集 1

(ああ……。本当にスイートルームだ……)

 晴明せいめいの部屋に案内されれば、最上階──こといの部屋の、ちょうど真正面だった。


「──で。甘雨かんう。詳しく話を訊こうじゃねーか」

 リビングに入ると、すぐにどっかりとソファへ座る。

「……部屋の主である晴明様が案内をする前に……、随分とお行儀のいいことですね皇子様。これだから、オモテとのハーフは……」

(あーあーあー。うるせー、朱雀すざく!)

 睨むがもちろんシカトされる。そんな間も、ナイスバディはまるでSPのように、室内をくまなく調べていた。


「后、喉渇いていないか? 何か飲むなら、ミニバーから持ってくるけど」

 后が返事をする前にずっと黙っていた和服が口を開いた。

「大丈夫です、甘雨。私がお茶を煎れましょう──よろしいですか? 皇子」

「は……はぁ」

 恐縮しつつ返答すれば、どっかりと甘雨が后の横に座る。

 さらに、肩に腕を回してきた──べったりのスキンシップは子供の頃からのものだ。いつでも二人肩を組んで歩いていたから。

 対して、和服に話しかけられて萎縮してしまうのは、醸し出される雰囲気から仕方ないだろう。


「そんな畏まっていないで。ほら、華も座るように。──これからゆっくり、説明するんですから」

「は、わかりました。晴明様」

(このケバ男……。晴明にだけは従順じゃん……さすが、シンパ)

 どこがいいのかわからないが。


 しみじみ考えていれば、晴明が和服に向かって声をかけた。

「破、私はコーヒー三対ミルク七のカフェオレ、砂糖は七つで」

(げえええええ! 七つ!? 罰ゲームの世界じゃねーか!)

「はい。今回は少なめですね」

(えええええええっ!? 七つで少ないのか!? マジかよ晴明!)

 驚愕に打ち震えていれば(大げさではなく、マジだ)、そんな后へ甘雨が明るく笑いながら教えてくれる。


「──で、后。紹介するけど。あの和服が白虎びゃっこの破。窓の外を警戒している美人姉ちゃんが、玄武げんぶ水終うみ。ホストクラブでも通用しそうな、晴明様にヘバりついてる男は──ああ、さっき水終が教えたよな、朱雀・はなやぎだ。──で、青龍せいりゅう甘雨の俺」

「……甘雨が、青龍……」

 白虎、玄武、朱雀、青龍といえば、この古都を護る東西南北の守護神ではなかったろうか?

「そ。式神十二神将の、四天王だ」

 苦笑交じりの説明は、きっと数時間前までの信じられない出来事の数々がなければ、絶対に信用できなかったものだ。


「……晴明、様って……呼んでるってことは、甘雨たちは晴明の部下なのか?」

「うん、まあ……。部下っていうか、眷属?」

「けんぞく」

 思わず反芻はんすうしてしまう──ああ、また憶えたくない単語が耳に入ってきた。

 ──もう、これしきのことでは驚きはしないが。


「ごめんな后。俺、后には内緒のまま十七年間も幼なじみしてたけどさ、本当は安倍あべの晴明様を絶対的な主としているんだ。あ、でも人間ではあるけど」

「……絶対的な、主……」

「歴史上最高の陰陽師、安倍晴明様によって造られた式神が人間の肉体に宿ったのが、俺」

「……。…………」

「眉間に皺を寄せてるのは、怒ってるからか? 悪い、黙ってて。でも、絶対的な使命だったし、その間も、俺はしっかり后を側で護っていたんだから」

「…………」

「だから拗ねないで。何か言ってくれ」

「……。…………あー、まあ……護ってくれて……。………………ども」


 拗ねるわけがない。そういう意味で黙しているのでも、ない。

 それどころか、きっぱりとした告白はいっそすがすがしい──晴明や言の正体がわかるまで不気味な思いをしただけに、一層。

 思考を巡らせていれば、和服──破がお茶を用意して持ってきてくれた。


「……玄米茶がお好きだと、青龍甘雨から聞いていたので。どうぞ、温度も濃さもお好みかと思います」

「白虎破の趣味は料理全般なんだ。もちろん和洋中のスイーツからドリンクまで完璧。ほら、后、飲んでみろよ」

「男のくせに、料理が趣味とは──何度聞いても呆れるな、破」

「そういう台詞は、自分も炊事カンペキになってから言えば? 男より過激で殺伐としてるなんて、女らしさが微塵もないな、玄武水終」

「〝蛇剣じゃけん・召還”」

 朱雀華が笑って言えば、無表情のまま水終がぽつりと呟く。

 すると、す、と手の中に長刀が現れた。鮮やかな蛇の文様が描かれている。


「────もう一度言ってみろ、殺してやる。貴様のような者が存在する男という生き物など、この世からすべて抹殺されればいい」

「ったく、そこらの男より勇猛っていっても、そーゆーヒステリックなところだけは女なんだよな。あー、だから女が大嫌いなんだよ僕ぁ。女ってサイテー、男はサイコー」

 華はわざとらしく肩を竦めると、水終へ掌を翳す。


「〝火炎かえん・発火”」

 すると、華の掌から、まるで手品のように不死鳥の形をした炎が現れた。

 舌打ちしつつそんな二人を止めたのは、甘雨だ。


「やめろよお前ら。后が驚くだろう。万が一にでも、后を傷つけたらどうするんだ」

「そうしないために、十二月将げっしょう──四天王でも最も強いお前が側についている──我らに執着する命なぞない。目指すのは、皇子に捧げる潔く美しい死に様のみ」


(おっ、重い! 重すぎる……! 白虎・破!)


