第26話 捲火重来--Happy New Year ! ②
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ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!
百八つ目の除夜の鐘が鳴り、夜空を七色の花火が彩った時、とうとう、白炎の卵の中に居た雛が産声を上げた。
*
ここでユカリと言う者について少し語ろう。
タローは、ユカリの先祖の誰かがイフリートだかサラマンダーだか火車だか魔女だかの火を生み出すオトギであったと聞いていたが、これは正解ではあるが充分では無い。
確かにユカリのルーツを遡れば炎を操るオトギの一体か二体は居ただろう。しかし、それだけの人の身であれ程の炎を操れるはずが無いのだ。
たとえば、先祖にサトリを持つ、あのココミという者は確かにサトリの力を持っているが耳を塞ぐだけでその力を封じる事ができるくらいの断片的な力しか受け継いでいないのだ。
ユカリの炎の威力は先祖にオトギが居るからという理由だけでは説明が付かない。
では、あの庶民派陰陽師である後藤の様にユカリが自身の力を鍛え高めた結果あれほどの炎を操れるようになったのかと言うとそれも正しくは無い。
陰陽術の根幹は人間の力ではなく自然が持つ力を引き出す事であり、ユカリの様に自身が生み出した力を使いこなす物ではないのだ。
では、先天的な理由でユカリの炎の説明がつかないのであれば、ユカリの力の正体は何であろうか。
答えを出してしまうのなら、ユカリという女性は人工的に生み出された魔女である。
オトギと人間がこの世界で相対して二百年。
人間とオトギの黎明期。人間達はオトギ達を排除しようとした。突如として目の前に現れた空想上の怪物達に恐怖し、彼らを弾圧しようとしたのである。
しかし、今まで地球上に居たどんな生物達からも規格外なオトギ達を殲滅する事は簡単ではない。爆弾をまともに浴びても生き残る様な怪物が銀に触れただけで死んでしまったり、単純にただただ巨大で固い鱗を持つオトギ達が居た。
オトギ達ごとに対処法が違っており、それがまた人類達の攻撃の手を阻んでいた。オトギ達もまた、自分らを弾圧しようとする人類へ怒り、人間たちへ牙を向いた。
ミサイルが飛び交い、戦闘機が打ち落とされ、夜空を雷鳴が駆け抜けて、海から竜巻が昇る。
人間達とオトギ達の争いは泥沼化へと発展していた。
そんな中、ある国のある科学者達が、オトギの力を人間が扱えるようにする事を考え付く。おぞましいオトギ達の力だが仮にそれを利用できれば何よりも心強いと考えたからだ。
その方法の一環として、受精卵となる前の精子と卵子にオトギ達の遺伝情報を付け加える事で生まれてきた子供達にオトギの力を扱わせるという物があった。
当然の事だが人の形として生まれない者達が大半である。ある者は脳が飛び出し、ある者は骨がぶよぶよになり、ある者は体中に蛆の様な眼球が貼り付いた。
彼らはいずれも培養液から出す前に死ぬか、出した側から暴走し殺処分と成った。極稀に生まれる人型を保った者達も一定期間時間を置けば発狂し、その場で殺された。
そんな中、ユカリは極数人しか居ない成功例の一人なのである。ユカリを含む数名は何万と言うかけ合わせの中生まれた奇跡なのだ。
科学者達は歓喜した。ユカリ達を作り出すのにおよそ五十年の時間が経ち、その間人類の人口は半分程度までに減少していたのだ。
ユカリ達成功例は自身の力を制御できるようになった側から人間とオトギの戦場へと送り込まれ、その場に居るオトギ達を殺しまわった。
成功例達が操る力は個体によってまちまちであり、ユカリが与えられた遺伝情報は炎のオトギ達による物だった。
ユカリを形成した何万と言う遺伝情報の中にはその時点で人類達が手に入れたあらゆる炎のオトギ達の物が混ざっている。
その中には不死鳥の物も混ざっていた。
ユカリの中で不死鳥の力が発現したのは、ユカリの体が十四かそこらまで発育した、丁度百回目の戦場に行った時の事である。ユカリはその日オトギ達の罠に嵌り首を刎ねられて殺されたのだが、その日の二十四時ユカリは何事も無かったかのように生き返る。
一人荒野の中眼が覚めたユカリは何が起きたのか自分でも分からず、初め困惑したが、徐々に自分はどうやら生き返ったらしいという事実を知り、また同時に自分の首に埋め込まれていた監視用の爆弾が綺麗に無くなっている事が分かった。
ユカリは自由の身に成ったのだと歓喜して、夜空へと飛び立ったのである。
後に、何度かユカリは殺されたり死んだりしたのだが、それによってユカリはある事実を確認した。
曰く、ユカリと言う者は死亡日の翌日零時に生き返るという特性を持っている。
*
ドォン、ドォン、ドオオオオオオォォォン!
