再 2

 掴めないのはわかっていても手を伸ばす。


《ぎゃあああ……っ》


「……あれ?」

 摑もうとした瞬間、闇鬼あんきが消滅した。わけはわからないが──手の中に熱くなった何かを握っていることに気づき、それを見てもっと驚いた。


(また、あの人形ひとがたじゃねーか!)

 いつの間に掴んでいたのかは自覚がない。しかし、そんなことを考えるより先に、体中に巻きつく闇鬼を消してやろう。


《おおおお……》


(すげー……。人形で触れたら、全部消えた……)

 こうなれば、闇鬼の唸り声も怖くない。じゅわじゅわと消えるもやを眺めつつ、肩で呼吸をした──緊張で、かなり息が上がっているのだ。


こうさん! 大丈夫!?」

「言こそ……! 無事でよかった……!」


 かっこ悪いところを見せたくなくて、后は必死に体の震えを抑えようとする──なかなか難しい。


「……すごいね后さん、あんなにいたのにあっという間に倒して……」

「ああ、さっきと同じ。人形のお陰なんだけど……」

 頷いてみせれば、こといは不思議そうにそれを手にとった。

 そしてたっぷり眺めてから、后へ返す。


「さっきも思ったんだけど……どこで買ったの? 貰い物? 貰ったなら──誰から?」

「い、いやまあ……」

 その狐面の煎餅をくれた怪しい色男から貰った、とは言えまい。


「そんなことより、さっさと山を下りて……っ、うわ……!?」

 この場を立ち去ろうとすれば、さらに闇鬼がそこかしこから現れる。

 それらは蠢きつつ合体して、巨人のようになった──ああ、目がたくさんある。これはかなり怖い。


「……特撮の世界じゃねーか……! ライダーもレンジャー部隊もいねーのに……!」

「っ、后さん……! 危ない!」


 呟いた途端、襲いかかられる。言を庇いつつ逃げようとした時、言は持っていた狐煎餅を巨大闇鬼へ投げつけた。


《ぐわ……っ》


「へ? たかが煎餅に……? あいつ、すごい弱いのか?」

 怯む様子に驚く。しかし、言は后の手をぎゅ、と握りしめて否定を返した。

「……ただの煎餅じゃないよ。あれは、このお稲荷さん──神様のお使いをかたどることを認められたもの。僅かではあっても、本物のお狐様の神通力は籠もってるんだ」

「そ、なの? マジ?」


 面のリアルさから敬遠しては勿体ないということか。状況がこうでなければ、得々知識と喜べたのに。

(でももう、狐面はねーし…!)

 全部、投げてしまった。食べ物は粗末にしてはいけないが、場合が場合だ。神様には許してもらい、せめて野生動物のエサになってほしいと願うのが精いっぱいである。

(人形の威力って、永遠なのか!? 考えてる余裕ねーけど!)


《おおおおお……っ、喰わせろ……っ》


「うわー! こいつ! 日本語喋ったよ!」

 地から唸るような声だ。かなり迫力がある──怖い。


《その、魂を……っ! 闇に引きずり込みたいぃぃぃ……っ》


「っ、闇に引きずり込む、だぁ……? 地獄じゃなくてか!? っ、つか来るなっ! 言! 逃げろ!」

「駄目だ、后さん!」

「平気だっつの! オレには人形あるし……! 闇鬼出してる張本人に……!」

 持たされた、と告げて言を護ろうとしたが、言に背後から抱きしめられる。


「無理だよ! あれだけ大きくて強い闇鬼相手には……!」

 そして闇鬼へ背を向けると──后にも、言が受けた衝撃が伝わった。


「……っ、言……!」

「……ぅ……っ」


 慌ててその腕から這い出て、言の背中に回る──上着の背が破け、やけどのような傷を負った皮膚が見えていた──血が流れている。

 后の背筋が凍る。──言を護れなかった自分に、本気で吐き気を覚えた。


「言! 大丈夫か!? 言ぃ!」

「……っ、平気……っ、后さん、が無事なら……っ」

「バカ! 言ったろうが! オレのコトなんて放っておけって! オレが言を護るんだって!お前はそれに甘んじていればいいんだよ! てめーのことを一番に考えろ!」


 止血の手段がわからない。后はただ、ぐったりと意識を失った言の体を支えることしかできないのだ。


「っ、畜生……っ! くらえ! 全滅しろ!」

 怒りのまま、后は人形を巨大闇鬼へ投げつける。


「……っ、くそ……!」

 しかし、なぜかまったく闇鬼は消えることはなかった──まるで効果がない。


《喰らう……っ、すべてを喰らう……っ、さ、いこうの……エサ……っ》


「エサじゃねーよ……! 闇に巣くう鬼が……!」

 ゆっくりと近寄ってくる闇鬼を睨み、后は言を庇うべく仁王立ちをした。

 ──無数の目が、満足そうに笑んでいるように見えた。


「────!」


 あまりの怒りに、目眩がしそうだ──体中が、熱くなった。

「っ、くたばれ……! っこの化け物が!」


《っぎゃあああぁ……!》


 激高が頂点に達した時、気功のように手を前に翳していた。

 同時に、光の大きな球が掌から出たような気がする──闇鬼がその巨大な光に包まれ、燃えるように消えていく。


「……っ、今のは……? 何だ……?」

 最後には塵になり、消えてしまう。


 后は、自分の掌を凝視した──もちろん、何も変わっていない。

「……あ、人形のせいか?」

 慌てて取り出す。熱くはなかったが、このお陰だと思わないと理由がつかない現象だ。


(……っ、つまり、言がケガをしたのも全部、晴明せいめい仕業しわざ……っ!)


