会 6
「……はあ?」
突拍子もないお願いだ。
真剣な言の顔をマジマジと眺めてしまう。
「……。オレは、芸人じゃねーんだけど……」
「そっちの兄さんじゃなくて。兄弟関係の兄さんです」
「え? オレたち兄弟じゃねーし」
「……そうですけど」
言って、
「……実は僕、生まれてから一度も会ったことがない兄がいるんです。父の愛人をしていた方の息子さんなので、異母兄弟なのですけれど」
「」
「僕は物心ついた時から兄の存在を知っていましたが、兄は僕を知らなくて」
「ほ、ほお……」
ディープすぎる、家庭事情だ。
昼ドラが好きなおばちゃんらなら食いつくだろうが、
「……で、その兄の話とオレを兄と思いたいことの共通点は……?」
「兄は二歳違いで、后さんと同じ歳だそうです。后さんみたいに優しいのかなって思えて仕方なくて……」
(オレ、優しいか?)
初めて会った時から思っていたが、言は何か妙なフィルターをかけて后を見ている。
しかしその原因が、その異母兄であるのなら納得だ。
「ワガママを言っているのはわかっているのですが、后さんを自分の兄さんと思いたいんです。駄目ですか?」
「って、言われても……」
複雑な心境だ。
しかし
妙に(というか後ずさりするほど)懐かれていた理由がこれだったとしたら、もう無闇に怖がる必要もないはずだ。
多分。
そう思い込んで。なんとかゆっくり、后は頷いた。
「…………うんまあ。…………いいよ」
「本当!? ありがとう、后さん!」
(おいおい、さっそく砕けた口調だなぁ、おい)
勇気が激しく必要だった一言を告げれば、すぐに言が抱きついてくる。
そのまま押し倒されそうな勢いだったがなんとか押し止め、まるで大型犬のような言の頭をよしよしと撫でた。
そんな雰囲気から逃げるように、ふと思い出す。
(にしても……おせーな。
妹と会えなかったのだろうか。電話するべきか悩む后に、言も声をかけてきた。
「連絡、遅いね」
「すれ違いになってるのかもなー」
なんだか口調がフレンドリーになった気もするが、敬語はどうもむず痒いから、二者一択だとこっちの方がいい。
ぴったり張りついた言をそのままに、后は再び出かける準備をした。
「……え? 連絡、待たないの?」
「日が暮れて観光する時間がなくなっちまうだろ。……見たコトねー瑞宮の妹より、オレは言を優先する」
「……后さん……」
「ほら、言。さっさと出かける準備をしろよ。観光したいんだろ?」
ヒラヒラと地図(生まれ育った街だろうが、歴史が千年以上もあるのだ。観光名所が多すぎて、メジャーなところ以外はよくわからない)を振ってみせる。
そして驚いている言をさっさと促し、二人して部屋を出た。
「……想像していなかった、タイプだな……」
「へ?」
エレベーターホールで聞こえた声は、小さく呟くようなものだ。
言の口調とは思えない、冷たく冴えたものゆえに、他の客が来たのかと思った。
(う。そういやすげー背後にざわざわ大勢の気配ある……?)
エレベーターホールだから、皆乗るのだろう。
そう思っているうちに、エレベーターが到着する。
(……あれ?)
しかし、乗り込んで気づけば、そこにいたのは言のみだ他の人たちの気配は、どこに行ってしまったのか。
(あ、廊下を通り過ぎていったのか……)
単純に納得して、一階のボタンを押すと、降下するのを感じながら、吹き抜けのホールを眺めた。
(……っ!? げっ!?)
すると。
ロビー中央にあるカフェコーナーで、優雅にお茶を飲む男に気づいてしまった。
(
エレベーターを見上げながら、后に向かってヒラヒラと手を振っている間違いない。
(ななななななんで? なんでここにいるんだ!? 宿泊客!? ストーカー!? どっちだ!? どっちもか!?)
動揺しつつガラスにへばりついていれば、すぐに一階に到着してしまった。
エレベーターを降りて、再びばっとカフェを凝視する。
(……れ?)
しかし。
確かに見たはずの晴明の姿は、どこにもなかった。
というか、誰かがその席に座っていた気配もない。
……怪しすぎる。
(じゃ、あのレストランへ……? うお、美味そう! 超高級! ……じゃなくて!)
晴明を探してキョロキョロと周囲を見回せば、どう思ったのか言も周囲を見回す。
「……構造とか、后さんはどう思う? このホテル」
「へ? いや別に?」
どんな誤解による質問だ、と思う。
天井まで吹き抜けではあるが、このホテルは最上階までたった六階しかないし珍しくはないと思うが。
「言われれば……鏡が多くてロビーに水が流れてるけど。まあ、変わった感じはする……かな? でも、最近のデザインってこんなもんじゃねーの?」
「最近、ねぇ……。僕は反対に、古より継承される現代の
「」
また、そーゆー怪しいことを。
「……言。お前、学校でミステリ研とか入ってるだろ」
「入ってないよ、后さん。あれ、知らない? ここ、
「っ!? げ!」
聞いた途端、ぞわ、と鳥肌が立つ。背後のカフェのあの席に、晴明が座って見ているように思えたのだ。
ばっと背後を振り返ってしまうがやはり誰もいないけれど。
「? どうしたの?」
「い、いや……なんでも……」
ない、と言いつつ、競歩真っ青の早足で歩く。
(怖い……。背後にずっと、オレを凝視する晴明がいるように思える……)
目茶苦茶、ホラーだ。
あいつの屋敷跡と知っていれば、間違いなく后はこのホテルには近寄らなかっただろう。
(あ、いや……、平安時代の安倍晴明が生きてるわけねーんだし……。あいつは、現代の自称・安倍晴明ってだけで)
この古都の英雄を汚してはいけない。我に返る。
(にしても)
あの安倍晴明は一体、何者なのだろうか。
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