第35話 色即是空--我思う、されど我無し ⑦
***
黒
クロ
くろ。
■■の視界は黒で満たされていた。視界だけではない。音も匂いも味も何もかもが感じられない世界に■■は放り込まれていた。
黒だけの無の世界が広がっていたのだ。
――ここは何処だ?
■■には分からない。ここが何処なのか。
――私は何をしていた?
■■には分からない。何故彼がここに居るのか。
そして何よりも
――私は〝誰〟だ?
■■には自分の名前が分からなくなっていた。
彼は恐怖した。確かに自分と言う存在はここに居る。思考をしているという自分が存在している事だけは確かなのだ。思考するという事はすなわちそこに意思が存在するという事である。意思が存在するのなら器たる自己も存在せねばなるまい。
では、自分は一体何なのか?
――――――――。
――――――。
――――。
――。
。
何も分からなかった。
■■の思考を埋め尽くすのは視界を覆う黒のみである。
「誰か居ないのか?」
周囲へと■■は声を出した。けれど、声を出したという実感が無い。触覚すら失われ、自身が出したであろう声すらもその耳に届かない。
■■は立ち上がろうとした。自然と今の自分が倒れているという事だけは分かったからだ。
しかし、■■は立ち上がることが出来なかった。自分がどの方向に倒れているのかすら曖昧であり、地面が何処に向いているのかも曖昧だった。
何も無い黒の世界。
そこは孤独だった。
そしてその孤独は彼が良く知る物でもあった。
――私はこの感情を知っている。
■■は胸に到来する感情に自身の体を抱き締めようとした。実際に抱けたかは分からない。
胸の痛みはなくならず、肺が捻じ曲がっていくような感覚が体中へと広がっていく。
――これは、寂しさだ。
■■は彼の胸に走る痛みの正体が寂しさであると理解した。
「い、やだ」
自然と声を出していた。自分にすら聞こえない声に返事をしてくれる者はいない。
寂しさ。最早思い出せないが■■の根幹に在った物だ。
自分が何をしてきたのかは分からない。けれど、この四肢が折りたたまれていくような痛みからどうにかして逃れようとしていたであろう事が■■には分かった。
「独りは、いやだ」
昔、自分は何かをしていたはずだ。この胸を引き裂く様な痛みから逃げるために、彼は何かを作っていたはずなのだ。
■■はそのナニカの名前を呼ぼうとした。
「――」
それさえも彼には分からなかった。名前を呼ばれなければ誰も返事をしないだろう。
■■は必死に思い出した。自分が呼べる名前を。自分の言葉に答えてくれる者を。
「誰も、居ない」
彼は分かってしまった。■■に返事をしてくれる者も、■■の名を呼んでくれる者も誰も居ないと。
返答は無い。ただの静寂のみが彼の世界の全てだった。
王志文は叫び続けた。
誰かが返事をしてくれるはずだ。
何かがこの真っ黒な世界にもあるはずだと。
しかし、叫び続け、呼び続け、それでも世界からは何の返答も無い。
■■は孤独という彼が何よりも逃げようとした寂しさに包まれたのだ。
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