夜空を煌びやかな七色の花火が彩り、満天の花火の空の下、とうとう白炎の卵が割れた。
真っ二つに割れた卵の中からからトンと小さな影が足を踏み出す。
それは軽やかな足取りで、まるでこれから昼下がりの散歩に出かけようとする令嬢の様だった。
「……久しぶりに死んだな」
そこには見慣れぬ少女が居た。
声は若く、まだまだ未成熟の物である。真っ赤に燃える様な灼髪がボブカット気味に切り揃えられていて、パッチリと開かれた大きな眼が少女の豪胆な個性を明示していた。
服は季節にそぐわない真紅のワンピースで、少女の右手には枯れ枝を束ねた長箒が握られている。
顔立ちは酷く整っていて、将来が有望視される事は間違い無い可愛らしい少女であった。
「真正面からやって負けたのは何時振りだぁ?」
トントントンと少女は右手の箒を弄びながら、左手の人差し指で自分のこめかみを叩いた。その顔は酷く楽しげで、唇は三日月形に吊り上げられている。
この少女は紛れも無く浮世絵町の超常現象対策第六課課長のユカリである。
さながら不死鳥が火の中で雛として蘇る様にユカリは生き返った際初めて死んだ十四歳程度の年齢に体が若返るのだ。
初めてユカリが死んだあの日あの時にどうやら彼女にとってある種の基準点が出来てしまったようであり、あれからどのように死のうともユカリは十四歳程度の体付きに戻って蘇っていた。
「ああ、またこの年に逆戻りか。服とか買い直すのは面倒なんだがなぁ。というかこの姿じゃ煙草もまともに吸えないし」
愚痴りながらもその頬は歓喜に満ちている。ユカリにとって殺されるというのは滅多にない貴重な体験なのだ。
ユカリは戦う事が好きである。そして負ける事と勝つ事を同程度に好きであった。
自分を負かすことのできる相手など極稀にしか会う事しかできず、浮世絵町では時子を除く顔役達ぐらいだった。
勝つか負けるか、ギリギリの勝負をできた。それがユカリにはとても嬉しかったのである。
けれど、ユカリは少しばかり残念だった。
今度こそ、という期待を道士へとユカリは持っていたのである。
ユカリは右手の箒を無造作に宙へ投げ、
「だが、」
軽やかにそれに飛び、夕下がりのベンチの様に腰掛ける。
少女の瞳の奥はメラメラと燃えていて、赤いワンピースの裾がふわりと揺れる。
十四歳ほどの少女の体と成ったユカリの体格は元の時より一回りほど小さい。見た目だけなら活発なご令嬢であり、将来美女となる事が約束されている美少女であった。
だが、その内に蓄えられた力の量は前と変わらず、否、死ぬ前よりも膨大である。
「あたしを殺すのにはまだまだ温すぎるぜ」
ドーン、ドーン、ドドドドドドドーン!
