縛 4

「────っ、え……っ!?」

こう様も、納得したでしょう?」

 静かに告げられるが、何も言えない──ただ、驚くしかないのだ。


「……な、何……? 頭に角が生えて……? デカい図体の、……鬼?」

 声が漏れてしまう。本当に──鬼にしか見えないのだ。

 呆然としていれば、静かに晴明せいめいが口を開いた。

主神しゅしんこといは、一言主神ひとことぬしのかみを体内に宿している者。闇皇やみおうになり、一言主神が目覚めた場合、最悪の場合は貴方の自我も乗っ取られます」

「……一言主神……?」


 聞いたことがある。

 タチが悪い神ではあったらしいが、しかし確かあれは伝説の上の神では──?


「それはない。役小角えんのおづぬに退治され、一言主神は役小角には逆らえない──つまり、役小角の主である僕にも絶対服従」

「確かに。そしてオモテの世界の一言主神も退治されてからは善神として人々を守っています。だがその〝善〟の力が強ければ強いほど、闇へ棄てた〝悪〟の力も同等に大きくなっている──一言主神の能力は、オモテと闇が表裏一体ですから」


 后は思わず言を見る。

 思い出した。確か授業で聞いた名前だったのだ。


(役小角に負けた鬼!? それが、言の中に入っているのか!? というか、神にすら勝つ役小角って一体どんなんだよ……! 言の側近だなんて!)


 やはりこれは、現・闇皇を凌ぐ能力者だ。晴明が、

『言は現・闇皇に継ぐ能力者』

 と告げたのは間違いだ、と后は確信する。


「ああ、もう。そんなことはどうでもいいじゃないか」

 溜息をつきつつ言が呟けば、シュ、と五芒星の光が消える。


(すげ。……何も唱えないで、指一本動かさないで消した)


