会 4
「──さよなら」
決まりだ。絶対に関わってはいけない。
「失礼ですね、自分から訊いておいて信じないとは」
「……オレ、ハンドルネームとかペンネームとか、あんまし詳しくないもんで……」
「本名ですってば。やだなあ。──あ、
あはは、と笑う自称・
(怖い……! 本当に、怖い……!)
さあどうやって逃げよう、と真剣に悩んでいた時、ふと遠くに動くものを見つける。
(? 何だ……? 木の陰で
鳥居の外──
「うわ……!」
いきなり、それらが后へ突進してきた。
心臓が飛び出るほど驚いた──なぜなら黒い靄は大きな目がぎらついていて、后を凝視していたのだ。
それだけではない。車の往来が激しい大通りをシュン、と軽々越え、飛びかかってきたのである。
「ほぅ? 鳥居よりこちら──結界内にも入れるか……。能力を試してよかった」
(何の独り言だ……!)
自称・安倍晴明が面白そうに呟くのが聞こえる──が、突っ込む余裕は后にない。
慌てて避けようとするが、間に合わず黒い靄に襲われてしまう。
靄のくせに体中に巻きつく感触は、まるで綿飴のようだ──しかし、確実に后を締めつけてくる。
「く……っ、くそ……っ!」
苦しいのでなんとか外そうとするが──こんなにリアルなのに物質ではないから、どうしようもない。
そんな危機感のまっただ中に、涼しげな顔が視界に飛び込んだ。
自称・安倍晴明は見せ物を観るようにして、后とその黒い靄との格闘を眺めている──いつの間に用意したのか、缶の甘酒まで手にしているし。
「た……助けろよ……っ! 傍観してねーで!」
「そうですねえ……」
ずず、と甘酒を飲んで、ゆったりと続けた。
「私が安倍晴明で
「……は?」
「『すべてを真実と認めます。生意気言ってごめんなさい』と、謝罪すればすぐにでも助けてあげますよ? 今回は、
「はああああ!?」
「私はこのまま見物を続行してもよろしいのですが、后様。さ、どうします?」
(こっこっこの……ドS!)
なんという男だ──あり得ない。なんでそんなに暢気なのだ。
しかし、背に腹はかえられない。
(はっ、もしかしたら言が気づいて助けてくれるかもしれねーな……。っ! いや、言まで危険にさらすことはできねーよ……!)
言が気づく前に、なんとかしないといけない。后の決断は早かった。
「……そこの、甘酒缶の花模様がやたらと似合う、美形のお兄さん……」
「安倍晴明です」
「……晴明さん。『あなたが自称だけでも詐称でもなくホンモノの安倍晴明さんであることを信じてすべてを真実と認めます。生意気言ってごめんなさい』……」
「全然、感情が込もっていませんねぇ」
(込められるわけねーだろがあああ!)
しかし、ますます締めつけてくる黒い靄──晴明が言うところの〝アンキ〟に、さらなる危機感を感じる。
「……っ、あーもう! ホントに信じるってば! 晴明! お願いだから助けてくれって! あんたがホンモノの陰陽師ならなんとかなるだろーっ!?」
「ええ、簡単ですよ?」
言うや
「
そして靄にそれを触れさせると、靄は低い唸り声のようなものを上げつつあっという間に消えていった。
「すげ……」
后の溜息は、思わずのものだ。
「……謝罪の態度には若干の不満はありますが。──ま、及第点です」
(ほざくかあぁぁ……!!)
ムカツク口調に、お礼を言う気も失せる。
后は、話を変えるべく晴明へ尋ねた。
「──あれ、何だったんだ? ……まさか、お前が作った……」
「お前、じゃないです。安倍晴明だと何度言わせます?」
声のトーンが落ちる。笑顔が怖い。
「あー。……晴明さんが、作った物? じゃねーよな? 何かのトリック?」
「トリックではありませんよ、闇鬼と言ったでしょう?」
そのアンキがわからない──というか、脳内設定キャラではないのか?
(こいつは魔術師かなんかで──オレを驚かして遊んだ。だから、すぐに消すことができた……んじゃ、ないのか……?)
そういう疑念を抱きつつ問えば、晴明が少しだけ后の双眸を眺めてきた。
「……さあ? 后様がそう思うなら、そうなのかもしれないですね」
返答は、肩を竦めてのものだ。
(ム、ムカつく……! この野郎……!)
こいつが犯人だ。どんなトリックを使ったイタズラかは知らないが(マジシャンとか、そういう
晴明は
「そろそろ、彼の買い物も終わる頃です。私は退散しましょう」
「あ、ちょっと……! お前、一体何者なんだよ!?」
「安倍晴明、陰陽師と答えたハズですが?」
「じゃなくて! なんでオレに関わったんだ……! 住所と電話番号とか!」
「ナンパですか? 照れますねぇ。でも、呼んでいただければ不本意ですがすぐに会えますよ、后様」
「するかあ! つか、呼ばねーし! オレも不本意だ! 失礼な!」
叫んだ時、ふと背後から肩を叩かれた気がする。
無意識に振り返れば誰もいない──ただ、すぐ側にあった石像の鬼が動いたような気はしたが。
「何だ? ……って? え?」
そしてもう一度、晴明を振り返れば──そこにはもう、誰もいなかった。
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