縛 5
言葉と同時に、
「言! 晴明を殺す気か!?」
「この程度で死んでくれるほど簡単な相手だったら、僕はとっくに兄さんを連れ帰ってるよ」
心臓が止まるほど驚いた。しかし、言は
──まるで、ゲームで的を外した子供のような表情だ。
「その通り。
「せ、晴明……っ!」
瞬間移動したのか、まったく違う方向にあった岩の上に座ったままの姿で、晴明が現れる。
「よかった……。ったく言、お前も……って、え?」
安堵の溜息をついていれば、崩れていた岩が、まるで巻き戻しフィルムのようにたちまち元の形に復元されていった。
「……何、これ……?」
「兄さん、自然を壊すなって言うだろ? だから」
気が利くと褒めてもらいたいような口調だ。本当に──なんだか頭が痛くなってしまう。
(素直でブラコンで……でも、ねじ曲がっていて。子供だけど、大人以上の力を持っている)
晴明は、今の攻撃を〝威嚇〟と言った。
つまり、言の〝攻撃力〟はこんなものではないということだ。というより、伏見稲荷での大地震を言一人でしでかしたとしたら──。
(あれも、〝能力〟のほんの一部であったら……すごすぎる)
横に立つ言をじっと見てしまう。
褒められたそうにしていたので、ちょっと頭を撫でてやったが。
「ふふ、こういうの、実は憬れてたんだ」
「はは……そっか……」
──ああ、複雑だ。
「さすが主神言様。ずっと思っていましたが──また、能力が上がったようですね」
(マジかよー。成長段階かよー)
素直に褒める
ああ──本当に、短期間でこんな言に対抗できるまで成長するのだろうか。
(絶対に無理だ。間違いなく不可能だ。命をかけてもいい……って! シャレにならねーじゃん!)
「后兄さんが、修行してどこまで僕に追いつくかは楽しみにしているよ。──あ、仮に修行中、不慮の事故で死んだらすぐに連絡ちょうだいね。兄さんの死体は僕が貰うから」
「不気味なことを言うなーっ!」
心を見透かされたような発言だ。しかも。
「え? 兄さん、そんなに蘇生が嫌なの……? でも、それ以外だと、剥製しかないよ。剥製よりは、蘇生がいいだろ? 僕はどっちでも楽しみだけど」
「…………」
言を幼い頃から教育してきた奴らの顔が見たい。
后を宝物のように大切に抱きしめながらの発言だから、なお一層に。
そんな近未来におののく后をよそに、晴明が言に噛みついた。
「しかし、この〝強くなっている〟能力の開花こそが、余計に主神言の闇を濃くしているのも事実。──一言主神の目覚めに、近づいている」
「仕方ないだろう。闇世界での能力の源は、より強く大きく闇を自身に取り入れることなのだから──一言主神を目覚めさせないギリギリの、最大限まで僕は成長する」
(本当に──そんなことができるのかよ……!?)
一言主神に乗っ取られないまま、能力を上げるなんて。
思わず前のめりになって晴明に尋ねようとしたが、背中ひっつき虫=言が許さなかった。
「后兄さん、晴明に踊らされないで、落ち着いて」
「落ち着けるか! バカ! 言が危ないって──ヤバイ神様に乗っ取られるってんだぞ!? 心配しねーわけねーだろが!」
思わず怒鳴れば、言は驚いたように后を見る──嬉しそうな、複雑そうな顔だ。
「……なぁ晴明、言が一言主神に乗っ取られないようにするには、どうすればいいんだ? オレにできることって何がある?」
「そんなの簡単です。
「────────」
薄々わかっていたけれども。
やはり──断言されるとためらってしまう。
もちろん、背後の言は驚きもしていなかったが。
「けど、言が闇皇にならなくても、言が能力を高めて成長してしまえば危険なんだろ? だったら、オレが闇皇になっても解決策にはならないじゃん……」
「なりますよ」
「嘘つけ」
「……后様。なんでそう、疑い深いですかねぇ。弟とはいえ命を狙う主神言を私よりも信じようとしたり、まったく……これから始まる継承権争いの深刻さをわかっていませんね」
(知るわけねーだろ)
晴明のそんな仕草すべてが信用できない──とは、さすがに喉元で抑えたが。
「闇世界の状況は、その時の闇皇の能力次第で変化します。魔に偏った闇皇ならば、闇世界は魔に覆われ、平和的であればそうなります。オモテとのハーフである后様が後継者になれば、オモテの長所を取り入れ平和的な闇世界を築くことができましょう」
「うるさいよ──口、塞いでくれる?」
言が不愉快そうに告げるのを、后は耳の上で聞いた。
「〝激動〟」
「……っ、うわ……!」
言が呟き掌を向けたところで、ドン! と地面が鳴った。途端に土と岩が迫り上がる。
周囲の大木と同じくらいに巨大になった土と岩の集合体は、人の形に変化した。
「っ、何だこれ!? 言が仕掛けたのか!? ──晴明、危な……っ」
「大丈夫ですよ。力任せに襲ってくるだけですから。──嗜虐性が高く、人の命を退屈しのぎのオモチャ程度にしか考えていない主神言が闇皇になれば、闇世界が崩壊します。しかも、一言主神に乗っ取られてしまえば──オモテの滅亡だってあり得るでしょう」
岩人形が襲いかかるのを軽く避けつつ、晴明が説明をする。
「そんなことはない」
