恐 2

(……誰だ?)

役小角えんのおづぬ、お前まで来る必要はないよ」


 こといの一言で、あっさり正体がわかってしまった。ある意味、知りたくなかったかもしれない。


(ぎゃああああ! ラスボス!)


 まだ、眼鏡男子な芦屋あしや道満どうまんが登場してくれた方がよかった。

「……役小角殿。やはり貴方でしたか──今の巨大傀儡をあてがったのは。悪趣味ですね、我が皇子の力を試すなんて」

「何事も、データ収集は必要なので」


(なんだ、こいつ……)

 役小角は、まるで品定めをするように后を見る──かなり、居心地が悪い。


「にしても、まさか役小角殿までが、オモテに来るとは」

「心配だったのだよ、晴明せいめい。我が皇子──言様が、また気まぐれで誰かを殺したりしていないかと──オモテはただですら、弱い生き物だからな」

「っ、気まぐれで殺し!?」

 思わず声を上げてしまうが。


「別に、蘇生目的じゃないよ? 蘇生は、本当に大切だったり利用価値がある奴以外にはしないから。あ、兄さんはモチロン、利用価値あるとかじゃなくて大切な存在、唯一だから」

「……いや、お兄ちゃんはそーいうことを注意したいんじゃなくて」


 ──ああ、この歪んだ感覚さえなければ、可愛い弟なのに。


  役小角はそんな二人を交互に眺めると、少しだけ眉間を寄せた。

「……。……私が離れていたこの半日で、随分と皇子たちは親密になったようで」

「皇位継承権争いとは違う問題だ。ゆえに、役小角には関係はない」

「────言様の意見は本当か? 晴明」

「……。……役小角殿の皇子が、そう仰るなら」


(……晴明、かなり表情も口調も変わってる……?)

 役小角に対しては、かなり仰々しい。しかも、目上に対する態度だ。腰を曲げて頭を下げ、絶対に視線を合わせないようにしている。

 決して、好いているようにも見えないが。


「……晴明と役小角って、どんな関係?」

「晴明様は、役小角様のお弟子だ。一番のな」

 甘雨かんうの即答に、以前言われたことを思い出した。


 ──というか。それっていうのは。つまり。


「えーと。……晴明ですら、役小角に勝てないってこと?」

「不謹慎なコトを聞いてるんじゃないよ、女の腐った以上に最低だね。我が皇子は」

 さらに聞こうとすれば、過激発言のはなやぎによって遮られた。


「……なんで、そんなに女が嫌いなんだ? かなり女好き系の見た目だけど……。派手だしホストっぽいじゃねーか。女にこっぴどくフラれたか?」

「ホストってのは、ほとんどが女嫌いらしーぜ? ……ま。華の女嫌いの原因は、あそこにいる前鬼ぜんきくさびが原因で──」

「馴れ馴れしく、前鬼楔様を呼び捨てにしないように。青龍甘雨」

 説明しようとした甘雨を、水終うみが遮った。

 遮ったというか、前鬼楔と呼び捨てにしたのが気に入らなかったようだ。これも不思議だ。


「……そういう玄武水終サンは……なんで前鬼楔サンを……」

「私や水終の名は呼び捨てでどうぞ、あなたはオモテの皇子なのだから」

「……水終と、前鬼楔の関係は?」

 何気なく聞いたつもりだったのだが、思いきり視線を逸らされてしまった。──意味深だ。


「それだけ、いろいろあるってことだよ、僕らにも──ねえ?」

瑞宮みずみや!」

 驚いた──会話に夢中になっていたら、目前に迫っていた幼なじみに気づかなかった。

「──僕が、ずっと君の命を狙いつつも親友として側にいたのと同じくらい。十人十色、それぞれがそれぞれに事情を抱えてるんだ」

「や、やめ……! 瑞宮!」


 瑞宮が手を翳せば、そこに丸い──水の塊のようなものができる。それを顔に向け投げつけられ、いきなり后は息ができなくなってしまった。

 周囲を見る──すると、甘雨たちも皆、同じように攻撃を受けているようだった。


「く、くるし……っ」

「僕は水を操る者。──それは、大気の中からほんの少しだけ集めた水だよ。さっきから木の根を操っていたのも、木の根は水に密接する器官だからだ」

「みず……っ、み……っ」

「護りたいもの、護りたい心、護りたい人──それぞれは違くとも、真剣に想ってる。后もわかってくれるだろ? 僕が──どれだけ、言様を慕っているのか」

「っ、じゃあ俺も護らせてもらう……!」


 言葉と同時に、后の顔に被せられていた水が弾ける。そして目前には、后を瑞宮から庇うようにして甘雨が立っていた。


「どいた方がいいよ? 僕が本気になったら強いの知ってるよね?」

「知っているけどな。そんなことより、俺は后との友情が大切だから」

「────ウザいね、甘雨って」

 言いつつ、再び手を翳す。


 瑞宮は何の感情も湧かないような表情で水の攻撃をしてきたが、今度はそれは甘雨が后ごと避けてくれた。

「瑞宮。青龍甘雨を殺していいよ。后兄さんに近づきすぎてる。見ていてかなり不愉快だ」

「わかりました、言様」

 当然のように返答をする瑞宮に、后は真剣に焦る。

 瑞宮の方が強いと聞いているだけに、この状況はかなりヤバイ。


「ちょ……! 言! バカ、何を命令してるんだ! やめろ!」

「后兄さん、僕は兄さんは大切だけど、兄さん以外にはまったく興味ないんだ。……むしろ」


 一度言葉を区切り、言は后の体を支えている破を睨みつけた。


「────全員、殺せたら、と思っているよ」

「言!」 

「親しい順から、消滅させていくから。──そうしないと、兄さんは僕だけのものになってくれないからね。それを、今後の目標にするよ」

「……っ、…………」


 本気で目眩を覚える──どうして、ここまで極端な性格なのか。

 そんな様子を冷めた表情で眺めていた役小角が、浅く溜息をつくと晴明に尋ねた。


「随分、言様はオモテとのハーフである皇子を気に入っているようだが」

「こちらとしても、計算外です。よい方へ向かうのか悪い方へ向かうのか、それすら不明な状況ですから」

「敵の大将同士が懇意というのも、面白いと思うがな」

 言いつつシニカルに笑むと、役小角は視線を后へ向けた。


(なんだ、この異様な圧迫感……っ!)


