19 試練の五月
五月一日はプロ野球の試合が一つもなかった。翌、二日の付けのスポーツジャパン、夕日スポーツ、算計スポーツのスポーツ紙三紙と毎毎新聞、夕日新聞、算計新聞の全国紙三紙はこぞって横浜マリンズの快進撃を特集した。その中でスポーツジャパンの東記者は、
『風花監督は、自分を道化に見せることで、相手の集中力を削ぐとともに、自軍の選手を鼓舞し『俺がやらねば』というモチベーションを上げさせている。おちゃらけの裏に巧妙な選手操縦術を駆使している』
との持論を展開していた。
東京キングダムドームでの対東京キング七回戦のため、ドーム近くのホテルに結集していたマリンズナインは新聞を読んで、
「監督のこと、よく書きすぎじゃねえ? ありゃあ、天然だよ」
と囁きあっていた。
当の風花は、バイキング形式の朝食を食べるのに精一杯で、新聞を読むどころではなかった。この後、食事も喉を通らぬほどの災厄に見舞われるのだから、せいぜい、腹一杯食べるがいい。
午後二時半、マリンズは大型バスで、キングダムドーム入りした。早速ミーティングが開かれる。
「今日のキングの先発は菅生だ。攻略法を大池、言ってくれや」
宗谷ヘッドコーチが大池打撃コーチに振る。
「はい、資料によると菅生は落ちる変化球がこのところ絶好調です。なので、ストレートに的を絞り、センター方面に打ち返すのがベストだと思います」
「そうだなや。西東コーチ、キングの打撃陣はどうだがや?」
「二番に、不調の比企に代わって、ルーキーの風間が入っています。こいつは社会人でも屈指の小細工の効くバッターで有名でした。こいつがキーマンになりそうですね」
「うん。風間の評判はおらも知っとるだ。要注意だな。あとは?」
「このところ、レフトにドラフト一位の小机が入っています。パワーヒッターですので、出会い頭の一発が強い」
「小机!」
住友純一郎の目が光った。小机は大学時代のライバルである。
「日向、気をつけるだや」
「はい」
今日の先発、日向五右衛門が頷いた。
「監督からは何かあるか?」
「怪我をしないように」
「へっ?」
「ここまで、うまくいきすぎている。好事魔多し。怪我には気をつけろ。ウチはレギュラーと控えの差が大きい。一人でも欠けると痛い」
「心配性だな。監督は」
宗谷は相手にしなかった。
午後五時半。スターティングメンバーの発表。
先攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
おなじみのラインナップだ。開幕から、ほとんど変わっていない。門脇が二試合、頭部への死球の影響で休んだだけだ。
後攻 東京キング
一番 武田隼人、背番号6。ショート。
二番
三番 河津太郎、背番号50。ファースト。
四番 浦田蔵六、背番号25。サード。
五番
六番 畠山忠重、背番号33。ライト。
七番 上杉輝秋、背番号7。センター。
八番 真田忍、背番号22。キャッチャー。
九番 菅生知之、背番号19。ピッチャー。
キングは、セカンドに比企に代えてルーキーの風間が、レフトにはサーベルに代えて、同じくルーキー、ドラ一の小机を入れてきた。キャッチャーはまだ、土肥が故障から戻らないので真田が守っている。
キングのピッチャーはもはや北条を押しのけてエースの座を奪い取った菅生。ここまで五勝負けなし。対するマリンズは実質的エース、日向。ここまで、四勝一敗だ。両投手の投げ合いが期待される。
午後六時。主審、笹原の右手が上がって「プレーボール」
トップバッターはおなじみ、『早打ちのモトさん』こと、元町商司。菅生第一球。ストレートが胸元に。元町、避けるのが精一杯。「これじゃあ、俺も打てないよ」土を払いながらぼやく元町。第二球。外角に大きく外れるボール。カウント2−0。「菅生、調子悪いのかな?」独り言する元町。第三球、ションベンカーブだ。ミーティングのお約束とは違うが、絶好球。「うひゃあ、いただき!」元町これを打ち返す。打球はライト線に抜ける。俊足、元町悠々二塁セーフ。
続く、バッターは富士。送るか、強攻か? 第一球。バントの構え。ああ、とんでもないボールが来て、避けた富士の左手直撃。慌ててベンチを出る、トレーナーと風花。
「大丈夫か」
声をかけると。
「小指が折れたみたいです」
悄然と言う、富士。
「ちくしょう、菅生のやつ!」