と言ってやれるほど、言を知ってしまっている后である。
「あとは。闇皇を継げるほどに成長した后様は、つまり主神言よりも強くなってるってことですからねぇ。一言主神を上から抑えてしまうのが一番手っ取り早いんですよ」
「……。………あー…」
それだけかよ。
もっとこう、必殺法があると思っていただけに脱力だ。
「──ま、核心に迫ったやり方は、后様が闇皇になればわかります」
「え……? そうなのか……!?」
思わず身を乗り出しそうになれば、晴明が、ははは、と笑った。
「ウソかホントか、さーどっちでしょう」
「────────」
背後の言が后を掴まえていなかったら、間違いなく晴明に飛び蹴りを入れていた。
「后兄さん、兄さんが僕の側にずっといてくれるなら、僕が闇皇になっても一言主神に乗っ取られるなんて勿体ないコトあるはずがないだろう? 僕は何があっても、僕自身の意志を貫くよ」
「え? ま、まじ……?」
「興味持たないように」
危うく納得しかければ、そこらでうねっていた木の根に頭を叩かれた。
──晴明だ。岩の怪物に襲われている最中なのに、なんという余裕か。
「相手が弟とはいえ、敵に背中を預けないように。もう少し緊迫感を持って、関係をクールに考えてください──護符・〝戻流〟」
言いつつ、晴明が護符を投げつけると岩人形の片腕が消滅した。
式神四天王がまったく助けようとしないのは、余裕の現れなのだろう。
──華は相変わらず、後鬼瑞宮と睨み合っているし(相性が悪いのか?)。
「晴明はそーいうけどさ。言はオレの弟なんだぞ、敵だろうが、オレの命狙っていようが。それに──オレは言が好きなんだから」
「后兄さん……」
兄から弟へ、求めることなんて一つしかない。
「オレは、言に〝幸せになってほしいんだよ」
オレの命はあげられないけど、とは胸中での呟きだが。
「あーあ……」
力説する后は、まごうことなき本心を告げたのだが──しかし、聞く晴明はわざとらしく肩を竦めたりしていた。
「この状況で、そんなことを言っていいんですか?」
「何が? ────はっ」
「后兄さん……」
ばっと振り返れば、嬉しそうな言の熱い視線とバッチリ合ってしまった。
「ありがとう、兄さん。僕たちはやっぱり一心同体になるべき運命なんだ。僕、ますます后兄さんを放したくなくなったよ」
「そ、そりゃどうも……っ、言! こら! 顔! 顔近すぎ! そーゆー抱きつき方はGFとだな……っ! オレはただの兄ちゃんで……っ!」
「無駄ですねぇ、暴走を助長するようなことを言ったのは后様本人ですから。あーあ……R指定の世界に入っても知りませんよ私は」
(呆れてないで助けろーっ!)
后の心の叫びをわかっているだろうに。晴明は、絶対に助けようとしない。
巨大岩人形を余裕で避け、呪符をまきつつも呆れている──晴明の力の強さがよくわかるが、舐めきった態度だ。
(うを! 見物人多数!)
それどころか──いつの間にか、華と瑞宮の闘いが終わっていた。
じーっと、ここにいるすべての者が后たちを凝視している──殺気も飛んできているし。
「ったく……。護る気力が失せるよね。命令だから仕方ないけど。弟とはいえ自分の命を狙う敵に対して、無防備すぎで。いくら潜在意識が強いとはいえ、闇皇も継承者の選択を誤ったんじゃないの?」
「そうかしら。貴方の低レベルな男の嫉妬を見せられるよりは、今後の展開が楽しみだわ──少なくとも貴方の未来よりは充実していそう」
(は?)
華の嫌味に反応したのは、意外にも前鬼楔だった。
「でも、僕らの使命から逸れる危険もあるし──やはり、早く后を殺してしまおう、言様の幸福のためにも、ね? 前鬼楔」
「……お前、情ってもんがないのかよ」
瑞宮が必要以上に冷めているのは、子供の頃から知っていたけれども──この状況で冷められては虚しい。
「ま、わかっていたじゃん? 后。ま、俺が嫉妬に狂った瑞宮から守ってやるから安心しろ」
「青龍甘雨は嬉しそうだな。相手は我ら十二神将よりも強い前鬼楔と後鬼瑞宮。命がけの闘いだと言うのにそんなに我が君、后様が好きか?」
「破の言うとおりだ。感情で守ろうとするな、ミスが出る可能性がある。我らはあくまで任務を遂行するのみ──決して、敵に背中を見せるな」
(……女版ゴルゴか……)
個性と思惑がそれぞれ違う連中だ──それだけはわかっている。
(……そして。後鬼瑞宮とゴスロリには、式神十二月将揃っても敵わないらしいことも)
マジに強すぎる──ヤバイんじゃないだろうか。
「──では、そろそろ本気で后様を返してもらいます、主神言。〝帰巣〟」
「ぐわ」
ニコニコ(作り)笑顔の晴明が岩人形に向けて呪符を投げ、かなり遠慮なく引っ張る。
──すると、后の目前で。
《ゴォォォ……》
うめき声なのか、岩が壊れる音なのか──みるみるうちに岩人形は地へ崩れ落ちた。
「じゃあまあ、よきライバルとして今後も一つよろしくお願いします」
「お前ごときに口を出される憶えはないよ、晴明」
上滑りな敬語で慇懃に頭を下げる晴明へ、言は不愉快に告げた。
────が。
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