 ────怖い、と本気で思う。

 なぜだかわからないけれども。そして特に、言と一緒にいると余計にその恐怖が増す。


「……オモテとのハーフである、皇子殿」

「……。……はぁ」

天神てんじん后様です」

 晴明が紹介する。役小角がふと、感心したような表情をした。 

「ああ、十二月将が十二、天后てんこう神后じんこうの、か。どうりで……」

「どうりで?」

「可愛らしいと思った。女の子に間違われてナンパされるだろう」

「────────」


〝どうりで〟から〝女の子に~〟のくだりへの接続理由がわからない。

 怒っていいのだろうか──いや駄目だろう。言や晴明がいるとはいえ、安全第一にこしたことはない。役小角は怖い。


「──では、そろそろ帰りましょう。言様」

 ひとしきりジロジロと后を眺めると、役小角はいきなり背を向ける。

 そして言の肩を叩き、帰るように促した。

 言は頷き、そして后を見る。


「じゃあ兄さん。またすぐ逢おうね。なんなら一緒に泊まる?」

「お前、マジにあのホテルに泊まるのか?」

「后兄さんが僕の部屋を使うなら。僕もディナーから翌朝までは付き合うよ」

(なんだそのデートプランみたいなものは!)


 確かに皆が言う通り、敵同士(のトップである皇子たち)なのに、こんな関係は問題があると思う(しかも、言は后を本気で殺す気だ)。


 だが──。


(大切な、弟だもんな……)


 何も問題がないなら、闇皇の位だって譲りたい。

 ぶっちゃけ、言の抱えている〝爆弾〟=一言主神の問題さえなければ、どうなってもいいと思ってしまってる。言が好きなように、后を扱えばいい、とすら。


(────あ、やべ。感覚が鈍くなっているかもしれない)


 つがいの意味はわからないが、そうなってもいいのか?


「言」

 そう思いつつ、后は役小角らとともにこの場から消えようとしていた弟の背中へ声をかけた。


「最後に確認するけど──言の愛情って、恋人とかGFができたら……恋愛を優先するような、そんな家族愛だよな? お前だって将来、結婚するだろうし……ブラコンは、ある一定の時期で卒業できるよな……?」

「何言ってるんだよ、やだなあ」

 体ごと振り返り、言は当然だ、と言わんばかりに笑った。


「結婚とか恋愛とか、そんな、欲望と自己愛ばかりが溢れる薄っぺらい感情と一緒にしないでよ。僕の后兄さんへの愛情は、永遠に変わらない深いものなんだから」

「……。…………」

「生きて僕のものにならないなら、殺してでも手に入れるよ、一過性の感情とは違う。兄さんを独占して、兄さんにだけ執着をしている。幸せにするから」

「────幸せって……。言視点で、だろ……?」


 脱力してしまいそうだ。十七年間生きてきて、こんなに愛されたことは一度もなかった后である。


「たとえどんなことがあっても、兄さんを手中に収める──剥製にしてでも、最悪、生首でもいいや、寝室に飾るから。それが、僕の后兄さんへの愛なんだ。わかってくれてたんじゃないの?」

「…………い、いや……生首は初耳……」

「毎晩、抱いて寝てあげるよ? 考えただけでわくわくするよね」


 笑う言はマジだ──マジなのだ。

(も、もちろん……家族愛が深いことはいいと思うけど……。究極すぎて、浮いてるような……)

 それに、永遠に変わらない恋愛もあるんじゃないか? と信じたい。


 こう見えて、純愛賛成派の后だ。人生最高モテ黄金時代が保育園時代という、彼女いない歴十三年だとしても(しかも向こうから告白してきて、向こうからすぐフってきたという微妙さだ)。


(と、とりあえず……殺されなければ、胴体と切り離されることはない……よな?)


 贅沢は言わない。ただ、普通でいたい。

 ──それに、病んでいても〝兄として愛されるのは嬉しい。過激で病的だが。


「──では、また。皇子、今度は闇皇やみおうの城で会いましょう」

「晴明、式神たち、后兄さんをしっかり護るように──じゃあね、兄さん。ちゃんと伏見山は元通りにしておくし、ここも元に戻しておくから安心して」

「待てよ」

 役小角と言が短く告げた時、思わず后は彼らが立ち去るのを止める。

 驚いたように后を見る二人に、后は宣言した。


「俺が、闇皇になるから」


「────ほう……?」

「后様?」

「后、兄さん……?」


 断言に、役小角がシニカルに笑む。晴明は怪訝そうだ。

 そして言は、さらに言葉の先を促すように后を見た──無論、他の者に対するような殺伐とした視線ではない。ああ、本当に言は后が好きなのだ。


 だからこそ。


「言を、闇皇にはしない──そうしないのが絶対に言にとって幸せだから。オレは、言のためだけに闇皇になる」

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