2 風花涼死亡説流布す
ドラフト会議から五日後、横浜マリンズの来季のコーチングスタッフが発表された。その席に風花も同席するのではという憶測が流れ、多くの記者、レポーターが出席したが、上島オーナー、舵取球団社長は同席したのに、結局、風花は姿を現さなかった。なのでもう一つ巷でまことしやかにながれている憶測が一気に表に出て、出席していた記者やレポーターから吹き出した。
「オーナー。風花さんはまた重篤な病気、または死亡しているとの噂が流れていますが」
ジャパンテレビ『ズッシリ』のアベレポーターが上島オーナーに突撃取材をする。
「アホ言いなさんな。風花はんは幸せな結末を迎えてやの」
「結末って、お亡くなりになったんですね」
「いや、大瀧詠一はんは亡くなりましたけど、風花はんは生きてます」
「証拠を見せてください!」
「証拠と言われても、彼は写真嫌いだから。二月一日になったら分かります。そん時、はい死んでましたっちゅう結果でしたら、わし頭丸めますわ」
「約束ですよ!」
「あいよ」
上島は自棄を起こした。(振りをした。さすがトリックスター)
「では、来季のコーチングスタッフを発表します」
舵取が本来の目的を果たすべく発言した。
・監督
・ヘッド
・投手
・バッテリー
・打撃
・内野・走塁
・外野・走塁
二軍
・監督
・総合・打撃
・投手
・バッテリー
・内野・走塁
・外野・走塁
会場がざわついた。
「一軍のコーチ、今年引退した選手ばっかりじゃないですか?」
「今年の大物コーチ陣はどこへ行ったんですか?」
上島オーナーが答えた。
「今年のコーチ陣は金がかかりすぎましたわ。来年は経費節減。フレッシュな顔ぶれでしょ。選手と一緒に動けるから一体感が生まれるわ」
「でもコーチ一年生ばっかりじゃ、何をしていいか戸惑うのでは?」
「だから、氷川君を残したんだよ。彼がまとめ役や」
「ならヘッドコーチにすればいいでしょうに」
「宗谷君に守備・走塁コーチができまっか?」
「それは無理ですね」
「宗谷君には将来の監督として勉強してもらいたい」
「じゃあ次期監督は宗谷さんなんですね。風花監督はつなぎなんですね」
「次とは言っていない。将来のといったの。それに風花はんには一日でも長うやってもらわんと」
「何でですか?」
「彼にはえろう高い入院費、払ってますねん。それを取り返すための集客力、観客動員をね……少し露骨すぎましたかな。まあ、勝って、観客動員を上げてもらえば、万々歳ですわ」
相変わらず饒舌な上島に、記者団は呆れてしまって質問も途絶えた。
風花死亡説はドラフト選手との交渉にも微妙に影響を与えた。どこにでも入ると言って、すぐに判子を押した門脇将ですら、
「監督は風花さんで間違い無いのですか?」
と質問をスカウトにして、答えに困らせた。
「風花監督は新婚旅行で世界一周の旅に出ているということです。二月一日のキャンプインには必ず現れますから、期待して待ってください」
スカウトは精一杯の気持ちで門脇に事実(と思われること)を告げた。
「世界一周ですか。スケールが大きいなあ」
門脇はスカウトの話を好意的に受け取った。大物は心が広い。
ドラフト三位の氷柱捕手は風花のことより、新任の鵠沼バッテリーコーチのことを心配した。
「僕、鵠沼さんって存じ上げないんですけど……」
スカウトは焦った。自分もよく知らないからだ。
「ええっと、鵠沼コーチは十五年間、マリンズに、在籍しました。バッティングが弱くて一軍の試合には数えるほどしか出場していませんが、キャッチングの上手さ。配球の巧みさは一軍レベルです。引退するには少し早いですが、風花監督の『球界を代表するキャッチャーを育てたい。協力してくれ』の一言の負けて現役を退き、新たなる正捕手を育成すべく立ち上がったのです。その、球界を代表するキャッチャー候補こそ、氷柱君、あなたです」
スカウトは完全なでまかせを言った。あの事故以来、風花は鵠沼に会っていない。鵠沼がバッテリーコーチになれたのは単に給料が安くて済むと上島オーナーが勝手に決めただけだった。
しかし氷柱捕手はスカウトの嘘話に感動し、入団を決めた。この素直な性格でプロとしてやっていけるのだろうか?
