縛 2

こう!」


「駄目ですよ能力が覚醒するか、見定めるのですから」

 しかも、助けようとする甘雨かんうまで止めた──なんだ、この鬼側近は。


「来た! うわ、足に絡んで……、って、首にも!?」

「これら闇鬼あんきは、オモテにある“暗部”──感情なども含む”腐”の部分が集合したもの。闇世界が支配する、存在」


 晴明せいめいが冷静に説明している間にも、闇鬼は后を締めつけてくる。

 言が視界の隅に入ったが──やはり、ことの成り行きを見ようとしている様子だ。


(な、んで……っ!?)


 首に絡む闇鬼がかなりキツイ──息ができない。


「……やはり、不安定ですね。あの程度の闇鬼すら、消滅させられないとは」


(はあっ!?)


 溜息交じりの晴明の言葉が、耳に飛び込んできた──ムカっとして、見てしまう。


「いいのですか? 闇鬼に喰われた人間は蘇生されません。……このままだと、ただの闇鬼の夕食として人生が終わってしまいますけど?」

 明らかに、后をバカにしたような顔をしていた。

「先が思いやられますね──闇皇やみおうどころか、闇鬼のエサですか。まだ、主神しゅしんこといに殺された方が華々しいでしょうに」

「────っ」


 上から目線(晴明の方が年上だが)と侮辱に、本気でむかついた。

 途端、パン、と風船が割れるような音がしたかと思うと、一瞬にして体が楽になる。


「え? ……あれ? 闇鬼が消えた?」

「──やはり」


 満足そうに笑む晴明に、后はまさか、と思惑に気づく。


「后兄さんは、感情が高ぶった時に闇の人間のオーラを一気に出すんだね。……眠っている超能力が覚醒するようだ」


 冷静な言を、后は呆然と眺める。


「え? じゃあ……怒らせたのは、わざと……? 晴明」

「お礼はいりませんよ。ボーナス査定で誠意を見せてください」


(闇世界にもボーナスあるのかよ)

 どこまで本気だ、安倍晴明。


「闇鬼は、美味しそうな人間を狙うだけさ。俺たちにすれば簡単に消せる存在でも、普通の人間が狙われれば即死だし」

「実際、オモテで闇鬼が起こした事故や事件は、山ほどあります」

「げー」


 甘雨や晴明、ほくとの説明に后はうんざりする。


「──まぁ。闇の人間の中でも闇鬼を操るのは、役小角えんのおづぬ様の得意分野だけど」


 瑞宮みずみやも笑顔で説明してくれた。思わず振り返る。 


「闇鬼って……瑞宮とは違う鬼の種族?」

「まったく違うよ? 僕や前鬼楔は、修行を重ねた能力者一族の出身だから」


 くすり、と瑞宮が笑った。

 しかし横にいた前鬼ぜんきくさびが、表情を変えないまま呟く。


「……貴方、本当にちゃんと勉強しないと駄目だわ。いいのかしら。こんなレベルで、言様の敵だなんて……。張り合いがない」


 ──ああ、事実なだけに反論できない。


「オレと言はオモテ世界では暮らせないのかなぁ……」

 普通に(健全なる)兄として、愛情を注いでやろうと思ったのに。


「そりゃあ、主神言ほど力があれば問題ありません。オモテで普通に生活できると思いますけどね。皇位継承権一位と二位が、揃って闇世界から出ていってしまったら、闇世界は大パニックになりますよ。考えてから物を言ってくださいね」

「……。悪かったよ」


 ああ、この物言い。腹が立つけど納得できるから嫌だ。


「僕はね、オモテに行く気はないよ。だって、闇皇になって式神になった兄さんをパートナーにするんだから」

「────けどさ、言。なんでそんなに闇皇の位に執着するんだよ? オレはお前を尊重する気でいるし。そもそも、お前がオレを殺そうとしなければ兄弟仲良くできるんだから」


「僕はね、百パーセント確実なものが欲しいんだ」


「え?」

「一度、兄さんに死んでもらって僕が蘇生させれば、兄さんは僕に絶対服従になる。──でも、今のままなら、どこで気が変わるかわからない」

「────」


「だから、死んでほしいんだよ」


(ゲ……ゲームの中でそーゆー設定知ってるぞおい! やっぱゾンビと一緒じゃねーか!)


