集 2

「な……っ 何!? 地震!?」


 あまりにも強い──調度品なども飛び交っている。

 危険だ、と思ってしゃがみ込んだのだが、驚くことに他の誰もが冷静に立っていた。


「な……っ、なんで!? 床揺れてても平気なのか?」

「平気じゃないので、移動しましょう──いいですね?」


 晴明せいめいは言うと、こうの肩に手を置く。


「……馴れ馴れしく、后兄さんに触るな。晴明」

「え!? ことい!? いつの間に……!?」

「私の部屋の調度品を壊しに来た方が何をおっしゃる。出張経費で出なかったらどうしてくれるんですか、大赤字ですよ」

「っ、うわ……!」


 いつの間にやらそこにいた言が、晴明と陰険ミニ漫才を繰り広げている──その横で后は床にへばりついていたのだが、大きな(しかも高級そうな)花瓶が落ちてきた。


 ヤバイ! と思った瞬間──。

 ぐんにゃり、と地面が歪んだ。


(なんだコレ……! まさか、アレか……!?)


 三度目の、瞬間移動──ああ、まったく慣れない気味悪さだ。


(ハリウッドの映画じゃあるまいし! つか、あんなに格好よくもねーし!)


 ぎゃああああ! と胸中で悲鳴を上げているうちに、気づけば冷たい土の上に座っていた。

 目前には、晴明の他に四天王──朱雀すざく白虎びゃっこ青龍せいりゅう玄武げんぶもいる。


「──やはり、感情が高ぶればある一定の能力は発動できるみたいですねぇ……」

「自分の能力で、飛んだからね──そんな后兄さんを追って、僕もここに来たんだけど」

「ま、マジかよこの現状……」


 晴明と言の言葉の意味はわからないが──とりあえず、ホッとした。

「っ、いや安堵してる場合じゃ……。え? ……ここ……」


 鬱蒼と茂った森。独特の──周囲一面には、木の根が張っている。

 見覚えがある。──ここは……?


「……鞍馬山?」

「そうだよ。后兄さん、さっきはケガなかった? 心配したけど」

「そ、それはオレの方こそ……って。あれ?」


 言を振り返ったつもりの后だが。その横に立っていた別の人物に驚いてしまう。


「っ、瑞宮みずみや!? やっぱ関係者だったのか! 説明しろよ!」

「后兄さん。こういう場合は、最愛の弟とのコミュニケーションのためにも僕に説明を求めるべきじゃないかな? 兄さんを誰より優先してる僕としては、傷つくよ」

 悲しそうに眉を寄せる言に、つい后も反省してしまいそうになる──が、冷静に考えるとそんな大層な問題でもないと気づく。

「い……いや、そんなこと言われても……状況にパニックで……」


「──“水・脈動”」

「え? ……うわ!」


 瑞宮が何やら唱えると、いきなり足元の木の根が地響きを立てて不気味に動き始めた。

 ────だが、動揺しているのは后だけで皆はまったく微動だにしない。


(あれ? 瑞宮の横の少女って……!? タクシーの中から見た、瑞宮の同行者=(多分)妹! やっぱあれ、見間違いじゃなかったんだ!)


 美しい金髪とふわふわドレスは、まるでフランス人形のようだ。

 こうやってマジマジと見ても、年は十歳前後──超ド級の美少女である。


「……み、瑞宮の──妹?」

 ゴゴゴ……と動く大地に耐えつつ、必死に尋ねる。

「ごめんね、后。実は僕、ウソついていたんだよ」

 対する瑞宮は、余裕の笑顔だ。

「え? ウソ?」

「この男に、妹はいません」

 頷くこともせず、フランス人形が朱い唇だけを動かして抑揚のない声音で告げる。


「私はくさび──前鬼ぜんき・楔。そしてこの男は、後鬼ごき・瑞宮」

「ぜんき……? え? ごき?」


 意味がわからない単語が、また出てきた。

 思わず眉間を寄せてしまえば、言が苦笑を漏らしつつ説明をしてくれる。


「兄さんってば……。小学校の頃に学校の林間キャンプで天河てんかわとか洞川どろかわ近くに行かなかった? 千三百年前に役小角えんのおづぬと修行をした鬼だよ。特に、洞川に住む後鬼の一族は有名だろう? お店の軒先に書いてあったろうし。『後鬼の宿』って」

「あー。……でも、宿の名前まで疑問持つほどめざとい子供じゃねーし……」

 由来まで調べるほど、コアな小学生ではなかった。


「え? つまり、瑞宮はその後鬼の出身なのか?」

「オモテの聖なる信仰を集めたものとはちょっと違う、闇世界だから。──“水・脈静”」

「闇? ……あ」


 瑞宮の言葉と同時に、今度はぴたり、と木の根の動きがやむ。


「うん。説明は僕からするけど」

 そして砂煙や枯葉が舞う中、ゆっくりと言が后へ近づいてきた。

 しかしそれを遮るように、甘雨かれはが間に割って入った。


「近づかないでいただきたい、主神しゅしん言殿。我が皇子──天神てんじん后のお命を狙う敵である以上、過度な接触は見過ごせません」


(そ、その言い方…っ、すげー恥ずかしいんだけど……! 幼なじみだろ!?)


