縛 1

「それに、こうが悪いんだよ? 皇位継承権一位を受けたから──僕が敬愛してやまないあるじことい様を差し置いて」

「そー言われても、オレだって今日知ったことだし……っ! あーもう、十二月将の式神や闇皇やみおうの地位を放棄するってことはできねーのかよ!?」


 激しく揺らめく足元に、后だけは立っていられない。


「……うわ!」

「后兄さん」


 地面の激しい隆起で投げ出され、再び地に叩き落とされそうになったが──それを支えてくれたのは、言だった。


「……言? サンキュ」

「当たり前のことをしただけだよ──“結界”」

「え?」


 言の呟きとともに、言と后の周囲に丸いバリアーのようなものが現れる。同時に、地面の動きも何も感じなくなった。


(……すげ……。ホンッキで特撮の世界じゃん……)


「闇皇の継承権を放棄してもいいよ。僕は喜んで、それを受け取り闇皇になるから。そして、后兄さんをパートナーにするんだ」

「っ、やっぱソコは譲れないのかーっ!」

「当然じゃないか。──あんまり后兄さんが駄々を捏ねるなら、鎖付けて檻に入れるつもりだよ? 僕の本気を今ひとつ理解していないみたいだし」


 言は、自分たちの周囲で起きている大地の変動や木々の悲鳴など気にもとめず、后をじっと見つめて笑む。


「僕は后兄さんを誰にも渡さない。もちろん、后兄さんは僕から逃げないって信じてるけど──たとえ、僕が殺そうとしているのをわかっていても……ね?」

「ははははははは……は」


 殺す、というのが冗談であってほしい。思いつつ、言がマジなのがわかるから、怖い。


(──こんな偏った性格、環境をよくすれば治るのかな……)

 どうしていいのかわからないけれど。


「……っ、とお!?」

主神しゅしん言。もうそろそろ、我が主を返してもらいます」

 言の腕に支えられていれば、いきなり背中を(バリアー内にいたのに)蹴られ落とされる。


「僕が造った結界へ容易に入るとは──不愉快なほどさすがだね、晴明せいめい

「晴明っ!?」


 ──やはり、こいつか。わかっていた。

“我が主”などと殊勝なことを言いつつ、背中を蹴るのはこの男しかいない。

 しかも言から離されたお陰で、再び木の根にとっ捕まってしまった后だ。


「ほら后様も。命を狙われてる自覚を持って、もう少し警戒なさい」

「……晴明にも警戒してるぞ、命じゃなくて、ケガ諸々の」

「人聞きの悪い。こんなに丁寧に扱っているのに」


 いけしゃあしゃあと述べる、この男の道徳観念を知りたい。


 呆れた視線をぶつけても平然とする晴明はさらに木の根から后を救うと、甘雨へ向けて投げ、もとい、渡した。


「っ、てめー! わざとオレを荷物扱いしてるだろ! おい!」

瑞宮みずみやのことは諦めろ。その代わり、俺が瑞宮の分まで后を大事にしてやるから」

「っ、頼むから瑞宮の過剰な殺意と甘雨かんうの過剰な友情、足して二で割ってくれねーかな!?」


 抱きしめられ、耳元で熱く告げられても困る──しかも、相手は甘雨だ。幼なじみの男だ。


「……気安く僕の后兄さんに触れるな、青龍」

 ああ、言が睨んでいるし──というか、こちらも男である。


「……おい、晴明」

「なんですか? 甘酒は持ってきていないので、カフェオレで我慢してください。后様」

「そんな、罰ゲームのような飲み物の話じゃねーよ」


 甘雨の腕から(なんとか)逃げ出し、晴明を見る──視線の隅ではずっと言が凝視している。


「晴明や甘雨らは、言や瑞宮たちと同じ闇世界の者なんだろ?」

「そうですよ、后様も半分は闇世界の人間ですけど」

「なのに、どうして言の周囲だけ激しく殺伐としているんだ? 瑞宮といい言といい。それとも、本当は晴明や甘雨たちもあのレベルで殺伐としてるのか? オレに隠しているだけで」

