17 火花散る戦い 対名古屋カーボーイズ
マリンズ一行は金曜日、朝出立で名古屋に向かった。今夜から名古屋カーボーイズとの三連戦が名古屋ボールパークドームで行われる。ところで、読者の中には『カーボーイズ』じゃなくて『カウボーイズ』なんじゃね。作者、馬鹿? と思う方もいるかもしれないが、それは違う。作者は馬鹿なんかじゃない! とは言い切れないけど。愛知県は自動車の県である。市の名前を自動車メーカーの名前に変えちゃうくらいである。そしてカーボーイズの親会社は世界の愛知自動車。そう、カーボーイズのカーは車のcarなのである。だから問題なし。
さて、お昼に名古屋に着いた、マリンズ一行はホテルで仕出し弁当を食べた。中身はミソカツ丼である。今日先発の日向はブルペン捕手の昆布と先に名古屋入りしていた。体調は万全である。
午後二時にホテルを出発して、名古屋ボールパークドームへと出発する。普通の球場は「公共交通機関をご利用ください」と注意喚起するが、ここはそんなことしない。約六万台の自動車が止まれるスペースがあるのである。さすが自動車大国。他に類を見ないスケールである。
カーボーイズは東京キングとの開幕三連戦を三連敗し、不安なスタートを切ったが続く瀬戸内バイキングスに三連勝し波に乗った。東京メトロサブウェイズに二勝一敗、続く大阪タワーズ戦も二勝一敗で乗り切り、通算七勝五敗。状態は上向きである。一方マリンズは七勝四敗一分けという奇跡の好スタートを切った。だがマリンズファンは「去年も四月は五割だった。今年もこれからダメになるんじゃないの?」と半信半疑である。負けに慣れていて勝ち慣れてないのでそう考えるのも当然だろう。弱小球団を応援するということはそういうことである。
午後三時、マリンズナインは打撃練習のためグランドに出た。風花もダイエットのため、グランドに出てストレッチをする。そうすると、一塁側ベンチに日野通監督が姿を現した。風花は一応、礼儀で帽子を取って挨拶したが、日野はプイッと横を向いて無視する。オープン戦での風花の暴挙、暴言によほど頭にきたものと見える。すると、
「風花さん」
声をかけてくる者がいる。誰かと思って振り向くと、前マリンズ打撃コーチにして、現在はカーボーイズのGMをしている沖合洋志が立っていた。
「沖合さん」
思わず抱きつく風花。風花は沖合を尊敬しているのだ。
「昨年はあんなことになって申し訳ございません」
謝罪する風花。それに対し、沖合は、
「こっちこそ、期待にそえないで申し訳ない」
とこちらも頭を下げた。
「しかしGMとは驚きましたね」
「俺も、監督再任の話かと思ったらGMだっていう。驚いたよ」
「年末のコストカッター、話題になりましたね」
「プロの世界は厳しいってことを皆に植え付けたかったんだ」
「さすがだ。誰も真似できない」
「いや、これからはもっと厳しくなるよ。信賞必罰だね」
「これからは敵味方に分かれますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人はそう言って別れた。去年、風花が倒れなかったら二人はどんな関係になっていただろうか。もしもの話をしても仕方あるまいか。
午後五時半。両軍のスタメンが発表された。
先攻 横浜マリンズ
一番 元町商司、背番号1。ショート。
二番 富士公平、背番号3。セカンド。
三番 アンカー、背番号4。サード。
四番 トラファルガー、背番号44。センター。
五番 台場八郎太、背番号25。レフト。
六番 門脇将、背番号5。ファースト。
七番 潜水勘太郎、背番号20。ライト。
八番 氷柱卓郎、背番号22。キャッチャー。
九番 日向五右衛門、背番号14。ピッチャー。
後攻 名古屋カーボーイズ
一番 本田四定、背番号1。セカンド。
二番 千種忠明、背番号7。センター。
三番 ウィロー、背番号10。レフト。
四番 コーチン、背番号4。ライト。
五番 昴恭一、背番号8。ファースト。
六番 大発松吉、背番号9。キャッチャー。
七番 碧南武志、背番号26。サード。
八番 鶴舞兵庫、背番号5。ショート。
九番
マリンズは実質的なエース、日向。カーボーイズのピッチャーは瑞穂と並ぶ右の中心ピッチャー大府満を登板させた。投手戦が予想される。
