第33話 色即是空--我思う、されど我無し ⑤
***
――後一手足りねえな。
箒の先から爆炎を噴かせて、ユカリは道士へと火球を放ち続けた。彼女の視界の先では□□の影と成ってタローが竜巻を片手に道士を猛追している。
しかし、そのいずれの攻撃も道士は一体の白銀の鎧を着たキョンシーと共に紙一重で避け続け、何れも彼の動きを止めるには至っていなかった。
道士は既にユカリやタロー達を倒す事を放棄しているらしく、彼の動きは逃げの一手である。殺し合いとなれば、ユカリは王志文に勝てるだろう。術の多様性は相手が上でも、力の応用性はこちらの方が上なのだ。どんな術を放ってこようとも焼き尽くす自信があった。
だが、道士は最後に残された隠し球として、彼が作り出したキョンシー達の体を作り変え、それでユカリの炎像達の攻撃を止めている。
大体キョンシー一体の実力はユカリの炎像七体分と言った所である。ユカリの炎像はそれ自体の実力はそこまでではないのだ。
彼女の舞踏会の本質はその再生にある。
どれだけ消されようとも、万物を燃やす炎が再生し続けるという点が炎像達の力の本質なのだ。これゆえに相手は舞踏会から逃げ続けるしかなく、ユカリは騎士や狐達と共に相手を追い詰めてきた。
しかし、あのキョンシー達の本質もまた再生である。不死鳥としての力を用いたユカリのプロセスとは違い、五行相剋を用いた物だが、再生対再生では埒が明かない。
では、新たなる炎像を召還し、さらに手数を増やしたら良いのかと言うとこれもまた不正解である。
ユカリはほぼ無尽蔵に炎像を生み出す事が出来るが、それは彼女の火種を分け与える様な物であり、炎像の数を増やすほど本体のユカリの力は弱くなる。
現在召還した炎の数は凡そ二百。これが、本体のユカリが王志文を殺せるに足るぎりぎりのラインだった。
ひたすらに何かを待つ様に逃げ続ける王志文相手に、ユカリには後一つだけ手数が足りなかったのだ。
「切り裂け!」
□□の影の姿であるタローが、無数の風の刃を放つが、それを道士はキョンシーをぶつける事で回避した。
右と左それぞれを緑炎と紫電の水に纏わせたキョンシーの体は細切れとなり、瞬時に再生する。
同時にユカリも道士へと散弾銃のような火球を放つが、彼の生み出した水流に逸らされ、全て紙一重で避けられる
先ほどからこの繰り返しだ。ユカリ達が戦う更に上、白い海上に居るココノエは今、他のキョンシーと龍達を何とか食い止めている。彼女の時間稼ぎもそろそろ持たないだろう。
ユカリは焦らなかった。タイムリミットは迫っているが、それは道士も同じ事。彼の今の行動が悪足掻きに近い物だと分かっていたからだ。
つまり、我慢比べである。ユカリとタロー、そして道士。均衡を崩した方の負けとなる。
火球の射出速度を更に上げ、シューティングゲームをしているような感覚に成りながら、ユカリは道士を追い続ける。
タローが道士に触れるか、ユカリが彼を倒せば彼女達の勝ち。
ココノエが力尽き、上空のキョンシーや龍達がこちらへ雪崩れ込めば道士の勝ち。
酷く単純なゲームである。
炎の女王は決して焦らず、けれど感情を昂ぶらせ、瞳に火を灯した。
***
「……はっ!」
何時まで経っても縮まらない距離にタローは苛立ちながらも、緑炎と紫電を纏わせて竜巻を連続して王志文へと放った。
「『行け』!」
しかし、王志文を守る様に白銀のキョンシーが間へと割って入り込み、タローが放った竜巻はそれの四肢を捥ぐ。四肢が千切れた側からキョンシーの体は再生し続け、それの体はタローの竜巻たち全てを受け切った。
いくらタローが愛鈴の影となり、彼女と同じ力を手に入れようとも、その力ではあのキョンシーの再生力を上回る威力を出す事が出来ない。
愛鈴よりも、愛鈴というキョンシーが持つスペックについて理解したタローだからこそ、王志文が作り変えた白銀のキョンシーを正面から突破する事が不可能であると分かっていた。
また、同時に愛鈴が出せる最高速度は王志文に一歩及ばす、鎧のキョンシーを振り切って彼に近付くのも難しい。
今は、少女の姿と成ったユカリの尽力によりギリギリまで王志文を追い詰めていたが、彼女が居なければとっくに逃げられていた事だろう。
――後、一歩なのに。今のままじゃて手数が足りない!
