解 2
「────」
ぶっ倒れるタイミングを逃した。つい、へたり込んでしまう。
「み……みかどぉお~?」
「
「………………えんぺらー……?」
晴明のボケに突っ込む気力もない。冷や汗流しつつ、涼しげな美顔を見つめれば、やはり涼しげに続けた。
「后様は、オモテの女性と
「…………みこ? ……こうい……? いちい?」
「闇皇は最近まで、皇位継承者について何も触れませんでした。おそらくそれは、后様の継承を反対する派閥に殺されては困る、と配慮したもののようで──しかし、後継者が十八歳になるまでに正式な後継者に認められねばならない掟があるゆえ、ギリギリの状況でバタバタと動くことに」
「バタバタ……ギリギリ……」
「お陰で、私は大忙しですよ。まぁ、これが仕事ですけれどね。──で、
「ちょ、……ちょっと、タンマ。おやじ、生きてるわけ?」
こめかみを指で押さえつつ、休憩を申し込む。
────さっぱり、意味がわからない。というか、わかるハズがない。
「……未知との遭遇って、こういうことを言うんだ……」
「やだなあ、現実逃避しないでください。──あ、糖分取ります?」
言いつつ、晴明が笑顔で甘酒をくれる。──さすがに、今回は受け取って飲んだ。
ああ、甘さが脳にしみ込む。
「……いきなり皇子ってのはなあ……。せめて、貴族くらいだったら、努力いかんで納得しようもあったかもしれないんだけど……」
「貴族程度の護衛に、闇世界一の陰陽師である私が、任命されるわけがないでしょう」
いやだなあ、と笑う晴明を思わず見てしまう。
「あー。晴明は、闇世界一の陰陽師かー……言みたいに強い?」
「主神言には敵いませんが。ええまあ、闇皇の側近ですからそれなりに」
「……で。…………マジに、あの
「何を言ってるんですか」
晴明は、綺麗に微笑んで爽やかに告げた。
「今は二十一世紀。十世紀の人物と同一のはずがないでしょう? 子供じゃあるまいし、バカバカしい質問をしないでください」
「…………」
殴っていいだろうか、やっぱり。
「──じゃ、熱狂的なマニア熱が高じて同一名にまでなった怪しいエセ陰陽師?」
「私は生まれた時からずっと安倍晴明ですよ。先祖代々、陰陽師の──まあ、平安時代のあの方と同じ血族ではあります」
「直系?」
「はい、安倍晴明の母君の──直系です」
はっきり告げられると、ちょっと引いてしまう。
「……安倍晴明は狐の子供って伝説じゃん。クラスの女子から聞いてる」
「違いますよ、闇世界の出身だったんです。超常能力を持っていた、という話が紆余曲折して狐伝説に変化したみたいですね」
「そー、なんだー……??」
「──で、代々、一族で一番能力が高い者が『安倍晴明』という名前を引き継いで陰陽道で闇皇に仕えてきたのですけれども」
「……じゃあ、マジに闇皇の側近か……。すげー、晴明って位が高いんじゃん」
「さっきからそう言っていますけど──后様、まるで信用していなかったんですねー。本当に、怒っちゃいますよー?」
笑んだままのツッコミだが、晴明が持つ甘酒のスチール缶がメキ、と凹んだ──慌てて后は首を横に振る。
「いいいいいや! 確認! ただの確認! ……ほ、ほら……! オレのことをいきなり知っていただけでなく、最初から〝様付けしていたし!?」
「……それだけですか?」
「あ、あと……えーと! ……あ! 言に気をつけろって言ったこととか……! そーいうことの疑問が、全部解けたなーって思って! な!?」
「────ま、いいでしょう」
溜息をつき、晴明は(凹んだ)缶に再び口をつける。
(……一体、一日に何缶の甘酒を飲み干しているのだろう。気になる)
本数によっては、ある意味煙草や酒よりも危険だ。
「……甘い」
后も晴明に影響されるようにして缶を口に運ぶ──甘いものはそんなに好きではないが、なぜか今は美味しく感じる。
「……疲れてるなあ、オレ……」
だからついつい、呟いてしまった。
「────言さぁ、オレにすげー懐いていたけど。……あれ、演技だったのかな……?」
「それは、本人に訊かないとわかりませんが──少なくとも、命を獲る目的で近づいたことは確実です」
「オレの皇位継承権を反対する派閥の、トップかぁ。……言って、何者?」
缶をぎゅ、と握りしめながら勇気を出した質問に、晴明があっさりと返してきた。
衝撃的(?)な内容なのに。
「皇位継承権第二位。闇皇の正妃の御子ですね」
「────は?」
一瞬、聞き間違いかと本気で思った。しかし、さらに晴明は続ける。
「后様のご母堂と闇皇の結婚がかなわなかった最大の理由です。闇皇は第九妃まで持つことができますが、正妻は家柄によって決まります。ゆえに、いかに闇皇の寵愛ひとしおであってもオモテであった后様のご母堂が最下位になるのは確実。闇世界へ呼んで結婚をしても、嫉妬深い正妃──主神言の母親ですね──によって殺されることは確実だったから、別れることを決心したのでしょう」
「────」
「ご母堂のことを、本気で愛していらっしゃったのでしょうね。最初の御子とはいえ、オモテとの間にできた后様に皇位を継がせようと思うとは」
「……再び、タンマ」
やっぱり、地面と仲良くなってしまう──へたり込んでしまう。
今度は池に向いたので、アヒルと視線が合ってしまった──それは、ともかく。
「えーと……。それって、つまり……。オレと、言って……」
「兄弟ですよ? 異母兄弟」
「────」
言がいきなり后を〝兄さんと呼びたいと言った意味がわかった。
(つーか、その前に言っていた、〝会ったことのない兄ってオレのことだったのかよ……!)
