第3話 町内散策--浮世絵町の顔役達 ①

 一先ずの自己紹介を済ませたタローは愛鈴を連れて浮世絵町を練り歩いていた。本日やるはずだった書類仕事をオニロクが持っていってしまい手持ち無沙汰になってしまったからだ。

 オニロク曰く『タロー君は李愛鈴の護衛に専念してくれ』だそうで、タローからすればありがたかったが、若干の気味悪さを感じる。

 オニロクという鬼は仕事において冗談を言わない。彼が李愛鈴の護衛に専念しろと言う事はタローが全力を持って護衛をしなければ何かまずい事が起きる可能性があると言う事だ。

 しかし、超常現象対策課に入ってまだ二年程しか経っていないタローには護衛と言われても何をした物かはすぐに分からなかった。

 そのため、とにかく、やるべき事を考えたタローはしばらくこの町にというか、タローの部屋に滞在する事に成った愛鈴に浮世絵町を案内する事にしたのだ。

 愛鈴がこの町に住むというのなら町の住民達に顔合わせをする必要がある。

「……で、あそこの竜神川には河童とかが居て、あっちの鳳凰山には天狗とか空を飛べる奴等が住んでる」

「なるほど。あっちの森と海にはどの様な方々が住んでいるんですか?」

「寅縞森林には人狼とか狸や狐、亀甲海には人魚とかが中心、たまにリヴァイアサンが来るよ」

 浮世絵町は『町』と言われてはいれどその大きさは広大である。

 昨今のオトギ事情が一先ずの小康状態に成ったとは言え、未だに他種族のオトギ間と人類との争いは無くなっていない。

 その中で浮世絵町は数少ない人間と他種族のオトギ達が共に暮らしている地域の一つである。

 この浮世絵町は、東西南北四方を、東の竜神川、西の寅縞森林、南の鳳凰山、北の亀甲に囲まれた特殊な地形に位置し、オトギ達の影響か、年がら年中何処かが騒がしい。

 とりあえず、西から順にタローは案内する事にした。大体一日もあれば大まかに廻りきれるはずである。



 西にある寅縞森林を訪れると、整備された森の通路口でタローは本日の遅刻の危機の原因である鎌鼬三兄弟に会った。

「おおー、タローじゃないか」

「めずらしいなここに来るなんて」

「一体何の用だ?」

 棍棒を持ったイチロー、大鎌を持ったジロー、塗り薬の入った壷を持ったサブローが流れるように澱みなく言葉を紡いだ。

 それにタローの一歩後ろに居た愛鈴は驚いたように瞬きをしている。自分と同じ位のサイズで華麗に二足歩行をする鼬が珍しいのだろうか。

「その前にお前ら俺に謝る事は無いのか?」

 今朝の事を思い出したタローがジトッと問い掛けるが彼らは何処拭く風である。

「何の事かな?」

「タローこそ俺らの安眠を妨害したじゃないか」

「そうだぞタロー、ほら頬を見てみろ青くなっているじゃないか」

 サブローがズイッと自信の頬を差し出してくるが青くなっているも何も見えるのはタダの毛皮である。

「お前らが昨日無理やり飲ませた所為で、俺は今日遅刻しかかったんだよ。ユカリさんに燃やされかかったんだぞ?」

「それはご褒美じゃないか」

「美人に燃やされるなら本望だ」

「焼き加減はミディアムを希望する」

「……お前らマジで毛皮を剥ぐぞ?」

 タローが溜息を付いた所で鎌鼬ブラザーズは愛鈴に興味を持ったようだ。

「ところでタロー」

「そちらのお札を付けたロリっ娘は」

「どなたかな?」

 確かに李愛鈴は額に張られた札を除けば、少女の風貌である。

 毛玉三匹に興味を持たれた愛鈴はぺこりと頭を下げた。

「李愛鈴です。タローさん達に依頼をさせてもらいました」

「ああ、なるほど、久しぶりの依頼人というわけか。俺はイチロー」

「ジロー」

「サブローです」

「皆さんはタローさんのご友人なのですか?」

