第12話 青年と道士--大天狗と大晦日 ②


 祭りの北部へと足を進め、喉自慢大会へ参加の旨と道士の件を伝え終わった頃には午後三時を回っていた。喉自慢大会は午後六時から始まるようだ。

 今回の喉自慢大会の司会を務めるマイクとサングラスが似合うナイスガイの榊原明文が「期待してるよ、タローちゃん。良い歌声をヨロシク!」などとのたまったがタローはそれを無視した。

 会場から踵を返したタローだが、まだまだ喉自慢大会が始まるまで時間がある。

 喉自慢大会が始まるまで三時間、タローは周辺をぶらつく事にした。

 屋台を冷やかしながら祭りを回るとタローは改めてこの町には多種多様な住民達が住んでいると言う事実を認識した。

 空を見上げれば赤い法被を着た天狗達がダンボールを抱えながら飛び交い、それより上で一反木綿やらが熱気に煽られて舞っている。地上では、雪女やスノーマンがかき氷で早食い対決をしていて、座敷わらし達がヨーヨーやらをバインバインと揺らしながら目に付いた屋台へと突撃していた。

 少し離れた所ではアイドルが着ている様な衣装を着た一団が歌の練習をしている。おそらく喉自慢大会の参加者である人魚達だろう。大方魔法で尾を足にしてもらったに違いない。

 これほど多くの住民達が揃う祭りという空間はどんな者でも許容してくれそうである。

 そう、祭りの参加者達、特にその中での女性達へ並々ならぬ視線を向けている鎌鼬も例外では無い。

「…………サブロー、お前何やってんの?」

 そこにはタローの隣人である鎌鼬のサブローが居た。

「お? タローじゃん。ちょっとガールウォッチングしてた」

 何故、この毛玉はバードウォッチングの如く爽やかに言うのだろうか。

「本当に何やってんだよ、お前」

「ほら祭りの空気って女性を無防備にするじゃん?」

 タローは隣人を警察へ突き出そうかどうかしばし悩んだ。

 だが、アパートの隣人が前科持ちに成るのは色々と思う所があるので、今は見逃す事とした。見ているだけなのだから害は無いだろう。

 塗り薬が入った薬壷をくるくると人差し指の先で回しながら、サブローは自然とタローの隣に歩いた。

「イチローとジローは何処行ったんだよ? どうせあいつらもガールウォッチングしてるんだろ?」

「イチロー兄貴は東、ジロー兄気は西、で、俺が北担当。後で集まって感想を言い合うんだ」

 この毛玉達の変態スピリッツは何処から湧き出てくるのだろうか。これほどの熱意があれば色々と偉業を為せそうな物である。

 タローはサブローの言葉に溜息を付いた。こんなのが自分の〝特別〟の一人であるとは色々と悲しくなる。

「タローもするか? ガールウォッチング?」

「しねえよ。俺は後で仕事があるんだよ」

「ああ、あの囮役か。愛鈴ちゃんが怒ってたやつ」

「そうそう」

 途中眼に付いた屋台でタローはケバブをサブローはフランクフルトを買った。どちらも原材料不明である。

「……そう言えば、コマメが何で見舞いに来ないのかって文句言ってたぞ」

 コマメは時子の治療の甲斐もあり、三日前から面会が可能な程に回復している。だが、タローは愛鈴の護衛と言う建前を言い訳にしてコマメの見舞いには行かないでいた。

 どの顔をしてコマメに会えば良いのか分からなかったのだ。

 本当ならこの祭りにも出店を出す予定だった豆蔵コマメに、タローは何と言って見舞いをすれば良いと言うのか。彼女へ愛鈴を紹介したのは紛れも無くタローであり、彼女が入院した事への原因の一部をタローは持っているのだ。

 タローは頬を掻いた。

「ほら、愛鈴の護衛があったし」

「まあ、明日か明後日当たりにでも行っとけば? 新年に成る事だし、、口実としてはちょうど良いじゃん」

「ん。そうする。俺が無事に済んだらね」

「無事に済まなくも連れて行くから安心しろ。女の子の望みを叶えるのがこの鎌鼬だ」

「鎌鼬ってそんなオトギじゃ無いだろ?」

 確かにサブローは塗り薬を持っているが、別に鎌鼬というオトギは女性を助けるオトギではない。

 これをタローがやれやれと指摘すると、サブローはその場でクルっと一回転した後ビシッとポーズを取った。

「女性を愛でる心に種族なんて関係ない!」

 言っている事は正論だと思うし、素晴らしい言葉だと思うが、脳裏に先ほどの祭りの女性達へ変態チックな視線を向けていたサブローの姿が再生され、タローは溜息混じりに

「黙れ毛玉野郎」

 とサブローの肩を小突いた。


***


 大晦日の昼、■■は地上二十メートルからこの町で行われている祭りを見下ろしていた。

 小豆洗いを襲ってから一週間程の時間が経ったが、未だにあのキョンシーの居場所を掴む事は叶っていない。亀甲海の人魚達は夜の海に沈み、姿を見せる時も集団だったため、有力な情報を掴めていなかった。

