縛 3
「────」
絶句だ。
必死な説得をしたつもりなのに──この返答は、なぜなのだろう。
「────ますます、手離せない存在になった。僕には
「は……」
かなりヘビーな単語が出てきた。
(ゾンビの次は、ミイラかよ……! いやちょっと違うか!)
というか──
「僕は后兄さんに出会う前、父上ですら兄さんを蘇生できないくらい完膚なきまでに魂まで握りつぶしてしまうつもりだったんだ。当然だけど、今はまったくそんな気はないよ?」
「かんぷなきまで……」
魂まで、というのはかなり激しい憎悪だろう。
クラクラする──体もだ。
気づけば、言に支えられていた。
「──じじじじじ…じゃあさ、いつからオレのこと、そう思わなくなったんだ? …オレからすると──最初から、言はオレに好意を持っていたよーに思えたけど……」
「うん、その通り。初めて后兄さんを見た時に、胸が温かくなる気がしたんだ──けど」
「……けど?」
「本気で感動したのは──僕のためにアクセサリーを買ってくれたこと。それと──荷物を持ってくれたし。──そういう、細かい優しさが嬉しかった」
「…………」
あの、はにかんだ笑顔はそういう意味だったのか、と理解した后だ。
「……おい、后。
「違うわ、アホ」
「言様に失礼な物言いは許さないよ?
蹴りたい、と思っていれば
どいつもこいつも、なんなのだ。
「それに、いつでも僕を庇ってくれたしね。
「そんなの、言の部下の瑞宮たちだってやるだろ?」
あの時の后は必死に言を助けることしか考えていなかったのだ。
(……でも、あれは言の演技って知ったから、安堵していいのかがっくりしていいのかわからねーけどさ……)
「でも、后兄さんは僕の部下じゃないし、あの時は兄弟であることも、知らなかった」
「后は幼い頃から正義感だけは強かったよね。年下の子が苛められてると、絶対に助けに行ってたし──空手を始めたのだって、誰かの役に立つかもって思ったからだろ?」
口を挟む瑞宮の真意は何だろう──そう思ったが、表情を見てなんとなく悟った。
────言が、后に懐くのが不愉快なのだ。
「けど、后は命まで張って誰かを助けたことはないさ。瑞宮が嫉妬する気持ちは俺もわかるけど、后が主神言殿を特別扱いしているんだから仕方ねーだろ」
(仕方ねーってなんだよ仕方ねーって、甘雨!)
暑苦しいコメントだ。瑞宮の嫌味よりはマシだが。
「……ああ、もう。話せば話すほど、思う」
「言……?」
「──もっと早くに出会っていればよかった。后兄さんを憎んでいた年数が、本当に無駄だったよ」
本気だろう──言は、后に対してとその他に対しての表情がまるで違うのだ。
「……そっか。……オレも、言がオレを殺そうとしないならそう思うよ」
「殺したいのは、究極の愛だよ、后兄さん。他の誰にも殺させやしないし──僕以外は、絶対に兄さんに触れさせないから」
告げて、言は后の手を握る。
(……マジに、愛情に飢えてるんだ……。歪みきったのは、言のせいじゃねーよ)
こんな性格になってしまったのは、周囲の大人のせいなのだ。
(むしろ、こんな環境を考えればまっすぐ育っている──かもしれない。……いや、それは言いすぎか……でも、真面目で純粋だし、長所もある! ……と思う!)
