再 1

「ほら、これ。寄贈者は有名なあの悪徳高利貸し会社の社長だぜ? そー考えると怖いよなー」

「つまり、犠牲者の血涙でできた寄贈? じゃあ、一家離散とか人の不幸の集大成でできた寄贈品なんだろうね、こうさん」

「──ごめん。妙なネタを振ったオレが悪かった」


 聖地内で、なんと殺伐な会話を広げるのか。

 こといの性格を侮っていた后の、痛恨のミスだ。

「いいからお前は、そこの展望台から下界を眺めていろ」

 お茶屋のおばちゃんたちの冷たい目を気にした后は、慌てて言の口を手で塞いだ。


 まったく言は疲れていない──感心するしかない。

 今までちらほらしか見なかった観光客が、四の辻にはごっちゃりいる──いつ見ても不思議な光景だ。

(四の辻は、明るいから好きだけど──)


 ふと、さらに上に続く朱鳥居がかかった参道を見る。

(……聖地で、決してイヤなもんじゃないハズなんだけど)

 なんとなく、苦手なのだ。


 その理由はわからないが──初めて来た時から拒まれている気がして、これ以上を上ることが、そんなに好きではなかった。

 空手の練習の一環で連れてこられた時なんて、早く抜け出したいがためにダッシュして、うっかり抜きん出てトップでゴールした経験があるほどに。


(……ここでUターンしないと、夕方になっちまう……けどなあ、約束したし)


 時計を眺め、后は思う。

 何を考えているのか、伏見山ふしみやまの大きな地図を眺めながら言は難しい顔をしていた。──ああ、通りすがりの女は百パーセント、見惚れている。やはりすごいモテっぷりだ。


「──なあ、言。やっぱりそろそろ、下りた方が──」

「后さん、一休みしたことだし、上ろう? この道を進むんだよね?」

「………………」


 にこやかに后の忠告を一蹴し、言は狐のお面(煎餅)で目的方向の参道を指す。

 そして、がっしり后の腕を掴んだ。


「だ、駄目だって……! そうすると、逆八の字になっちまうし……!」

「何? それ」


 ずんずんと朱鳥居をくぐり、突き進む言はなぜこんなに元気なのか──。

 后はもう諦めることにして、溜息をつきつつ教えてやった。


「──伏見山はもともと修験行者の山だろ? この参道には回り方に意味があるんだよ──八の字に回らないといけないっていう……」

「そうなんだ?」

「……だけど、オレたち逆に回ってるじゃん? これって、聖なる意味じゃなくて、どっちかってーとあんまりよくない意味の場合が多くて──」

「よくないって?」

「……うーん。伏見稲荷だと、商売繁盛の神様だから、言い換えれば現世利益じゃん? だから、そーいう欲望とかエゴイズムとか、そーいうものに当てられてしまうっていうか……。伏見の神様が上手に采配されて浄化したものを、未熟な人間であるオレたちがわざわざお持ち帰りしてしまう危険があるというか……って、クラスメートや近所のばーちゃんから聞いた」


 何と説明していいか、わからない。


「……せっかく浄化して二度と狙われないために参拝してるのに、またあの黒いもやに狙われるかも、とか……」

 神を冒涜ぼうとくするようなコトは言いたくないので、一生懸命に言葉を考える。


 すると、薄暗い朱鳥居の石段を進んでいた言が、ゆっくりと后へ視線を向けた。

「……それって。……もしかして、勝手に逆に進んでしまった僕が后さんを危険にさらしてしまう可能性があるってこと……?」

「あ、いやっ、そういう意味じゃねーよ……!」

 慌ててしまう。しまった、言はこういう話を信用する(ある意味でかなり怖い)タイプなのだ。


「ただの言い伝え! 縁起の話ってだけだから! 気にすんな!? な!?」

「でも……」

「平気! つーか、何を言ってるんだよ!? 仮にオレと言に危険が及んでも、オレが全部背負ってやるからさ! 言は何も心配することはねーんだぞ!? で、それはオレが勝手にすることだし、自己満足だし! 言が責任を感じることなんて、これっぽっちもないんだから!」

 元気を出せ! と言わんばかりに背中を軽く叩いてやる。

 歩きながらだったが、言はまったくバランスを崩すことなく、それを軽く受け止めた。


「……后さん。本当に、いい人ですね……」

「え? い、いや……っ。そんなコトは……!」

 あはは、と笑う。そうしてから、自分を振り返ることにした。

 出た結論は、自分らしいようでいて、らしくない気もする。


「言って、なぜか護ってやらなきゃって思えるタイプなんだよなー……。オレよりガタイもいいし、男前だし、何でも持ってると思うけど──年下だからかな」

「そうなんですか? 嬉しいなあ、后さん」

 言は本当に嬉しそうに笑う──ついつい、恥ずかしくなる。


「……っ、折角、東京から来たんだからいい思い出を作ってもらいたいしな……っ! ほら、さっさと一周しちまおう、じゃないと暗くなる!」

 石段を元気に駆け上がる──ああ、こんな時に晴明の忠告を思い出した。


(つーか……! 段々と、ゾワゾワ感が増えてるんだけど……!)


 下からズンズンと、闇鬼たちが后らを狙って上ってきているような気さえする──聖域だし、そんなことあり得ないはずなのに。

 不思議なことに、また人気がまったくなくなってしまった。


(──あー、この上の方、墓石が増えるんだよなあ……)


 ちゃんと奉られている墓は(なぜか)不気味な存在ではないが、夕方に見ればそれなりに迫力がある。

 しかも──カラスが鳴いているし。茶店は閉まっているし。

 ────晴明の忠告が、頭の中で踊っているし。

「サイアク……。……っ!?」


 朽ちた朱鳥居の外側から、黒い靄が複数ウゾウゾと、出てくる。

「!? うわ……!」

 あっという間に大きくなり、いきなり襲いかかってきた。


「っ、ざけんな……!」

 后は慌てて言の前に立ちはだかり、闇鬼から護ろうとする。

「后さん……っ!?」

「いいから! コレはオレが引きつけておくから! お前だけでも逃げろ!」

 格好よく言ったはいいものの、遠慮なくと言わんばかりに黒靄が体中に巻きついてくる。

 しかも、嬉しそうに笑っているのだ。

 不気味な上に腹が立つ。


「后さん! 今助けるから……!」

「かまうな! 近寄るんじゃねえ!」

 言が慌てて后に駆け寄ってくる。すると闇鬼が一つ、言に向けて飛ぼうとした。


「っ、行かせるかぁ……! ぜってー、言は護るんだ……!」

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