恐 3

「────────こう兄さん……」

「お前には不都合かもしれないけど。幸福にしてやるから」


 ぎゅ、と拳を握って力強く告げてやる。

 緊張するのは──鷹に睨まれたスズメの気分だからだ。役小角の、胸中すべてを探るような視線が、かなり怖かった。


(べ、別に見られても、口にしてるコトが本音だから、違う思惑なんて見えねーぞ……!)


「……后。君は主神しゅしんことい様の能力を知らないから、簡単にそう言う。残念だよ、幼なじみで親友だった僕のお願いも聞いてもらえないなんて──闇皇やみおうになる、だなんて」

「うるせー瑞宮みずみや。オレを生首にしたいクセに」

「生首は最終手段だよ? 蘇生できる範囲で殺すのが目的だから──言様のために」


 あはは、と笑う瑞宮が怖い──ああ、もう。

 なぜ、こんなに言陣営は恐ろしい連中ばかりなんだ。


(フランス人形は、あんまり怖くなかったけど……いや、あの滅多に喋らない、動かない様子がかえって怖いか。……水終うみはなやぎとも何かあるみたいだし)


 ちらり、と見ても──やたらと可愛いだけだ。しかし、なぜか威圧感は役小角えんのおづぬ並みにあった。


 考えていれば、言がぽそり、と呟く。


「……僕のために、闇皇を目指すの? 后兄さん」

「言を護るためなんだ。オレ──今までの普通の人生を棄てて、頑張る」

「────────」

「闇皇になる。言は嫌かもしれねーけど、それがオレの出した結論だ」

「……后兄さん」

「ま、晴明のスパルタ帝王学はかなりエゲつなさそーだから、たまには音を上げるかもしれないけどな。でも、絶対になってみせるから──お前の派閥に、殺されないようにするよ」


 ふざけた口調で言うが、瑞宮がなにか不穏な空気を纏っているのがわかる。

 今殺されたらどうしよう、とはちょっと思ったが、晴明と式神四天王を信じよう。


「幸い、まだ能力は開花してねーだけで、潜在能力があることは、オレもわかったからさ。少しは自信持って頑張る」

「僕は、后兄さんを今すぐにでも殺して蘇生させるか剥製にしたいんだけど……」

「剥製は、言を抱きしめてやれないし、話し相手にもなれないぜ?」

「────────」


 告げれば、ぎゅ、と言が唇を噛みしめる。

 複雑な表情だ。何を考えているのはわからない。しかし。


「……。…………今ここで后兄さんを殺しても、兄さんを支持する派閥は簡単には消えない。他の皇子を支持する派閥も片づけないといけないし。僕がすぐ闇皇になれるわけじゃない──だから」

「……だから?」

「すぐにでも、他の闇皇継承の皇子を血祭りに上げる。兄さんの件はそれからだ」

「あー……ちまつりですか……」


 言は后をじっと見た。視線が合えば、言葉の過激さとは裏腹に、嬉しそうに笑う。

 后相手には、こんなに素直なのに。


「──闇皇の継承は、まだしばらく時間がかかるだろう。とにかく準備せねばならないことが多い。──第一位の皇子にばかりかまってもいられない。晴明、后皇子は命拾いしたな」

「一ヶ月もしないで、后様の能力を必ず開花させてみせましょう。──幸い、感情がMAXに高ぶれば主神言にかなり近い能力が発動しますし。他の皇子の刺客には狙わせません」


(は! そうか! そういう敵もいるんだっけか!)