五時五十五分。両監督によるメンバー表の交換が行われる。ここでは通常、両監督の握手が行われるが、相当、風花の態度に怒っている日野監督、握手に応じるか? ああ、一応握手した。でも、風花の顔がゆがんでいる。
「どうしただ?」
宗谷コーチが尋ねると、
「あの野郎、馬鹿力入れてきやがった。覚えていろよ」
風花もエキサイトしてきた。どうも対カーボーイズ戦は遺恨を残すらしい。全て、風花のふざけた(ように見える)態度がいけないのだけれど……。
午後六時。定刻通りプレーボール。主審の竹内の右手が上がった。バッターボックスに向かう元町に対し、風花は、
「徹底した待球作戦な。大府は名前通り図体がでかい。球数投げさしてスタミナを切らすんだ」
と命令した。
「あいよ」
のん気に答える元町。しかし、この日の大府はコントロールが悪かった。初球いきなり、元町の腹にデットボールを食らわせた。
「おい、大府。ビーンボールじゃないか!」
三塁ベンチから風花が叫ぶ。
「違うわい。手元が狂っただけだ!」
一塁側から日野が怒鳴った。視線がぶつかり合う。火花が飛び散る。
続いて、二番、富士。その初球、なんと富士にもデットボール! 風花は宗谷の制止も聞かず、マウンドへ走りこむ。両軍ベンチから選手が飛び出し、一触即発の雰囲気になった。
「大府、なんかウチのチームに恨みでもあるのか?」
詰め寄る風花。
「な、ないっす。申し訳ないです」
大府は謝った。
「ないの? それならいいや」
風花はあっさり引き下がり、両軍選手、コーチ、そして日野監督も皆、ずっこけた。
「やった、ノーアウト一、二塁。大チャンスだぜ」
喜ぶ風花。さっきまでの怒りはどこへ消えたんだ? さあ、ここからクリーンアップだ。まずは、アンカー。その初球、大府は外角に置きにいったボールを投げた。アンカーがそれを見逃すはずはない。痛烈なライナーが、ボールパークドームの高い壁を越える先制スリーラン。マリンズ3点先取。続くはトラファルガー。大府、またしても中途半端な直球。トラファルガー豪快にレフトスタンド最上段に特大ホームラン。0−4。マリンズ打線、初回大爆発。まだノーアウトだ。次は五番、台場。ああ、ライトスタンド一直線。三者連続ホームラン。早くも日野監督、ベンチを出た。大府降板、ピッチャー交代、
一回の裏。カーボーイズの攻撃。トップバッターは俊足巧打の本田、右投げ日左打ち。年齢は三十四歳とベテランだがまだまだ健在。カーボーイズを引っ張るチームリーダーだ。ピッチャーは日向。その初球。ガーン。なんとプロテクターをしていない左腕に150キロの球がぶつかった。うずくまる本田。スタンドは騒然となり、またしても両軍の選手たちがグランドに出てくる。
「こら、日向舐めてんのか!」
日野監督が日向に詰め寄る。これに対して、気の短さでは球界一の日向が、
「アホ、あんな球避けられんのか。ノロマめ!」
と叫んで、日野に詰め寄る。その日向を元町、富士、アンカーが必死に止める。日野も控え選手に羽交い締めにされてもがいている。
風花はのん気にグランドに出てきて、本田の様子を見ている。
「大丈夫かあ?」
バカ殿様みたいに本田に尋ねる風花。
「大丈夫なわけないでしょ」
苦しみもだえながら答える本田。
その時、主審の竹内が、マイクを使って、
「この試合を警告試合とします。次にデットボールを与えた投手は、即退場処分とします」
と宣告した。
「ちょっと待ってよ」
風花が竹内に文句を言う。
「こっちはデットボールを二つ食らってるんだ。相手は一つ。ウチが一つ損しているじゃないか」
なんという、アホな抗議。それに対して竹内は、
「そういうルールですから。風花監督。ちょっと文句が多すぎますよ。審判団も問題視しています。あなたはクレーマーですか」
と厳しく言った。
「僕はクレーマーなんかじゃない。クリンビューだよ」
わけのわからないことを言う風花。
「とにかく、警告試合です」
竹内は重おもしく言った。
「了解。全員撤収」
控え選手をベンチに戻す風花。本田は治療の甲斐なく、退場。代わりに刈谷が代走に出た。このままセカンドに入るのだろう。
重苦しい空気に包まれた名古屋ボールパークドーム。果たしてどんな展開が待っているのだろうか?