 しかし、この三日間、昼間町を練り歩く■■の耳に奇妙な噂が流れてきた。それはぼそぼそとした雑談の中、男の耳に入ってくる。

 曰く、超常現象対策第六課のタローと言う男が最近キョンシーと共に暮らしている。

 至る所へ足を運んでも、雑踏の中、必ず何処かからこの噂が■■の耳に届くのだ。

 これは不自然である。今の今まで影も見せなかった愛鈴の居場所についての情報がこうも簡単に町へと流れるように成っているのだ。それも雨が降るのと同じ様に自然にである。

 不自然な程自然にこの〝タロー〟の情報を■■は手に入れた。

 これはおそらく罠だ。

 大々的に行われている眼下の祭りの何処かでアクションを起こしてくるに違いない。町はこの祭り以外に賑わいを見せず、この地区に大体の住民達が集まっているようだった。

 超常現象対策課と呼ばれる連中達はとうとう■■へ勝負を仕掛けて来たのだ。

 この誘いに乗るべきか乗らないべきか。

 ■■には情報が足りない。この罠を仕掛けた者達が愛鈴の居場所を知っている事は確実であろう。

 ならば、愛鈴の居場所を知るのに罠へ飛び込むしか無いのかもしれない。虎の子を手にいれるためには虎穴に入らねばならないのだ。

 ■■は決めあぐねていた。何者が自分を待ち伏せているのかも分からない。タローと言う者が十数日前出会ったあの炎の魔女と同じくらい実力者であったのなら、拘束して愛鈴の情報を吐かせる事は難しいだろう。

 誘いに乗るにしても、誘いを蹴るにしても、〝タロー〟の力を知っておく必要があった。

「では、何処に居るのか?」


 上空から祭りを見回ってしばらくの時間が経った。今は適当な場所に降り、雑踏に紛れて周囲の声を聞いている。参加者達が話している事を聞いた所、タローは確かにこの祭りに来ている様だ。どうやら喉自慢大会とやらに参加すると口々に言っているらしい。

 明らかに■■の事を誘っている。

 タローとやらはこう言いたいのだ。

『俺はここに居る。お前も来い』

 ■■は自分の実力を正しく把握していた。自分と戦える実力者などそうは居ない。

 ここまで大言を吐くのならば、このタローと言う男は相当の実力者なのかもしれない。いや、もしかしたらタローと言う名前自体は囮であり、実際には他の誰か実力者が■■を待ち構えている事もあり得る。

 相手の思惑通り動くのは少々気乗りしなかったが■■は喉自慢大会の会場へ向かう事にした。

 喉自慢大会の会場にはほぼ間違い無くタローまたはタローの代理人が居るだろう。

 このまま闇雲に町を探し回っても李愛鈴は見つかりそうに無かった。この町に来て早くも十日強。キョンシーの影の形も見えなかったのだ。相当上手く隠しているに違いない。

 ならば、相手の誘いに乗り、少しでも情報を掴む方が得策である。

 だが、このまま相手の思惑のみに乗って動く事は気に食わない。

 ■■の手の内のいくらかはあの炎の魔女によってばらされている事は間違いない。

 炎の魔女に見せた相生と相剋を破る術を確実に相手は用意しているはずだ。

 ならば、こちらも相手が知らない手札を切る事にしよう。そう思い、■■は懐の小瓶を撫でた。小瓶の中身がトプンと小さく揺れる。

 そうと決まれば準備が必要である。

 近くの会話から喉自慢大会の会場と開始時間を覚え、■■は空へ飛び上がり、一旦祭りの席から離れる事にした。

 大会が始まるまで後三時間。準備は間に合うが余裕が有る訳ではない。

 そう思い立った所で、■■は彼が作り上げたあのキョンシーの事を考えた。

 あの■■が生涯を賭けて作り上げたキョンシーは何処へ行ったのか。

 何故、あれは自分の元から逃げたのか。■■の最高傑作たるあのキョンシーは何を思って主人たる自分を裏切ったのか。男には分からなかった。

 李愛鈴へ不満を与えた事は無かったし、あれが望む事ならば大抵叶えてきたはずである。仮に何かしらの不備が起き支配が解かれたとしても、アレが裏切る可能性は極力皆無としたはずだ。

 ならば、何故。

 頭を振って一度この考えを■■は放棄した。考える意味は無い。今度こそ完璧に支配すれば済む話だ。

 ぐるっと東西南北を見渡し、準備に手頃なスペースを見つけると、■■は一直線に飛び立った。


***


 朱雀丸は烏賊焼きを頬張りながら上空より祭りを見ていた。部下たる他の天狗達は材料が切れた屋台へ追加の食材を運んだりしている。

 ガヤガヤとした心地良い喧騒を見ていると、祭りの北の方でタローの姿が眼に見えた。鎌鼬と共に歩いている。薬壷を抱えている事からサブローだろう。タローは本日、道士の囮役をやると聞いている。

