会 1

こう、紹介するよ。東京から来た、僕の従弟いとこ

 幼なじみの瑞宮みずみやが紹介すると、長身の従弟がぺこり、と頭を下げた。


「初めまして。主神しゅしんこといといいます」

「へぇー、何かオレの名字と似ている感じ……。あ、オレは、天神てんじん后。キサキって書くのはオフクロのこだわりだったんだって。あんまし好きじゃねーけど」

「后って、名前をからかわれるとどんな相手でもケンカ売るんだよね」


 笑う幼なじみの言葉は事実だが、もちろん負けたことはない。


「あと、ルックスをからかわれたら、もっと怒るか」

「……瑞宮にだけは、言われたくねーなー。オレと大差ないじゃん、身長も肩幅も……」

「そう? 后が身長一六五センチ、僕は一六九センチ。后は目が大きいし、まつげも長い可愛い系。僕は眼鏡をかけてて地味系。──違うと思うけど?」

「うるせーよ」

 殴ろうとすれば、さっと避けられてしまう。


 しかし、そんな暴れる后を目前にしても、言はじっと黙っていた。


(すげー大人しいなー、こいつ……)


 さすが、優等生で物静かな瑞宮の従弟だ。ルックスはまったく似ていないが、性格は似ているのかもしれない。


「──大学生くらいに見えるけど……。オレたちより年下って、マジ?」

「そうです。十五歳ですから」

「ひゃー。中学生かよ……」


 最近の子供は発育がいい、と感心する后も、十七歳。まだまだ子供の域ではある。

 しかし、本当に言は大人びている──道を歩く人に年齢当てクイズをすれば、間違いなく全員が不正解になると思えるほどに。


(しかも、かなりのイケメン……。クラスの女たちが見たら、キャーキャー言いそ

う……。実際に、道行く姉ちゃんやギャルたちも見まくってる)


 感心して周囲をさりげに眺めていれば、くすり、と笑ったのは──言である。


「……よく動きますね。賑やかで楽しい人です、后さんは」

「あー、まあ、落ち着きがないって、よく注意されるよ。でも、治せないし」

「可愛いから、いいんじゃないですか?」

「────」


 …………。……ドン引きだ。

 まさか、中坊の男に、可愛いなどと言われるとは夢にも思っていなかった。


「ど……ども……」

「やだなぁ、后。どうしたの? いきなり顔面蒼白で挙動不審になって」

「いや……」

 笑顔の瑞宮も、言の問題発言を聞いていたはずなのだが。


「じゃあ、早速。市内の観光をしよう。后、付き合ってくれるって約束だよね?」

 瑞宮がにっこり笑んで、后の袖を引っ張る。


 優等生で大人しく、あまり人にものを頼まない瑞宮が、珍しく后へお願いをしてきたのは、つい三日ほど前のことだ。

『従弟が東京から来るから、一緒に市内観光に付き合ってくれないか?』

 ──と。


 ちなみに、もう一人の幼なじみである甘雨かんうにも同じように頼んだが、

『悪い、その日はオレ、サッカーの試合なんだ』

 と、あっさり断られたらしい。

 ゆえに、后だけが協力することになったのである。


 瑞宮と甘雨は、后を中心にして知り合った。……ぶっちゃけ、仲は良くも悪くも、ない。……なんとなーくだけど……。

 ──お互い一線を引いているように感じるのは后の気のせいか。


(軽く引き受けたけど──よくよく考えたら、オレ、あんまり名所に詳しくねーし)

 よっぽど、瑞宮の方が詳しい。というか、瑞宮一人で十分じゃないのか。


「最初、どっから行く? 呪いスポット巡りコースかたたり系神社参拝コース、いろいろあるけど」

「やだなあ、后。どういうテーマで決めてるんだよ。この古都には世界文化遺産が十七ヶ所もあるんだから、そっちから案内しようよ──ね?」

 瑞宮が言へ同意を求める。


 言も、ふと気づけばじっと后を凝視したまま肩を並べて歩いていた。

「その通りだな、じゃ、まず手始めに──」

「……。花街あたりに行きたいです」


 しれっとした言の言葉に、思わず后は苦笑してしまう。

「おいおい。中坊のクセに芸者さんに興味あるのかー? ちょっと早いぞ?」

「いえ。六道珍皇寺ろくどうちんのうじがあるので」

「ろくど……? え?」

小野おののたかむらが、冥界めいかいとこの世を行き来していたことで有名な井戸のあるお寺ですよ。あとは、あの世との境界線にあったという西福寺さいふくじも近所にあるので。そこも行きたいかな、と」