ユカリは一際五月蝿い北の空へと進路を取り、花火で彩られた夜空を一直線に駆けた。
赤い箒星が空へ流れ、戦場へと落ちていく。
炎は若い程、強く激しく逆巻くのだ。
*
瞬く間にユカリの眼下へ道士とココノエ、それにオニロクが現れた。
オニロクとココノエは片膝を付いて、道士を睨み上げていて、道士は巨大な水の龍を従えて彼らを押し潰そうとしている。
「喰らいやがれっ!」
ユカリはピストルの様にした左手の人差し指に白炎を灯して、ヒュンと道士へとそれを打ち出した。
白炎は螺旋を描いて道士の眉間を打ち抜かんと加速していく。
道士は南の空から放たれた攻撃にすぐさま気付いたのか、オニロク達へ止めを刺そうとしていた水龍で炎を受け止めた。
だが、それはユカリの期待通りである。
「悪いな! もうそんな物意味ねえよ!」
ビルほどの大きさがある水龍の胴に飲み込まれたにも関わらず、拳大の白炎は鎮火する兆しを見せず、そのまま水龍の胴を貫通して道士へと伸びていく。
「ッ!」
道士は驚きに眼を見開いて、首を右に傾けた。
白炎の弾丸は道士のこめかみを掠る様に紙一重で外れ、道士のすぐ下の地面へと吸い込まれ勢いを落とさず、そのまま土を溶かして穴を開けた。
「『飲み込め』!」
道士の号令の下、水龍はすぐさまユカリへと大口を開けて突進した。その威力はオニロク達へ放っていた物とは比べ物に成らず、ユカリに今まで放たれてきた道士の水の中で最大の威力を持っていた。
箒に腰掛けた炎の女王は泰然と水龍を待ち構え、悠然と両手を広げて水流の大口へと向けた。
「燃えろ」
刹那、水龍の全身が赤の女王の命令通り白炎で包まれてもだえる事も無く爆発する。
白い水蒸気爆発に紛れながらユカリはオニロクとココノエの所まで飛んで行く。二三、道士から水で出来た新たなる龍が飛んでくるが、それらいずれもユカリに触れる前に白炎に包まれて爆散した。
危なげなくユカリはオニロクとココノエのすぐ側まで降り立つ。
「おいおい、お前ら、何死にそうに成ってんだよ」
ニヤッと笑う少女の姿をしたココノエに、オニロクとココノエは揃って苦笑した。
「来るのが遅いぞ、赤の女王」
「そうよ。あなたが不甲斐なく死んだ所為で私はこんなに疲れたわ」
彼らの不平不満はごもっともであったが、それをユカリは聞き流した。
「あいつを足止めしてくれた事には礼を言ってやるよ。お前らが居なければ逃げられてた。後はあたしがあいつの相手をしよう」
赤の女王は暴君であり、今は後方で文句を言う者達よりも、眼の前に居てこちらを見ている道士の方が彼女にとって優先事項なのだ。
道士は沈黙を保ったまま左手で四色の紙を右手で一本の鉄串を握りユカリを睨んでいた。
「……お前はあの魔女か?」
先ほどまでの姿と面影は残しながらも明らかに違う今のユカリの外見に道士は少しばかり戸惑っているようだ。
「ああ、よくもあたしを殺してくれたな。真正面から戦って負けたのは久しぶりだったぜ」
「なるほど、九尾と鬼はお前がまた来るまでの時間稼ぎをしていたのか。お前はまた私の邪魔をする気か? 何故そうまでして私の邪魔をするのだ?」
「お前の事情なんて関係ねえよ。あたしは強い奴と戦えればそれで良い」
ユカリに何を言っても無駄だと悟ったのか道士はパッと左手にある紙を中へと投げ付け、鉄串を地面へと突き刺した。
「すぐに終わらせてやる」
火、土、金、水、木で出来たビル四階分はあるかという五匹の龍が生み出され、それぞれがその牙をユカリへと向けた。
ユカリは頬を吊り上げて、その犬歯が隙間から覗く。
「良いぜ。正真正銘、全力のあたしを見せてやる」
言葉と共に、ユカリが来ていた赤のワンピースは炎で包まれて、一息の間に豪華絢爛な白炎のドレスへと早変わりした。
舞踏会を取り仕切る女王の姿がそこにはあった。
「出し惜しみはするなよ。そうしなければこのステージに留まる事すら出来ないぜ」
「『殺せ』!」
道士の五色の龍が五行相生の理の元、互いを強化し続けながら、ユカリへと向かっていき、赤の女王は猟奇的に笑いながら右手を振り上げて号令を上げた。
「灰と成れ!」
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