疑 4

 ふと、遠くに見知った人物を見た気がして驚く。


甘雨かんう?)


 そんなハズがないのに、また見間違いか。

(今日はやたらと、晴明とのびっくり遭遇があったから、なんでもそういうふうに見えるんだろうな……多分)

 そう思うことにする。サッカーの試合をしているであろう甘雨がここにいたら、それはドッペルゲンガーさんだ。


「あ、出た」

 不思議に思いつつそれでも進めば、急に視野が広がる。

 そこには奥舎奉拝所があり、観光客が『おもかる石』を試しているのも見えた。

 大抵の人はここでお参りを済ませ、Uターンをするのだが。


ことい、お前も『おもかる石』で願掛けしろよ。んで、厄落としの(つか、厄よけか)お参りをみっちり三十分くらいしたら引き返そうぜ」

「えー、折角だし。全部回ろうよ、こうさん」

(げー)


 ちなみに、『おもかる石』とは願い事を祈りつつ持った時に予想よりも軽ければ願いが叶い、重ければ叶うのは難しいと言い伝えられている石だ。

 中学生くらいなら、こういうものには興味を持つだろうに──言は一瞥すると、狐の面(煎餅)を持っている手と反対の腕で后を引っ張り、時計とは逆回りのままさらに奥へと延びる鳥居をくぐろうとした。


「ちょ……! どこまで行く気だよ!? 売店とかは、辻ごとにしかねーぞ!? 結構きついぞ、登るの!」

「いいんじゃないかな? たとえば四の辻ってところは地図を見るとちょうど中間だよね? 仮に一周したって二時間、距離は四キロしかないって書いてあるし」

「あれは違う! 行者の歩行速度を示してるんだ! 山道と階段を休憩なしで上りつづける一時間がどんなものか冷静に考えろ! 不動産広告で〝駅まで何分〟ってやつよりハードだっつーに!」

「まあまあ。后さんだって、まだ若いんだから」


 大きな地図の前を指差していた言は、后の指と自分の指を絡めて握った。

 うげ、と一瞬思ったが、ブンブンと腕を振り始めた様子は、アベック握りではなくて幼稚園児の仲良し握りだ。


(マジに苦手だぜ……この先って、ちょっと鬱蒼とした場所があるんだよなあ……)


 実は、距離や石段が問題で進むのをためらったのではないのだ。

 逆時計回りのまま、∞のマークを描くようにお参りをしてしまったら──。


(せっかく、闇鬼を離したくてお参りしてるのに、余計にあいつらが近寄りやすくなっちゃうんじゃねーの!? 呪いのマークじゃん! ……って、クラスの女子が言ってたし!!)


 第一、すでに危機感を覚えているのである。


(──しかも、鳥居の向こう側から、見られてる感じはずっと続いてるし……。こ、心なしか、ざわざわと低い声みたいなのも聞こえてる……気が……)


 これは──闇鬼あんきたちの雰囲気と似ている。

 言に会うまでは、こんな経験なんてなかったのだけれども。


(気づいたらオレ、闇鬼とか晴明の怪しい態度とか、言の謎とか……! 普通に許容してるし! 少しは疑え、オレ! でも、今さら疑いようもない状況だけど!)

 横に言がいる──最悪何かあっても、言にケガはさせられない。


(闇鬼……オレの勘が当たっていれば、欲望とかが渦巻いたものの結集体みたいな感じだよな? 悪霊とかそーいうんじゃなくて──妖怪に近い……? いや、そうでもねーか……)

 晴明とは──違う。あいつが操っている親玉かもしれないが。


(? 言……?)


 鬱蒼と茂った木々の中、所々朽ちている朱鳥居を眺めていれば、ふと言がまた、指を動かしているのに気づいた。


(……? ……何か、宙に〝描いて〟る……?)


 后にはわからない世界だが──それらを一つ一つ、置いていっている感じだ。

 考えつつ、足場の都合か鳥居がかかっていない場所も歩く──言がたくさん、何かを置く素振りを見せた。

 接すれば接するほど、謎が増す少年、である。


(……ただの、ミステリー好きな中学生……だよなあ?)


