第40話 出勤--エピローグ

 晴れ晴れとした快晴の朝、弥生半ばの清々しい日光と、体を倒さんばかりの強烈な春一番に正面からぶつかりながら、ヒャッホーと元気爛漫に騒いでいる天狗と座敷童子を横目に、彼――周囲の人間とオトギからはタローと呼ばれている――はのんびりと歩いていた。

 そろそろ〝タロー〟として初めて感じる冬が終わり、春とやらが到来する事を知り、タローは内心ワクワクしていた。

 身を切るような冬の後は暖房よりも暖かい春が来て、黄城公園くらいでしか見られなかった花々が一斉に辺り咲き誇ると言う。その光景をタローはとても見たく思っていた。

 そんな目前まで迫った春の予感に包まれながら歩いていると、彼の左側から声が掛かった。

「タロー、もう少し歩く速さを上げましょう。このままだと遅刻してしまいます」

 そこに居たのは小柄な少女だ。

 何やら呪文が書かれた長方形の札を額から左目へ眼帯の様に貼り、黒曜石の如き右眼でこちらを見上げている。

 彼女は李愛鈴というキョンシーであり、どうやら前回の自分が助けた相手であるらしい。

 愛鈴が超常現象対策課に働きたいという旨をタローの上司であるらしい灼髪の少女はあっさりと認めた。何の問答も無く『良いんじゃね?』の一言である。

 タローが万年亀病院を退院したのは一月十日。元々怪我自体は重くなく、日記を読み切り、入れ替わり立ち代り来る見舞い客を一通り相手し終った所で、あの水瀬時子という院長が退院の許可を出したのだ。

 対して愛鈴が退院できたのは二月末である。腐り落ちたらしい左腕の義手探しと半分麻痺した左半身の治療に時間が掛かったのだ。

 時子の手腕もあり、義手は見つかり、歩ける様になった。注意してみれば確かに左足を踏み出す時に右足に比べ不自然なところはあるが、傍目から見る分には違和感は無いだろう。

 また、時子が探し出した義手も特別製であったらしく、愛鈴の意思でちゃんと動く様だ。

 万年亀病院から退院した愛鈴はその日の内にタローが暮らすアパートチミモウリョウ202号室に髑髏片手に転がり込んだ。

 愛鈴曰く。

『タロー、わたしはこれから全身全霊を持ってあなたに償います。その初めとして家事などをしましょう』

 タローは色々と言ったが、愛鈴は有無を言わせずその日の夕飯、油淋鶏を作り始めた。

 それから、毎朝愛鈴共に出勤するのがタローの習慣と成っていた。ちなみに仕事の間髑髏はちゃぶ台の中央へと置かれている。

「……タロー? 聞いているんですか?」

 しばしまだ短い人生の短い思い出を振り返っていたせいで愛鈴の言葉を聞き流していたらしく、タローは肩を愛鈴にちょんちょんと叩かれた。

「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた。分かった。ちょっと速さを上げる。愛鈴は大丈夫? まだ歩くの慣れてないんじゃない?」

「大丈夫です。いざとなったら飛びます」

 自信有り気に言う愛鈴にタローは「了解」と頷き、歩くペースを速めた。



 しばらくそうしてテクテクと歩いてくと二ヶ月ほど通いつめ、そろそろ慣れてきた超常現象対策課のビルが見えてきた。

 時刻は七時五十分。

 タローは愛鈴と共にビルのエレベーターへと乗り込み、六階のボタンを押す。音も無くエレベーターは上昇を初め、数十秒の時間で目的の階に着いた。

「そう言えばさ、今度朱雀丸とサブロー達が花見するらしいんだけど、愛鈴も行かない?」

「タローが行くのでしたらご一緒します」

「オーケー」

 愛鈴の言葉に頷きながら短い廊下を歩き、第六課のドアが見えてきた。

「良し。じゃあ今日も頑張ろうか」

「はい」

 愛鈴が頷くのを見て、タローはドアを押し開ける。

 すると、腕組みをしながら仁王立ちをした灼髪の少女がこちらを満面の笑みで見ていた。

 タローは面倒くさそうな表情でユカリを見た。愛鈴が退院してくるまでの間、タローはこの少女に振り回され、この上司の扱いを覚えてきたのだ。

 愛鈴は初めてである。ユカリがこのような晴れやかな満面の笑みを浮かべるのを見るのは。

「……どうしたんですか? ユカリさん?」

 ユカリと言う少女がにんまりと満面の笑みを浮かべるのはろくな時ではないとタローは既に分かっている。

 ドッペルゲンガーもどきの青年とキョンシーの少女の視線を受けて、灼髪の少女は彼女らしく傲岸に胸を張り、口を開く。


「喜べタロー。依頼だ」

「ええー」


 そのややハスキーな響きの上司の言葉に、ドッペルゲンガーもどきの青年はげんなりと息を吐いた。


 今日もまた新たな依頼が舞い込み、彼ら彼女らの日常は日々変わりながらも続いていく。

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我ら超常現象対策課 満月小僧 @Kitaku

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