悪態をつきながら、代走白瀬を送る風花。富士は病院での診察の結果、全治一ヶ月と診断された。
三番はアンカー。初球、ビーンボール。キレた風花を、宗谷が必死に抑える。結局、アンカーはストレートのフォアボール。満塁となった。
ここで、バッターは主砲、トラファルガー。第一球。ガーン。足元にデットボール。押し出しだ。しかしトラファルガー、昏倒して動けない。風花の堪忍袋はすぐ破ける。菅生に向かって突進。ナインも続く。キング側も飛び出てきてもみ合いになった。
トラファルガーも病院に直行。左足親指骨折で、これまた全治一ヶ月。
もみ合いの方は日本橋監督が頭を下げたので、収拾がついた。。菅生は降板だ。次のピッチャーは案山子。前回いいようにやられたピッチャーだ。今回もいいようにやられる。五番台場、六番門脇と三振に切って取られた。
さて、トラファルガーの代役は誰にしよう。風花は考えた。ここは強打の大和武蔵を出そう。でも大和は内野手だ。仕方がない。アンカーをライトへ持って行き、潜水をセンターに回そう。セカンドには代走した白瀬がそのまま入る。
「この試合、負けられないぜ」
風花はナインに喝を入れた。
一回の裏、日向は立ち上がりを攻められ、武田にセンター前に持って行かれた。続くバッターは、評判の高い、ルーキーの風間だ。日向は初顔合わせで、よく分からないので140キロ台のストレートを外角低めに投げた。これなら打たれても傷は浅いだろう。そう思っての投球だった。しかし、それが裏目に出た。風間は腰を低く構えて、外角球を押し込むように打ち抜いた。球はぐんぐん上がり、ライトスタンドにホームラン。風間、期待に違わぬ活躍。1−2とキング逆転。
日向は坂東、浦田を三振に取り、五番小机を迎える。これまたルーキーだ。勝手がわからないが、様子見は風間で懲りている。全力投球したその初球、グシャッとボールのつぶれる音がして打球はレフトスタンド最上段へ。小机、プロ入り初ホームラン。「日向、初物に弱し」他球団のスカウトがそうメモした。結局初回三失点で日向はマウンドを降りた。
「どうした日向、いつもと違うぞ」
風花が聞くと、日向は、
「キングダムドームのマウンドは傾斜がきつい」
と負け惜しみを言った。
試合はこの後、日向、案山子の投げ合いでこう着状態が続き、七回表から、
キングは徳川投手をマウンドに送った。
「いかん、徳川が出てきたら、やすやすと打てんずら」
宗谷コーチが頭を抱える。
「そうなの、そんなにすごいの?」
去年の記憶は全然ない風花が尋ねる。
「ああ、特に、左打者は打てないだあ」
その言葉に風花は発奮した。
「それは球の出所を見ちゃうからじゃないの。ホームベース上を通れば打てるんだから、ベース上に集中すればいいんじゃない?」
「それは机上の空論だがや」
「やるだけ、やってみようよ。元町くん。球の出所を見ない。ベース上に集中!」
「はあ? ボールの出所を見なきゃ、打てませんよ」
「見たって打てないんだろ。命令は聞け!」
「へいへい」
元町はバットを担いで打席に向かった。
「球の出所を見るなって、相変わらず素人だな」
元町はぼやきながらバットを素振りする。
「なあ真田。ボール投げた瞬間『投げた』って教えてくんない」
「いやですよ、元町さん」
「そうだよな」
元町は納得の表情を見せる。
「結論、監督の言うことは聞けない」
元町は三球三振した。
「監督の言う通りにはできませんでした」
ベンチに帰って元町が復命する。
「そう、器用な元町くんができないなら今日は駄目だな」
風花は諦めたように言った。
「富士とトラファルガーをやられて、案山子、徳川を打てないなんて、今日は仏滅だ!」
結局、1−3のまま、キングに敗れた。
そこから連敗地獄が始まる。キングに結局三連敗した後、香川のバイキングスタジアムで三連敗。大阪で、なんとタワーズに三連敗、名古屋で三連敗、ベイサイドに戻って、サブウェイズに三連敗の計十五連敗。通算二十一勝二十三敗一引き分けと借金生活に入ってしまった。これは司令塔と主砲がいなくなったのが大きい。各紙は『マリンズまもなく定位置へ』『マリンズ春の夜の夢醒める』と一斉に揶揄した。そして、「この後、交流戦に入る。去年の十七連敗を超えるのではないか?」という声も聞こえ出した。どうなる風花マリンズ。
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