四位の大漁丸五郎投手は、
「素人の監督なんて嫌だ」
と最初入団を拒否した。だが、スカウトの、
「監督は横須賀投手の次のエースは君だと言っている。横須賀投手だってドラフト四位から這い上がってエースの座をつかんだんだよ」
と風花が言っていないことを口にする。マリンズのスカウトは口が上手い。それは去年の冬、風花が上島オーナーに、「スカウトを現役引退した選手の受け皿にするのではなくて、実力のある人間を採用するべきだ」と進言したから、優秀な人材を上島オーナーは選りすぐったのだ。風花イズムは本人がいなくても活きている。大漁丸投手は気持ち良く、契約書にサインした。
五位の塩見師直投手は貴重な左投手だ。どうしても獲得しなければならない。しかし彼はプロ入りに不安を感じていた。彼は小心者だった。交渉は難航した。
しかし、そこは口の上手い、マリンズスカウトだ。名言、逸話を駆使して、塩見も投手の心の不安を取り除く。まるで、カウンセラーだ。
「塩見君。あの東京キングの長嶋終身名誉監督だって、プレッシャーを感じていたんだよ。だけど猛特訓によって、プレッシャーを楽しみに変えたんだ。君もやろうよ、猛特訓を、そしてプレッシャーを楽しみに変えてしまえ。
塩見の目から怯えが消えた。塩見はマリンズ入団を決めた。
トレード戦線も活発になってきた。竜田川スカウト部長の誰も聞き取れない早口から指示がボルバン、亜細亜壮六によって翻訳され、全国のスカウトが動く。そこで福岡ドンタックが捕手余りしていることを突き止めた。早速、舵取が交渉に向かう。福岡の担当者は、
「捕手は中浜を出しましょう。その代わり、葦村君をください」
と言ってきた。これでは余剰の左打者を放出するという目的が果たせない。
「葦村は出しましょう。ついでにうちの左の好打者と投手を交換しませんか?」
「好打者とは誰ですか?」
「錨です」
「ええっ! 錨をくれるんですか。ならうちもローテーション投手を出さなきゃなりませんな。天明なんてどうですか?」
天明は福岡の元エースで、今も老獪なピッチングで十勝は稼げる。
「早速、契約しましょう」
舵取は横浜に帰り、錨と葦村にトレードを告げた。錨は冷静に現実を見つめ「はい」とだけ言った。葦村は地元福岡に帰れるので喜んでいた。
その一方、緊急事態が起きた。今年のFAでマリンズは大阪タワーズの壺投手を獲得したのだが、その人的補償にキャッチャーの亀岡が指名されてしまったのだ。攻守に活躍していた亀岡をどうしてプロテクトから外していたのか?
それは「タワーズは若手投手を狙っている」という情報がスカウトから寄せられていたのだ。だから若手有望投手をプロテクトした結果、亀岡が外れた。一覧を作成したのは舵取と吊橋である。風花が鼻の穴を膨らませて怒り狂う様が見えるようだ。ちょっと怖い。
トレードはもう一件、成立した。比較的、友好的な球団、神戸バイソンズの左腕投手滝野と右投げ左打ちの内野手、村内の一対一のトレードである。これで、左バッター二人と戦力外だった葦村を放出し、弱点の先発、左投手、捕手を獲得できた。唯一の誤算は亀岡のリリースであった。
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