「……ふむ」

 残った二三切れの烏賊焼きを一口に食べ終え、口元を拭った後、翼を一度揺らして朱雀丸はタロー達の所へと一息に飛んだ。

 頬へ流れる風に乗り、猫が二階から飛び降りる身軽さで、朱雀丸はビル五階の高さからタロー達の眼前へと降り立った。

「うわっ!」

「おっと!」

 タローとサブローが朱雀丸の望んだとおり跳びはねて驚いた。

「我の思った通り良い反応をするな貴様らは!」

 朱雀丸はカッカッカ! と胸を張って笑う。

 それにタロー達は苦笑して反応した。タロー達からすればこの様な悪戯はしょっちゅうの事なのである。

「いきなり何? 朱雀丸? びっくりしたじゃん」

「女の子達も驚いてるでしょ!」

 タローとサブローがそれぞれ別々の理由で文句を言う。サブローの言うとおり、確かに突然空より現れた朱雀丸に、周りに居た雪女や人魚や座敷わらし達が眼を丸くしていた。

 だが、それも長くも続かず、彼らはいつもの事かと各々の祭りへと戻っていく。

 朱雀丸が現れようとも、それもまた祭りの一場面である。突然のイベントが起これば起こるほど祭りは色を深くするのだ。

「カッカッカ! すまんすまん。つい速さを押さえられなかったのだ。許せ許せ!」

 笑いを抑える事もせず、朱雀丸はタローの肩をバンバンと叩いた。

「ちょ、痛い。マジで痛い。天狗の腕力考えてマジで」

「つれないことを言うなタロー。せっかくだ我とも共に祭りを回ろう」

「いや、俺後で喉自慢大会参加した後、囮の仕事あるから」

「構わん。我も参加する。久しぶりに歌うのも愉快そうだ」

 タローはやれやれと肩を竦めた。朱雀丸に何を言っても無駄だと悟っているのである。

「朱雀丸さん、じゃあ俺とガールウォッチングしましょうよ。タローはノリが悪くて」

「……タロー、いかんぞ。せっかくの祭りなのだ。いつもならば我が神通力で滅する所だが、祭りならば無礼講だ。普段押さえている情欲を解き放ち、思う存分女達を見るが良い」

「ほら、タロー、朱雀丸さんもこう言ってるんだ。良い加減素直になろうぜ? さあ、一緒に花を愛でようじゃないか」

 せっかく、朱雀丸達がタローへ手を伸ばしたというのに、タローはその手をパシーンと真下へ叩き落とし、隣の屋台へ声をかけた。

「……おじさん、焼きそば一つ」

「あいよ!」

 屋台の主の気前良い返事に、朱雀丸はカッカッカとまた笑った。

 祭りはこうでなくてはならない。


 タローとサブローと共に祭りを回っていると、そろそろタローが参加するという喉自慢大会の時間である。

「ところでタロー、あのキョンシーは何処に行ったのだ?」

「愛鈴はオニロクさん達に預けてる。第一課の職場にでも居るんじゃない?」

「なんだと? では愛鈴は今日の祭りには来ないのか?」

「道士に見つかったら意味無いからね」

 タローの言葉に朱雀丸は少々肩を落とした。せっかくこの町へ来たと言うのに、彼女へ祭りを見せられない事が残念だったのである。

 超常現象対策第一課が愛鈴を匿っているならば、彼女らはせっかくの祭りに参加せず、閉じ篭っているという事だ。他の誰もがこうして楽しんでいる空気を彼らは味わえていない。

「至極残念。愛鈴にもこの祭りを見て欲しかったのだが」」

 朱雀丸の言葉にタローは苦笑した。

「俺もだよ。さっさと道士が捕まってれば愛鈴も一緒に連れて来れたんだけどね」

「そうすれば、愛鈴ちゃんがチョコバナナを食べている姿を網膜に保存でき――ぐふっ!」

 サブローがウンウンと頷きながらタローの肩を叩き、タローが左の裏拳がサブローの頬へ減り込んだ。

「お前らがそんなんだから、俺が変態の称号を与えられるんだよ。良い加減にしろよ?」

「いやいや、タローよ。我はお前も十分に変態だと思うぞ。隠す事は無い。情欲を持て余しては成らない。自分に正直になれ」

「顔役の一人とは言え、殴るぞ朱雀丸」

 カッカッカと笑う朱雀丸、苦笑しながら鈴カステラを口に入れるタロー、殴られた左頬を擦りながらガールウォッチングを再開したサブローと、三人は騒がしい一団と成って祭囃子の中を縫う様に歩いていく。

 そして、程無くして、喉自慢大会の会場へと彼ら三人は着いた。

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