「違いますよ」


 言いつつ、晴明は水終うみを凝視している──説得力ないこと極まりない“殺意の塊”のような、美人のねーちゃんを。


「……あの。玄武さんが、いつの間にやらエゲつない長刀の切っ先を瑞宮の首に当ててるんですけど……」

「ちょっとしたアクセサリーですね、自慢してるんですよ。やはり女の子だし」

「っそんな可愛い状況じゃねーだろ! オレでもわかる殺気じゃねぇか!」


 ぎゃーと叫びつつ、長刀を眺める。

 蛇や虎らしき彫り物がある、かなり怖い一品だ。


「私の相棒です。蛇刀じゃとうと申します──玄武が代々持ち歩く武器です」

「関係のない后が騒いでどうするのさ、落ち着きなよ」


 あわあわしているのは后だけで、瑞宮(水終も)はいたって冷静だ。


「玄武・水終のこれはあくまでも、僕や前鬼楔がうっかり間違って后を切り刻まないための予防策。そんな心配をしなくても、后は言様のお気に入りだから綺麗に殺してあげるのにね」

「切り……、って……」


 首先に長刀の切っ先を向けられつつも瑞宮は冷静だ。余裕の笑顔である。

 それをどう受け止めていいかわからず、后はとりあえず甘雨を見上げた。


「その通りだぜ、后。悔しいけど、あの水終が全力出してようやくかすり傷負わせられる程度だ。そのくらい、瑞宮は強い」

「げっ、そうなの!? オレたち幼なじみメンバーで一番弱かったじゃんか!」


 甘雨からもたらされた情報に驚愕すれば、ポンポン、と頭を叩かれた──言が睨む。ああ、もういいだろう。


「バーカ。あんなの演技だよ。俺たち四天王が揃って……どころか、式神十二月将が全員揃っても、後鬼瑞宮と前鬼楔には勝てないだろうな。悔しいけど」

「ひえー……」


 感心するしかできない。

 しかも──そんな瑞宮を顎で使う言の強さも、想像ができない。


(四天王のお前ら、どのくらい強いのか? って訊いたら失礼だよな……)


 ────言と晴明が強いのは、この一日で十分教えてもらった気分だが。

「……式神……特に四天王は、十分に強いわよ。私と後鬼ごき瑞宮みずみやよりは弱いだけで・・・。晴明の眷属だもの、闇世界最強に数えられているわ」

「え……?」


 心を見透かされたのか。

 振り返れば、フランス人形=前鬼ぜんきくさびが口を開いていた。


「つまり──えーと、闇皇、言、役小角えんのおづぬ、晴明、そして後鬼の瑞宮や前鬼のお嬢ちゃん……が強くて、その次ってこと……かな?」

「お嬢ちゃんはやめて、前鬼楔と呼んでいいわ。気持ち悪いから」

「────」


 この少女は、見た目よりもかなり中身がクールなようである。


「強さなんて、単純には計れないよ。后兄さんは闇の能力が覚醒していないけど、僕にとっては誰より強い立場だし」

「言……」


 黙っていた言が、后へ告げる。しかし、それに対して反論したのは晴明だ。


「しかし、后様に出会う前は蘇生不可能なように殺す予定だったでしょう」

「気が変わった。今は、蘇生をさせることが条件だ。当たり前だよ、僕にとって何より大切になってしまったんだから──殺すのも、楽に死なせてあげたいし」


(ひぃぃぃぃぃ)


 言の兄弟愛は、歪みすぎている。


「──信用できませんね。主神言の気分屋は、皇族に仕えるものなら誰もが知る事実。いつ、后様に飽きて残忍に殺すかわかったものではない」

「そんなことするはずはない。他の連中と后兄さんは違う。僕の地位も能力も何も知らないままに、僕を受け入れてくれた。温かい手で、僕を引っ張ってくれたから。失いたくないし」

