「なかなか、潜在能力の高いオモテとのハーフですね──あの天神てんじんこうという皇子は」

「后兄さんを呼び捨てにするな、役小角えんのおづぬ。敵とはいえ、皇子相手に身の程を知れ」

「……失礼しました」


 役小角は慇懃に頭を下げる。すると、不愉快そうな言はそれを無視して立ち去った。


「闇皇に報告をしてくる。后兄さんとオモテの近況について」

「正妃──ご母堂も大層、お待ちのようです」


 瑞宮みずみやが頭を下げれば、こといは不愉快そうに眉を顰めた。


前鬼ぜんきくさび後鬼ごき瑞宮、お前たち二人が顔を出してこい。后兄さんの悪口が聞きたいんだろうから──適当にあの女のヒステリーを慰めてやれ」

「わかりました」

「あの女は后兄さんが憎くて仕方ないからね。何せ、本来ならば正妃であるあの女が得るべき地位──十二神将十二の天后の位を、后兄さんが得ているから」


 自分の母親だが、もとより愛情はない。

 愛情を貰って育っていないのだ。言にとっては、当然だった。

 二人を母親のもとへ行かせると、自分は役小角とともに城の中心部へ向かう。


「……随分と、オモテ……いえ、第一皇子と親密にしていましたが」

 多くの衛兵らに敬礼をされつつ口を開いた役小角を、言は鬱陶しそうに眺めた。

「やたらと絡むな──だから? 后兄さんと懇意にしても、僕の有利に変わりはない」

「それはそうですが。言様の性格から察して、何か策があるのかと思い」

「────あ、僕の性格……ねぇ」

「失礼ですが、誰かを信用することは弱点を持つこと、というのが理念でしたはず。実際、どんな近しい者でも決して信用しないのが言様の性格と認識しております」

「……ああ、そうだね」


 役小角に指摘され、言は鷹揚に頷いた。


「誰も信用しないのは、弱点を持たないことにも通じる。それは今でも変わらないけど」

「ならば、やはり第一皇子に対する言動はすべて演技だった、と?」

「……そう思って、いいかもね」


 確認するように問う役小角に、言は短い溜息を交ぜて返答をする。


 ────別に、本当のことを言う必要はないのだ。

(僕は、この男のことを信用していないし……)


 一番の側近だろうが関係ない。実際、両親のことも、后以外は誰も信じていないのだから。


(それに、僕が后兄さんを本当に好いているのを知ったら、この男は何に利用しようとするか、わからない……所詮、僕のことを利用できるコマとしてしか見ていないし)


 后への、自分の愛情が歪んでいるとは思わない。后と自分のためなら、言は闇皇も騙せる。


「言様がオモテ世界へ行く前は、『第一皇子を手懐けて隙を見て殺す』と仰っていましたし……。しかしなぜ、殺さなかったのですか?」

「久しぶりのオモテの観光が楽しかったから、気分が変わったんだ。それだけだ」


 興味なさそうに答えれば、呆れた吐息が聞こえる。


「──では、現在の計画は? 正体が知られる前の折角のチャンスでしたのに──今後はもう、晴明も本気でかかってきます」

「わかっている」


 面倒だ、役小角は神経質すぎる。

 野心が高いゆえに、地盤造りを念入りにしたがる性格の男だ──計算で生きている。


「──その分、今後も第一皇子を懐柔し続けてください」

「しつこい、役小角」


 眉を寄せ、舌打ちをした後、闇皇への謁見を申し入れる。

 近衛兵が、一斉に敬礼をした。


「……。言様、貴方はまだ一言主神を完璧に抑え操れるようにはなっていません。私の課した修行をしっかり積み、能力をますます向上させてください」

「────わかっている。役小角の能力は闇世界一だ」

「よい返答ですね。さすが、私の皇子様──闇の皇族最強なだけあります」


(……嫌な言い方……)


 完全な上から目線だ。役小角の口調には、自分の方が強い、という自負が込められている。


 ────今は、そういうことにしておいてやろう。


(……僕が、役小角に大人しく利用されるわけがないだろう)

 確かに当分は、学ぶべきことが多いから従順にしてやってるが。

(でも、最終的には──僕の歯車の一つになってもらう)

 役小角の胸中も野心も何もかもわかっている。言は役小角に見えない角度で笑った。


「……本当に、いろいろ勉強をさせてもらって──感謝してるよ」


 ────────何も知らないふりをしつつ。

 ────役小角の能力すべてを吸収してやる。



 邪魔者を排除し、后兄さんとの恒久的な幸福を──絶対に、手に入れてやる。



                                    終

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闇の皇太子 宿命の兄弟/金沢有倖 ビーズログ文庫アリス @bslog_alice

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