第4話 町内散策--浮世絵町の顔役達 ②


 竜神川は横幅が数キロに及ぶ広大な河である。これは無数に細かな川へと枝分かれし、それぞれの川に河童などが住み、川の側には小豆洗いなどが住んでいた。

「龍田さんなら、ダイダラさんと鳳凰山に行ったよ」

 小豆洗いの豆蔵コマメがタローと愛鈴へ彼女の作った大福と緑茶を出しながらそう言った。彼女の長いポニーテールが小さく揺れる。

「そう言えば朝言ってたな」

 コマメが四代目をやる和風喫茶店『アズキ堂』の一角に腰掛けたタローはしまったと頬を掻いた。彼の前に座る愛鈴はモグモグとコマメ作の大福を食べている。気に入ったようだ。

「何かゲートボールで勝負するらしいよ。朱雀丸と一緒に」

 朱雀丸とは鳳凰山に住む天狗であり、最後の顔役である。

 身の丈はタローより頭一つ分大きく、真っ赤な翼を背中にはやし、自身の羽と同じ色の赤い扇を持っており、下駄を吐き、山伏の格好をしている。年齢は若くも見え、老人にも見える。また、この天狗は大の祭り好きであり、この町のあらゆるイベントを仕切っている。言わば浮世絵町のお祭り隊長である。

「……その子が今度の依頼主さん?」

「ああ、李愛鈴さん。見ての通りキョンシーだ」

「僕、キョンシーは初めて見たよ。本当に居るんだね」

「……やはりそんなに珍しい物なのですか、キョンシーとは?」

 無心で大福を頬張っていた愛鈴だが、自信の事を話され、注意をタローとコマメへと向けた。

「あ、気にしたのならごめん。悪気は一切無いんだ。愛鈴さんの質問に答えると、とても珍しいよ。普通、リビングデッドは屍町に行くからね」

「屍町?」

「ゾンビから吸血鬼までリビングデッドと不死者だけが住む町の通称だよ。浮世絵町の近くには無いけど、確か西の方に一つあったはず」

「コマメ、西じゃなくて東だ。方向音痴のお前が人に場所を教えるなよ」

 タローが慣れた様子でコマメの言葉を訂正した。豆蔵コマメは極度の方向音痴であり、この浮世絵町以外での地理が曖昧である。

「……そのような町があるのですか」

「愛鈴さんも興味が有ったらタローに連れて行って貰うと良い」

「勝手に人に予定を押し付けるな」

 タローはそう言って、残った茶を一息に飲み立ち上がった。

「良し。愛鈴さん、鳳凰山に行こう。ダイダラさんと朱雀丸と一緒に居るならじいさんは一発で見つかるはずだ」

「はい。分かりました」



 鳳凰山のふもとを訪れたタロー達は先の言葉通り一瞬で龍田たちを見つけた。

 鳴り響く地鳴りと轟音、巨大な旋風に吹き飛ばされる天狗達、それらの災害の中心部たる鳳凰山にふもとに三つの影があったのである。

 正確には三つの影ではなく一つの山と二つの影であった。

 一つは今朝方タローの遅刻の危機を救った青き鱗の竜、龍田龍二。一つは赤い大扇子片手に真紅の翼を広げる赤鼻の大天狗、朱雀丸。最後に鳳凰山の中腹部に肘を掛けている巨人、ダイダラである。

 龍田と朱雀丸はダイダラの目線まで浮いており、三つの影はムムムと唸りながら地上を見つめていた。

「タローさん。彼らは何をやっているのですか?」

「多分ゲートボール」

 龍田と朱雀丸とダイダラが三人で集まっている時は大抵ゲートボールをやっているのだ。

 ゲートボールとはスティックと呼ばれる柄の長い金槌のような物でボールを弾き、そのボールをゲート呼ばれるコの字型の金具の中へと通していくゲームである。

 人間サイズならば、微笑ましい午後の光景で済むのだが、比喩では無く山ほどの大きさのダイダラと山一つならば簡単に破壊できる龍田と朱雀丸がこれをしたのならば、話は別である。

「わたしの知る限りゲートボールにあそこまで巨大なハンマーは使わないはずです」

「体と力のサイズに合わせてるんだよ、多分」

 彼らは皆ダイダラが持つのに丁度良いサイズの大槌を振り回している。龍田と朱雀丸はそれぞれ神通力でも使っているのだろう。彼らの近くでは家一つならば簡単に倒壊させられるような大槌が浮かんでいた。