 今はもう、怒りしかない。

 闇鬼を生んでいるのも。

 それを消す道具──人形──を作ったのも。

 后が、妙な術もどきを使えたのも。


(……っ! 間違いなく晴明だ……! あの野郎! どこかにぜってー潜んでいるはず!)


 悪趣味な男だ。

 言までをもてあそぶなんて──絶対に許せない。


「……! おい! よく聴け!」


 宣言は、近くで眺めているであろう、晴明に向けてのものだ。


「……っ、オレはどうなってもいい。なんなら、闇鬼たちに魂をやってもいい。──でも、ぜってー言には、指一本触れるんじゃねー!」


 叫んで、言を背に新たにウゾウゾと生まれてきた闇鬼と対峙する。

「……からかうのは、オレだけでいいだろ……っ。こいつは……言はまだ中学生だし、何も知らないし……っ! ケガを負わせるなんて、カンッペキ犯罪者だぞ!」

 怒りのまま怒鳴って手を翳せば、再び光が闇鬼を襲い一瞬で消滅させた。


《ぐああああ……っ!》


「……っ……、闇鬼をやっつけられる間は、なんとかなるけど……っ」

 しかしこれすらも、晴明に与えられた力かと思うと本当に不愉快である。


「ああ、感情が最高に高まった時には能力〟が発動するんですねぇ……。さすがと言いましょうか、目茶苦茶不安定だ」

「何……っ!?」

 柔らかい──というか、明るい声音が背後で響いた。思わず、振り返る。


「……未成年でなくとも、スポーツなどの正当な理由を除いて他人にケガを負わせるのは犯罪ですよ」

「っ!?」


 声が耳に入るのと、横の小さなお堂の扉が開くのは同時だ。

 優雅な足取りで、そこから出てきたのは──想像通りの色男だった。


「晴明……っ!?」

「言いましたよね? 稲荷山いなりやまの参拝をしないように、と。忠告を無視した后様が悪いんですよ?」


 にこにこ笑って言う晴明は、まるで体重がないようだ。ふわり、と大きな石塔の上に飛び乗り、長い脚を組んで座った。


「うるせー! だからってやりすぎだろ! 晴明! 闇鬼で襲ったり、オレだけでなく言にまでケガを負わせたり! お前の目的は一体なんだ!?」

「私の今日の目的だけを単純に答えるならば──后様へのご挨拶、でしょうか」

「はぁ!? それで、こんな……! 言にケガさせやがったのか!? ちょ……! 下りてオレの前に来い! 殴ってやる!」


 怒りのまま告げ、先ほど黒靄へぶつけていた気功(?)でできたような光球を晴明に向けて投げつける。

 しかし、晴明は小指一本を立てると、それを簡単に弾いてしまった。


「不安定なのは、術の発動だけではなく──その力もですか。課題は山ほどありますねぇ」

「うるせーな! 何の話だ!」

 掴みかかろうと向かうと、晴明は逃げるどころか石塔から下りて目前に立った。


「──ったく……。見事なほど、思惑通りで……情けない」

「何がだよ!?」

 襟を掴む。この状況で大仰な溜息をつかれると、負けた気分になるのはなぜだろう。


「──后様。私をどう思います? 正体を理解していますかね?」

「ンなの、決まってるだろ……! 怪しい黒魔術やら何かを使う、はた迷惑な悪人! 心霊系は信じてなかったけど、ここまでリアルだと認めざるを得ねーし!」

「────私が、要注意だと何度も告げておいた、主神言については?」

「……。……デカいけど、中身は子供のままの中坊。瑞宮にも頼まれてるし……! いやそれは観光だけか。──とにかく! 今は何より優先で護らないといけないんだよ!」

「なぜ?」

「……懐いてくる年下を、無下にできるか」


 言の場合は、ちょっと過剰だが──それは家族愛に飢えているからなのだ。

 そして自分は子供の頃から空手を習い、『根性』を叩き込まれていた。すなわち、

『困っている人を助ける』

 というのは、大基本である。


「……なるほど。本当に后様は、人格がおよろしくていらっしゃる」

「なんだ、その嫌味な敬語は」

「いえいえ、賞賛ですよイヤだなあ。──ええもう、呆れるくらいにお人好しで。これからの帝王教育、先が思いやられて頭が痛いですよ、辞めていいですかってお願いしたいほどに」

「は? ……ていおう?」

 襟首を掴む后の手をほどき、晴明は言の方を向く。

 凝視したまま、后へ続けた。


「────たとえば、の話なんですが」

「なんだよ」

「見方を、少し変えてみませんか? ──私は悪役ではなく、味方だと」

「はぁ?」

 何を言いだすのだ。思わず眉間がコイル巻きになってしまう。


「……思えるわけがねーだろ? お前、闇鬼使ってオレを襲っていたじゃん」

「その推測もナシで。つまり、闇鬼を差し向けたのは私ではない、と」

「……。……自分が関わってるって、認めたじゃん」

「ええ、いくつかに関わっている、と。しかし闇鬼に関して私が関わっているとは一言も言っていません」

「…………は?」

「私は、后様の味方として関わった、と言っただけです」

「──────へ?」

「でも、私の期待以上の驚愕を見せてくれるのが面白くて。ついつい」

「…………」


 本当に悪趣味だ、この男は。

 ふざけた物言いに怒りたいのをぐっと堪え、后は半信半疑で尋ねた。


「……仮にそうだとして……。じゃあ、闇鬼をし向けた奴は誰なんだよ……?」

「わかりませんか?」

「は? わかるワケ……、……!?」

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