「言……」

「兄さんは、仮に僕が何も持っていなくとも、僕を大切にしてくれる。野心に溺れた周囲の連中には、絶対にないことだ」

「……何もない方が、もっとすっげー大切にしてやるけど……」


 二人の会話に挟まるように、后は思わず呟いてしまう。


「后兄さん……」


 后は切迫した危機感を口に出してしまっただけなのだが、言はかなり嬉しそうに后を見た。


 ──ああ、こんな一言でこんなに喜ぶなんて。つくづく、言が愛情に飢えていたことを(ドン引きしつつも)痛感する。


「マジにさ、闇皇とか言ってないで。殺伐としたコト言ってねーで、オモテで平和に暮らそうぜ、な? ずっと毎日、弟として大切に扱ってやるから」

会って間もないし、殺す気満々でいられても弟だ。可愛くないはずがない。


「……后兄さんは、やっぱり僕が思った以上の人だ。絶対に、側に置いておきたいよ」


 后へしか送らないような笑みを浮かべた言は、でも、と言葉を濁した。


「それはまだ無理なんだ。兄さんが、僕に闇皇の地位を譲るか──大人しく殺されてくれるかしか、手段がない」

「い、いや。オレだって困惑してる最中だぞ? いきなり、闇皇の後継者とか言われて、命狙われて。オレは一言も闇皇を継ぎたいなんて──」

「言いまくりですよね? 后様。っもー、闇皇になりたくて仕方ないって」

「…………」


 語尾を晴明に取られた。しかも、有無を言わせない迫力だ。


「……えーと」

「后兄さんは、闇皇より十二月将・十二の式神の方が似合うよ? 僕に闇皇の地位を譲ってさ……。あ、ちなみに、闇世界の者は、闇の血が濃くなればなるほど、オモテでは生きていけないんだ。僕らみたいに、力のある者以外は」

「……え?」


 言の呟きに、思わず晴明を見てしまう。晴明は、溜息をつくと小さく頷いた。


「我々は闇世界の人間。闇に生まれて闇に死ぬ者たちです。……オモテと呼ばれる地上の人間たちが、地上で生まれていずれ死ぬのと同じく」

「……だから? 同じ人間だろ? なんで互いの場所で生きられないんだよ」

「生き物それぞれに、適した生活エリアがあるのと同じです。主神言ほどの能力者ならば、オモテとして通常の寿命をまっとうすることはできるでしょうけれども──両方の血を継ぐものの、そろそろ年齢的に闇の血が覚醒してもおかしくない后様は──わかりません」

「オレ?」

「そう。オモテにいたら死ぬかもしれませんよ?」


 言ではなく、后自身がNGになるとは思ってもいなかった。


(オレ、命がヤバイ状況、多くね?)


 驚いて言を見る。言は、眉を顰めて首を横に振った。


「それに、父上──闇皇が后兄さんの皇位継承権を公表した以上、闇世界から刺客が山ほどやってくるよ? そんな闇連中と接するたびに、兄さんの中の闇の血が覚醒していって、しまいにはオモテで過ごすこともつらくなると思うけど」

「……刺客って。言を闇皇にしたいっていう派閥?」

「それが一番多いと思うけどね。でも、雑魚とはいえ他にも皇子・皇女はいるから」


 一番多い者をまず減らしてほしいのだが、言にはその気がないだろう。后が死んでもOK、オモテで暮らせなくなるのもOKだろうから。


「あー、じゃあ平穏な生活は、オモテにもねーってことか……」

「闇鬼を使ってびしばし来ますよ。もちろん、我々ほどではなくとも、戦闘に優れた刺客も」

「…………。ノイローゼになるわ、オレ」


 頭を抱えてしまう──そんな毎日、絶対に過ごしたくない。


「闇鬼って、言は楽々と使っていたけど──簡単に使えるものか?」

「いえ。我々のように優れた者のみしか無理ですねぇ」

「……。…………ああ……なるほど」


 晴明が言うと自慢に聞こえるのは、后の偏見か。


「ま、后様なら、覚醒すれば簡単に飼うこともできますよ。ストックをしておいて、自分の手駒として利用したり。──まあ、遭遇したら大概が面倒ですから消滅させてしまいますが」


 言っていれば、ズズズ、と木や根の狭間から、闇鬼が出てくる。

 后はぎょっとして逃げようとしたが、他の連中は冷静に見ていた。


「オモテにはびこる闇鬼は、闇世界の人間に反応して現れます」

「き、気持ち悪い……うわ、オレ狙ってる!?」

「ま、そりゃあ。抜きん出て弱いのはバレてますし。当然でしょうね」


 あっさり即答する晴明に、助けようとする意志は見えない。

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