 自分のために誰かが死ぬなんてまっぴらだ。何だろうか、この四名の関係は──ボスである晴明は、激甘なカフェオレを啜りつつニュース番組を観ているし。

「青龍甘雨は、后様を最も近くで守りたいと立候補したんですから、全力でお守りするように。──で、ですね后様。十二神将という通り、私が高度な陰陽道で造った式神は全部で十二柱あります」

 甘雨にベタベタされていた后に、晴明が説明を始めた。


「へー、で? ここにいる以外の八体は?」

「駄目ですよ。式神は高級な自然霊をオモテの世界で動きやすくするために、人間の形とさせたもの。仮にも神です。〝体などという数え方ではなく〝柱と呼んでください」

「柱? わけわかんねー……へいへい」

「他はまあ、時期が来たら紹介しますが──実は、私が操れるのは十一柱。一柱だけは、創造主である私の眷属ではないのです」

「そうなの?」


どういう意味だろうか? 晴明のことだから、何か自分に有利なものと引き替えに式神を売ってしまったのかもしれない。


「──あ、今、変な推測しました? そういう表情でしたよ、失礼な。……そうではなく。私の支配下にない式神は十二神将しんしょうノ十二……つまり、最後の式神です。その者は、闇皇やみおうに直接、従うことになっています」

「へぇ……。闇皇直属の式神なのか?」

 玄米茶に口をつけつつ尋ねる。

 確かに──破の言うとおりだ。温度も濃さも、何もかもが完璧で美味い。


 相変わらず感情の読めない笑顔のまま、晴明は首を横に振った。

「微妙に異なりますね。造った時は式神であっても、もう式神ではありませんから」

「? はあ」

「“天后”“神后”、という、高貴な月回りを支配する地位に就くんですよ」


 さらに、まるで天気の話をするように、さらりと告げた。

「闇皇を裏から支える、いわば表裏一体の立場です。本来なら、正妃がこの立場になるのですが、驚くことに、主神しゅしん言の母親──現・正妃はこの月回りを持っていない。その代わりに、后様が思いきり持っています」

「…………。……は?」

「后様のご母堂は、勘の冴えた方だったんですねえ……。月の名前は“天神てんじん后”。后様の名前、そのものがこの式神を意味するものですし」

「────」

「あ。それとも……もしかして、闇皇が名付けたとか? 『天神』という姓は闇皇がオモテで使っていたものですし、手を回して后様のご母堂とは入籍されていますからね。后様が生まれた時から、すでに后様をこの地位に選んでいたのでしょう」

「────タンマ」

 びしっと手で合図をしてこめかみを押さえる。


「后様、タンマが多すぎますよ。今度から一回言うたびに百円罰金とかにしましょうか」

「やめてくれ、オレは一時間しないで破産する。晴明と付き合っている間は間違いなく」

 言って、必死に考える──脳裏にあるものは一つしかないけれども。


「……オレ、皇位継承権第一位って、言っていたよな? 晴明」

「はい。闇皇様がそう、明確におっしゃりましたゆえ」

「……闇皇候補が、なんで闇皇の表裏一体の立場に選ばれるんだ?」

「ですから、二者一択ということです」


 二杯目の(砂糖ジャリジャリ)カフェオレを破から受け取りつつ、晴明が続ける。

「現時点の后様は、オモテとしての気があまりにも強い。闇皇を裏から支える方が無難でしょうねえ。──まあ、そうさせないために、完璧に超常能力を引き出しますけど」

「ひ……引き出すと、闇皇になれるレベルに到達すんの……?」

「それだけの潜在能力があるから、闇皇が後継者に選んだに決まってるでしょう」


 バカですか、と晴明が声に出さずとも口を動かした──腹が立つが、睨む華と視線が合ってしまい(鬱陶しいから)ぐっと耐える。


「最愛の女性の子だから、だけではありませんよ。闇皇はそんな情に流される方ではありません。后様が御子の中で一番、闇皇の素質を持っていると判断したから、第一位に選んだのです」

