20 交流戦開幕 対福岡ドンタック
「痛、いたたたた」
激しい腹痛で、風花は目を覚ました。
「ガスター、ガスタープリーズ」
風花は叫んだが、誰もいるわけがない。仕方がないので自分で、薬と水を用意して服用した。
さすがの風花も、魔の十五連敗はストレスとなった。持病の十二指腸潰瘍が口を開き、激しい腹痛が襲ってくる。風花は胃腸薬が手放せなくなった。
「ふう、一息ついた。あーあ、あと二連敗でタイ記録か」
昨年終盤、マリンズはプロ野球記録の十七連敗を食らっている。今年は、序盤戦にして十五連敗だ。あれだけ、風花を賞賛していたマスコミも近頃では「所詮、素人監督」「所詮、マリンズ」と嘲った論調になっている。
「ちくしょう!」
風花は怒鳴った。
「見てろよ富士とトラファルガーが案外早く帰ってきそうだ。あの二人がいれば、こんなことにはならなかったんだ」
二人の離脱はかなり大きかった。十五連敗の大きな要因だろう。しかし、次の次、舞浜ランボーズ戦には帰ってくる。だが、その前に、大きな壁が立ちはだかっている。現在、最強チームと呼ばれている福岡ドンタックである。その打棒と整備された投手陣が知将、
今、風花らマリンズ一向は福岡のホテルにいた。その福岡ドンタックと交流戦の開幕を飾るのだ。これは試練としかいいようがない。
「がんばろう、僕」
腹痛が治まってきたので風花はまた寝た。
朝、風花が目をさますと、腹痛は消えていた。
「よし、これは吉兆だ」
風花は飛び起きた。朝食会場に行く。
「おはようだ」
宗谷ヘッドが挨拶してくる。
「おはよう、宗谷さん。今日はいい日和だね」
「何言ってるんだ。外は大雨だぞい」
「そ、そうなの。僕の心の太陽は燦々と輝いているよ」
「今日こそは、勝ちましょうな」
「応ともよ」
元気よく答えたが、また十二指腸が痛くなってきた。食欲がない。ご飯四杯で風花はやめた。
それからホテルでミーティングを行った。
「諸君、十五連敗で気持ちは滅入っているだろうが、心配はいらない。止まない雨はない」
風花が、先頭切って話す。いつも宗谷コーチに仕切らせている風花にしては珍しい。
「でも、相手はドンタックですぜ。最強チームだぜ」
元町がまぜっ返す。
「ドンタックだって、人の子だ。たまにはミスもエラーもする」
「人のミスを待てっていうんですか」
「元町くん。そうネガティブな考えはよそうや」
「そうですね。すみません」
「今日のウチの先発は天明だ。ドンタックの酸いも甘いも知っている。勝負になる。なあ、天明くん」
「頑張ります」
「もう、負けには飽きただろう。今日こそ、勝ちに行くぞ」
「おう!」
「では細かいことは、大池コーチと西東コーチに」
風花の熱弁が終わった。あとはデータを基にしての細かい打ち合わせだ。風花には関係ない。その間に、風花は胃腸薬を飲んだ。容量オーバーである。
午後二時に博多ドームに着いた。いつもより早めに打撃練習を行う。風花は大和と、白瀬につきっきりで練習を見た。
「大和、ボールをよく見ろ」
空振りの多い、大和に注意し、
「白瀬、スイングを鋭く」
と打撃の弱い白瀬にアドバイスした。そこへ大問題が、発生した。西東コーチがやってきて、
「天明、肩の故障です。投げられません」
と告げた。
「ええっ!」
動揺する、風花。
「ええい、先発は純一郎だ。事務局に連絡してくる」
「でも、住友はおととい完投負けしたばかりですよ」
「若いんだ。体力、余っているだろ」
意にも返さない風花。住友を捕まえて、
「いけるな」
と聞いた。
「いけます」
答える住友。開幕から、先発に、中継ぎに大活躍だ。この頃、ようやく、先発に落ち着いたが、この緊急登板、こなすことができるか。
風花はコミッショナー事務局、審判団、そして対戦相手のドンタック、菅原監督に了承を取り、先発投手の変更をした。王者の余裕か、菅原監督は笑って風花の願いを受け入れた。そこに、
「風花監督」
と呼ぶ声がある。