王志文は既に悪足掻きをしており、ほぼ詰みの状況にあるのにも関わらず、未だタローとユカリの猛攻を凌ぎ切る。
タローはユカリを真似して、両手の十の指の先に緑炎と紫電を灯し、小型の竜巻に乗せてマシンガンのように撃ち放った。
威力ではなく速度を重視した攻撃は鎧のキョンシーの脇を通り過ぎ、幾つが王志文へと届く。
が、
「『貫け』」
王志文の背後に生まれ、射出された数々の武器にタローが放った攻撃は全て打ち消される。
金悔火。中途半端な威力では意味が無い。自分の体へと放たれる槍や剣を烈風で逸らしながら、タローは次に威力を込めた極大の緑炎を放った。
炎は風によって螺旋を描き、その螺旋に乗って紫電が走る。
バチバチバチバチバチバチバチ!
これは再び鎧のキョンシーによって阻まれる。体を大の字にして今の一撃を受けたキョンシーは腹に穴が開き、瞬時に木と土がその穴を埋めた。
威力を重視すれば白銀のキョンシーに阻まれる。
チラッとタローは右下の方で鎧にキョンシー達に捕まった自身の龍を見た。緑龍に体にしがみついたキョンシー達の体は瞬く間に燃えては再生し、千切れては再生し、その鱗を放さない。
――もう一体出せるか?
タローは自身の体へと問い掛けた。あの緑龍をもう一体出せないだろうかと。
答えは是。出すこと自体は可能だ。しかし、もう一体出した瞬間、愛鈴の体は力尽き、タローは空を駆ける事が敵わなくなるだろう。
つまり、龍を召還した瞬間、タローはもう戦えない。
「いい加減諦めろ、王志文! お前が愛したキョンシーはもう俺の物だ!」
返答は分かっており、挑発のためにタローは声を張り上げた。
「黙れ! 価値すら分からないお前如き間男がアレを自分の物にしただとっ!? 思い上がりも甚だしい!」
苛烈に怒りながらも、王志文は最短距離でユカリの火球を避け、タローを近寄らせもしなかった。この程度の挑発では意味が無い。
けれど、タローは口を止めなかった。一瞬の隙を待っているのだ。
その隙に最後の一撃を叩き込むために、タローは王志文の逆鱗を撫で続ける。
「お前みたいな男がわたしを物にする? 嫌だね! 自分の人形遊びに他の奴を巻き込んでじゃねーよ! そのお得意の五行でダッチワイフでも作りな!」
鈴が鳴る様な愛鈴の声で、愛鈴ならば絶対に言わないような下劣な言葉を、愛鈴が感じているであろう怒りに装飾してタローは炎と雷と風に乗せて叫び続けた。
「その声で叫ぶな!」
タローの眉間へと高速で鉄の矢が放たれ、それをタローは左に避けた。
「はっ! 悔しいか? 悔しいだろう! お前が頑張って頑張って作った独り善がりの人形をぽっと出の男に取られたんだからな! 当たり前だ! お前には甲斐性が無いんだよ! ちったぁ他人の迷惑も考えろ!」
「『刺し殺せ』!」
王志文は眉を逆立てて更に一面を覆い尽すような鉄鎗を生み出し、それをタローへと放った。
一本でも胴に当たれば、愛鈴の柔らかい体は両断されるだろう。
「吹き荒れろ!」
タローは迫り来る鉄の槍へ竜巻を生む事で応戦した。
竜巻はタローの体を刺し貫こうと直線的に飛ぶ槍の軌道を見事逸らし、あらぬ方向へと飛ばしていく。
タローは更に挑発した。
「軽いな! そんな槍でわたしが殺せない事ぐらい、お前が一番分かってるだろう! さあわたしを殺してみろ! わたしを壊してみろ! そうすればお前の大事なキョンシーが帰ってくるかもしれないぜ!」
王志文はタローの挑発に眉を顰め、憤怒の表情をしながらも、ユカリの炎を避け、タローを近寄らせはしなかった。
怒りの炎に焼かれながらも、王志文の頭は氷点下よりも冷めている。
ユカリを殺せる相手なのだ。自分よりもはるかに弱い相手の挑発に乗るはずがない。
瞬間、タローは頭上よりユカリの声を聞いた。
「避けろよ、タロー!」
埒が明かないと判断したのだろう。ユカリがその炎の性質を変えた。
白炎の少女は腰掛けるその箒から一本の枯れ枝を取り出し、それを振るって王志文へと向けた。
――何だか知らないけどやばい!