 使うボールも特注サイズであり、一軒家より少し大きい程度の高さがあった。

 何から何まで人間サイズではなく、集中するに従って漏れ出した神通力やら何やらが災害を引き起こすのである。

「どうしますか?」

「待ってよう。巻き込まれたら堪らない」

 ちなみにゲートボールとは五人で一つのチームを作る。おそらく龍田達の足元には逃げ遅れた天狗や木霊が数合わせに入っている事だろう。

「……」

 タローは無言で合唱した。


 逃げ切る事の出来た天狗の者達と共にタローと愛鈴が怪物三人の起こした災害を見つめて一時間、最後に一際強い竜巻が起きた後、龍田と朱雀丸がスーッと地面へと下りてきた。

「今日は我の勝ちだな」

「……今日こそ勝てると思ったんだがなー」

「同意」

 どうやら朱雀丸が勝った様である。勝者敗者以前に鳳凰山に住む天狗達からすれば災害迷惑この上ないだろう。

「また、今度」

「うむ。次も我が勝とう」

「いや、ワシだ。そうそう連勝はさせんよ」

 ダイダラの無感動な言葉に朱雀丸と龍田は巨大なスティックとボールをダイダラへと返しながら返事をした。この巨大なゲートボール用の道具はいずれもダイダラの私物である。

 ズシーン、ズシーンと地響きを立てながら去るダイダラの背を見ながら、タローは龍田と朱雀丸に手を振った。

「じいさーん! 朱雀丸ー!」

 龍田と朱雀丸はその声にタロー達の方へ顔を向け、すぐさま愛鈴へと眼を止めた。

「タローか。一体我と龍二に何のようだ?」

「坊主の隣に居るキョンシーつながりか?」

 流石と言うべきか、フードを目深に被り額に張られた札など見えないはずなのに愛鈴の正体を看破した朱雀丸と龍田の言葉にタローは頷き、愛鈴を紹介した。

「超常現象対策六課で預かる事に成った李愛鈴さん。しばらくこの町、というか俺の部屋に住むからよろしく頼むよ」

「李愛鈴です。どうぞよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる愛鈴に、朱雀丸は「ふむ」と愛鈴の近くまでより、自身の顎へ手を当てた。

「李愛鈴よ。もしもタローが君の残り湯を呑んだり、下着に手をつけたり、布団の残り香を堪能しようとしたら速やかに我に言うが良い。我が神通力を持ってタローの存在を滅却しよう」

「あんた、鎌鼬ブラザーズと同じ事言ってるぞ?」

 げんなりとするタローへ朱雀丸は至って真面目に返事をした。

「タローならばそれくらいの変態行為をするだろう」

「しねえよ。俺を何だと思っているんだよ」

「このような見目麗しい小娘が同じ屋根の下に住むのだ。きめ細かく白魚のような肌にむしゃぶりつきたいとは思わんのか?」

 古来より天狗は子供を攫ったと言う。

「とりあえず、あんたは愛鈴さんから離れろ」

 タローは李愛鈴の護衛という仕事を全うすべく、朱雀丸と愛鈴の間へと体を割り込ませた。

「カッカッカ。冗談だ冗談。もう少し歳を取らねば我の好みではない。気にするな気にするな。李愛鈴がこの町に住むという件、了解した。何時までこの町に居るかは分からんが、大晦日祭りがある、是々非々参加せい。我はその準備でもしてこよう!」

 そう言い残して、赤羽の大天狗はカッカッカと笑いながら、空へと飛び立って行った。タローと愛鈴が返事をする間もない。

「……えーと、じいさん。とりあえず、愛鈴さんは俺んちに住むから」

「構わん。この町の住民が増える事はよい事だ」

 龍田はタロー達の高さまで体を下げて、愛鈴へと口を開いた。

 タローは龍田が何を言おうとしているのかはっきりと分かった。彼がこの町に来た時も言われた言葉である。

「李愛鈴。ようこそ浮世絵町へ。ワシらは君を歓迎しよう。君がこの町の住民である限り、この町が君を住人と認める限り、君はワシの家族である。清濁正邪人間オトギ全てが入り混じったこの町を君が気に入る事をワシは心より願っておる」