「ふにゃ」
と振り返ると、去年まで、マリンズにいた、錨と葦村がいた。
「お久しぶりです」
錨が言う。
「やあ、元気だったかい」
「はい」
「最強チームじゃ、レギュラーとるのもたいへんでしょう」
「はい。ここには団扇川もいるし、たいへんですがやりがいもあります」
「葦村くんはどう?」
「一軍に残るのに精一杯です」
「君のパワーを活かせば、ホームラン王も夢じゃないよ」
「ありがとうございます」
笑顔で、三人は別れた。しかし、風花の頭の中は、天明が長期離脱した時のことでいっぱいだった。
(大漁丸をあげるか? それよりも本格的な中継ぎをあげるか? 滝野なんか、宝の持ち腐れだからあげるか)
そう考えているうちに、風花はバッティング練習をしているど真ん中を突っ切ってしまっていた。
「危ない!」
声も虚しく、風花の土手っ腹にアンカーの強烈なライナーがぶつかった。その瞬間。
「あっ、十二指腸の痛みがなくなった」
災い転じて福となすである。
風花の十二指腸潰瘍が奇跡的に治ったことで、風が一気に流れを変えた。まず、天明の肩痛が単なる寝違いだとわかった。次に、復帰は舞浜ランボーズ戦からだと思われていた、富士とトラファルガーがその前の埼玉ザウルス戦から出場できると小田原の追浜二軍監督から連絡が入った。
「上げ潮じゃ」
意気上がる風花。でもその前に大きな壁が立ちふさがる。この福岡ドンタック三連戦に全敗すれば、プロ野球新記録となる十八連敗を喫することになる。何としてもそれは避けたい。
「そのためには今日だ」
風花は拳を握りしめた。
午後五時半。スターティングメンバーの発表だ。
先攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 白瀬新、背番号29。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。ライト。
四番 大和武蔵、背番号8。サード。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。センター。
八番 鳴門真喜雄、背番号10。DH。
九番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
ピッチャー、住友純一郎、背番号23。
後攻 福岡ドンタック
一番
二番
三番
四番
五番
六番
七番
八番
九番
ピッチャー、
今夜は、ナ・リーグ主催試合なのでDH制が採用される。風花はベテラン、鳴門を八番に入れた。
ドンタックは一番から九番まで、全員右バッターだ。この極端なラインナップは知将、菅原監督の「力のある者から使う」という理念から生まれたもので、かなり、一般的な考え方とはかけ離れている。しかし、この右バッターたちがとてつもなく強力なのだ。十二球団最高の破壊力を持っている。そういう意味でこのラインナップは正しい。
午後六時。
「プレーボール」
球審、虎熊の右手が上がり試合開始。トップバッターは一言多い、元町。早速、キャッチャーの赤星に、
「オッス、一年振り」
と挨拶すると、赤星は、
「オープン戦であったろが」
と言い返した。
「あん時、いました? 控えの犬童が先発でしたよね」
「ああ。だけどベンチからあんたに会釈したん、忘れたか?」
「うーん、覚えてない」
「まあ、人情の薄いお人だわ」
「すいません」
元町が謝っていると、
「君ら、漫才やってるのかね?」
虎熊が注意した。
「虎熊さん、すいません」
元町、今度は虎熊にしゃべりかける。
「虎熊さんに会うのも久しぶりだなあ」
「何を言う。この前のバイキングス戦であっているだろ。ほんの半月前だぞ」
「そうでしたっけ。試合に集中していたから記憶にないなあ」
「馬鹿め、おしゃべりが過ぎて誰と話したか覚えていないんだろ」
「そうですね。ハハハハハ」
元町と虎熊が思わず笑っていると、マウンドから島津が、
