【お題「手」】カクヨムコン11お題フェス開催中!第5回締切は1/20(火)18:00

「カクヨムコンテスト11【短編】」の企画、「お題フェス」
期間中に運営から出されるお題をもとに400~1万字の作品を執筆&公開し、タグ「お題フェス11」をつけて「カクヨムコンテスト11【短編】」に応募することで参加できます。
翌々週のお題発表時には、トリが気になった作品をコメント付きでご紹介いたします!

また「小説に初チャレンジしてみたい!」という方のために、ちょっとした創作コラムもお届けします。
どう書き始めればいいかのヒントになるかも!?

この機会にぜひ、カクヨムコンへご参加ください!

今週のお題

「手」

私たちは、目に見えない力や関係性を「手」という言葉に託して語ることがあります。

「運命の手」に導かれるように出会う二人、「その手には乗らない」という駆け引き、あるいは「手を尽くす」という献身……。時に「手」は、人の意志や能力、可能性、あるいは運命そのものを象徴するものとされてきました。
物理的な動作に限らず、何かに介入すること、つながりを築くこと、あるいは何かを自分のものにしようとする意志。その象徴としての「手」は、物語を動かす強力なエネルギーを秘めています。

今回はそんな比喩や象徴としての意味を含め、「手」をテーマとした小説やエッセイを募集します。

参加方法

①お題を確認
②お題をもとに、期間内に作品を執筆&公開
③タグ「お題フェス11」をつけて「カクヨムコンテスト11【短編】」に応募
④投稿された作品の中から、運営(トリ)が「これは!!」と気になった作品を選んで、翌々週のお題発表時にコメント付きでご紹介

※ひとつのお題につき、何作品応募しても問題ありません。
※「カクヨムコンテスト11【短編】」のどちらの部門でチャレンジいただいてもかまいません。ジャンルも不問です。
※字数等の作品形式は、「カクヨムコンテスト11【短編】」に準じます。
※参加賞品等はありません。

お題「手」の応募締切

2026年1月20日(火)18:00

お題「祝い」より、トリが気になった作品

第3回のお題「祝い」では、336作品のご応募をいただきました。ありがとうございました!!
新年らしい祝賀のムードや、誕生・結婚といった人生の節目を祝う作品などいろいろなテーマの作品をご応募いただきました。

そんな336作品のなかで、トリが気になった作品はこちらです。

kakuyomu.jp

トリアイコン
イオリ⚖️さんの短編『死の呪いをかけられた姫君は自力で解呪を試みる』
グリム童話の『いばら姫』を下敷きに、自分を呪った13人目の魔女をぶん殴って解呪を試みる物理解決型姫君の物語です。
「祝い」というお題から「呪い」を連想した作品は数多くありましたが、元ネタの時点ですでに「誕生祝い」の「死の呪い」への反転が織り込まれている『いばら姫』は、モチーフとして最高に合致していると言えるでしょう。

その上で本作最大の魅力は準主役とも言うべきサブキャラ、アルベールの存在。元ネタにはいなかった「お付きの護衛」というポジションに配役された彼は、設定や状況の解説役を務めつつ、豪快で行動的なヒロイン・ブランローズのキャラを立て、軽妙な会話で作品のテンポを上げて、そしてヒーローとして決めるとこはしっかり決めてくれる、本作になくてはならない良キャラでした。
冒頭で「祝い」が「呪い」に転じ、最後には「呪い」が「祝い」に戻るというのも非常にきれいな構造でステキです!

イオリ⚖️さん、そしてご応募いただいたみなさま、さまざまな「祝い」をありがとうございました!!