 月光のみが照らす山中に戻る──言の整った顔は、見えにくくなった。

「心配ご無用だよ、晴明。万が一にも精神を乗っ取られないために、僕は日々鍛錬を積んでいるのだから」

「無理です。──一言主神の強さを見くびらないほうがいい」

 厳しい口調の晴明は、再び懐から呪符を取り出す。


「〝滅・奪還〟」


 そして印を結べば、その手の中から五芒星の光が現れた。

「お前こそ、僕を舐めるな」

「私は私の最大限の努力で、天神てんじん后様を守護します。そして、必ず主神言を──一言主神を完全封印しましょう。后様のために」

「……はっ。その忠誠心は僕も気に入ってるよ。僕の大切な后兄さんを、しっかり見張ってくれるって信用できるからね」

「……! うわ……!」


 いきなり、言の背後に光の槍が突き刺さる。

 それが五芒星であったことに気づいたのは、口から血を垂らしていても言が平然としているのがわかった時だ。


「晴明……! いきなり何をするんだ!」

「心配してもらえて嬉しいな、后兄さん。でも僕は平気だから。……で? 何の冗談? こんな蚊以下の攻撃」

 言は五芒星を、ジュワ、と煙のように消し去ってしまう。


「ご挨拶です。──一言主神を潜在意識に持つ主神言ではなく、情も懐も深い后様の方が闇皇に相応しい、と申したく」

「だけど、后は闇皇になるつもりはないよ? 晴明、后の意志を尊重してあげれば?」

「っ、瑞宮!?」


「〝水・脈激動〟」


 晴明へ攻撃をかけたのは、言ではなくて瑞宮だ。

 木の根が波打ち、地面がまるで津波のように襲いかかる──今までの中で一番大きな攻撃なのは、言を刺した仕返しなのかもしれない。


「できるわけがありませんね。──将来を考えれば、尚さら」

「遠慮しないで。闇皇の地位は元々それが当然であったように、言様が得るべきなんだ。后側の連中が何か言ってきても、僕がすべて殺してあげる」

「孤独になった后兄さんは、十二月将の十二の式神になればいい」

「おわ……っ!」


 同時に、再び晴明のもとから言のもとへ、后は強制的に連れ戻され、抱きしめられる。

 行ったり来たり──何かのゲームのようだ。


「主神言が闇皇になれば、一言主神が覚醒しますよ? ──主神言は闇に呑まれ、人格すら失うかもしれない──それでもいいのですか?」

「……っ!?」

 そうだった──違う方に頭が向いてしまい、先ほどはスルーしてしまったのだが。


「おい、言」

「何? 后兄さん」

 背中にへばりついている言を顔だけで振り返り、后は言の端正な顔を見上げる。


「……一言主神は、マジにお前の中にいる……よな? あの影……」

「大丈夫、闇皇になっても奴には喰われない。反対に、能力のすべてを吸収させてもらうから」

 笑顔の言は、后しか見えていない。


「後鬼・瑞宮! 〝火炎・飛鳥〟!」


 華が声を上げれば、美しき火の鳥が瑞宮へ突進する。

 しかしそれを避けた瑞宮は、すぐに掌で印を作った。


「ああ、朱雀の火炎攻撃は、水の特性を持つ僕相手にはちょうどいいよね。……〝水・爆流〟」


 木の根ではなく、どこからともなく華に向かい、水龍が現れる。

 しかし、そんな目前で瑞宮と華が闘うのを、言はまるで気にしていなかった。


「言は、一言主神を抑える自信があるみたいだけど──万が一の危険があるなら、オレは絶対に言が皇位を継ぐことを賛成できない」

「后兄さん……?」

「晴明」

「横にいますよ」 


 名を呼べば、いつの間にか晴明は后の横に立って言を睨んでいた。

 もちろん(という表現も嫌だが)、言も同じ様子だ──いや、あからさまな后への執着と晴明への殺気を漂わせていた。

 敵同士だから仕方のない部分もある──と思うことにする。気にせず、確認を取る。


「現・闇皇には他に皇子はいないのか? 皇位継承できるなら皇女でもいいけど」

「いますよ、十人近くは」

「じゃあ、そいつらが闇皇を継げないのか? 年功序列とか、決まりがあるのか? やっぱ血筋の正しさか? あ、でもオレが一位になるくらいだから違うか……」

「闇皇に相応しいだけの能力を持っているかいないか。それだけです、闇皇の後継者としての条件に問われるのは」

「……条件? 能力? ……は?」

「つまり、后様や主神言の能力に比べると、他の皇子たちは差がつきすぎているんです。ああもちろん、后様たちがダントツの優秀さを誇っているという意味ですよ? ゆえに、后様と主神言の一騎打ちは避けられません」

「……。……タンマ」


 何度目かわからないが、后は眉間を指で押さえて〝待ったのポーズを取る。


「罰金三百円になりました」

「うるせー! じゃなくて! ……オレ、闇の能力全然ねーんだけど……。資質もねーと思うし……」

「ありますよ。后様の潜在能力は現・闇皇を凌ぐものとも推察されています」

「はあ?」

「つまり、主神言より上ってことですね」


 あまりにも突拍子もない話に、后の目は思わず点になる──ああもう、瑞宮vs華の間で、水と火の闘いが繰り広げられていることすら気にならなくなった。


「……晴明の言ってることは、冗談? 言」

「后様。敵に確認を取らないように。私が貴方の味方なのですから」

 そう見えないのだから仕方ない、とは言わないが……。


(言が反論しねーってことは、事実なのかよ……)


 この半日でわかったことは、言はウソをつかないことだ。ゆえにゾッとするような言動もあるが、わかりやすくて純粋だ。なんとか〝長所〟と認識……したい。


 ──返すがえすも、普通の〝兄弟〟として出会いたかった。


「后様は、オモテと闇の双方の能力を持っています。闇世界での血統は確かに主神言には遠く及びませんが、オモテの血によるプラス部分が圧倒的に多い。それに加えて、闇皇の能力を色濃く受け継いでいる──その潜在的能力は、決して無視できません」

「……そーいうもの?」


 遠く及ばなくて悪かったな、と文句を言いたかったが、肯定されるのが確実だったのでやめておく。


「ええ。非常に珍しいケースですね。ご母堂がオモテにしてはかなりの能力者であったのでしょう」

「……オフクロはわかんねーけど、うちの祖父ちゃんは修験道者だな……」

 昔から、俗に言う霊能力というものが強い一族であったと聞いている。


「現・闇皇が継承者に認めたことに対し、異議を唱える者とそうでない者が五分五分なのは、そんな后様の潜在能力の高さにあるのですよ」

「……はあ」

「──条件付きとはいえ、修行をする前でも能力が発動するのですから。すぐに能力は開花するでしょう。修行が楽しみですね」

「……修行……」

 まったく、楽しみではないのだが。


「あの、晴明さん。オレ、修行なんてしたくないんですけど」

「ああ、そう言うと思いましたが、逃がしませんよ。──ほら私も現・闇皇直々に后様の教師役も仰せつかっていますから。困るんですよ、逃げられたら私のボーナス査定が下がるので」

「…………」


 こんな晴明が、自分の味方なのか──これほどの不安もあるまい。


(言の病んだブラコン、甘雨の暑苦しい友情、瑞宮の嫉妬いっぱいの殺気……)


 エゲつないドS・晴明の修行と比べて、どれが一番マシなのか。

 考えると、いっそ言側につきたくなる。


(いや、駄目だ駄目だ、それだけは──言が、大変なことになるんだから)


うっかり心が折れそうになり、后は(相変わらず言を背中にぴったり張りつけたまま)首をブンブンと横に振った。


「なあ、晴明」

 そして質問をする時、無意識に言の手を掴んでしまう。

「……言が闇皇になったら、一言主神に乗っ取られる可能性ってどのくらいあるんだ?」

「ほぼ百パーセント」

「……間違いない?」

「一言主神は、曲がりなりにも神。ミスで役小角殿に倒されたことは一度はありますが、そんなことは二度はないでしょう」

「そっか……」


 断言に、言がわざとらしいほどの大きな溜息をついた。


「ウソだよ后兄さん。僕はそうされないために、強くなっているんだから」

「……絶対に大丈夫、とは言いきれねーんだ……言」

「────────」


 言が黙る。后の脳裏にあるのは、あの不気味な影だ──本当に、背筋がぞっとした。


(あんなものなんかに、言が乗っ取られねーよーにしないと……どうしたらいい?)


 后は必死に考える。

 最善策はわかっている。わかってはいるが──直視するには厳しい現実だ。


(オレが──闇皇になること……?)


 そんな様子を見て、晴明はそれにしても、と言葉を句切った。


「主神言は、今までぴくりとも表情を変えることはありませんでした。なのに、后様にはあんなに喜怒哀楽を見せるとは。驚きです」

「そう、なのか…?」

「ええ。本人が言うように、后様を騙す気はなく本気で慕っているんでしょうね──もちろん、殺したいと告げられている以上、警戒は怠れませんが」

「僕のパートナーにするため蘇生させるとも宣言している。しつこいよ、晴明。兄弟の問題に口を挟むな」


 后を抱きしめたまま、言が片手を晴明へ向ける。


「おい、言っ!」


「〝滅壊〟」

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