 けろり、と持論を唱える言に、后は絶句してしまう。


「く、くどいようだが……ゾンビが闇皇とコンビ組むのは……」 

 これしか、説明しようがない。しかし、言はまったく聞いていなかった。


「それに、臣下たちそれぞれの思惑もあるしね。自分たちの出世のために、必死になって兄さんを護ろうとしたり、消そうとしたりしているよ」

「……。同じことを、言の派閥へやってるのか? こっちの臣下も。──というか、臣下っているのか? オレ側についた」

「いますよ、そりゃあ。たとえ后様より主神言がどう見ても闇皇の器と思っても、現闇皇が后様を指名した以上は」

「…………あ、さいですか」


 ──晴明のこの言い方。本気で暴れたくなる──周囲でうねっている木の根のように。


(え? うね……? って! しつこいよこれ!)


 気づいた時にはすでに遅く、后は木の根に再び捕まってしまった。


「わ……っ! タコ足かこれ!」

「后兄さん、晴明に近寄りすぎ。僕の側においでよ」

「こっ言……! こら! 木でふざけるんじゃねーよ! というか今思い出したけど、お前、稲荷山で破壊活動してたよな……!? ちゃんとアレ修復しろよ!?」

「──あは。后兄さんは、真面目だなあ。すごく可愛い」


 くすくす笑って言は后を木の根から下ろす。


「主神言が闇皇の地位にこだわるのは、后様でも臣下でもなく、他にも理由がありますよ」

「え?」

「────闇皇とその妃──自身の母親──を、心の底から憎んでいるからです」


 離れてしまった晴明が、りんとした声を木々に響かせる。


「え? 母親を憎む……?」


 思わず驚いて、言を眺めてしまった。

 しかしその瞬間、ドカ! と破壊音が耳に飛び込む──驚いて振り返れば、晴明が背にして立つ岩に木の根が刺さっていた。


「……余計なことは口にするな、晴明」


 ──瑞宮の仕業か──しかし指示したのが言なのは、確実だ。

 さらに岩を破壊した太い根が幾重にも、晴明を狙って襲いかかってきた。


「晴明!」


「……精神が子供だからこそ、大きな能力を得ている現状は、恐ろしい」

 シニカルに笑い、晴明は簡単にその攻撃を避ける。


「“滅”」


 端的な言葉とともに手で印を作る。同時にぱあっと光が輝き根が消滅すると、にっこりといつもの笑みを浮かべて后を見た。


「とりあえず、后様もこのくらいの攻撃ができるくらいにはなりましょうね、一ヶ月で」

「はあっ!?」


 どんな話題転換だ、と思うが──。


(言……怒ってるな……)


 無表情だ。じっと、晴明を睨みつけている。

 つまり──晴明が告げた母親を憎んでいるというのは事実なのだ。


「幼い頃から帝王学を学ばされ、闇皇になるべく厳しい教育を受けさせられてきたんです。主神言は正妃に“我が子”としてではなく“皇位継承権第一位に最も近い皇子”としてしか扱われていませんでした」

「……え?」

「正妃が正妃で居続けるための、大切な切り札としてのみ、扱われていて。──“我が子”として可愛がられることもなかった」

「…………ンなの……っ」


 そこまで酷い母親なんているか? と問おうと思った后だが。

 ふと、正体を明かす前の言の言葉を思い出す。


(そう言えば……。両親に愛されたことがないって、言っていた……?)


