戸内野手。大阪タワーズの阿倍野内野手。瀬戸内バイキングスの難破外野手らがシーズンを通して活躍しファンを沸かせた。
その波に完全に乗り遅れたのが我が横浜マリンズだった。昨年のドラフトで全員高校生、しかも投手というスカウティング能力のなさを見せ、新監督の風花を嘆かせた。結局、ドラフト一巡目の北前船知己はノーコンが治らなくて来期は育成契約となり、二巡目の茅ケ崎武男は実力不足を理由に自ら退団。三巡目の足柄銅太郎はファームのローテーションを守ったが二勝十二敗と散々。四巡目の三ツ境左海は球威不足で打撃投手に転向した。
ここは、横浜マリンズ球団事務所。
「今年は社会人か大学の即戦力投手を取らなければいけませんね」
球団社長の
「そうですね。草加大の田の中、西洋大の中西、トンダの野口あたりですかね」
球団専務の
そこに電話がかかってきた。
「はい、舵取です」
――ボンジュール、社長さん。
「風花さんですね。新婚旅行はいかがですか?」
――言葉が伝わらなくて往生しとります。水一杯頼むのにも金がかかります。往生しまっせ。
「それはそうと何用ですか? プライベートを大事にする風花さん。プライベート優先で、ドラフト会議休みますって言ったら事務局の人、ひっくり返ってましたよ」
――ドラフトは編成の仕事。竜田川さんが仕切ればいいんです。それより、大事な話が。
「なんですか?」
――ドラフト一巡目は草津工業(株)の
「でもドラフト一巡目は即戦力投手って言ってたじゃありませんか?」
――考えが変わったんです。宗谷が現役引退してファーストに穴が空いた。白瀬が
後釜でもいいんですが、打撃が弱い。そこに社会人バッターNo. 1の門脇です。もし、万が一外れたら土佐土建の足摺謙太郎でお願いします。
「バイキングスさんと喧嘩になりますよ」
――ルール上、問題ないでしょ。神奈川県だって、いい選手を他チームに持ってかれてんだから。それより、二巡目でですね、
「彼はだめですよ。暴力事件で大学野球連盟から追放されている」
――プロは、大学と違うでしょ。あの度胸と速球はNo. 1じゃないですか。ドラフト一巡目ではこなくても下位指名になったら東京キングあたりが指名してくる可能性があります。幸い、うちは二巡目のトップだ。会場を沸かしてください。
「三位以降は?」
――スカウト陣にお任せします。ただし、右投げ左打ちの中距離打者は禁止。トレードの方はうまくいっていますか?
「ああ、中継ぎ投手と捕手を狙ってやっているよ。うちには多すぎたが左の中距離打者は人気あるからね」
――それと、あっちの喧嘩っ早いやつはどうなりました?
「一応、面談の約束はした。でも本当に取っていいのかねえ?」
――実力はあるんです。腐らしてしまってはもったいない。
「分かりました。前向きに交渉します」
――じゃあ、頼みます。二月一日に会いましょう。
電話は切れた。
「あいつ、飛行機乗れなかったはずなのに」
「強力な睡眠薬を処方してもらったらしいですよ」
「それにしても四ヶ月も新婚旅行に行くことはないよな」
「貧乏生活の反動ですよ」
「カミさんが金持ちだといいな」
舵取はぼやいた。
十一月六日、木曜日。オロナインDプレゼンツ20○□プロ野球ドラフト会議が始まった。近年は冠スポンサーが付き、一巡目は首都テレビで全国放送され、ファン五百人も招待され、ショーの要素が強くなった。そこに監督が不在なのは痛いし、やばい。そこで舵取はヘッドコーチに就任した、現役引退ホヤホヤの宗谷一三を同行させた。
最下位のマリンズは何事も最初に呼ばれる。
「横浜マリンズ、入場です」
舵取、吊橋、竜田川満男、亜細亜壮六、ボルバン、そして宗谷が入場する。
「風花はどうした! また頭打ったか」
大阪タワーズファンがヤジで罵る。
「宗谷さん、あんたが監督やって!」
なんとマリンズファンからもヤジが飛ぶ。その気持ちもわかるが。
その後は粛々と各球団の監督を含めた首脳陣が入場する。
「それでは第一回選択希望選手の入札をお願いします」
舵取は皆の目を見た。皆頷く。舵取はボタンを押した。
「第一回選択希望選手 横浜 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「わー」「ここはピッチャーだろ」「門脇はキングだよ」会場から一斉に非難のブーイングが上がる。
「第一回選択希望選手 神戸 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「第一回選択希望選手 名古屋 番宙二 捕手 十八歳 青春高校」
ここでようやく門脇以外の名前が出る。捕手強化が必要な名古屋は高校野球で活躍した、番を指名する。
「第一回選択希望選手 埼玉 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「第一回選択希望選手 瀬戸内 足摺謙太郎 外野手 二十一歳 土佐土建」
(ああ、瀬戸内が足摺を指名してしまった。外れ一位はどうすればいいんだ)舵取は頭を抱えた。そこに、係員がエアメールを持ってやってくる。風花からの手紙だった。それには、
