疑 3

「──さっさと、対策を考えないといけないよな……」

 呟いた時、目的地に着いたようだ。こうにとっては見慣れた大通りとタクシー停めが目に入り、駐車場スタッフに誘導されるまま停車した。


「さ、伏見稲荷ふしみいなりに着きましたわ、色男の兄ちゃんと可愛い姉ちゃん。ゆっくりデートしていきなはれ」

「…………」

 お金を払おうとしたのだが──手が止まってしまう。


「はい、ありがとうございました。──あ、おつりは要りませんので」

 后のかわりに言が、さも〝当然〟のようにお金を出した──ああ、不愉快だ。


「あとで精算しような。オレが出すから」

「え? なんで? 后さんは僕に付き合ってくれてるんだから、僕が全額出すのが筋でしょ」

「いや、あんまり役立ってねーし。第一、こといの方が年下だし……」

「そんなことないよ。それに、僕がお金を出した方が周りから見たら自然でしょ? 僕は后さんとカップルって思われるのが嬉しいな」

「────」


 ぶん殴ってやろうか、このガキは。


「……。お前、オレを兄のように慕ってるんだよな?」

「うん、本当の兄さんになってほしいくらい」

「だったら……なんで、カップルに思われて嬉しいんだ?」

「ブラコンだから」

 爽やかな笑顔で答えられても、頭が痛いだけだ。


「……いい。お前は大人しく本堂でお参りしてこい。オレはここで待ってるから」

 后は額に手を当てつつ、言の背を肘で押す。

 そうしてから、土産物みやげもの屋近くのベンチに腰を下ろした。


「……ったく、いろいろ疲れた……」

 ここはまだ、伏見稲荷の結界入り口付近だ。なので、狙われないためにも、もっと奥まで行こうと思っている。だが、何千もある朱色の鳥居は幻想的で美しいことこの上ないが、石段も多いのでなかなかの運動だった。


(体力的には、オレは空手やってるから問題ねーけど、視覚にクルんだよな……ここは)


 うなだれたままいろいろ考えていれば、同じベンチに誰かが座った。

「お疲れのご様子ですが糖分は取っていますか?」

「いや、オレ甘いものあんまり──って、え……?」


 顔を上げて──ギョッとする。

「駄目ですって。迂闊に主神言を信用しては。今はまだ昼過ぎですが、数時間もすれば日が暮れる──襲われますよ?」

「せ……っ、晴明せいめい……っ!?」


 はい、と甘酒缶を渡されてしまうが、それに突っ込む余裕はない。


「何を言っていやがんだ! さっきもまた闇鬼をオレにぶつけてきたろ!? ホンットにお前、嫌がらせをして楽しんでるんだな!?」

「──まあ、ところどころの嫌がらせはご愛敬ですね。后様の反応が面白くて。つい」

 自分が手にしていた甘酒(本日、何本目だ)をズズ、と飲みつつ晴明が告げる。

「つい、じゃねーっ!」


「そんなお茶目な話より。間違っても今日はもう、千本鳥居をくぐって稲荷山へ登ってはいけませんよ? 危ないです」

「はぁ?」


 胸中を読まれたのかと思い、ドキリ、とする。


「……何言ってんだ? ここは神域。危険なんてねーだろ、フツー」

「ええ、神域に危険はありませんよ? ただ、主神言と一緒だから危険なんです」

「……。……襲われるから? 押し倒される……とか?」

「間違いなく」

「アホか」


 バカらしくてベンチから立ち上がる──が、内心ではもちろん、動揺していた。


「──まあ、どうしても行きたいのならこれ以上は止めませんけど。一応、私も立場上忠告はしましたし。後悔しても泣きついてきても、土下座しないと助けませんから」

「オレは晴明を信用してねーし、敵の可能性が高いと思ってる。……って、え? お前の立場?」

「あ、私を信用しなくていいです、家系は確かに敵ですから。しかしまぁ、今はいろいろ仕事の関係がありまして」


(家系?)