「え? でも……。言は〝闇世界で一番強いんだろ? 闇皇の素質は、言の方があるんじゃねーの?」


 それとも、少年漫画によくあるように、

『力だけでは王にはなれない。もっと大切な熱き逬りが必要だろう……!』

 という、爽やかな理由でもあるのだろうか。

 考えたが、しかしそれも晴明が否定した。


「ええ、主神言より強い者は闇皇を除けば闇世界にいません。だから、誰もが皇位継承権第一位は主神言だと思っていました」

「……そんな感じだったよな……。言も」


 伏見で別れた時の言を思い出す。

 ────思い出して、はた、と気づいた。


「……言……オレが闇皇になったら……って。あれ?」

「あ、ですから。それなんですけど」

 晴明が、なんでもないように告げてくる。

「后様が闇皇になれば、自動的に十二神将である式神の位は后様ではなくなります。しかし、主神言に闇皇の地位を奪われた場合は、彼は有言実行ですから間違いなく后様を自分に都合のいい式神の地位に縛りつけ、そのまま自分と表裏一体のパートナーに指名するでしょうね」

「な……! それって健全な意味だよな? な!?」

「さあ?」

 わざとらしいほどの傾斜で首を傾げる晴明は、絶対にからかっている。

 ──ああもう、本当にいい性格だ。


「大丈夫だ、后。主神言様に后を取られないために、俺は后の側にいるんだから」

「っ、そーゆー発言も微妙だっつーんだよっ!」

 まかしておけ、と后を抱きしめて力強く告げてくれる甘雨も、ある意味でかなり危ない。


(取られないようにってどういう意味だ? すでにオレは甘雨のもの前提か?)

 ──というか、抱きしめる必要はないだろう。


「闇世界は、現代のオモテよりも平安時代あたりに世界観が似ています。ゆえに、異母間での婚姻はよくありますね──しかしさすがに、同性ではなかなか……」

「っ、別にオレ、そっちの人じゃねーし!」

「ま、結婚はなくとも、パートナーとしてかなりの束縛はするだろーね? しかも、主神言様が闇皇になってしまえば他の意見なんて通らないっつの。独裁タイプってわからない? 本当に見る目ないんだね、天神后様。ばか?」

「…………」

 晴明ではなく華が答える──ああ、華の無駄にキューティクルつやつやなあのヘアを全部むしり取ってやりたい。


「気にするな、后。神泉苑で水終が説明したろう? 華は晴明様をあまりにも敬愛するあまり、晴明様の主になった后に嫉妬してるんだってば。ま、害はないから」

「…………」


 今の段階で、華はかなり有害だと思うのは──后の被害妄想ではないだろう。

 ──ああ、闇世界の人間は、みんなこんなのばかりなのか。


「ま、いいや。おい、晴明」

 后は甘雨から(強制的に)離れると、晴明の側に寄って耳打ちをする。

 華の顔がかなり嫉妬で歪んだが──無視だ。完っ璧なシカトしか策はない。

「なんですか? ──あ、后様も飲みますか? 特上ブレンドカフェオレ。破に頼めば、私のものと同じテイストで煎れてくれますよ」

「心から遠慮する。──それより、お前がなんとかしろよ、朱雀華の奴」

 わざとらしく非難を込めて指を差す。晴明が、ああ、と頷いた。

「私が注意しても、一時大人しくなるだけですよ。コミュニケーションを取るちょうどいいチャンスですし、私に頼らず后様が一人で頑張ってください」

「……できそーもねーから、頼んでるんだろ」

 まず、会話にならないのだから。

「努力する前から諦めてはいけませんねぇ。ま、私としては現状維持でもいいのですけど」

「なんでだよ。鬱陶しくねーか?」

「いえ、気にしませんから。むしろ、后様の対応や表情は観ていて面白いです。とても」

「…………」

 本当に、殴ってやりたい、この男。


(仕方ねーから……甘雨に頼むしかねーか……)

 思えば甘雨は、子供の頃から后のお願いを聞いてくれなかったことは、一度もないのだ。

 いつでも后を一番に扱ってくれていた──女の子よりも、お姫様扱いしていたのはどうかと思うが。


(ま、これまでの甘雨の態度を考えると納得……。瑞宮は一歩引いていて、甘雨は三歩以上前に出てオレに寄っていて。そんな関係が……)

 思いつつ、ふと気づく。

 ──思い出した。


「……。瑞宮みずみやも闇世界に関係してんの?」

 確認するような口調に、甘雨が少しだけ困惑の色を見せた。──その後、口を引きしめる。

「黙ってて、ホント、申し訳なかったけどな」

「やっぱなぁ……。ま、けど言を紹介してきたのは瑞宮だし……。……さらに甘雨が式神なら、オレの周囲にもっと闇世界関係者がいても、おかしくねーもんな」


「────うん、そう。后にしては冴えた推測だけど。でも、敵味方までちゃんと考えてる?そこ重要だからね」

「え?」


 苦笑交じりの返答は、この場にいる誰のものでもない。

 おどろいて、背後──玄関へ続くドアのある──を振り返る。


 瞬間、激しく床が波打った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る