まったく気づかなかった。いや、それが当然なのだが。
「……晴明」
「なんです?」
「ぶっ倒れていい? オレ」
「んー、そうですねえ……。連れて帰るのが面倒なので、やめてください」
「…………」
どんな理由だ。
「──晴明って一体、オレのナニ? 闇皇……オ、オレの父親ぁ? ……の側近ってことと、結果的にオレを護ってくれてる気もするから──守護?」
「気もするとは失礼ですね、こんなに全力で護ってるのに」
「全力の奴は、オレが絶体絶命のピンチになるまで目前にて甘酒を飲みつつ放置ってな過激プレイ、しねーと思うぞ」
「成長を促そうという、親切心からですよ」
晴明の笑顔は底知れない。
(……ドラマや漫画だと、もっとこう──クールなイメージだったけど……あ、いや。あっちは平安の方の安倍晴明か)
「私が后様についている目的はですね」
「うん」
「
「…………」
あれは冗談ではなかったのか。
「闇皇のご命令でやむなく──と言ったでしょう? 大変不本意ですが、と何度も。……まったく、下手に信頼厚い側近中の側近だと、こういう重労働も課せられて困りものです」
「……。……そんなに嫌か? オレのカテキョ……」
「どんな返答を期待した質問ですか。正直に答えていいのですか?」
「────いい。聞いたオレがバカだった」
本当に嫌味な奴だ、安倍晴明。
「私の役目は、后様の中に宿る潜在的な超常能力を引き出すこと。先ほど、少しだけ発動していましたが、マジギレしないと無理、というのではあまりにも不安定です」
「……発動……?」
「空手の技というより気功のような形式で──オモテ世界で有名な漫画、ありますでしょ? えーと、なんとか波、とかいうやつにそっくりな──光球を両掌につくって
「……マジかよ……」
冷えてしまった甘酒缶を頬に当てつつ、后は溜息をつく。
「え? なんとか波を出すのは、少年の夢だと聞きましたけど……」
「そっちで悩んでいるんじゃないわ」
本当にこの安倍晴明、殴ってやりたい(敵わない気がするからやらないが)。
「てっきり、あの闇鬼らは晴明が操作して消したのかと思ったし。……そっか……。実は言が敵だったのか……」
あの嬉しそうな様子が全部、ウソだったとしたら。
かなりショックだ。
「暑苦しいほど懐かれてるなー、と思って、ちょっと引いてはいたけど……。思考も読めなかったし。でも、誰かに好かれて悪く思う奴なんてこの世にいねーよ」
「申し訳ないですが、主神言も私も、〝この世の人間ではないです」
「……。……だったよな」
あっさりとした晴明の口調は、冷たくも感じる。
つくづく、晴明の感情は読めない雰囲気すら、隠して接しているのだ。
(……オレの守護とか言ってるけど。現状じゃあ……全然、信頼関係なんて結べねーっつの)
魂まで出てきそうな溜息をついてしまう。
「土産物屋で買ってやったストラップも、言は内心迷惑がっていたのかな……」
「どうでしょう? 今後は何度も相対する機会はあります──もっとも、真剣勝負の殺し合いですけれど。その時に、訊けばいいんじゃないですか?」
「……アホかー。つーか、皇位継承の闘いって、マジの殺し合いなの?」
「后様側は防御です、すでに一位ですから」
「……。つまり、言とその仲間がオレを殺しに来る、かー……」
自分でも信じがたい内容を呟くが、晴明は否定をしなかった──つまり、肯定なのだ。
后は、思わず俯いてしまう──胸が痛いのは、気のせいじゃない。
「山ほど来ますよ。そしてそこから身を守るためにも、能力の覚醒をしましょう」
「そーゆー、皇子たちが殺し合っちゃっていいのか? 闇の世界じゃ」
「闇世界では、皇子の中でも最も力の強い者が闇皇に就けます。今回のように、あからさまな闘いになるのは主神言の資質が原因ですが……」
説明に、后は思わず魂が抜けそうな溜息をついてしまった。
「……闇皇、オレをそんな危険に遭わせるって……。かなりオレが嫌いなんじゃ?」
「いえ、まさか。──誰よりも大切だからこそ、私を守護に使わしたんですよ」
晴明の断言は強い。思わず安心できるほどに。
──しかし。
「あー……漫画の世界だぜ……。ある日を境にして、普通の高校生が異世界の皇族に命を狙われるなんて……」
憂鬱だ。思わず項垂れてしまう。
「……そういえば。言のこと、なんで晴明は呼び捨てするんだ? 皇子だろ? あいつ……」
「敵なので。──ということに、しておいてください」
僅かに目を伏せて、晴明が告げる。
なんとなくわけありな気がしたので、后もそれ以上は訊かなかった。
──かわりに、違う疑問をぶつける。
「ところで言の側近? ……って、オモテで生活していたりする? いきなり今日からオレを狙うわけじゃなく、前からこっちの世界でオレのことを監視してるとか……」
「そうですよ。私は遭遇していませんが。来ています」
嬉しくない断定だ。
「しかし、本日はわかりませんね。私の場合は后様が闇世界を知らず無防備だったので、過度に接していました。比べて主神言は、側近の方が足手まといになるほどの優秀な皇子。おそらく、側にはいなかったと思います」
「……。……た、たとえば……。オレの知ってる奴って可能性も……ある?」
あったら嫌だ──という思いを込めて、后は尋ねる。
(言は
避けたい、マジにそれだけは。
「残念だけど、ドンピシャだぜ。后」
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