過激な状況(ないしは性格)ではあっても、敵同士でも。弟なのだ。憎めるはずはない。
悩む后は、言の額に己の額を合わせた。
この機に乗じて殺されやしないか、とヒヤヒヤだ。
気づいたら生首になっていたらどうしよう、と、崖っぷち気分である。
──周囲で緊張感を高める、晴明や四天王を信じるしかない。
「こうしてると、まるでオレたち一体みたいだろ? ……孤独だなって不安になったら、この温もりを思い出せ。殺すとか言ってねーで」
「后兄さん……」
「事情を聞いても、過去の言がどれだけオレを憎んでいてもオレは気にしないから──ずっと、言のことを大事に想ってるからさ。オレを一度ゾンビにする必要なんて、ねーぞ」
「嫌だよ、兄さんがいなくなったら困る。僕を大切、と本気で思うなら一度、殺させてよ。一瞬で楽になる殺し方をするから」
「……。……快諾は無理だなー……」
ははははは、と笑うが、口元は引きつる当然だ。
「────后、いくら言様がお許しになっていても、ちょっと近寄りすぎだよ?」
「どわ!」
「“水・締脈”」
笑顔で瑞宮が告げるのと同時に、背後からいきなり首を絞められる──必死に振り返って見れば、木の根が絡まっていた。
どうにかならないのか、こいつの嫉妬は。
「皇子に何をする、
しかしすぐに、
一太刀振りかざすたびに、大蛇の姿が長刀の背後に見えるのだ。──しばらく、それに圧倒されていた。
「余計なことをするね、玄武水終」
「それより後鬼瑞宮ったら、下手な言い訳ね……。主神言様に愛される
(そうなの!?)
「下らないパフォーマンスで、后様へ低級な苛めをしないでくださいね」
必然的に言から離れた形の后の横に、気づけば
さらに反対側には甘雨だ──ああ、言が機嫌悪くなっている。
「……後鬼瑞宮、后兄さんへ手を出していい、と誰が言った?」
「……申し訳ありません」
言が低く、後鬼瑞宮へ問う。瑞宮は深々と頭を下げた。
「ま、瑞宮への〝仕置きは後にして。──晴明と青龍甘雨。君たち二人は、僕にとってかなり不愉快な存在であることは確かみたいだ」
「ええ、でしょうね──敵ですから」
晴明がにこやかに返事をする。
しかし、その目が笑っていないことに后は気づいた。
「〝臨、兵、闘、者〟……」
晴明が手で印を結び始めると、大きな光が晴明を包み始める──五芒星だ。
「“滅・封印”」
「……っ、わ……!」
巨大な五芒星が言を攻撃する。しかし、言は表情も変えずにそれを指先一本で止めると、一瞬にして跳ね返した。
五芒星は晴明へ飛んでいく──しかし、晴明の目前でパア、と消えた。
「……何の遊び? 晴明。こんな危険なものを飛ばして。木片や土砂が后兄さんに当たったらどうするんだ? 遠慮なく、お前をズタズタに切り裂いてやるよ?」
「こ、言……! 大丈夫だから、オレは!」
「────主神言。貴方が次期
殺気を帯びる言に、さすがに后は慌てる。
しかし、冷静な晴明は唐突なことを口にした。
「主神言が、これ以上、闇に偏るのを避けたからです」
晴明は、言にではなく后に教えるように告げる。
しかし、后は言を見ていたので──言の表情がわかった。さしたる驚きもなく、ただ不愉快そうに眉を顰めた。
「……。……だから?」
「闇世界の血があまりにも濃い闇皇は、世界を破滅へ導く──闇に呑まれてしまう可能性が高い。──つまり、主神言。貴方がそれに当てはまっているんです。自覚はあるでしょう?」
「────」
言は返事をしない。しかし、その表情で晴明の指摘が事実であることがわかった。
「ゆえに、現闇皇は貴方を後継者にすることに難色を示した。いかに、正妃──貴方のご母堂が、半狂乱になって反対しても」
「べつに、あの女がおかしくなろうと僕は知らない」
「言」
不適切な発言を撤回させるように后が名を呼べば、言はバツの悪そうな表情をする──本当に、后にだけは年相応の顔をするのだが。
「正妃の思惑はともかく。──知っての通り、貴方自身は体内に大きな〝爆弾を抱えてもいますね。それが問題なんです」
「────」
「爆弾?」
闇が濃い、という問題以外にも?
驚いて后は、言と晴明の顔を見比べる──真剣な表情だ。
他の者の顔も見るが、真剣な様子は変わらない。
静かに晴明が一枚の呪符を取り出す。そしてそれを言へ翳せば、言がライトアップされたように──大きく影が、伸びた。
そしてそれは、言の体の形ではなく──想像できなかった姿を現した。
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