「……ふん、青龍、か」


(うわ、言。すげー迫力……)


 明らかな不愉快を表情にする──こんな冷淡な表情をする言を、后は初めて見た。

「たかが、安倍あべの晴明の式神ふぜいが僕に指図をするとは。図々しいを通り越し、バカか?」

「天神后を守るのが、俺の仕事なんで。申し訳ありませんが、主神言殿」

「僕の后兄さんに触れるな──オモテで兄さんの幼なじみをしてたからと。不愉快すぎる……殺してやろうか?」

「ちょ……!」


「“界・闇滅”」


 言が呟くと同時に、背後から巨大な闇が現れる。そしてそれは、激しく攻撃的に甘雨へ襲いかかった。


「言……!?」

「邪魔なんだよね」

 手を翳す言が何をしようとしているのかなんて、わからない。しかし、咄嗟に甘雨を庇うために言へ走り寄った。


「言! やめろよ、オレは好戦的なのは好きじゃねーぞ! ケンカはよくない!」

「────后兄さん?」


 肩をぎゅっと掴んで揺さぶれば、言は驚いたように后を見る。

「な? 本当の言は、穏やかな性格をしてるだろ? こうやって幾らでもオレの方から言に接するんだし。確かに甘雨は幼なじみで付き合いが古いけど、お前は弟なんだ。出会ってすぐだろうが、お前と俺の絆は誰より深いんだからな?」

「……絆……」


 くさい言葉だが真剣に告げる。すると、言は驚いたように──呆然と、反芻した。


「そう、なの……?」

「そう。わかったか?」

「──うん」


 確認するように言えば、言は満足そうに頷き、戦意喪失の証に腕を下ろした。

「こうやって、后兄さんがずっと側にいてくれれば、僕は大人しくしているよ」

「ははははははははは」


 これ以上深く追求すると、言から危険な匂いが漂ってくる──ゆえにコメントは差し控えるに越したことはない。


(おいおいおいおい……側にいろって、アレだろ? 十二月将げっしょう・天后の地位だろぉ?)


「お願いがあるんだ、后」


 言から離れるタイミングを窺っていた后へ、瑞宮が声をかけた。

「何、瑞宮……。ラスト確認なんだけど、やっぱお前って、オレの敵……?」

「敵じゃないよ」

 即答に、ついついホッとしてしまう。

「そっか。敵じゃないなら……あ、仲間?」

「違うよ。僕はね、言様のお役にたちたいだけ。考えているのはそれ以上でもそれ以下でもない──敢えて言えば、僕は主神言様の味方」

「────シンパ……」


 どこにでもいるのかというか、大人しく物静かな瑞宮が、言をそんなふうにリスペクトしているなんて予想外だった。

 熱烈すぎてはた迷惑な、晴明シンパのホスト風ケバ男が視界の隅に入ってしまう。


「だからさ──后、お願いがあるんだけど」

「なんだよ。先に忠告しておくけど、言と表裏一体の立場はちょっと荷が重いから……」

「違う、もっと手頃なお願いだよ。その気にさえなってくれれば、一瞬でできる」

「そうか? あ、じゃあ内容によっては別に……」

「言様のために、死んでくれる?」

「────」


 闇の中、葉が舞う中での笑顔は迫力だ。

 絶句だ。


『従弟の観光案内を手伝ってくれる?』

 と先日、頼まれた時以上に軽いノリだ。本気で顎が落ちるかと思った。


「……死? は?」

「后が死ねば、問題なく言様は闇皇になれる。僕は言様のためになることなら何でもしたいんだ。いいだろう? 幼なじみのよしみで──ね?」

「っ、どこの世界に、『幼なじみのよしみで死んでくれ』と言う親友がいる!? っつーか! 一瞬って……! お前、オレを殺す気なのか!?」

「当然じゃないか」

「そうだぜ、后。こいつは昔からかなり危険だったんだ」

 甘雨まで入ってくる。


(知らなかったのは、オレだけかい……)

 ────気づけば言に腕を掴まれているから、無理だが。


「図々しいぞ、後鬼瑞宮。僕の后兄さんへ気軽に話しかけるな」

「……申し訳ありません」

 明らかな不愉快が籠もった口調に、瑞宮が口を閉ざす。

 ────后としては、注意するのはその場所ではないだろう、と訴えたいのだが。


「……いや、言。オレとしては、死んでくれ云々、の方を注意してほしかったんだけど……」

「あ。それは大丈夫だよ、安心して」


 にっこり笑う言に邪気はない──ように見える。

 だからこその、怖い会話だ。


「兄さんが死んでも、僕は手放さないから」

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