『足摺も取れない時は住友純一郎を一位で』
と書いてあった。舵取は青ざめた。
「第一回選択希望選手 仙台 田の中実 投手 二十二歳 草加大学」
「第一回選択希望選手 大阪 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「第一回選択希望選手 舞浜 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「第一回選択希望選手 東京 門脇将 内野手 二十一歳 草津工業」
「第一回選択希望選手 札幌 田の中実 投手 二十二歳 草加大学」
「第一回選択希望選手 東京メトロ 大手門太郎 捕手 二十二歳 陸橋大学」
ア・リーグ王者の余裕か、はたまた正捕手永田へのプレッシャーか? 東京メトロは大学No. 1キャッチャーを指名してきた。ただ、打撃には定評があるが、パスボールの多さとリード面での未熟さが目立つ。
「第一回選択希望選手 福岡 中西太志 投手 二十二歳 西洋大学」
これぞ、真の王者の余裕だ。投手陣が豊富な福岡ドンタックは大学出の投手もじっくり育てる時間があるのだ。
これで、門脇に横浜、神戸、埼玉、大阪、舞浜、東京の六球団。田の中に札幌、仙台の二球団が競合した。
まずは田の中だ。札幌、昼間監督と仙台、伊達監督の一騎打ち。下位球団の伊達からくじを引く。続いて昼間監督。用紙にハサミが入る。
「お開きください」
中を見る両者。
「万歳」手を挙げたのは昼間監督だった。伊達監督残念。
ここで昼間監督へのインタビューが行われる。
――おめでとうございます。
「ありがとうございます。」
――田の中投手のどこに惹かれましたか?
「長身から投げ下ろす、直球と鋭く落ちるカーブですね。あとシュート」
――田の中投手に一言お願いします。
「田の中君、ウチには軸になる投手が足りません。是非、君が軸になってください」
――ありがとうございました。
続いて門脇将の抽選だ。一番最初に引くのは、もちろん最下位マリンズの、? 誰だ? 宗谷が無理やり、みんなに押されて出てきた。緊張で額に汗がにじむ。その他神戸、大輪田監督、埼玉、所沢監督、大阪、吉本監督、舞浜、千葉監督、東京、日本橋新監督が登壇する。
「横浜お引きください」
宗谷がガクガク震えて、くじを引こうとする。が、腕が太くて箱にあいた穴に入らない。慌てて上着を脱いでシャツをめくって、やっと引いた。会場、大笑いだ。次々に監督がスーッとくじを引いていく。ハサミが入る。
「お開けください」
「やったー」
ガッツポーズを上げる。日本橋新監督。
(やっぱ代役じゃダメなのよ。くじは記念にもらっとこ)
宗谷はくじをポケットに入れた。
日本橋新監督のインタビューが終わった頃から会場がざわつき出した。コミッショナー事務局の人が日本橋新監督を取り囲む。
「ただいま、門脇将選手のくじを引かれた方。もう一度ご確認ください」
宗谷はポケットから出してみた。
『交渉権確定』
と書かれていた。
「門脇将内野手の交渉権は横浜になりました」
「宗谷〜男前!!」「日本橋監督に恥をかかすな!」
会場がざわめく。だが宗谷のお仕事はこれでおしまいだ。二巡目以降は完全ウェバー方式だからくじはない。
外れ一位が出揃い、テレビ中継は終わった。次は二巡目の指名である。
「本当にいいのかなあ」
舵取がつぶやく。
「わいやーがやがや!」
竜田川が何か言うが当然早すぎて伝わらない。ボルバン、亜細亜を経由して伝えられる。
「腹据えて、指名せんかい!」
舵取は指名ボタンを押した。
「第二回希望選択選手 横浜 住友純一郎 二十二歳 神奈川県立大学」
ドーッと会場がざわめいた。舵取はやってはいけないことをしてしまった気分になった。だがこれも風花監督の指令通りやっただけ。監督の責任にしよう。それがダメだったら、宗谷のせいにしよう。
何球団かが、指名の確認をしたが、ドラフト希望選手名簿に住友純一郎が記載されていたので、指名は有効とされた。
ドラフト終了後のマリンズブースは報道陣で満杯になってしまった。
「すべては風花監督の戦略です」
――その風花監督は?
「新婚旅行に行っています。自身二度目の」
――いつ帰りますか?
「二月一日にはキャンプ地にいるでしょう」
――交渉は誰が行うんですか?
「私です」
――門脇君はともかく、住友君は暴れ馬だと聞きますが?
「人間でしょ。話せばわかるよ……たぶん」
直後、横浜マリンズオーナー、クルリントの上島竜一から舵取に電話がきた。
――上島だす。見ましたで、ドラフト会議。明日のスポーツ紙の一面はこれで決まりや。幸先いいな。
「オーナーは誰のこと話していますか」
――門脇君に決まっとるがな。門脇君に。
「では明日のスポーツ紙を見て驚かないでくださいね」
そう言って電話を切った。
「さあ、もう一人の喧嘩屋と会うかね」
舵取はホテルを後にした。
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