 晴明と役小角の会話が耳に入り、うっかりムンクの絵画みたいな顔になりそうになる。


「……それでは。我々はひとまず退散する。城で会おう」

 役小角がそういうと、言側の者たちがすべて一斉に消える。

 同時に、うねっていた木の根も静まり、夜の山の静寂が后たちを包んだ。


「……。……消えた……」

 ほっと息を吐いてしまったのは后だけだ。

「──これで、闇世界で最強の皇子である主神言やその側近らをはっきりと敵に回しました──まあ、とてつもなく深い感情を后様に対して抱いているようですが。それでも命を狙われてるのに変わりないですからね」

「……ちゃんと真面目に闇皇を目指すよ。宣言しちまったし」

「しなくても、目指してもらってましたよ。ふん捕まえてでも。当然でしょう」


 さも当然のように言う晴明が怖い。


「命張るような修行は、嫌なんだけど」

「何を言ってるんですか、后様」

 はは、と晴明は、軽く笑って答える。


「命張らない修行なんて、修行じゃありませんよ」

 爽やかな口調が、いっそ残酷だ。


「ぎゃー! 鬼! 鬼がいる! その声音と表情マジじゃねーか!」

「私は有言実行ですよ、実直な日の本の民ですから──闇世界の、ですけど。じゃ、さっそくホテルに戻って、今後の予定を具体的に立てましょう。──じゃ、まずは頑張って一人で瞬間移動してホテルまで来てください」

「マジ!?」

「ええ。この山、昔は天狗でしたが今は夜になるとリアルに野犬が出ますので。──運良く遭遇して命の危険感じたら、能力発動するかもしれませんねぇ……」


(鬼だ……本気で鬼だ。っ、つーか! 華の野郎、マジに野犬探そうとしてるし!)

 后は必死に他の話題を考えた。


「えーと……あ、オ、オレは今後、オモテで普通に生活してていいの……かなっ?」

「ええ、甘雨が側にいますし」

「よかった。ほら、うち母子家庭だから……」


 本気で安堵する。祖母も同居してくれているが、やはり母親は心配だ。 


「後鬼瑞宮も、相変わらず近所で幼なじみ兼親友をすると思いますけどね」

「────────」

「そんなゾウリムシみたいな顔しないで。私も、オモテで暮らしますから」


 ゾウリムシみたいな顔、とはどんな顔だ。いやそれはともかく。

 いきなり、(熱い)甘雨が抱きしめてきた。


「瑞宮なんぞに、俺の大事な后の命なんて獲らせないから安心しろよっ! なっ!?」

「サ、サンキュ……甘雨……」

「甘雨、その執着は危険だ。主神言殿の嫉妬を買う」

「ははははは……」


 水終の指摘は、后も思っていたことなので、とりあえず笑って誤魔化す。


(甘雨も今まで通り、幼なじみ兼親友で側にいるんだろうし。いつもの通りに戻るってことか)


 見た目だけは──実情は、まるで変わってしまったけれども。

 それに状況もわかったような気はするが、まだまだ疑問も多い。


(晴明がなぜ、言のことを嫌っているのか、とか。水終と華が前鬼楔に見せる微妙な様子とか。四天王の他の式神とか、芦屋道満が宿っている式神が眼鏡男子なのか。闇皇ってどんな顔してるのか、とか。……たくさんあるよなー)


 考えるだけで頭が痛い。

 ────ああ、もう。


「……平和が欲しい……」


「何を呟いているんだか」

思わず本心を口にすれば、晴明が薄く笑った。

 そして当然のように断言する。


「それを得るために、これから闘うんでしょう?」

「────────」

「愛しい弟を護るために──らしいですけどね。后様は」

「…………そんなに晴明は、オレが言を大事にするのが不愉快か?」

「究極のMですよ、生首剥製宣言されて、それでも好きだなんて。男同士はともかく、兄弟なんですから、これ以上の深い関係は気をつけてくださいね」

「深い関係ってなんじゃそりゃー!」


 勢いよく反論したが──いや、言の場合は一抹の不安がある──いやかなり。

「……言を闇皇にして、本来なら正妃がなるべきつがいの地位に指名されないように気をつけるよ……」


 こんな返答しかできないなんて。

 ああ、恥ずかしい。


(けどさー……)


 言の孤独を癒したい、と祈る気持ちもある。

 出会ったことが、決して不幸をもたらさないように──お互いにとっていいことであれ、と願いたいのだ。──兄としての后は。



 大切な存在を護りたくて、何が悪い。

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