「いい加減にすっと!」
と怒鳴った。これでやっと試合開始。
島津の第一球。伸びのある直球。
「いただき!」
と元町、スイングするが空振り。ストライク1。
「島津ってこんなに速かったっけ」
またも赤星に話しかける元町。
「冬場の走り込みの成果ばい」
律儀に答える赤星。
「冬場ねえ」
元町はまだ、ブツブツ言っている。
「元町くん、集中」
虎熊が注意する。
「へいへい」
バットを構え直す、元町。
島津、第二球。また直球だ。
「球道見えたり、いただきだ!」
元町、フルスイング。ボールは団扇川と阿蘇の間を抜けるライト前ヒット。
「よっしゃ。今日は勝つぞ」
風花は白瀬にバントを命じた。しかし、島津の速球にバットが出遅れ、二球連続ファール。三球目は強攻に出たが空振り三振。
「あーあ、富士がいればな」
風花は白瀬に聞こえるように嫌味を言った。人間が小さい。
三番、アンカーはレフトフライ。元町動けず。バッターはトラファルガーの代役、大和。ここまで二十打席連続三振中だ。ここもはや、2ストライク。
「大和、目つむって打て。どうせ当たらないんだから!」
風花が自軍の選手に野次を飛ばす。
「はい」
生真面目な大和はそれを真に受けて目をつむってしまった。
「馬鹿! 本当につむる奴がいるか!」
風花が怒鳴ったが島津は第三球を投げてしまった。
『ガツーン!』
ボールは博多ドームのレフト側の壁を直撃した。先制2ランホームラン。
「タッチかよ」
風花は複雑な表情を見せた。十六試合ぶりの先取点だ。
次の台場は三振。初回は2点に終わった。
一回の裏。マリンズの先発は緊急登板の住友。おとといのベイサイドスタジアムでのサブウェイズ戦に先発し、赤坂投手との投手戦に投げ負け二敗目を喫したばかりだ。気力、体力が心配される。しかし、元気いっぱい。大友、立花、団扇川を三者連続三振。若武者ぶりを発揮した。風花はマリンズをFA退団した団扇川を斬って取ったのをことのほか喜び、
「裏切り者め、思い知ったか!」
と叫んだが、団扇川は風花をよく知らない。首をひねって守備に浮いた。
このまま試合は硬直し、七回裏を迎える。ドンタックのバッターは四番、菊池。最強チームの主砲だ。住友の初球が甘く入った。猛烈なスイングで打ち返す菊池。あわやホーミランかという、左中間への2ベース。これを見て、横須賀兼任コーチが風花に進言する。
「監督。住友のやつ、肩で息をしています。限界です」
「だけど、代わりに誰を出す? 住友以上のピッチャー今日はいないぞ」
「俺が行きますか?」
「きみが行ったら火に油を注ぐだけだ」
「失礼な。華麗なるテクニックで押さえてやりますよ」
「でも、きみ出場選手登録していないよ」
「分かってて言いました」
「ガクッ」
と漫才をやっているところに、
「俺が行きます」
と日向が名乗り出た。
「ええっ、大丈夫?」
「軽い肩慣らしですよ」
日向は右頬を上げた。ニヒルだ。
「よし、頼んだ。審判、ピッチャー日向!」
日向がスクランブル登板。これを見たドンタック、菅原監督は、
「目先の一勝にこだわってるな」
と斬って捨てた。
日向は丸目、百武、赤星の強打者を簡単に打ち取った。そのまま八回まで投げきった。九回は大陸が相手を寄せ付けず、連敗脱出! 長いトンネルを抜けた。
続く第二戦は育成出身の砂場が好投。中を砲が抑え、最後は大陸が締めるという風花の大好きな左腕三投手の好投で僅差のゲームをものにし、第三戦は、緒戦に寝違えて先発回避した天明が古巣の弱点をつき完投。なんと最強王者ドンタックに三連勝してしまった。
「これも、下っ腹に打球が当たって、十二指腸潰瘍が治ったおかげだ」
勝利監督インタビューで風花は訳のわからないことを言って、報道陣を困惑させた。なぜ、十二指腸潰瘍が治ったのかは永遠の謎である。
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