あの暴君がわざわざ避けろと命令するくらいなのだ。タローはすぐさま自身の体に緑炎を纏わせて、更に自身を囲むように竜巻を生み出した。
赤の女王は枯れ枝を指揮棒の様に振るった。
「次はコンサートといこうじゃないか!」
刹那、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、ユカリを中心とした放射状の大爆発が起きた。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
大爆発はタロー王志文、そしてその周りで戦っていたキョンシーや炎像そして緑龍、全てへ平等にその爆炎を伝えた。
急速に膨張する爆炎は轟音と共に新しい爆発を生み続け、表面の巨大な爆炎の球体の表面に無数の新たなる爆炎球を生み続ける。
反響する音色の様に威力を上げ、脳を揺らす様な爆音の演奏会が開かれる。
タローは耳を塞いだ。愛鈴の小さな耳の感触が両手に伝わるがそれを堪能などする事は無い。
放射状に広がり、離れれば離れるほどその範囲と威力を増していく爆炎は膨張速度も凄まじく、一瞬で空に居た者全員を包み込む。
――ッ!
タローは全力で自分を囲む竜巻を強化した。爆風に形を歪ませ、四散し続ける竜巻を保たなければタローの体が塵になると分かっていた。
荒れ狂う爆炎は全てを灰燼に化さんとその半径を広げ続ける。
*
スッ。
刹那に生まれたコンサートの終焉もまた唐突だった。
眼下の黄城公園の森に届かんと言うまで炎の球が広がった瞬間、何事も無かったかの様にその球が消失する。
見ると、十体ほど居たキョンシー達はその数を半分に減らしており、同時にタローが生み出した龍もまた消失していた。
しかし、ユカリの舞踏会の出席者は何れも無事である。
「さあ、これでお前を守るキョンシーは後五体だ。その程度の数じゃ守りきれないんじゃないのか?」
くるくるとユカリに振られる枯れ枝の先には、全身からシュウシュウと煙を出す王志文と所々が未だ再生中の鎧のキョンシーが居た。爆炎が余程の威力だったためか、その再生は遅い。
ユカリと王志文の距離は先程よりも離れている。これはタローも同様だ。今の爆発に大なり小なり吹き飛ばされたのだ。
今の爆炎に飛ばされたのか、王志文の丸メガネは何処かに行ってしまったらしく、彼は無言のまま、ユカリをそして、王志文へと突撃するタローを見た。
タローの攻撃を防いでいた鎧のキョンシーの再生が遅い今ならば、王志文に触れられると思ったのだ。
視線の先、みるみると王志文とタローの距離が狭まっていく。王志文はタローから逃げる様ともせず、ただ沈黙を保ってタローの事を見つめている。
――あと少し!
タローと王志文の距離が二十メートルに迫った時、パラ、パラ、パラパラとタローの体に上空から何か白い粒の様な物が落ちて来た。
それは乾いたもち米である。
「ッ!」
タローは眼を見開いた。彼の全身を真っ黒な影が包み込み、愛鈴の影と同じ形に成っていたのだから、タロー以外の誰も彼が眼を見開いた事実を認識できなかったのだが、タローは今自分の額に落ちて来た白粒の意味を瞬時に理解したのだ。
なぜならこのもち米に触れた瞬間、ピリリとした痛みが彼の体に伝わったからである。
今、この場でもち米を操っていたのは誰だっただろうか。
タローは眼前の王志文に意識を向けながらも上を見上げた。
シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
「ちっ!」
ユカリが上空へと炎を放つ。
タロー、ユカリ、王志文、地上の全てを飲み込むようにもち米の濁流が落ちて来ていた。
まるで磁石に貼り付いた砂鉄が、磁力を失った磁石から落ちてくる様に、黄城公園の空を覆っていたもち米の海はその形を崩し、重力に引かれて加速度運動を開始したのだ。
形を失っていくもち米の海の先には、力尽きたように落下する山吹色に光る九尾の狐、そして五匹の五色の龍と数十体のキョンシー達が居る。
それらは真っ直ぐに地上のオニロクに抱えられた愛鈴を目指して飛んでいた。
瞬間、未だ右半身の再生を終えていない鎧のキョンシーが突如としてタローへと突撃し、その残った半身でタローの体に抱きついた。
タローが纏った緑炎に鎧のキョンシーは体を燃やされる。
けれど、一瞬の隙がタローにはできた。
「アレは返してもらうぞ!」
タローの真横を王志文は神速の速さで飛び去り、愛鈴へと向かっていく。
コンマ一秒の間にタローは鎧のキョンシーの全身を燃やし、王志文へと振り返る。
その時、タローの視界をシャアアアアアアアアアアアアアアという音と共に真っ白なもち米が包み込んだ。
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