「俺がタローの隣の部屋に住んでいるんだよ。良く兄貴達も混ぜて飲み会してる」

 サブローの言葉にふむふむと愛鈴は頷いた。

「なるほど、ではこれからしばらくよろしくお願いします。わたしはタローさんの部屋に住まわせていただきますので」

 その言葉に毛玉ブラザーズ達はピタッと固まった。

「黒髪のロリっ娘と」

「タローがあの狭い部屋で」

「同棲生活、だと」

「お前ら本当に仲良いな」

 タローの言葉に鎌鼬三兄弟は反応もせず、愛鈴へと詰め寄った。

「良いかい、愛鈴さん、もしもタローにパンツを盗まれたり着替えを覗かれたり風呂の残り湯を啜られたりしたらすぐにサブローに言うんだ」

「そうだ、サブローは美人には優しい。君みたいな将来有望そうな幼女が変態の毒牙にかかっている分かれば全身全霊をもって君を助けるだろう」

「兄貴達の言うとおりだ。不可侵領域である幼女を汚そうとする変態を俺達は許さない。イチロー兄貴が殴打し、ジロー兄貴が切り倒し、俺が劇薬を塗ろう」

 タローは今朝ユカリからサブロー達を庇った事を後悔していた。このような毛玉達に何故慈悲の心を持ってしまったのだろう。

「……タローさんは変態なのですか?」

「……違うよ」

 何処かずれた様に問い掛けてきた愛鈴にタローは項垂れた。



 多種多様な木々のせいで空から見下ろすと虎の縞模様の様に見える虎縞森林を歩いていると、愛鈴がある物に目を奪われた。

「タローさん。あそこに居る虎は一体?」

 愛鈴の示す方向にはただただ巨大な白い虎が居た。タローと愛鈴をまとめて一口で平らげてしまえそうな大口を閉じ、スウスウと寝息をたてている。

「あ、居た」

 そこに居た大虎はタローが探していたオトギの一人、竹虎である。今朝タローが助けられた龍田龍二と同様に浮世絵町町内会に所属していて今は町の清掃隊長であった。

「あの虎は竹虎さん。浮世絵町の顔役の一人。愛鈴さんがしばらくこの町に住む気なら顔役の方達には挨拶しないといけないからね」

「……はあ」

 愛鈴の反応を見る限り、どうやら巨大なオトギをあまり見たことが無い様だ。

 この町に来た頃の自分を思い出してタローは少々笑いながらつかつかと、竹虎の寝息がギリギリで届かない位置まで歩いていく。愛鈴は警戒しているのか、足を止め数十歩後方からタローの様子を見ていた。

「竹虎さーん。起きてくださーい。タローがあなたに用ですよー」

「…………zzZZZ」

 熟睡しているようだ。まだ昼前だというのに。

「いつもいつもこのおっさん寝てばかりだな」

「そうなのですか?」

「ああ、基本的に寝てる。来た時に起きている事の方が少ない。どうしたもんかねぇ」

「起こせば良いのでは無いですか?」

「いや、この虎さん、寝起きが尋常じゃなく悪いんだよ。起きた時に近くに居たら病院送り。さっきの鎌鼬ブラザーズは過去に七回も万年亀病院に運ばれている」

「万年亀病院?」

「北の亀甲海近くにあるこの町で一番大きい病院。俺も二回入院した」

 脳の半分を使って会話しながら、タローはもう半分でどうするべきかを考えていた。

 このふてぶてしく気持ち良さそうに寝ている大虎は、普段から何時起きるのか分からない猫科のオトギである。寝起きは周囲にとって最悪であり、安眠を汚そうとする不届き者は彼の爪の前に宙を舞う。

「……しょうがない。メモを置いて次の場所行こう」

「分かりました」



 竹虎の前で言った事から、タローは次に北の亀甲海へと足を運ぶ事にした。亀の甲羅のように岩盤が聳え立ってる事からそう呼ばれているこの海からは年中人魚達の歌が聞こえてきて、偶にセイレーンが遊びに来た日には突発的なコンサートが開催される。