「あの、黒い靄の連中って何だったんだろうね。それに、后さんによくまとわりついている二十代半ばの男も、すごくあやしい」

「────」

 お前もだ、とは内心での后のツッコミだ。


 毎度思うが、タイミングがいい。后は驚いた表情を必死に繕い、冷静な口調で答えた。

「うーん……オレも、今日が初めての遭遇だったし。よくわからないけど」

「けど?」

「あの男が、あの黒い靄を製造してオレにぶつけてきてるのかなって──そう考えてる。実際、あいつはそれとなく肯定したし」

「──へぇ……」


 トイレの前を通り過ぎ、再び朱鳥居の下をくぐり続ける。

 とにかく、ずんずんと歩き、石段を上った。

 朱鳥居に囲まれた異空間に目眩がしそうだが──気にしない。

 しかし、ゾワゾワ感がなくならないのだ。余計強くなるばかりで──いつ、闇鬼が襲ってきてもおかしくないくらいなのだ。


「──本当に肯定したの? 后さん。あいつ……」

「さっきな。オレの反応が面白いからって」

 舌打ちしつつ呟く。そうしてから、ようやく后ははた、と気づいた。


(──そういえば……)


 言は、最初から晴明のことを知らないような言動を続けている?

 恐る恐る、確認をした。


「……あの男の正体を、言は知らないみたいだけど──マジ?」

「なんで?」

「え? いや……。向こうは言のフルネームもオレの名前も知っていたから。てっきり知り合いかと……。違う? あ、じゃあ瑞宮の知人かな?」


 そう思いたい。いや、あの笑顔はカテゴリが同じだ、間違いない。


「……いや、違うよ。僕は瑞宮兄さんの知人友人の話は年中聞いているけど。でも、一度もあの男のことは聞いたことがない」

「え? じゃあ一体、晴明……あの男や黒い靄は何だ……?」

「僕が思うに」


 きっぱりとした口調に、思わず后は顔を上げる。

 言は、やけに真剣な表情のまま后を見つめた。


「あの男は、魔物を操る、人であって人でない者。黒い靄は魔物の集合体──とか?」

「────」


 ざっと風が吹き、木々がざわめく──あまりのタイミングに、后はびくり、と周囲を見回してしまった。


 后の、先ほどの想像と似てはいる。

 だけど──言が口にするとものすごく重く感じるのだ。背筋が凍るような恐怖とともに。


 言はまったく動じない。さらに、続ける。

「后さんが言う通り、あいつは人間だけど、この人間界とは違う世界で生きてる──とか?」

「──お前が最初に言ってた、『闇世界』みたいなものか?」

「うん。だから、あんな異形で薄気味わるいものを扱ったり、后さんが行くところに姿を現すんだよ。后さんは、あの男に憑依という名のストーカーをされてるんだ」

「ひょうい……」


 なんと重い言葉か──異世界住民推測論は頷けないが、最後の言葉で后は鳥居を掴み石段にへたり込んでしまう。


「……あいつが美形な分、ストーカー説は痛いな……」

 しかも、異世界の住民ときた。警察に通報もできやしない。


「僕が側にいるうちは、絶対に手なんか出させないけどね」

「────」


 言の言葉に、再び晴明の忠告が脳裏を過ぎった。


『駄目ですって。迂闊に主神言を信用しては』


 ──本当に、そう……なのだろうか?


「……うんまあ、気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

 言って立ち上がり、再び階段を上り始める。

「よっしゃ! やけっぱちだ! 制覇するぞ!」

「そうだね、四の辻まで行くならもっと上も目指した方がいいよ」

「だけど、上るのは四の辻で時計回りに……え?」

 並んで階段を上る涼しげな言の表情に、后は思わず見入った。


(……これだけ階段上ってるのに、汗まったくかいてねーな。疲れた感じもまるでねーし……)


 空手の修業で体力があり、何度もこの階段は上り慣れている。

 ──そんな后に劣らず、平地を歩くように軽々と進む言は……?


「……なあ、言。ここに来たことあるのか?」

「ううん、初めてだよ。后さん」

「じゃ、何かスポーツやってる? バスケとかサッカーとか……」

「テニスや乗馬を少しかじってはいるけど。嗜む程度だし──僕は、インドア系だから」

「──そっか」


 ウソだろう、間違いなく。

(まったく疲れないで階段上っていて……)

 そういえば、と后は思い出した。


(瑞宮も、疲れないよな……。あいつなんて、PCが大親友みたいな超インドアなのに。この稲荷山だけでなく、鞍馬?貴船間の山道コースも平然と歩いていた。ついでに、あいつも初めての場所にもかかわらず、いつでも詳しかった)


 一体どんな一族だ、と后は思う──そう考えれば、言の様子も気にするほどのものではないのかもしれない。


 ──多分。きっと。

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