トリの創作コラム ~初チャレンジのみなさまへ~

トリアイコン
このコーナーでは、主に小説を初めて書く人、書き始めたばかりの人へヒントになりそうな考え方をご紹介します。
小説執筆に正解はありませんが、「こういう取り組み方がある」と知っていることがなにかの役に立つかもしれません!
なお書いてある内容はあくまで一つの考え方なので、参考程度にご理解ください。

ここまでのコラム

ここまでのコラムをまだ読んでいない人は、ぜひあわせてご覧ください。

【おさらい】

「物語とは〈欠けている〉ものが〈満ちていく〉過程である」という説をもとに、主人公の「内的な欠如(個人的な問題)」を満たす過程が「外的な欠如(世界の問題)」を満たす結果につながる、という構造についてご紹介しました。

たとえば、勇者が魔王を倒す異世界ファンタジーがあるとします。
主人公である勇者に、自分が「勇者」としてしか価値のない人間ではないかと思い悩んでいるという設定を付与してみましょう。このとき物語には、次のような二つの「欠如」が存在します。

外的な欠如:
魔王によって平和が奪われている。(「平和」の欠如)

内的な欠如:
勇者は「魔王を倒す『勇者』でなかったら、自分はこの世界に居場所がない」と思っている。(「自己肯定感」の欠如)

この構造では、勇者が「自分は勇者という肩書きがなくても、ここにいていいんだ」と自己肯定感を回復することと、魔王を打ち倒し世界に平和を取り戻すことが関連しています。
つまり「内的な欠如」を満たすことが、「外的な欠如」を満たす結果になる、ということです。


では、勇者はいつ、どのようにして自己肯定感を取り戻すのでしょう。
そのカギを握るのが、旅の途中で遭遇するさまざまな「試練」です。

主人公が立ち向かう「試練」

勇者は、いきなり魔王(ラスボス)と戦うわけではありません。そこに至る道のりには、魔王軍の刺客や中ボスといった「試練」が待ち構えています。

ここで重要なのは、「外的な試練」と「内的な試練」はセットでやってくるということです。
剣の腕を磨き、レベルを上げて中ボスを倒すのは、あくまで「外的な欠如」を埋めるための準備に過ぎません。それだけでは、勇者の心は置き去りのままです。
本当の意味で魔王に勝つためには、戦いを通じて「自分自身について問い直すプロセス」が不可欠です。

  • 仲間からの信頼に触れ、力以外の価値に気づく
  • 敗北の危機で「なぜ自分は戦うのか」という動機を再確認する
  • 自分と同じように役割に縛られていた人物が、役割を無視して自分の意志で動くところを見る

こうした事件による内面の変化が、中ボス戦という「外的な試練」と同時並行で起きる必要があります。
そのような試練をいくつも繰り返して、勇者が「内的な試練」をすべてクリアしてこそ、「外的な最終試練」である魔王に勝つことができるのです。

物語の「ディベート」としての側面

すこし意外な例えかもしれませんが、物語の「試練」のパートにはディベートのような側面があります。
主人公が「自分は勇者じゃなくても価値がある」という答えにたどり着くまでの、二つの正反対の意見がぶつかり合うからです。

味方が「君が君であるだけで、僕らは嬉しいんだ」と伝えるとき、敵は「お前に勇者の力がなければ、誰も見向きもしないぞ」とささやく。
敵は単に攻撃してくるだけでなく、主人公の図星を突く「テーマとは逆の理屈」をぶつけてくるのです。

「悪いやつを倒す」だけなら簡単ですが、ドラマが盛り上がるのは主人公が「確かに、その通りかもしれない」とつい納得しかけてしまうとき。
「お前が戦うのは、ただチヤホヤされたいからだろう?」「平和になれば、勇者のお前は用済みだぞ」……このような、心の弱点を突いてくる敵の言葉に立ち向かうことこそが「内的な試練」の正体です。
否定しきれない正論を突きつけられ、迷い、悩み抜いた末に、それでも「いや、自分はこう思う!」と自分なりの結論を出す姿が、読者の共感を呼ぶのです。

なお、実際には「外的な試練」の敵と「内的な試練」の敵は同じとは限りません。
便宜上「敵」と言っていますが、「内的な試練」を与えるのは味方だったり、状況だったり、主人公自身のトラウマや内なる声だったりします。
「外的な試練」と「内的な試練」、それぞれにもっとも効果的な「敵」を設定してみるとよいでしょう。


引き続き、すてきな作品のご応募をお待ちしております!
「カクヨムコンテスト11【短編】」の応募要項はこちらから。

kakuyomu.jp