「──めいかい」

「ええ。有名でしょう? あの界隈は江戸時代まで髑髏町どくろちょうと呼ばれていて、葬送の後の人骨がいたるところに放置されていたんですよね。ロマンを感じます」

「…………へ、へえ……ろまん……」


 ──コアすぎる。有名と言われても、后は初耳だった。

 というか、言の趣味の悪さにさらなるドン引きだ。

 なのに、気づいたら腕まで掴まれていた。


「なっ、何? てめ……じゃなくて、言くん……っ!?」

「呼び捨てでいいですよ。──いえ、歩くのが遅くなっていたから。エスコートしてさしあげようと思って」

「オレは男だ! エスコートなんぞいるか!」

 お前にドン引きして足が重くなっただけだ、とはさすがに会って間もない相手に言えないだろう──いかに后でも。


 腕をぐいぐいと引っ張られるまま、まるで補導された学生のように歩いていれば、瑞宮がくすり、と笑った。


「やだなあ、后ってボーイッシュな女の子にも見えなくない顔立ちだから、そうやって腕を組んで歩くと、男女のカップルみたいに見える」

「はぁっ!? こんな髪ボサボサで乱暴な態度で男しか着ねーよーな服を着ている女なんて、いるハズねーだろ!? 仮にいても、こんな超イケメンとは釣り合い取れねーって!」

「何言ってるんだよ? 后は女の子よりルックスがいいよ」

「はぁぁぁぁ!? っ、瑞宮!? お前、いくら眼鏡キャラでもそこまで視力が悪いとは……!」

「いえ、僕も瑞宮兄さんの言う通りだと思いますよ。会った瞬間からずっと思っていました。后さんは、可愛いです」

「────」


 ……。……さらに、さらに行きどまりまでドン引き。

 ああ、逃げたい。


(……お、お前みたいなイケメンが、真顔でそんなこと言うな。……怖い……)


 いかにも女癖が悪そうなのに(ただの后の偏見だ)。

 そういう男は(中坊だが)、同性も口説くことができるDNAでも持っているのだろうか。

 何と言っていいかわからず、ただ動揺して心臓をばっくんばっくんさせていた后だが、ふと瑞宮が携帯を手にするのを見た。

 マナーモードで着信があったらしい。すぐに喋りだす。


「──うん、……え? ホント? ──わかった」

 用事は端的だ。

 溜息をつきつつ、電話を切った。


「──何かあったのか?」

「んー、妹がね。迷子になったみたいなんだ」

「……妹?」


 初耳だ──幼なじみなのに。


「え? 瑞宮って一人っ子だろ? オレ、一度も妹の話なんて聞いたコトないけど……?」

「うん。事情があってさ。言の家にずっと預けていたんだ。で、久しぶりに東京から二人揃って来てくれたんだけど。二条城付近で迷子になったんだって」

「へえ……」


 初めて知る、瑞宮の家庭事情だった。

 とても穏やかな家族だと思っていたのに──こんな複雑だったとは。


「今の、妹からだったのか?」

「うん」

「じゃあ、迎えに行ったほうがいいんじゃないのか?」

「うん、行かなきゃ。──で、お願いなんだけど」


 心配して顔を寄せる后へ、瑞宮はまっすぐな視線を向けた。

「僕が妹を捜しに行ってる間、言を案内してあげてくれる? 彼、明日一番の新幹線で東京に戻らなくちゃいけないんだ。だから」

「──は?」

「幸い、言は人見知りなのに珍しく后を気に入ってるし。僕も安心だ。お願いだよ」

「…………は?」


 いや、オレは安心じゃない──と言いたい。しかし。

「嬉しいな、后さんと二人きりで観光できるなんて」

「……はぁ……っ!?」

 手をぎゅっと握られキラキラした目で熱く見つめられると、なんだか背中に嫌な汗が流れる。

 顔面蒼白のまま、視線で訴えても瑞宮はそっぽを向いている──故意か、無意識か。

 どちらにせよ、后がピンチなのには変わりなかった。


(……き、気にしなきゃいいんだ……。多分。こいつは、こーゆースキンシップが好きで……。別に、あっち系じゃなくて、欧米で過ごしたんだ……って、東京育ちって言ってたよな。うーん……あ、アメリカンスクール出身とか……)


 ブツブツと、己に言い聞かせる。

「妹を連れてきたら、后にも紹介するね。まだ小学生なんだけど、かなりの美人なんだ」

「そうだろーなー。お前の妹じゃー」

 いつものように穏やかかつ爽やかに去る幼なじみを、后は(言に肩を抱かれたまま)見送った。


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