「この万年亀病院の院長が亀甲海の代表なんだよ」

「やはり巨大な亀なんですか?」

「先代はでかかったらしいよ。つい最近交代して、今の代表は人間」

 愛鈴は驚いたようだ。この町に来て既に何度も人間とすれ違っているはずだが、それでも人間がオトギの暮らす町で顔役をやっているとは思わなかったのだろう。

「どんな方なんですか?」

 愛鈴の極自然な質問にタローは顔をしかめた。

「……白衣の天使みたいな悪魔かな」



「……ふーん。その子が今度の依頼人でしばらくタローの家に住む事になったキョンシーか。うん、分かったよ。覚えておこう。看護師達にも伝えておく」

 万年亀病院の院長室にて、書類から眼を話すことも無く、万年亀病院院長、水瀬時子は頷いた。タローが見慣れた肩口までの髪、青縁の眼鏡、そして白衣姿が今日も今日とて変わらない。

「ありがとうございます」

「いやいや、礼を言う事は無い。そこの馬鹿達がまた馬鹿をやるだけだろう? なら私から言う事は何も無い。私が君に望む事は唯一つ、『怪我をするな』、この言葉だけだ。まあ、君が怪我をし、この病院に運ばれたとしたら、私は君が泣き叫ぼうが舌を噛み切ろうが私を殺そうとしようが君を治すから覚悟しておきたまえ」

「……えっと」

「水瀬さん、うちの依頼人を脅さないでください。びっくりしているじゃないですか」

「久しぶりにこの町に来た者だからね。私も新鮮さが欲しいのさ。勘違いしないでもらいたいが、私の言っている事は嘘ではないよ。愛鈴さんと言ったね、タローに聞いてみると良い。大方私の事を鬼だ悪魔だと言っているのだろう?」

 図星を疲れてタローはそっぽを向いた。

「まったく私ほど患者の事を考える医者は居ないと言うのに、タローは酷い事を言うね。愛鈴さんもこの男の妄言に騙されないでくれたまえよ?」

「初めて俺が入院した時、指一本動かしたら殺す、とか言ってましたよね?」

「……私の言う事を聞かないタローが悪い。何度も脱走しようとしたじゃないか。この病院で私の患者に成った時点で、私が王で患者が民だ。王は民が居なければ存在できないが、民もまた王が居なければ生きる事はできない。民には王の言葉を聴く義務がある」

「脱走したのは本当ですけど、そこまで言う事は無いじゃないですか」

「言い訳は聞かん。終わった事だ。今タローが全快であるのならそれで良い。見ての通り私は忙しいんだ。そろそろ去ってくれ。昼食を食べたいようなら一階にある社員食堂にでも行くが良い」

 それだけ言って時子は視点を机に上に置かれた書類へと戻した。どうやらもうタロー達とは会話する気は無いらしい。

「分かりましたよ。じゃあ愛鈴さんの事よろしくお願いします」

 タローは首を竦め、愛鈴を連れて院長室から出た。



「すごい方でしたね」

「だろう? 愛鈴さんもくれぐれも怪我とかしないように、死ぬぐらい辛い目にあってでも必ず治してくるから。トラウマだよ?」

 タローの言葉に愛鈴は冗談っぽく笑った。

「わたしは痛みを感じませんから大丈夫ですよ」

「それでもなるべく怪我とかはしないように。水瀬さんに痛いとかどうとかの話は通用しない」

「分かりました。気を付けます」

 時子に言われた通り、タローと愛鈴は万年亀病院の社員食堂を訪れていた。

 愛鈴曰くキョンシーは食事をする必要は無いらしいが、せっかくなのでタローは愛鈴の分も定食を頼む事にした。金は勿論経費として職場に請求している。

「さて、これ食べたら竜神川の方に行こう。今度の顔役は龍だよ」

「龍ですか」

 竜神川の顔役は今朝タローの遅刻の危機を救った龍田である。

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