したたかかですよ、主神しゅしん言は。ホテルだって、わざわざ宿泊して内側から陰陽の結界を崩そうとしています。晴明神社のように入りづらい神社は、后様という最強の盾を利用して入りましたしね」


 にっこり笑んだ晴明は、首を傾げた后へ顔と同じ大きさをした狐面型の瓦煎餅かわらせんべいを渡す。

「じゃ、これ。おやつ。ドリンクはもう一本、甘酒を追加で」

「……。……この狐面煎餅。そこの、観光物産店で買ったのか?」

「いえ、踏切前の土産物屋です」


 どっちでもいい。

 神様のお使いであるお狐様をモデルにしたありがたい煎餅だが、知らない人に差し入れすると狐の面にしか見えないので、大概ビビられる代物だ。

 少なくとも、毒は盛られていないようだが──食べる気がするわけがない。いや、造形ではなく、送り主の問題で。


(こ、これから闇鬼が発生する可能性も……あるよな……。晴明がくれたってことは。すげーホラーなプレゼントだ……)

 謹んでお返ししたい。どうやって断ろうか──そう悩んでいた時。


「──では、主神言にヨロシクお伝えを」

「あ」


 ヒラヒラと再び手を振り、あっさりと晴明は立ち去ってしまった。

 優雅な所作に、通り過ぎるほとんどの人が振り返って眺めている──さもあらん、あれだけの美形は滅多にいない──いや、后に観光案内させている中坊だけがいい勝負だが。


(──駅に向かっているじゃん!?)

 ということは、電車で来たのだろうか。近所の大学生でぎゅうぎゅうに混雑しているあの駅を利用して、ここまで。


(うわ、言がじっとこっち見てるし)

 気づけば言はお参りを終了したようだ。かなり怪訝そうな表情で、立ち去る晴明の背中を睨んでいた。


「后さん、さっきの人……まさか」

「まあまあ。あ、これ伏見稲荷の名物煎餅。ほら、これ食って機嫌直せ」

「──え? 煎餅? これ」

 晴明から貰ったお狐様を、ぐい、と言に握らせる。

 さすがのインパクトだ。ありがたいことに、言の意識は狐の顔に逸れた。

「──ねぇ后さん、これ、食べるの躊躇しない?」

「裏から一気に。鯛焼きや鳩まんじゅう、ヒヨコサブレと同じ気持ちで」

「あれは可愛いじゃないか。このお狐さんみたいにリアルじゃないし……」

 しばらく狐の顔を眺めていると、言は持てあましたように左手へ持ち替えた。


「──それよりさ。后さん」

「ん?」

「后さん、次は千本鳥居をくぐるの? 伏見稲荷は参拝だけ?」

「いや、ある程度奥まで行こうと思ってる──安全を求めて」


 晴明はあんなことを言っていたが──ここは昔から、聖域とされていた山にある神社なのだ。

 闇鬼などの不浄系のヤバい存在に狙われているのだから、より一層行くべきであろう。

 ──そして、出会った宮司や行者に助けを求めよう。


「とりあえず、一番手近な宮まで行くか」

「え? 山頂まで行かないの?」

「……。……慣れた足でもきついぞ、一周するのは」


 伏見稲荷大社があるこの山は、修験行者が修行している場所である。観光客ならばある程度の覚悟が必要なコースだと思う。

(それに今、もう三時に近いじゃん……。五時過ぎるぜ?)

 真夏ではないので薄暗くなるし、言と二人きりで人気のないところにいる勇気はない。


(い、いや……っ、晴明の忠告があったからじゃねーけどさ……! 断じて!)

 自分に言い聞かせ、后はブンブンと首を横に振る。


「……ま、とりあえず行ってみて、それで考えようぜ!」

 后は、言を引っ張りつつ朱鳥居に向かった。

「すごい……。これだけ無数の鳥居が並ぶと、理屈抜きで神秘的に感じる」

「小さいものも含めると、正確な数を数えるのは不可能らしいぜ。道にある分だけでも、間違いなく千本以上はあるだろうし」

「何かで六千本って読んだ気がするよ」

「そーなの? ──あ、振り返ってみろよ、言」

「え? ──うわ、すごい。奉納した人や会社の名前は、裏に書いてあるんだ」

「そ、すげーよな。個人で奉納って。この大鳥居、どんな値段するんだろーなー。お、テレビ局みっけ。こっちは有名企業じゃん」


 談笑しながら歩く。ところどころで職人さんが、朱鳥居を塗り直したり修正している。観光客も多いし、笑い合う余裕は(まだ)ある。


「あ、二股に別れてる……」

「そう、だけど普通は……」

「右に行こう、ね? 后さん」

「え」

 后の言葉を遮り、あっさりと言は決めてしまう。そしてそちらに向かってまっすぐに歩きだした。


(……ま、いいか……。気にするほどのことでもねーし)

 時計回りの反対。お世辞にも、縁起がいいとは言えない方向だ。

 しかも、いきなり人が減った気がする。戻ってくる人が増えてもいいのに──それもいない。


(……なんか、鳥居の外側から、無数の目に凝視されてる感じ……)

 今まで伏見稲荷で、そんな経験はしたことがないのに。


(って、あれ……?)

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