会 5

「……なんだ、あいつ……」


 首を傾げる。

 そうしつつ、土産物みやげもの屋に向かい──ふと気づいた。

(あれ!? 晴明せいめいの奴……! オレのことをこう様って呼んでた!?)

 名前を教えていないのに?

 というか──。


(いや、こといのことも知っていたから……。言や瑞宮みずみやの知人で、オレを知っていたのかも。……サマづけなのは、あいつのクセということで……って、どんなクセだ)

 そう思うことにする。

 でないと、怖いからだ。


「……ま、いいや。その辺の人にもただ遊んでいただけだと思われていたみたいだし……」

 アンキとかいう正体不明の黒いもやも、周囲からは見えていなかったようだ。

 芸人的なボケツッコミも、笑いを取る能力も后にはない。幼い頃から西方の芸人英才教育は受けていないのだ、いかに関西枠でも。


「言ー、土産買ったか?」


 晴明のことは忘れることにして、頭を切り換えつつ、土産物屋に入る。

 言は、お茶を飲みつつ売り子のお姉さん(后のお祖母ちゃんくらいの年齢の熟女)と明るく話をしていたようだ。

 后の姿を見ると、嬉しそうに顔をほころばせた。


「はい、お陰様でっ!」

 年相応の笑顔に、癒される。晴明に会った後だけになおさらだ。

「じゃ、一度、お前の泊まってるホテルに戻るか?」

「そうですね……買ったお土産を置いてきたいですから」

 告げつつも言は、ふと棚に下がっているキーホルダーを眺める。


 五芒星ごぼうせいが描かれているわけではない、どこの土産物屋にでも売っている、皮でできたインディアン系アクセサリーの携帯ストラップだ。


「……欲しいのか?」

「あ、いえ……。買っても、お土産にならないですから。これは……」

 言は苦笑するが、后はそのストラップの値段を見る。

(千百円……。うーん、高い)

 思うが、ここはバイトもしている高校生。年上の見栄だ。

 ストラップを手にすると、お婆ちゃん、いや売り子のお姉さんへ声をかけた。


「すみませーん、これ買います」

「えっ……?」


 驚く言の前で、后はちゃっちゃと会計を済ます。

「包まなくていいです。すぐに渡すんで──ほら」

 すぐに言へ渡すと、言は驚いたように目を丸くして見つめ返してきた。


「……京都土産。見た感じだと、自分の分は何も買ってないみたいだからさ。オレからのプレゼント」

「──后さん……っ」


 言が感動したように名前を呼ぶ。とてつもなく恥ずかしかったので、后はすぐ背中を向けて店を出た。

「ほら、袋も一つ持つから」

 二袋のうち一袋を持ち、無言のままズンズンと堀川通りを歩く。

 百メートルも行かないで信号を渡り、川にかかっている現代の一条戻いちじょうもどり橋を渡った。


(この橋のたもと付近から、飛んできたよなあ……あの靄)


 今、思い出しても、負けたことがとても悔しい。

 霊感なんぞまるでない后ですら、一条戻り橋付近は、鬱蒼うっそうとしていて薄気味悪い──気がする。風情ふぜいがある、という人もいるが。


(……陰陽師おんみょうじ安倍あべの晴明って言ってるなら、一条戻り橋から飛んできた靄は──)


 マジックでも何でもなく──やはり、あの男に関連している霊的存在だったのではないだろうか。

 ──アンキ、と言っていたし。


「……僕」

「ん?」

 堀川通りの喧騒けんそうは、橋を渡ると不思議に静かになる──ホテルまでの静かな道を並んで歩いていれば、呟くように言が口を開いた。


「幼い頃から、両親と縁がなく育って──健在ではありますが、母は僕に興味を持たずに好きに生きていますし、父は僕に英才教育を叩き込むことしか考えていないような人でした」

「へぇ……。そう、なんだ?」

 いきなりの家庭の話にちょっと驚く。


 しかし、后は相づちを打つ。

「一人っ子で、跡継ぎで。ありがちなんですけど──いつも屋敷では一人で。側にいたのは家庭教師だけで……親との会話なんて、年に数回あるかないかで。それも、成績のことを訊かれるだけで」

(家ではなくて、屋敷かー……)

 后が引っかかったのは、まったく焦点からズレたところだったが。


「だから」

「うん」

「……携帯ストラップ、すごく嬉しかったです。荷物持ってくれたり、心遣いも」

「────」

 道沿いにある、茶器の店を何気に眺めていれば柔らかな声が耳に入る。


 驚いて、言を見つめてしまった。

 とても──真剣だ。


「僕、誰かから気にかけてもらったり……プレゼント貰ったこと、一度もありませんし……」

「言……?」

「使用人や側使いは、気にかけてくれますが。でもそれは所詮、仕事の一貫ですし」

「そう、なの……?」


 親からも? とは聞けない──空気だ。だから、敢えてもう少し遠まわしに尋ねた。

「すげーモテそうだし。女の子から、チヤホヤされて贈り物貰いまくりに見えるけど?」

「学校行かないで、専門の家庭教師しかいませんでしたから」

「そりゃあ……」

 すごい特殊な環境だ。瑞宮の家はごく普通っぽかったのに。

「僕の荷物を持つのは義務。護るのも義務。そんな大勢の大人はいましたが、厚意から大切にしてくれる人なんて、今まで一人もいませんでした」

「そっか……」

 聞けば聞くほど、すごい環境だ。


「だから、后さんにすごく感謝しています」

「そ、そんな……! 大げさなもんじゃねーよっ、ただまあ、ほら、瑞宮にも頼まれてるし……!」


 あはは、と照れ隠しで笑うが、言はホテルの敷地へ入りつつ答える。


「后さんは、興味がなかったり好きでなければ、絶対に何もしないタイプだ、と瑞宮兄さんから聞いています」

「えー……まぁ……根が正直なもんで……」

「ということは、僕のことは気に入ってくれたということですよね?」


 ドアマンが立つエントランスをくぐり、二人は広いロビーを歩く。

「お帰りなさいませ、主神さま。キーはこちらでございます」

(すげ、顔だけでわかるんだ……)


 このホテルは、コンセルジュをはじめとして従業員のレベルが高いので有名だ。

 感心しつつ、案内されたエレベーターに乗り込み、そして最上階にある言の部屋に入った。


(……すげー! リビングあるし、別室へ続くドアがたくさんある……)


 つい見回してしまう。

 ドアを開けてすぐ目にしたのは、ベッドルームではなく、テーブルがある、リビングルームだ。──ベッドルームは、向かって左のドアの奥にあるっぽい──多分。


「……もしかして、ここ、スイートルームとかいうゴージャス部屋?」

「さあ? 僕が予約したわけじゃありませんから、わからないです」

(コメントそれだけ!? 金持ちオーラ出まくりじゃん!? つか、だったらなんでモノホンの観光ガイドつけねーでド素人のオレに頼むかな!?)


「ところで、后さん」


 混乱する后の心境を知るはずもなく、言は上着を丁寧にハンガーにかけてクローゼットにしまってから振り返る。

 うわお坊ちゃんだ整理整頓のしつけまで行きとどいてる、と驚いていれば、土産物を整理しつつ言が口を開いた。


「お願いが、あるんですけど」

「何? 買った土産物を宅急便で出す、段ボール探しなら……」

「違いますよ。后さんだからこそ、のお願いです。──これから、后さんのことを兄さんと思って甘えていいですか?」

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