 一通り、顔役全員に愛鈴を紹介し、タローが自身のアパート『チミモウリョウ』に帰ってきたのは夕方を少し回った時だった。

 アパートチミモウリョウは浮世絵町の中心部の地域にあり、丁度タローが愛鈴を連れて帰った時、チミモウリョウの管理人が帰って来た。

「……タロー君、お帰りかい?」

「はい。ただいまです、後藤さん」

 この管理人は後藤正則という優男である。いつも上下ジャージを着ていて、野暮ったい眼鏡を掛けている。身長はタローと大体同じぐらいであり、年は二十代後半から三十台前半ほどに見えた。

 このような如何にもダメンズな格好をしているが、その実、後藤正則の正体は陰陽師だ。

 ジャージのポケットにはいつも式神が封じられた紙があり、偶に召喚しては掃除などの雑務を手伝わせている。また、特売に遅れそうな日は兎歩と呼ばれるタローには良く分からない瞬間移動のような物でスーパー前に現れるし、アパートの住民達が起こす諍いなどは瞬きの間に解決する。良く住民を交えて鍋パーティを開催し、その度に陰陽術をふんだんに使ったらしきよく分からない味の鍋を作っていた。

 そんな庶民派陰陽師にして一階に四部屋、ニ階に三部屋の貸部屋を持つアパート『チミモウリョウ』の管理人、それが後藤正則という男だった。

「……タロー君。そこの子はどなたかな?」

 後藤がタローの横に立っていた愛鈴へと注意を向けた。

 愛鈴は再び目深に被っていたダッフルコートのフードを取り、後藤へと顔を向け、

「こんばんは、李愛鈴と申します。タローさん達へ依頼をし、しばらくタローさんの部屋に住まわせてもらう事に成りました」

 そう、今日何度目かの挨拶をし頭を下げた。

 後藤は愛鈴の額に張られた半分に破かれている札を見て、なるほどと頷いた。

「……タロー君達への依頼主なんだ。分かった、僕はこのアパート『チミモウリョウ』の管理人、後藤正則です。何か困った事があれば、一階にある管理人室に来てください」

 彼らしい柔和な笑顔を愛鈴へと向けた後、後藤はタローへ耳打ちをした。

「タロー君。これはまたものすごいオトギさんを連れて来たねぇ。幾ら可愛いからって襲っちゃ駄目だよ」

「この町での俺の評価はどうなってるんですか?」

 鎌鼬と言い大天狗と言い陰陽師と言い、何故こうも変態の称号を張られるのかタローには甚だ遺憾だった。



「はい。それじゃあ上がって上がって」

「お邪魔します」

 愛鈴を自身の寝床たる202号室へと上げ、愛鈴へとハンガーを渡し彼女のダッフルコートと自身のPコートをかけた後、タローは速やかに夕食の準備に取りかかった。時刻は既に夕暮れであり一日中歩き回った彼の腹はペコペコである。

 タローの部屋は如何にも一人暮らしの若者といった感じであった。無造作に敷かれた布団と部屋の隅にある衣装ダンス、部屋干しされたままの衣類の下には小さなテレビがあり、人二人が入ったら窮屈な狭い台所にはタローの腰ほどまでの冷蔵庫があった。いずれの家具もタローの前の住民が置いていった物である。

 布団を畳んでテレビの隣に置いた後、台所にて冷蔵庫から作りおきしておいたおでんを取りだし、コンロに置いては火を付けた後、タローは六畳一間のリビングへと顔を出した。

 すると、愛鈴は手持ち無沙汰にキョロキョロと立ったまま部屋を見渡していた。

「愛鈴さん。座ってテレビでも見てて構わないよ。今なら、出没あの夢っく天国がやっているはず」

 出没あの夢っく天国とは、バクと夢魔達がどこかの町の住民の夢を覗いていくというバラエティであり、自分とは違う種族の夢というのは中々に面白いものなのだ。

「あ、いえ、タローさん。何か手伝えることはありませんか? 宿を借りる手前、何もしないと言うのは心苦しいです。あそこに干してある洗濯物を畳みましょうか?」

「……そうか、これが正しい来客の在り方か」

 タローは感動した。この部屋を訪れる者達と言えば飯をたかりに来るユカリに飲み会に誘ってくるサブローらで、彼らは誰一人家事など手伝おうとしなかったのだ。

「はい? 何か言いましたか?」

「いや。何でもない。じゃあ、そこの洗濯物畳んでもらって良いかな」

「はい。分かりました」

 愛鈴は意気揚々と腕捲りをした。

 その様子を見たタローはこれからの共同生活を思い、少々笑った。

「あ、そうだ、愛鈴さん」

「何でしょうか?」

 タローは言い忘れていた事を思い出した。

「これからよろしく」

「はい、こちらこそ」

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