試合はノーアウト一塁。負傷退場したチームリーダー本田に代わり刈谷がランナーとして出塁している。
バッターは千種。この大量得点差では送りバントはないだろうと誰もが思ったが、なんと千種バント。不意をつかれた日向、一塁への送球が遅れる。千種、ヘッドスライディング。セーフ。ノーアウト一、二塁。バッターはウィロー。日向精彩がない。あっさりフォアボールでウィローを歩かせてしまった。ノーアウト満塁。慌てて横須賀兼任コーチがマウンドに行く。
「どうした?」
「体が重い」
「まさか、熱でもあるんじゃないか?」
「どうだろう」
「ちょっと、おでこ貸せ」
「はい」
帽子を脱ぐ日向。
「ぎゃあ、すごい熱だ。監督、日向ダメです」
横須賀が両手でバッテンを出す。
「ええっ! どうしよう。日向には第二先発作っていないんだよな。すぐ肩作れるやついる?」
風花はブルペンに電話をかけた。
——古井戸ならいけますよ。
西東投手コーチの声。
「古井戸かあ。不安だけど仕方がない。西東さん、古井戸出して」
——了解しました。
風花は日向を降ろして、古井戸をコールした。
「すみません……」
日向が珍しく頭を下げる。
「体調不良じゃ、仕方ないよ。救急病院に行って診てもらえ。丘田くん、ついて行ってあげて」
「はい」
日向は丘田くんに連れられ救急病院に行った。
さあ、問題は古井戸だ。続く四番のコーチンは左打者だから左投げの古井戸の方に若干の利点がある。しかし、怪力のコーチンだ。バットに当たったらどこまでも飛んでいく。そうなりませんように。バットに当たりませんようにと風花は神様、仏様、キリスト様と宗教をちゃんぽんして祈った。しかし、
『カキーン』
と快音を残し、コーチンのあたりはライトスタンドに消えた。
「ああ、僕は浄土真宗だった。仏様だけに祈ればよかった」
後悔先に立たず。あっという間に一点差。日野監督のしたり顔がベンチから見える。
「てやんでい。まだ一点勝ってるわ」
と言うと、風花はメガフォンを持ってマウンドに向かった。
「この馬鹿たれ!」
メガフォンで古井戸の頭を連打する風花。良い子は真似しないでね。
「交代ですか? 交代ですよね」
ふてくされる古井戸。
「馬鹿野郎。お前、誰の代わりなんだ。日向だぞ。九回まで勝っても負けても続投だ!」
最後に尻をメガフォンで叩いて風花はマウンドを降りた。
「ちくしょう。やってやる」
古井戸の目が輝いた。
まだノーアウトだ。だが、コーチンの満塁ホームランでランナーは消えた。古井戸は、
「今からが、プレーボールだ」
と自分に言い聞かせてバッターに臨んだ。結果、昴、大発、碧南を三者三振に斬って取った。見違えるようなピッチングだった。
一方、カーボーイズの知多もヒットは打たれるものの要所を締め、4−5のスコアのまま六回を迎えた。
日野監督は好投の知多に代えて三番手に
「くそ、舐めた真似しやがって」
日野監督はまた、エキサイトしてきた。分かりやすい人である。
さて、守山の第一球。ストレート。古井戸空振り。第二球はカーブ。古井戸見送り。打つ気なし。これに風花が怒った。
「先頭バッターなんだぞ。意地でも出ろ。デットボールでもいいぞ」
ダメでしょ。普通は。風花監督はアホなことばっかり言っていると古井戸が考えていると直球が内角高めにきた。
「馬鹿にするな。俺は六大学で十本、ホームランを打っているんだぞ」
と喚くと古井戸は華麗なスイングを見せた。打球はきれいな放物線を描いて、ライトスタンドへ消えていった。これで勝負は決まった。
古井戸は六、七、八回をパーフェクトに抑え、
「九回も投げる」
と駄々をこねたが、横須賀にボールを奪われ、泣く泣く降板した。最後は大陸が抑え、マリンズが熱い戦いを制した。
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