「正妃は、主神言の皇位継承権にのみこだわり、主神言自身を見つめることはありません。現闇皇も変わらず──しかし、現闇皇はオモテとのハーフである后様の安否は気遣う。主神言はそれを知っていたからこそ、后様が王位継承権第一位になったのを知り、いてもたってもいられなくなったのです。そして、オモテの世界で暮らしていた后様を見に来た」

「言……」


 晴明の説明に、言は無言のまま唇を噛みしめている。


(なんでこんな話するんだ? 晴明って、もっと説明書みたいなコトしか言わないじゃん? それか、三流芸人以下のスベる話とかしか)


 困惑していれば、そんな后へ視線を合わせず、じっと晴明を睨んだまま言は口を開いた。


「……。晴明、お前も知る通り、僕は誰よりも重圧に耐え、厳しい修行のもとで己の能力を磨いてきた。でもそれはもちろん、正妃の位に固執する母上のためじゃない、両親の愛情も何も得られなかった僕が、唯一与えられると思っていた──闇皇の地位のためだ」

「……言……」

「僕は、何も持っていない。だから、闇皇の位くらいもらってもバチは当たらないだろう? そして僕は、誰に文句を言われないほどに能力を磨き、そしてすべての者を組み敷けるほど強くなって──結果、「闇皇として誰よりも相応しい」、と闇世界のすべての者を頷かせるだけの力を得るんだから」


 言が晴明をあんまり睨むので、不安になって后は言を見守る。


「……僕は、そのためには、どんな努力だってする」

「言」


 ぎゅ、と腕を掴めば、言が気づいたように体の力を抜いた──后はホッとする。


「……。……父上が選んだ次期闇皇は、オモテとのハーフで能力も未知数な后兄さんだった」

「────」

「后兄さんは、闇皇の地位に興味ないでしょ?」

「……」

「返答ないってコトは、図星なんだよね? ──おかしいよ、そんなの。……求めていた僕が無理で、まるでその気のない兄さんに、与えられるなんて。……。……誰も、満足できない未来じゃないか」


 俯く言をじっと見つめる。

 泣いてしまったらどうしよう、と焦るが──それはないようだ。

 どうも、后は言を必要以上に子供に思っている。見た目はいくつも年上に見えるのに。


「……。オレとしてはさ、状況的にも血筋的にも、すべての理由を兼ね備えている言が闇皇になるのが当然だと、そう思ってる」

「后様」


 そう呟けば、晴明が制止の意味を含めたキツイ口調で止めに入る。

 でも、と后は続けた。


「けど──言さ、そんな孤独な理由で闇皇になっても、何も満足しねーよ? 得られる幸福なんて、何もねーし。ただ、虚しいだけだ」

「后兄さん……」

「オレを鎖付けて檻に入れるとか言うな。信用してるって口にしても、結局は逃げる心配してるんじゃねーか。そんなの──惨めだろ? 無駄に自虐的になるなよ」

「…………」

「オレは、鎖でつながれなくても、ずっと言の側にいてやるし、見守っているから」

「……敵同士で、ですか?」


(うるせーな晴明)


 睨みつけようと晴明を見れば、今まで見たこともないような呆れた顔をしている。


「我ら部下の、命がけの守護をどう思っているのか……脳天気皇子だ」


(てめー朱雀すざくはなやぎ、殺す、いつか殺す)


 虎の威を借りたわけではなかろうが、呆れたような華の物言いには明らかに后への悪意が感じられる。

 晴明に寄れば華が睨むし、言に触れれば瑞宮が殺意で対応する。しかも、言は后が甘雨や晴明その他へ近寄ることをとても不愉快に思っているようだ。

 后の手前、忠告で済んでいるけれども──一番、えげつない行動をしているように感じる。


「后兄さん」


 どうすれば一番いいのか──模索していれば、ふと言と視線が合った。

「なんだ? 言……」

 宣言は、今までの中で一番、きっぱりとしたものだ。


「やはり僕は、后兄さんを殺してあげる」

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